僕のよふねとじいさんのこと2
少し短めです。
昨日春陽さんが帰ってきてから一日経って、案の定ヨージさんは一日の半分以上を孫との遊びに費やしている。
春美さんは諦めているようで何も言わなかったが、さすがにうんざり顔のような気がする。
いつもより客の入りが少ないせいか仕込みの作業も楽で、店中がなんとなくまったりとした空間になっている。
「お店、大丈夫みたいなんで春美さんも陽介くんのところに顔出してきたらどうですか? 僕で追いつかなくなったらす ぐに呼ぶんで。」
「そう? でも悪いわ。ただでさえいつも働かせすぎてるのに。……でもちょっと見てこようかしら。あの人に任せっき りなのも心配だし。」
陽介くんを両親に預けて、春陽さんは身軽になれるのはこんな時だけだからと言って地元の友だちに会いに行っている。
「ヨージさんだけだと心配でしょう? いってらっしゃい。」
そうね、ごめん行ってくるわ。と言いながらせかせかと帰っていった。
本当に今日は客入りが少ないようで、女性客たちがひとしきり話し終えて帰った後はポツポツと中年以上の男性客が居るくらいだ。
彼らは長居をするが基本的には黙々と自分の世界に没頭している。
今の隙にカップ類の茶渋落としをしてしまおうと茶渋クリーナーを出して僕も作業に没頭した。
「ごちそうさん、会計お願い。」
「はーい、すみません今行きます!」
没頭しすぎて周りが見えていなかった、これじゃあ自分が一番信用ならない。
「おにいちゃん、ここ長いの?」
「えぇ、4年くらい働いてますよ。すみません、そのくせ動きが鈍くて。」
「いやいや、店長さんよりは重宝されてるんじゃないの。充分さ。僕はね、会社で重宝がられなくなったもんでここに来ることに決めたんだよ。」
「ずいぶん長く働いていらしゃったみたいですね。お疲れでしょう。」
少し笑いながら返す。
「そうさね、だからこれからはゆっくり生きることにするよ。では、また明日に。」
年は80に手が届くくらいだろうか。それにしてもあの人の仕事歴はなかなか長いようだ。
だが、やっと得た彼の“ゆっくり生きる”時間はもうすぐ終わる。
まだシャンとした背中に書かれた【数字】は見えない。もう見えないカウントダウンが始まっているようだ。
僕は耐えられるだろうか。ふと一年前に彼女が言った言葉を思い出す。言葉とは不思議なもので放たれたその瞬間から言霊となって受けた人間にまるでそれ自体が生きているかのように影響を与え続ける。
ぼくが受けた言霊は、まだ今もなお答えを与えないまま生き続けている。
一人客が減ったホールへ戻り、さっきの作業の続きを再開した。
「ごめんね、芦名くん……! さっき春陽から電話があって、あの向坂中学の前の道で渋滞してるみたいなのよ。まだ帰れそうもないって言ってたから陽介の世話を済ませてきちゃった、遅くなってごめんねえ。もう春陽帰ってきたから、閉店作業だけでも手伝うわ。」
「いえいえ、この通り今日はかなり客入りが少なかったので余裕でしたよ。ほら、カップ綺麗になったでしょう?」
磨き上げた力作を見せつけるように並べておいた。後半に磨いたカップが前半よりも綺麗なのは気のせいだ。
「あらあ、これで買い換える必要がなくなったわね。こういうことについ億劫になる私達よりよっぽど店主らしいわ、芦名くんは。」
ひとしきり感心された後に春美さんはそうだった、と手を叩いて冷蔵庫の扉を開いた。
「これ、昨日焼いてたケーキなんだけどこんなに余っちゃって…。昨日のものだし堂々と昨日いたお客さんに出すのもあ れかなって思ってしまったままにしてたんだけど、芦名くん持って行かない?」
甘いものだが、日々の食費を少しでも削れるのは嬉しい。
「すっごくありがたいです。いくつでも頂いて行きますよ。」
「助かるわー!春陽のために作ったのに、結局あの子たくさん食べられない体だったのをすっかり忘れてたの。バカでしょう? 包んで冷蔵庫に入れておくから、帰りに忘れずに持って行ってね。」
そんな会話をしているうちに閉店時間1時間前になり、少し前に会計を済ませた客が帰って店の中は空っぽになっていた。ということで今日はこのまま店を閉めることになった。
未熟な話を読んでくださりありがとうございました。
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