ヴァイアン・ローレンス視点,4
「メアリー殿!」
ノエル家の使用人たちは何をやっているのだ。もたもたとして、ひしゃげた馬車からメアリーを助け出せないでいる。
僕は斜めに傾いた馬車に足を掛けると、コンコンと窓を叩いた。
「メアリー殿!」
「その声は…ヴァイアン、様?」
「そうだ。無事か!?怪我は…」
「少し、頭を打ったようです」
「それはいけない。すぐにここから助ける」
扉を引っ張ったが、なかなか開かない。ガンガンと大層な音はするが、びくともしなかった。衝撃で歪んでしまったのかもしれない。
僕は渾身の力を込めて、扉を引っ張った。
バキッという音と共に開かれた扉の奥。そこに、ぐったりと項垂れるメアリーがいた。
「メアリー殿!!」
「ああっ、ヴァイアン様…」
傾いた車体で、腕を伸ばすことすら容易ではない。けれど、なんとかその軽い身体を抱き上げて、救出することができた。
「大丈夫か?どこが痛むのだ」
「頭が…。頭を打ちました」
「我が家の馬車で休まれたら良い。すぐに冷やすものを」
ノエル家の使用人達は息を飲んでから、「は、はい」となんとか返事を返し、すぐさま井戸に向かった。
何遍も君を夢想した我が家の馬車に、妄想の中でしかあり得なかった光景が広がる。
ぎゅうと僕の胸に頬を寄せるメアリーに、何度もおかしくなりそうになりながら、平静を保つことに専念する。
(…額が赤くなっている)
患部にそっと手を当てると、ぴくりと動いて潤んだ瞳が僕を直視した。
「す、すまない。痛むだろうか?」
「いえ、そうしていてください」
「しかし…」
「どうか」
(なんだ、何が目的だ)
不意にそんなことを思った。ただ同時にもしかして、とも思う。
メアリーが僕の求婚を断ったのは、婚期を逃そうとしている姉の心配故だった。
(もし、サンディーに貰い手があれば、僕の求婚は断られなかったのだろうか)
「メアリー、殿…その…」
コンコン、と扉がノックされて「冷やすものをお持ちしました」と使用人が声をかけた。
「お嬢様、今日はもう、屋敷に帰りましょう。旦那様や奥様にも報告しなくては…」
「いいえ、もう少し休みたいの」
「医師に見せなくては」
「お願いよ。もう少し、このまま」
使用人はちらりと僕を見ると「しかし…」と口篭らせた。
「僕は構わない。大切な義妹が怪我をしたのだ。看病は当然のことだと思うが」
「…ローレンス様、何から何までありがとうございます。落ち着いたら声をかけて頂けますか」
「ああ、わかった」
静かに閉められた扉の窓から、春の柔らかい日差しが僕たちを照らした。
とく、とく、とく。まるで時計の秒針のように、真っ白い首筋の血管が、規則的に拍動している。
「ふう」
と何度か痛みを逃すかのような息が漏れて、桃色の唇がその度に震えた。
(綺麗だ)
サンディーとは似ても似つかない。こんなにも可憐な人を、僕は他に知らない。
そう、本当に。可愛らしい兎のような、愛玩できるものならなんでも良いわけじゃないのだ。
聡明で、美しく、センスがなければ。
(ああ、本当に…)
「ヴァイアン様」
漏れる吐息に混じって僕を呼ぶ声がした。
「貴方の事をもっと深く知りたいと思っていると言ったら…ご迷惑でしょうか」
「……それは…」
「結婚式で…貴方と並ぶ姉を見て、嫉妬したと言ったら…」
「君は…一体……」
「…セイファー家のお茶会、随分遅れてしまいそうですわね」
「え?あ、ああ…だが仕方がないだろう」
「そう、仕方がないですわ。二人揃って、遅れてしまうのは」
「っっっ…」
知的な瞳の奥に、一体何を隠しているのだろう。これが彼女の本心だというのか?
姉と結婚した途端、僕に言い寄ってくるだなんて。
「私は、構いません。噂になるのがヴァイアン様となら」
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