↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なのに慕われる!?~令嬢たちが放っておいてくれません~  作者: ねぎとろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/96

第66話 王子様の小さな秘密

 星花の庭をめぐる一連の出来事も、ひとまず落ち着きを見せていた。旧温室の今後については学院側で検討が続けられているものの、ヴィオレッタたちが調査に追われる日々は終わり、いつもの賑やかな学院生活が戻りつつあった。

「平和だねぇ……」

 昼食を終えたヴィオレッタは、談話室の椅子に腰掛けながら、しみじみと呟いた。向かいに座っていたセレスティアが、くすりと笑う。

「何よ、急に」

「だって、最近ずっと調べ物ばっかりだったでしょ? こうやってのんびりするの、久しぶりだなって」

「確かにね。ヴィオレッタ、最近は難しい顔をしてることが多かったし」

「えっ、そんなに?」

「うん。眉間にしわが寄ってた」

「うそ!」

 ヴィオレッタは慌てて額に手を当てた。その様子を見て、リリアーナが小さく笑う。

「大丈夫ですよ、ヴィオレッタ様。今はいつもどおりです」

「……よかった」

「でも、少しお疲れだったのは本当だと思います」

 アリアが穏やかに言った。

「今日は、ゆっくり過ごされるのがよいかもしれませんね」

「そうする。今日は絶対、難しいこと考えない!」

 ヴィオレッタが宣言すると、セレスティアが笑った。

「それ、午後の授業まで続く?」

「……授業は別!」

 そんなやり取りをしていると、談話室の扉が開いた。

「やあ、みんな。楽しそうだね」

 聞き慣れた、少し低めの澄んだ声。振り返ると、そこにはカトレア・アイゼンベルクが立っていた。艶やかな黒髪を背に流し、いつものように背筋を伸ばしている。その姿に、近くの席にいた下級生たちが小さくざわめいた。

「……カトレア様ですわ」

「今日も素敵……」

「剣術の練習帰りかしら」

 カトレアはそんな声に気づいているのかいないのか、いつもの爽やかな笑みを浮かべてこちらへ歩いてきた。

「カトレア!」

 ヴィオレッタが手を振ると、カトレアも軽く手を上げた。

「ヴィオレッタ。隣、空いているかな?」

「もちろん!」

「ありがとう」

 カトレアは椅子を引いて腰を下ろした。

「二年生の授業はもう終わったの?」

「午前の授業はね。午後は剣術の実技があるけれど、それまで少し時間があるんだ」

「相変わらず忙しいね」

「好きでやっていることだから、苦にはならないよ」

 そう言って微笑む姿は、相変わらず絵になる。

(……ほんと、カトレアって格好いいよね)

 ヴィオレッタは感心した。剣術大会での姿を思い出しても、カトレアはまさに物語に登場する王子様のようだった。ただし、ヴィオレッタは知っている。この王子様が、可愛い人形に目がないということを。

◇

「そういえば、皆さん」

 アリアがふと思い出したように口を開いた。

「来月、学院で手芸作品の展示会が開かれるそうですよ」

「手芸作品?」

 ヴィオレッタが首を傾げる。

「はい。刺繍や編み物、布小物など、生徒が制作した作品を展示する催しです。希望者であれば、学年を問わず参加できるそうです」

「へえ、楽しそう!」

 ヴィオレッタは目を輝かせた。

「リリ、こういうの得意だよね?」

「えっ、わ、私ですか?」

 突然話を振られたリリは、少し驚いたように顔を上げた。

「刺繍なら、少しは……」

「少しどころじゃないでしょ。この前もらったハンカチ、すっごく綺麗だったよ」

「そ、そんな……ありがとうございます」

 リリは頬を赤らめた。セレスティアも頷く。

「私も見せてもらったけど、本当に上手だったよ。出してみたら?」

「……そうですね。少し考えてみます」

 リリは嬉しそうに微笑んだ。その時だった。

「……手芸作品の展示会、か」

 カトレアが、ぽつりと呟いた。ヴィオレッタは隣を見る。

「カトレアも興味ある?」

「……僕かい?」

 カトレアは一瞬だけ目を瞬かせた。けれど、すぐにいつもの爽やかな笑みを浮かべる。

「いや、見るのは好きだけど、作る方はどうかな。あまり向いていないと思うよ」

「そうなの?」

「うん。細かい作業は、どうにも苦手でね」

 カトレアは軽く肩をすくめた。セレスティアが笑う。

「確かに、カトレアが裁縫してるところって想像できないかも」

「おや、セレス。僕だって針くらい持てるよ」

「持つだけならね」

「なかなか手厳しいな」

 二人のやり取りに、ヴィオレッタたちも笑った。けれど、ヴィオレッタはふと気づいた。展示会の話題が出た瞬間、カトレアの表情がほんの少しだけ明るくなっていたことに。そして今も、アリアが説明している展示作品の種類に、時折耳を傾けている。

(……あれ?)

 ヴィオレッタは、隣に座るカトレアをちらりと見た。

(……本当に、興味ないのかな?)

 けれど、その場では何も言わなかった。

◇

 放課後、ヴィオレッタは学院の廊下を歩いていた。午後の授業が終わり、今日は特に予定もない。このまま寮へ戻ろうかと思っていたところで、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「……あ、カトレア!」

 声をかけると、カトレアが振り返った。

「おや、ヴィオレッタ」

「今帰るところ?」

「そうだね。少し寄り道をしていたんだけど、そろそろ戻ろうかと思っていたところだよ」

「寄り道?」

「……ああ、ちょっとね」

 カトレアは、なぜか少しだけ言葉を濁した。ヴィオレッタは首を傾げる。そして、ふと気づいた。カトレアが歩いてきた方向。確か、あちらには学院の手芸室があったはずだ。

(……もしかして)

「ねえ、カトレア」

「何かな?」

「本当は、手芸展示会に興味あるんじゃない?」

 カトレアの足が、ぴたりと止まった。

「……どうして、そう思うんだい?」

「だって、お昼に展示会の話をしてたとき、ちょっと楽しそうだったから。それに、今も手芸室の方から来たよね?」

 カトレアは一瞬、驚いたように目を見開いた。それから、ふっと笑みをこぼす。

「……おや、驚いたな」

「えっ、何が?」

「普段は学院のどこに何があるのか分からなくて、よく道に迷っているのに。こういう時だけは妙に鋭いんだね」

「ちょっと! 私だって手芸室の場所くらい分かるよ!」

「そうかい? 先月は図書室へ行こうとして、なぜか二年生の教室の前にいたじゃないか」

「……あれは、階段を間違えただけ!」

「なるほど。では、階段さえ間違えなければ大丈夫なんだね」

「そうだよ!」

「……ふふ。それは頼もしいな」

「カトレア、絶対からかってるでしょ!」

 頬を膨らませるヴィオレッタを見て、カトレアは楽しそうに笑った。

「すまない、すまない。あまりに可愛らしい反応だったものだから」

「もう……!」

 ヴィオレッタは不満そうに口を尖らせたものの、すぐに表情を戻した。

「それで、どうなの? 本当は興味あるんでしょ?」

 カトレアは、しばらくヴィオレッタを見つめていた。そして、少し困ったように微笑んだ。

「……まったく。君には敵わないな」

「えへへ」

「……実はね」

 カトレアは、少しだけ声を落とした。

「前から、一度やってみたいことがあったんだ」

「何?」

 ヴィオレッタが尋ねると、カトレアは少し照れたように視線を逸らした。

「……人形を、自分で作ってみたくてね」

「……人形?」

「そう。今までは、気に入ったものを見つけては買っていたんだけど……自分の好きな形に作れたら、もっと楽しいんじゃないかと思っていたんだ」

「……いいじゃん!」

 ヴィオレッタは思わず身を乗り出した。

「カトレアが作った人形、見てみたい!」

「……本当かい?」

「うん! どんなのを作りたいの?」

 カトレアは、少しだけ目を輝かせた。

「……兎がいいな」

「兎?」

「そう。耳が長くて、ふわふわしていて、抱きしめたくなるような……」

 そこまで言って、カトレアはふと口を閉じた。そして、少し照れたように笑った。

「……少し子どもっぽいかな」

「えっ、全然!」

 ヴィオレッタは即座に首を振った。

「むしろ、すっごく可愛いと思う!」

「……そうかい?」

「うん! 耳にリボンとか付けたら絶対可愛いよ!」

「……リボン」

 カトレアの目が、さらに輝いた。

「それはいいね。淡い青色のリボンなんて、似合うかもしれない」

「いいね! あと、小さい服とか着せても可愛いかも」

「……服も?」

「うん。ちょっとふわっとしたワンピースとか!」

 カトレアは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと微笑んだ。

「……ヴィオレッタ」

「何?」

「君は、なかなか素晴らしい発想をするね」

「えっ、そう?」

「うん。ぜひ、もっと聞かせてほしい」

 その声があまりにも真剣だったので、ヴィオレッタは思わず笑ってしまった。

「……あはは! カトレア、そんなに人形作りたかったんだ」

「……どうやら、思っていた以上にね」

 カトレアも、少し照れたように笑った。

◇

「でも、カトレア」

 ヴィオレッタは、ふと思い出したように尋ねた。

「どうして、お昼は興味ないって言ったの?」

 カトレアは、少しだけ考え込んだ。そして、苦笑した。

「……少し、恥ずかしかったんだ」

「……恥ずかしい?」

「うん。可愛いものが好きなのは、今さら隠すつもりもないんだけどね」

 カトレアは、窓の外に目を向けた。

「ただ、自分で作るとなると話は別さ。僕は裁縫が得意ではないし、きっと不格好なものになってしまうだろう?」

「……うん」

「それを誰かに見せるのは、少し勇気がいるんだ」

 カトレアは、少し困ったように笑った。

「剣術なら、多少の失敗をしても次に活かせる。でも、針と糸を前にすると、どうにも自信がなくてね」

 ヴィオレッタは、しばらくカトレアを見つめていた。そして、ふっと微笑んだ。

「……じゃあさ」

「うん?」

「一緒に作ろうよ!」

 カトレアは、目を瞬かせた。

「……君も?」

「うん! 私も裁縫、そんなに得意じゃないんだ」

「……そうなのかい?」

「そう。だから、一緒に練習したら楽しそうじゃない?」

 ヴィオレッタは、にっこりと笑った。

「二人で失敗したら、きっと笑えるし!」

 カトレアは、しばらく黙っていた。そして、ふっと笑みをこぼした。

「……ふふ」

「……カトレア?」

「いや、すまない」

 カトレアは、少し嬉しそうに微笑んだ。

「……君らしいなと思ってね」

「そう?」

「ああ。僕が悩んでいたことが、急に小さなことのように思えてきたよ」

 カトレアは、ゆっくりと頷いた。

「……ありがとう、ヴィオレッタ」

「えへへ。どういたしまして!」

「……それじゃあ」

 カトレアは、少しだけ手を差し出した。

「一緒に、挑戦してみようか」

「うん!」

 ヴィオレッタは、その手を取った。こうして、二人だけの小さな約束が生まれた。

◇

 翌日、昼休みの談話室では、いつものようにセレスティアたちが集まっていた。

「そういえば、ヴィオレッタ」

 セレスティアが尋ねる。

「昨日、放課後どこに行ってたの?」

「えっ?」

「寮に戻るの、少し遅かったでしょ?」

「ああ、昨日はカトレアと話してたんだ」

「……カトレアと?」

「うん!」

 ヴィオレッタは嬉しそうに頷いた。

「ちょっとね、約束したの」

「……約束?」

 セレスティアが首を傾げる。

「何の?」

 ヴィオレッタは、少しだけ考えた。カトレアが人形作りに興味を持っていること。そして、少し恥ずかしがっていること。それを、本人の許可なく話してしまうのはよくない気がした。

「……えっと」

 ヴィオレッタは、にっこりと笑った。

「まだ、秘密!」

「……秘密?」

 セレスティアの眉が、ぴくりと動いた。

「……ヴィオレッタが、カトレアと?」

「うん!」

「……二人で?」

「そうだよ?」

 セレスティアは、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと微笑んだ。

「……へえ」

 その笑顔を見て、アリアが小さくため息をついた。

「……セレスティア様」

「何?」

「……いえ、何でもありません」

 リリも、少しだけ複雑そうな顔をしていた。一方のヴィオレッタは、そんな二人の様子にまったく気づいていない。

(……ふふ、楽しみだな)

 頭の中に浮かぶのは、ふわふわした兎の人形。長い耳に、淡い青色のリボン。そして、隣で嬉しそうに笑うカトレアの姿だった。

 ――その頃、二年生の教室では、カトレアが窓際の席で静かに本を開いていた。けれど、視線は文字を追っていない。

(……ヴィオレッタと、人形作りか)

 思い出すだけで、自然と口元が緩む。剣術の試合前とは、まったく違う高揚感。上手く作れるかどうかは分からない。けれど、失敗しても構わないと言ってくれた少女がいる。

(……楽しみだな)

 カトレアは、そっと微笑んだ。そして、机の引き出しから小さな紙を取り出した。そこには、昨夜描いたばかりの、不格好な兎の絵があった。耳が少し長すぎて、顔もどこか丸すぎる。

 けれど。

(……これを、作ってみたい)

 カトレアは、その絵を大切そうに見つめた。

 まだ誰も知らない、王子様の小さな挑戦。それは、ヴィオレッタとの約束から、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。