1.俺氏。夜しか眠れない
『じゃあな、篤紫。いい夢見ろよ』
「ああ。また明日な――」
目の前で、青く透き通った知り合いプレイヤーの体が、ブロック状に分解されながら、空中に消えていく。そんないつもの別れに、俺は精一杯の笑顔を向けた。
夕焼け空が、何とも心に染みる。いや何だろ、少し景色が滲んでいるぞ。
そんな俺氏に構わず、周りにたくさんいたプレイヤーっぽい人たちも、同じように消えていく。
俺氏も、ログアウトしたいんだが――
吐き出したため息が、少しだけ淡く光って、寂しそうに消えていった。
そして、空中に突如として現れる『緊急メンテナンス』の文字。
「あああああっ、やっと休日だ。何だよ、最近のプレイヤー、面倒くさいんだよな」
「メンテ、いつまでだったかしら?」
「朝四時には終わるらしい」
「マジか。夜しか寝られないやつだ」
さっきまで周りで、同じルートを周回しながら、テンプレ会話していたNPCの奴らが、一斉に喋りながらあちこちに散っていく。
見慣れた光景に、ため息を重ねる。
俺氏。気がついたら、ゲームの中の人になっていたんだが。
事の発端は一ヶ月前に遡る。
その日俺氏は、普通に寝たはずだった。
いつも通りゲームをして、ちょっと遅めの夕飯をかき込んで、寝た。ベッドで。
『いや篤紫さ、ほんとにオレがこの部屋使ってて良いのか?』
「ああ。どうも俺氏は、現実世界には戻れないみたいだからな、もし戻れた時のことを考えると、その部屋は確保しておいて欲しいんだ」
剣と盾、重厚なプレートメイルを着た長身の男が、器用にも首を傾げるアクションをして、全く関係ない話題を振ってくる。
いやいいけど、ここダンジョンの中なんだぞ? ほら、見ろよ。そこの曲がり角からスライムがにじり寄ってきているぞ。
あ、倒した。
いやまあ知っていた。鎧男が喋っている内容と、動いている内容違うこと。
『だけどさ、オレも昨日、お前のベッドで寝たんだが、そっちに行けそうにないぞ?』
「いや、知らんし」
空中の画面を見て、今日の予定の再確認。
セーブポイント俺氏は、一時パーティを組んだプレイヤー『ムサシ』と一緒に、明日までの予定でダンジョン入り。ムサシは現実時間の『夜11時』にログアウトするから、その後は俺氏だけでダンジョンを進むと。
いや、めんど。
「それで今日もその、俺氏のベッドで寝るのか?」
『そりゃそうさ。このベッドで寝たから、そっちに行けたんだろう? ワンちゃんオレもそっちに行けたら、夢が叶うからさ』
「夢ってお前、この間言ってたFIREってやつか? なんか違う気がするぞ?」
『細かいこたいいんだよ。明日は仕事だし、もう寝るからな』
そうしてログアウトしていく知り合いが、何だかうらやましい。俺氏もログアウトしたい。メニューに項目すらないから、無理なんだが。
肩を回して、ダンジョンを進む。
通路から曲がってきたゴブリンが、びっくりして立ち止まった。出会ったのが俺氏だと気がつくと、頭を下げて、手を振って去って行った。
もう、何なんだろうね、当たり前のように中の人判定されている。
マイナーな、ほんと人数数百人のオンラインゲームをした後、ベッドで寝た。
そして気がついたら、噴水広場に立っていた。
ログアウトしようとしたら、項目がなかった。
三行にしたらこんな感じか。
半透明のメニューが普通に出たから、一生懸命メニューを探して、ログアウトの項目を小一時間探したのは、いい思い出。
俺氏。ここで、ログアウトできないことを悟る。
最初は何か、よくあるゲーム世界系の異世界転移かと思っていた。でも全然違くて、俺氏は中途半端にゲームの中の人に転移していたんだが。
前から来た魔法使い風のペアが、険しい顔をして通路を歩いて行く。
『明日さ、駅前のポチ公前で待ち合わせだったよね?』
『時間は10時よ。それからコンサート会場に向かえば、普通に間に合うわ』
『ねえ、今誰かいた?』
『いたかしら? こんなところに、NPCなんていないはずよ』
いるんだが。
目の前に回って、手を振る。
『うそ、もしかしてワンダリングプレイヤーの篤紫さん?』
『わわっ、激レアキャラじゃん。友達申請しないと』
「いや、そういうつもりではないんだが。俺氏は忙しいから、先に進むぞ」
『申請したから、またよろしくね』
『またね』
そう言って、険しい顔をしたまま去って行くプレイヤーキャラ。
はい。
寂しくて、ついつい声かけている。それは否定しない。
空中の画面にある申請に、受諾を選択して、もうどうしようもない現実にまた、行き場の無いため息を漏らす。
ため息をつき次な自覚はある。止められない、やめられない。
中ボスの部屋の扉を開ける。
武器を構えて扉を睨んでいたホブゴブリンが、部屋に入った俺氏を見て、そっと構えていた武器を下ろす。部屋の隅に行って壁のボタンを押す。
『緊急メンテのお知らせ』
部屋の明かりが落ちて、赤い非常灯っぽい明かりだけが後に残った。見づらい。
「ごぶごぶ、ごぶご?」
「いや、何を言っているか分からないんだが」
壁の隠し扉を開けて、中に案内された。
緊急メンテが点滅していたからタップすると、翌日の9時まで中ボス部屋がメンテナンススケジュールになっていた。自由かよ。
「つまりあれか。緊急メンテついでに、俺氏を休ませてくれるのか?」
「ごぶっ! ごぶごぶ、ごぶご?」
「何で俺氏の言葉は通じるのに、俺氏は何言っているのか理解できないんだろう」
「ごぷ、ぷぷぷぷ」
「笑うなよ。それ失礼なやつだからな」
まあでも、有り難い。
少し待っていると、奥からピンクフリルを着たゴブリンメイジが、配膳カートを引いてきた。頭の上に、名前が浮いているから分かりやすい。
推定、妻か? ホブゴブリンは妻帯者だってことか。
テーブルに腰掛けて、振る舞って貰ったステーキと、色とりどりのピザ。それにビーフシチューを食べた。
そうしてお腹がいっぱいになった俺氏は、客間のベッドで就寝した。
スター・ウォーク・オンライン。
それが俺氏の迷い込んだ、ゲームのタイトルだ。
アニメタッチなキャラが特徴のオンラインゲームで、運営は零細。何なら俺氏がゲームしていた時には、そろそろサービス終了だって噂されていた。
実際に、俺氏がここに迷い込んだ半月後には、会社が倒産したらしいって、ムサシに聞いた。だけど、ゲーム自体は続いているらしい。
それが俺氏がいるからか、もしくは他の因果があって続いているのか、サービスは現在も続いているらしい。
『おい、篤紫。そっちにゴブリン行ったぞ』
「ああ任せるがいい」
近づいてきたゴブリンは、俺氏の目を見て頷く。
わざと大ぶりに振り上げた棍棒が、俺氏の横を通り過ぎていく。そして倒れたゴブリンが、光の粒になって消えていった。
俺氏、何もしていない。
『あっぶね。ちゃんと見ていないと、やられちゃうだろう?』
「ああ、すまん。俺氏、油断していた」
そんな日常。
明日は、丸一日が緊急メンテ。
ユーザーの間で、緊急メンテのことを『夜』って言いだしたのは、いつからか。
そんな俺氏の日常。




