2.俺氏。魔王と対峙する
空気が重い。
毛の長い絨毯、黒地に金縁のソファー。同じく黒地の凝った造形のテーブルには、金と宝石がふんだんに使われている。
部屋は、天井から吊されているシャンデリアで明るく照らされていて、壁には謎の絵画が飾られている。ザ、高貴な人用、応接ルームにいるのだが。
『篤紫、今どこだ!? 無茶だけはするなよっ! 今、各クランに呼びかけをしている。くれぐれも、単独突入だけはするんじゃ無いぞ!!』
「いや、俺氏は大丈夫だ……を、返信。と――」
対面の、深紅のドレスが身じろぎする。
何となく公式の場っぽかったから、一応通知はマナーモードにしてある。さすがの俺氏も、この程度の節度はある。だけど、通知が来ると普通にパネルが開くから、あまり意味が無い。
今も美女の瞳が揺れている。
「す……済まんかった。まさか我も、ここまで大事になるとは思っておらなんだのだ……」
「いや、俺氏の油断でもある。魔王様は気にしないで貰いたいのだが」
「……ソフィーと、呼んでくれ」
「……え?」
「だから、我のことはソフィーでいい」
魔王メルレソフィア・ルナヴァルド。頭の上に、名前が浮かんでいるから、呼ぶならやっぱり魔王かなって、思っていたのだが。
「まお……そ、ソフィー氏はいつも独りなのか?」
「魔王城だからな。フィールドは広いが、実際に我が生活する空間なぞ、ここともう数部屋しかない。質素なものだよ」
はち切れんばかりの双球を揺らしているのは、絶世の美貌だ。頭部には黒く立派な巻き角があって、腰まで流れる純白の髪との対比がとても綺麗だ。
ただ、どうしても放っておけなかった。だからこその大騒ぎなんだが。
「ただ、さっきまで本当に楽しそうに。俺氏とお喋りしていたんだよな」
「なっ……あ、ああ、篤紫? 何を言って――」
「無理もないか。サービス開始から十数年経つが、ここまでプレイヤーが増えたのって、俺氏が中の人になってからだから」
「いや……そうだな。確かに、つい最近まで我の所まで、誰ぞ来ることは叶わなかった……」
「半日の付き合いだけど、すっごく寂しかったんだな。俺氏も、楽しかったし」
「……」
ふと顔を向けると、俯いた魔王ソフィーの顔が真っ赤になっていた。
俺氏、何かやらかしたか?
「そそ、そろそろ行かねばならぬのであろう? こ、ここを篤紫の復活ポイントにすることを赦す。設定してゆくがよい」
「え、マジで? 俺氏未だに、始まりの噴水前だったから、助かるよ。でも本当にいいのか? ソフィー氏のプライベートエリアなんだろう?」
「構わぬ。存分に使うがいい」
「わかった、俺氏これからはここに復活するよ」
何となく魔王ソフィーが嬉しそうだったから、お言葉に甘えることにした。
実際に俺氏、噴水以外に復活ポイントの設定ができなかったんだよな。既存のキャラがいる場所は、そのキャラの許可がないと設定できない。まあ、倒せば入れ替わりが可能なんだが……歓待されて、倒せるわけがない。俺氏、そこまで鬼畜じゃないが。
笑顔で手を振る魔王ソフィーと別れて、俺氏は合流地点の魔王城厨房に向かった。
『篤紫っ! 無事か!?』
冷蔵庫の陰でレモンアップルを囓っていると、食堂の方から破壊された扉の破片が飛び散った直後に、大声とともに大量のプレイヤーが飛び込んでくるのが見えた。
ああっ、あれミノタウロス氏や、NPC達が直すんだが。何で壊すし!? ここは、普通に入って来いよ。
自動修復とか付いていないから、プレイヤーがログアウトするか、緊急メンテで村人が不平不満を漏らしながら、修理するんだよな。そんな俺氏も、何回か回り番で呼ばれて直しに来たことがある。
「ブモッ、ブモモモ、ブモブモモ?」
「いや俺氏、君が何言っているか分からないけれど、たぶん頼んだわ」
「モッッ! ムフッ!!」
「いや、分かったんかい!?」
大型の鉈斧を振りかぶって突撃していったミノタウロス氏は、数十人のプレイヤーに蛸殴りにされてあっという間に光の粒に変わった。
『篤紫さん、どこにいるのかしら――あ、いたわ』
「あ、どうも」
いつぞやの魔法使い風の女性プレイヤーに見つかった俺氏。無事、拉致される。
『一人でこんな所まで来るなんて、無茶があるわよ』
「いや、俺氏は――」
『すまん。オレが魔王城の周辺に、偵察ができたら何て言ったものだから……』
「待って、別に俺氏は――」
『それなら、先に僕らに声かけてくれん? 篤紫さんにはお世話になっているのは、ここにいるみんな一緒なんだ。負担かけるなや』
『そうよ、篤紫さんはわたし達が絶対に守るわ』
いや俺氏は、普通に中の人になっているから、NPC扱いで構わないんだが。
何ならこの間、間違えてダンジョンのトラップ踏んで光の粒になって、噴水前で復活したんだぞ?
まあ、多数のプレイヤーに目撃されて、小一時間ほど事情聴取受けたのはいい思い出。その後、件のトラップはみんなで押し寄せて破壊されたが。
「魔王は倒すのか?」
『ああ。篤紫を拉致するなんて、酷い魔王は捨て置けんからな』
『そうよ。仕様上魔王も、周期的に復活するわ。でも、許せないものは許せないのよ』
『篤紫はな、後ろで見ていてくれればいいからな』
「あ、ああ。わかった――」
そして、謁見の間。
次から次に合流したプレイヤーの数は、もう100人近くにまで膨れ上がっていた。俺氏は端に追いやられて、扉の横で待機。一体どうなることやら。
魔王ソフィーは、一段上座にある玉座に腰掛けて、肘掛けに頬杖をついている。
「有象無象が群れで来たところで、我に届くことなぞあり得ぬ。大人しく跪け、ならば楽に逝かせてやろう」
気怠げに全体を俯瞰して見ている魔王ソフィー。
前にいる剣を、槍を構えた鎧剣士を目を細めて流し見。その後ろにいる魔法使い然した格好の軽装な人たちを観察して、最後に俺氏の方に視線が来た。
あ、目が合ったぞ。
空いた手で俺氏に手を振るの、やめて貰えないかな。何人かの、女性プレイヤーっぽい人たちの空気が変わったぞ?
『いくぞ、みんな!』
『『『おおぉぉっ!!』』』
魔王に殺到する、大量のプレイヤー。
呼び出した大杖を無造作に振るうたびに、一塊に光になって消えていくプレイヤー。
「あっ」
『ああ――』
それを、呆然と眺めていた俺氏のもとに、大柄な鎧の塊が飛んできて、押し潰された俺氏はあっさり消滅。
その後どうなったか、知らない。
「す、すまなんだ……」
復活した俺氏の隣で、同じく復活したらしい魔王ソフィーが、ベッドに横になっている。んでだ、二人にシーツが掛かっているんだが――
「なんで、俺氏とソフィーは裸なんだ?」
「そそ、それはな。仕様なのだ。他意はないぞ? 我が、楽しむために設定なんぞ、しておらんからな!?」
「俺氏も、普通に男なんだが」
「よし、どこからでもかかってくるがよいっ」
「……魔王に、二言はないんだよな?」
丁寧に、クールタイムも一週間に設定してあるから、通知が一切来ない。
そんなわけで、久しぶりにゆっくりした。
まあ、何をゆっくりしたのかは、ご想像にお任せする。
中の人も、そんなに悪くないかな。




