メアリー・ノエルの回想,3
どこへ出掛けていたものか、帰宅した兄が急激に成人男性になったように感じられた。
この急激な変化を、その時の私は言語化できなかった。強いて言うならばそう、顔つきが明らかに変わった。憔悴しているようで、達成感を得たような、それらが混ざった顔。途方もない労力の果てに、成功を得た顔つきだった。
きっと、兄の人生を揺るがすような出来事があったからに違いなく、そしてそれは、私だけが感じた変化ではなかった。
「お前、なんだかいつもと様子が違うが…なにかあったのか…?」
「おかしなことを仰います。いつもと変わりありませんよ、お父様」
父は汗を拭うこともせず、喉を上下させてから兄の肩を掴んで言った。
「ジクリード、お前どこに出掛けていた?」
「…?なぜそんなことを問うのです?私から言わせれば、みんなの方がいつもと違う…!帰ってくるなり様子が違うだの、どこへ出掛けていたのかだの……」
「ならば聞き方を変えよう。リュードくんと一緒じゃなかったか?」
「リュード?あいつは熱を出して寝ているでしょう。昨日見舞いに行ったきりですよ。それとも何ですか、謝罪したのに私はまた同じ件で問い詰められるのですか!?」
父は無言のまま、じっと兄を見つめると、やがて深いため息とともにソファに沈んだ。
「…先ほど、シェルダー殿が血相を変えて来てな…」
「おじ様が?」
「リュードくんが…行方不明なんだそうだ」
「…え?」
他の家族にはわからなかったかもしれないけれど、この時の兄の違和感は例えようもないほどだった。
先ほど訪ねてきたシェルダー男爵のように、顔を真っ青にして震えると、いきなり屋敷を飛び出そうとした。
「ジクリード!どこへ行く!!」
「リュードを探しに行くに決まっているでしょう!!」
父や母は、必死になって兄を止めた。一見、幼馴染を心配して駆け出していく息子。そんなふうに見て取れた。けれども私はそんな兄を見て思った。
(ああ、何か知っているのね?)
落ち着け、冷静になれと大声を出す両親は、すっかり兄に騙されている。
だって、兄はリュードのために顔を青くすることも、ましてや行方不明だからと言って探しにいくようなことも、絶対にしないからだ。
けれど、私が今ここで兄を追求するのは得策ではない。まずはリュードの身の安全が第一なのだ。お兄様が関わっているのなら、尚更刺激してはならなかった。
そして、リュードが姿を消したその日の夜のこと。
「お父様、お母様、お話があります…!」
兄は震えながら言った。
「じ、実は…今日、私はローレンス領に行っておりました」
どうしてそんなところに行ったのか問い詰める両親に、兄は上目遣いで恐る恐る言葉を紡いだ。元来兄はそんな子どもじみたことはしない。私はすぐに芝居だと確信した。
「本当は、リュードに…行こうと誘われました」
「なんだって…!?」
思いもよらない告白に、立ち上がる父。驚愕で崩れ落ちる母。
「ど、どうして…そんなところに行ったんだ!!」
「リュードが…サンディーに花を…花を贈りたいと…!!リュードが言うには、ローレンス領には、滅多に咲ない珍しい花があるのだと…!みんなには内緒で着いてきて欲しいと頼まれたのです…!」
父の怒りは明らかだった。顔を真っ赤にして、小刻みに震えている。
「き、貴様…!!リュードくんを置いて帰ってきたのか!!」
「ああっ!!お父様…!!違うのです!」
「何が違う!!」
バコッと鈍い音がして、兄が倒れ込んだ。こうなることも、きっと織り込み済みだろう。
「立て!ジクリード!今から探しに行くぞ!!」
「……」
「ジクリード!!」
「…のです」
しん、と静まり返るダイニングに張り詰めた空気は冷え込んでいた。
「わ、私は…見てしまったのです…!!リュードが…ローレンス家の令息殿が乗る馬に、轢き殺されるところを!!そして…彼がリュードを埋めるのを!!!」
「なんだって…!?」
母は卒倒した。父は側にあるゴブレットに水を注ぐと、一気に流し込んだ。喉を伝って溢れた水が、シャツの襟に染みていく。
ぜえぜえと息をあげて、袖口で口元を拭う。父の興奮が伝わってきた。
「ジクリード、なぜ、すぐに言わなかった…!!」
「お、お、恐ろしくて…とても!」
「お前は馬鹿か!!!」
「だって!私が見たと知ったら、次は…私が殺されるかも知れないじゃないですか!!!!」
急激に大人びて見えた兄が、大きな体躯を屈めて、わあわあと泣いている。
その様子を見てとって、父はそれ以上何も言えなくなってしまったようだった。
けれど、私はやはり違和感を覚えていた。
殺されるかも知れないと怯えていたのが、なぜ急に告白する気になったのか。それに、兄がリュードのために、一緒にローレンス領へ行くわけがない。
(リュード…!本当に死んでしまったの?)
兄がどこまで本当のことを言っているのか、分かったものではない。だからまだ、リュードが死んでしまったと決めつけたくなかった。
父は慌ててジャケットを羽織ると、卒倒している母を起こした。
「ああ、あなた…!!」
「しっかりしろ。私はこれからジクリードを連れて、シェルダー男爵に話に行く」
私はただそこに立ち尽くして、彼らを俯瞰して見ているような気持ちになる。
(…この違和感を、お姉様に伝えなくては)
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