4.俺氏。後輩氏に発見される
『篤紫先輩、ほんとにゲームの中にいるんですね……』
魔王ソフィーのお使いで王国の冒険者ギルドに入ろうとしたところ、出待ちしていたプレイヤー氏に呼び止められたんだが。誰だ?
『えっと、田中です。田中詩織』
「……ああ、もしかして茂手木物産の?」
『そう。そうです。新人研修でお世話になった――』
うん、俺氏あまり覚えていない。
ギルドに入って、そのまま流れでギルマス室に向かおうとして、服の裾を掴まれた。待って、俺氏の服が伸びるではないか。
『あの……先輩?』
「すまんが、俺氏。ギルマスに用があるんだが。ちょっとだけ待っててくれる?」
『……はい』
プレイヤーのアバターキャラなのに、表情が想定以上に豊かで、とても悲しい顔に見えた。もう、俺氏女の子にこんな顔させたくないんだが。
小さく息を吐く。きびすを返して酒場に向かう俺氏を、田中が……いや、心の中は詩織でいいか。詩織が驚いた顔で見つめてきた。
『えっと、いいんですか? 用事があるんじゃ……』
「今なくなった。オレンジジュースでいいか?」
『……はいっ!』
花が咲いたような。そんな笑顔が開いた。
いや、もう。本当にどうなってるんだろうな、今のアバター。
俺氏が中にいるから、そう見えるだけなのだろうか。
『篤紫先輩、美味しいです。オレンジジュース』
本当に美味しそうに飲む、詩織。
気になって周りを見回すと、コスプレしてるプレイヤー。いやこれが、この世界のスタンダードだった。
「えっと、田中氏はどうやってここに?」
『篤紫先輩が会社を退職したって聞いて、色々な人で足跡辿って、アパートに辿り着いたんです』
「お、おう……」
『それなのに、中に住んでいる人が篤紫先輩じゃないって。すごく悲しかったんですよ』
「えっと、何か……すまん」
これ、俺氏が悪いのか?
『それでですね。付き合うことになりまして。そのご報告に』
「えっと、おめでとう?」
『すまん、篤紫――』
声に振り返ると、プレイヤー名ムサシ。本名知らない、が立っていた。
つまりどういうことだってばよ。
『ずっと、篤紫先輩のこと好きだったんですよ。でも武蔵さんと話をしているうちに……』
『篤紫あのな、すまん。ベッドちゃんと買い換えるからさ』
「いや、うん。うん?」
『だから篤紫先輩、ごめんなさい。ご縁がなかったということで』
それだけ告げて、しっかりと頭を下げた詩織は、立ち上がって冒険者ギルドから出て行った。大きく目を見開いたムサシが、頭だけ下げて後を追っていった。
詩織の目尻に、涙が浮かんでいたんだが。俺氏は、見なかったことにした。
立ち上がって、温くなったオレンジジュースを流し込んでから、ギルマス室に向かった。
「んなことがあったんだが。ソフィー、笑いすぎなんだが」
「ふふふ、そんなこと言われてもな。くふふふふふ――」
用事を済ませて魔王城に戻ると、待ちくたびれた魔王ソフィーに抱きつかれたんだが。
そうして、冒険者ギルドでの経緯を話すと、なぜか笑い袋と化した。
「飲み物は、コーヒーでいいのか?」
「ああ、それでい、くふふふふ。それでよい、くはっ」
「ソフィーが笑いすぎな件について……」
「す、すまぬくふふふ――」
ソファー転がっているソフィー。何この語感、おかしくね?
魔王の部屋兼、俺氏の部屋には、いつの間にかたくさんの種類のコーヒーがある。俺氏がコーヒー好きだって言ったら、たくさん揃えてくれたんだよな。
今日の気分はちょっと苦め。
何となくでブレンドした豆を、サイフォン式コーヒーメーカーにセットした。
「しかし篤紫よ、よかったのか? 昔の同郷なのだろう?」
「俺氏、ソフィーがいてくれれば、別に他には誰もいらないんだが」
「……」
真っ赤になったソフィーを尻目に、コーヒーのできあがりを待つ。
静かな、そんなひととき。
「そういえば言っていなかったよな」
「な、なにがだ?」
「俺氏、孤児だったんだ」
「……そう、なのか……?」
物心ついた時には、両親が居なかった。
小学校に上がる頃には、祖父祖母も亡くなり、相続はそのまま叔母の元に。俺氏は、児童養護施設に送られた。
そして独り立ちして、いまここにいる。
「いや、端折りすぎであろう。何があった?」
「小学校でな、俺氏いじめに遭った。その時に助けてくれたのが、留学生のソフィア嬢だったってだけだな」
「可愛かったのか?」
「いや、普通。何ならソフィーの方が極上まである」
だから、日本人なんて嫌いなんだが。そんなことは、ソフィーには関係ないから。
「あ、あのな篤紫。そんなに我をいじめて、楽しいのかえ?」
「俺氏が、ソフィーに惚れているってだけだな。他意は無い」
「……もう」
そうして、夜は更けていく。
さて、やってきましたレイドバトル。
謁見の間には、200人を超えるプレイヤーが集まっていて、玉座に座る魔王ソフィーをじっと睨んでいた。
例に漏れず、案内人の俺氏は扉の横で待機。
「有象無象が群れで来たところで、我に届くことなぞあり得ぬ。大人しく跪け、ならば楽に逝かせてやろう」
その台詞、この間も言っていた気がするんだが。
周りをなめ回す様に挑発するソフィーも、俺氏を発見した途端に笑顔になって手を振ってくる。同時に、黄色い嬌声と、どす黒い怨嗟の声が響き渡る。何でだ!?
てか、公式サイトで俺氏との関係を公認にしたから、ソフィーが全然隠さなくなったんだが。
そんなカオスな空気の中、ふと濃い視線に気がついて、視線の元を追った。
知らない人が、いた。
金髪美人。そんな一際綺麗どころが、俺氏を見つめている。
そして視線が交差する。
目尻に涙が一筋。
遠目に口が開いて、何かを言いかけ――
『いくぞ、みんな!』
『『『おおぉぉっ!!』』』
鬨の声が上がり金髪美人は、一気に人の群れに埋もれて見えなくなった。
そして俺氏は、また流れ弾に当たってあっさり消滅した。
「ずっと一緒にいたかった、か」
ソフィーを待つ間、ふと思い出す。
もしかしたらあれは、詩織だったのか。
だとしても、俺氏は何もする気はない。だって――
「戻ったぞ篤紫、今回も楽勝であったぞ」
ご機嫌で俺氏の座るソファーに座り、しな垂れかかってくる。そんなソフィーの頭を、本当に愛おしくて、撫で繰り回す俺氏。
だって俺氏、ソフィー大好きなんだもの。
そして取りだす、緊急メンテチケット。
夜はさらに更けていく。




