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悪役令嬢なのに慕われる!?~令嬢たちが放っておいてくれません~  作者: ねぎとろ


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第71話 王子様が選ぶもの

「カトレア様、展示会の作品、とても楽しみにしていますわ!」

 朝の教室で声をかけられたカトレアは、いつものように微笑んだ。

「ありがとう。初めてのことだから、少し緊張しているけれどね」

「まあ、カトレア様でも緊張なさるんですの?」

「もちろん。僕だって、何でも得意というわけじゃないよ」

 そう答えると、同級生は楽しそうに笑った。

「ご謙遜を! きっと素晴らしい作品なのでしょうね」

「そうだといいんだけど」

「私、騎士様の人形ではないかと予想していますの。剣術大会のカトレア様、本当に素敵でしたから!」

「実は、そういうものではないんだ」

「あら、そうなんですの?」

「ああ。もう少し小さくて、可愛らしいものだよ」

「まあ! それはそれで楽しみですわ!」

 同級生は目を輝かせ、友人に呼ばれて去っていった。

 カトレアは、その背中を見送りながら小さく息を吐いた。

(……ちゃんと伝えれば、分かってもらえるものだね)

 昨日は、騎士や王子様の人形を期待されていることに戸惑ってしまった。

 けれど、考えてみれば、相手はただ楽しみにしてくれているだけなのだ。

 自分が可愛いものを好きだということも、今さら隠す必要はない。

 それでも、ひとつだけ気になることがあった。

(……あの兎を見て、どう思うだろう)

 淡い青色の服を着た、薄茶色の兎。

 自分では気に入っている。何度も縫い直して、ようやく完成に近づいた大切な作品だ。

 けれど、縫い目はまだ不揃いだし、左右の耳も完全には同じ形になっていない。

 剣術なら、積み重ねてきた努力に自信がある。

 裁縫は、まだ始めたばかりだった。

 その違いが、カトレアを少しだけ落ち着かなくさせていた。

◇

「へえ、カトレアがそんなこと言われてるんだ」

 昼休みの談話室で、ヴィオレッタはアリアの話に目を丸くした。

「はい。二年生の間では、展示会への参加がちょっとした話題になっているようです」

「騎士の人形を作ると思われてるんでしょ?」

 セレスティアが紅茶を置きながら言った。

「私も聞いたよ。剣を持った人形とか、甲冑の飾りとか」

「甲冑!?」

 ヴィオレッタは思わず吹き出した。

「手芸展示会なのに?」

「布で作る甲冑かもしれないじゃない」

「それはそれで、すごい技術が必要そうだね」

 アリアが真面目な顔で頷いた。

「小さな鎧を縫うとなると、かなり細かい作業でしょうし」

「……カトレアなら、本気を出したら作りそう」

 セレスティアの言葉に、三人は顔を見合わせた。

「……確かに」

 ヴィオレッタが頷くと、リリアーナがくすくすと笑った。

「でも、あの兎のお人形も素敵でしたよね」

「うん! カトレア、すごく頑張ってたんだよ」

「特にお洋服が可愛かったです。私も、あんな小さな服を作ってみたくなりました」

「リリなら、もっと綺麗に作れそう!」

「そ、そんなことありませんよ」

 リリアーナは照れたように笑った。

「私だって、初めて作るものは失敗しますから」

「リリでも?」

「はい。刺繍も、最初は糸が絡まってばかりでした」

 リリアーナは少し懐かしそうに微笑んだ。

「でも、失敗したところも含めて、自分で作ったものって愛着が湧くんです」

「……それ、分かる!」

 ヴィオレッタは勢いよく頷いた。

「私の兎も、耳が曲がっちゃったけど、今はそこが一番好きかも」

「ふふ。そういうものですよね」

 アリアは手元の書類に目を落とした。

「展示会は、技術を競う催しではありませんからね。作品を通して、それぞれの好きなものを紹介する場です」

「そうなんだ」

「はい。審査も順位づけもありません。初めて参加する生徒も多いそうですよ」

「それ、カトレアにも教えてあげよう」

 ヴィオレッタが言うと、セレスティアが顔を上げた。

「何か気にしてたの?」

「うーん。昨日、ちょっと考え込んでたから」

「カトレアが?」

「うん。でも、理由までは聞いてないんだ」

 セレスティアは少し考えてから、肩をすくめた。

「だったら、聞いてみたらいいんじゃない? カトレアって、悩みがあっても平気そうな顔するところがあるし」

「……確かに」

「まあ、本人なりに考えてるんだろうけどね」

 ヴィオレッタは頷いた。

「うん。放課後に聞いてみる」

◇

 その日の放課後、第二手芸室には穏やかな日差しが差し込んでいた。

「こんにちは、カトレア!」

「やあ、ヴィオレッタ」

 先に来ていたカトレアは、机の上に布や糸を並べていた。

「今日は迷わず来られたんだね」

「もう何回も来てるんだから、さすがに覚えたよ!」

「それはよかった」

「……なんか今、ちょっと笑った?」

「気のせいじゃないかな」

「絶対笑ったでしょ!」

 カトレアは肩を揺らして笑った。

 ヴィオレッタもつられて笑い、いつもの席に腰を下ろす。

「そういえば、申込書は?」

「今日、先生に提出してきたよ」

「おお! じゃあ正式に参加決定だね!」

「ああ。来月が楽しみだ」

 カトレアは微笑んだ。

 その言葉に嘘はないようだった。

 けれど、ヴィオレッタには少しだけ気になることがあった。

「ねえ、カトレア」

「何かな?」

「展示会のことで、何か心配してる?」

 カトレアは、手にしていた糸を置いた。

「……どうしてそう思うんだい?」

「昨日、ちょっと考え込んでたから。あと、みんなが騎士の人形を期待してるって聞いたし」

「ああ、そのことか」

 カトレアは苦笑した。

「確かに、少し驚いたよ。僕が作るものは、どうしても剣や騎士に結びつくらしい」

「まあ、カトレアは剣術が得意だからね」

「そうだね。それは嬉しいことでもあるんだけど」

 カトレアは、机の上の薄茶色の兎を見つめた。

「僕が気にしているのは、別のことなんだ」

「別のこと?」

「ああ。この兎を、皆がどう思うだろうってね」

 ヴィオレッタも兎に目を向けた。

 淡い青色のワンピースに白いレース。耳元には小さなリボン。

 何度見ても、可愛らしい。

「……変だと思われるのが嫌なの?」

「いや、そうじゃないよ」

 カトレアは首を横に振った。

「可愛いものが好きなことは、もう隠そうとは思っていないんだ。父上にも、好きなものを大切にしていいと言ってもらえたしね」

「うん」

「ただ、僕が作ったものを見て、がっかりされるのは少し怖いかな」

「がっかり?」

「僕は、裁縫があまり得意じゃないだろう?」

「……うん。最初は結構大変だったね」

「ふふ。そこは否定してくれてもいいんだよ」

「あっ、ごめん!」

「いや、事実だからね」

 カトレアは楽しそうに笑った。

「剣なら、長年練習してきたから自信がある。でも、この兎は違う。初めて作ったものだから、上手とは言えない部分も多いんだ」

 そう言って、兎の耳を指先で整える。

「皆は、僕なら何でも上手にできると思っているかもしれない。そう考えると、少し緊張してしまってね」

「……なるほど」

 ヴィオレッタは、しばらく兎を見つめていた。

 そして、ふと思いついたように顔を上げた。

「じゃあさ、私の兎も見てよ」

「……君の兎?」

「うん!」

 ヴィオレッタは白い兎を持ち上げた。

「耳は曲がってるし、縫い目もガタガタだし、最初に作った顔なんてすごかったじゃん」

「ああ。ずいぶん細長い顔になっていたね」

「そうそう! あれ、ちょっと面白かったよね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「でもさ、私はこの子を展示したいんだ」

 ヴィオレッタは、白い兎を机に戻した。

「上手じゃなくても、自分で作ったものだから。カトレアと一緒に頑張った思い出もあるしね」

「……そうだね」

「それに、アリアが言ってたよ。展示会は上手さを競う場所じゃなくて、それぞれの好きなものを紹介する場所なんだって」

「……そうなのかい?」

「うん。順位もつけないんだって」

 カトレアは少し驚いたように目を瞬かせた。

「それは知らなかったな」

「だから、気にしすぎなくてもいいんじゃない?」

 ヴィオレッタは笑った。

「私は、カトレアの兎が好きだよ。レースもリボンも可愛いし、何よりカトレアが楽しそうに作ってたから」

 カトレアは、静かにその言葉を聞いていた。

「……ありがとう、ヴィオレッタ」

「どういたしまして!」

 カトレアは、薄茶色の兎を手に取った。

 確かに、縫い目はまだ不揃いだ。

 けれど、最初は上手く扱えなかった針も、今では少しずつ使えるようになった。

 リボンを選ぶ時間も、服の形を考える時間も、心から楽しかった。

「……そうだね。僕は少し、上手に見せることを考えすぎていたのかもしれない」

「カトレア、何でも頑張るもんね」

「それは君も同じだと思うけれど」

「えっ、私?」

「ああ。耳が曲がった時も、ずいぶん真剣に直そうとしていただろう?」

「あれは……だって、気になったんだもん」

「ふふ。そういうところは似ているのかもしれないね」

 カトレアは穏やかに笑った。

「でも、君の言う通りだ。僕はこの兎を気に入っている。それで十分なのかもしれない」

「うん!」

「……それに、もし誰かが残念に思ったとしても、次はもっと上手に作ればいいだけの話だね」

「おお、前向き!」

「剣術だって、最初から上手かったわけじゃないからね」

 カトレアは兎を机に戻した。

「よし。最後の仕上げをしようか」

「うん!」

◇

「……あれ?」

 しばらくして、ヴィオレッタが小さな声を上げた。

「どうしたんだい?」

「このリボン、何回結んでも曲がるんだけど」

 カトレアが覗き込むと、白い兎の首元に結ばれた桃色のリボンが、確かに少し斜めになっていた。

「少し引っ張る方向が違うのかもしれないね」

「やっぱり?」

「一度ほどいてみようか」

「うん。お願い!」

 カトレアはリボンを受け取り、手早く結び直した。

「ほら、こんな感じかな」

「わあ、綺麗!」

 ヴィオレッタは目を輝かせた。

「カトレア、すごく上手になったね!」

「毎日練習していたからね」

「えっ、毎日?」

「……あ」

 カトレアは少し気まずそうに笑った。

「実は、寮の部屋でも少し練習していたんだ」

「ずるい! 私にも教えてよ!」

「もちろん。じゃあ、もう一度やってみようか」

 カトレアは別のリボンを取り出し、机に広げた。

「まず、左右の長さを揃えて……」

「こう?」

「そう。次は片方を輪にして」

「……あれ、また曲がった」

「大丈夫。慌てなくていいよ」

 何度か繰り返すうちに、ヴィオレッタもようやく形を整えられるようになった。

「できた!」

「うん。綺麗に結べているよ」

「やった!」

 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。

「なんか、最初の頃と逆だね」

「逆?」

「だって、最初は私がカトレアに針の使い方を教えてたのに、今はカトレアが私に教えてくれてる」

「……確かに」

 カトレアは少し考えてから、楽しそうに笑った。

「お互い、少しずつ上達しているということかな」

「そうだね!」

 ヴィオレッタは、二つの兎を並べた。

 白い兎と、薄茶色の兎。

 どちらも完璧ではないけれど、最初に作り始めた頃より、ずっと可愛らしくなっている。

「……ねえ、カトレア」

「何かな?」

「展示会が終わっても、また何か作ろうよ」

 カトレアは目を瞬かせた。

「……また?」

「うん! 今度はもっと難しいのに挑戦してみたい!」

「例えば?」

「うーん……熊とか?」

「熊か。なかなか楽しそうだね」

「でしょ!」

 カトレアは、二つの兎を見つめながら微笑んだ。

「それなら、次は型紙から一緒に考えてみようか」

「いいね! 約束だよ!」

「ああ。約束するよ」

 その言葉に、ヴィオレッタは満足そうに頷いた。

 カトレアも、自然と笑みを浮かべる。

 展示会への不安が、完全になくなったわけではない。

 けれど、今はそれよりも楽しみなことが増えていた。

◇

 帰り際、カトレアは机の上に置かれた申込書の控えを手に取った。

 作品名は『ふたりの兎』。

 参加者は、カトレア・アイゼンベルクとヴィオレッタ・アルバレス。

 その下には、作品についての短い説明が書かれている。

『初めての人形作りに挑戦した二人が、それぞれの好きな色と形を選んで作った兎です』

「……うん」

 カトレアは、静かに頷いた。

「これでいい」

「ん? 何が?」

 ヴィオレッタが顔を上げる。

「この説明だよ。僕たちの作品に、ぴったりだと思ってね」

「でしょ! 頑張って考えたんだ!」

「ありがとう、ヴィオレッタ」

 カトレアは穏やかに微笑んだ。

「展示会、楽しみだね」

「うん!」

 ヴィオレッタは満面の笑みを浮かべた。

 カトレアは、机の上に並ぶ二つの兎を見つめた。

 剣を持った騎士でも、立派な王子様でもない。

 ただ、小さなリボンを結んだ、二つの兎。

 それでも、自分にとっては何より大切な作品だった。

(……これが、今の僕の作りたいものなんだ)

 そう思うと、胸の奥にあった迷いが少しずつ晴れていく。

 誰かの期待に合わせるためではなく、自分が好きなものを作った。

 そのことを、今は素直に誇らしく思えた。

 カトレアは、そっと兎を布で包んだ。

 来月の展示会が、少し楽しみになっていた。

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