第32話:其々のそれぞれ
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朝日が昇り始めた気配に、グリムはゆっくりと瞼を開ける。
右に視線を向けると、自分の腕に抱きついて眠る、大きくなり始めた娘。
更に視線を左に向けると、自分の胸にそっと手を置いて眠る、大きな娘。
二人の寝顔に微笑み、そっとベッドを抜け出した。
この部屋も随分と広げて貰い、今では娘達と三人でゆっくり眠れる寝床もある。
しかし、そろそろ娘達の部屋を用意すべき頃合いかとも思案していた。
まぁ、娘の一人には猛反対されそうだと思い、また少しだけ先延ばしにするのだった。
グリムの朝は、山羊達の放牧から始まり、畑で朝食用の野菜を収穫する。
「……うん、よく育ってるな。こっちはもう少しか」
この六年で成長したのは、アリスやイーラだけではなく、グリムもまた、二人と共に多くを学び、今では言葉遣いも随分と流暢になっていた。
「……それにしても、山羊とは、ここまで大きくなるものだったろうか?」
そう言って、首を捻り考えるグリムの視線の先には、馬程もあろうかという、巨体の山羊達がゆっくりと草を食んでいた。
「……まぁ、皆健康なら、それで良い」
軽く頷き、竃に火を入れるべく家の中に向かう。
採れたての野菜を刻みながらグリムは思う。
この洞窟も随分と広くなったものだと。
アリスとアルヴェイが何やらはしゃぎながら、専用の部屋だと言って作っていたが、その半分近くは物置になっていて、大抵は空き部屋だった。
そんな事をつらつらと考えていると、アリス達が起きて来た。
「……おはよう、お父ちゃん」
「ホホホウ、ホホウホウ」
アリスを背に乗せたイーラが、グリムに向かって揃って朝の挨拶をしながら食堂へ入って来た。
そこへ、軽く身嗜みを整えた、アルヴェイも入って来る。
「おはよう、グリム。 おや、今朝は随分と早いじゃないか、アリス、イーラ」
そう声を掛けながらアルヴェイがいつもの席へと腰を下ろした。
「うん、今日は お母ちゃんのお墓に挨拶に行ってから、村跡辺りまで、見廻る予定なの」
「あぁ、それでか。お昼前までには、戻ってくるんだよ。今日は、剣の稽古があるからね」
「うん、分かった」
「ホホッホ」
そんな朝の会話を聞きながら、スープを仕上げる。
グリムは竃から鍋を持ち上げ、テーブルへと置いた。
「……出来たぞ」
「うむ、いい匂いだ。では、頂くとしよう」
「はーい」
「ホウホ」
グリムは、この朝の穏やかな時間が何よりも好きだった。
―――
「じゃ、行ってくるねー」
「……気を付けて行ってこい」
「余り寄り道せずに戻るんだよ」
「はーい、行こ、イーラ」
「ホウ」
朝の澄んだ空気の中をイーラの背に乗り駆け抜ける。
ここ最近、山羊のアローが自分に乗れと主張してくるが、イーラがそれを譲らず、私の争奪戦でドタバタしていた。
気が付いたら私の知ってる山羊の大きさじゃなくなってたけど、流石は異世界の山羊だ。
あれならお父ちゃんもアロー達に乗って出掛けられるだろう。
その内、馬車ならぬ、山羊車でも作って上げよう。
おっと、そんな事を考えてる内にもう着いた。
「お母ちゃん、おはよう。今日も良い天気だよ」
朝の挨拶をして、お墓の周りの雑草をイーラと一緒に抜いて、掃除をする。
「よし、綺麗になった。じゃお母ちゃん、行ってきます」
「ホウ」
再びイーラの背に乗り村跡へと向かう。
通い慣れた道を駆け抜けるイーラの背で風を感じながら目を細めていると、やがて、かつての村の名残りが見えて来た。
「……大分、森に飲まれ出したなぁ」
木々がまばらに生えていた家の残骸も、今ではすっかり林に変わってしまっている。
イーラから降り、かつての村の中をゆっくりと進む。
道だった所も今では、私とイーラだけの獣道になってしまっている。
お父ちゃんや師匠の話では、恐らく巨大な魔獣か何かに襲われたんだろうと言っていた。
……私の生まれ故郷。
何故、私達の家よりも危険なこの場所を選んだのか、それとも選ばざるを得なかったのか、今となってはもう、分からない。
村の中心だろう場所に建てられた小さな石の塚。
お父ちゃんが、昔に建てた村人達のお墓。 軽く掃除をして、祈りを捧げる。
ゆっくりと目を開け、村の後ろの山脈を仰ぎ見る。
この山の向こうにも、村や街、あるいは国があるのだろうか。
もしかしたら、ここの人達は、そこからやって来たのかも知れない。
もう、誰も教えてはくれないけれど……。
「……戻ろうか、イーラ。きっと師匠が待ちくたびれてる」
「ホウホウ」
さぁ、今日は剣の稽古だ、余り得意じゃ無いけれど、体を動かすのは嫌いじゃない。
今日こそ一本は取れないまでも良い線までは、行きたい。
「ようし! 出発ー!」
「ホッホウ!」
♢♢♢
最近、気になる事がある、というか、そろそろ目を逸らし続けるのにも限界を感じていた。
「……何であの山羊達は、馬並みに大きいのだろうか」
確かにこの森の魔素の量は、今までに訪れたどの場所よりも濃い。
しかし、それだけではあの巨体は説明出来ないだろう。
……いや、本当は気が付いてはいるんだが、頭がどうにも理解を拒んでしまう。
アリスの作った乾燥小屋、その裏手にいつの間にか群生していた花。
――星導花。
時の権力者達が欲して止まなかった、万能薬、そして不老長寿の原材料とも噂される極めて発見の難しい花。
聖人ケモナーが己の隠し札の一つにしていたらしい幻の花。
通常は、百年に一度、見つかるかどうかと言われている。
……それが、群生してるのか。
あぁ、アローが無造作に食べ出したな……。
「……あれしか原因は無いだろうねぇ」
「……どうした、アル?」
振り返るとグリムが小さな瓶を持ってやって来た。
……瓶。
……花。
……蜜。
いや、まさかね。
…………。
えっじゃあ、今までパンに付けてたジャムは……。
イーラが果実に塗って食べてたのは……。
「……グリム、今まで聞くに聞けなかった事だが、まさか、この花の蜜でジャムを?」
「……そうだ。何故か冬以外は大量に蜜が採れるから、果実と混ぜて作ってる」
……世の中には知らなければ良かった話しがあると言うのを、これ以上に実感する事は無いだろうねぇ。
あぁ、早くアリス達が帰って来ないものかな。
こんな時は、体を動かすに限るねぇ。
◯◯◯
「はい、上、上、中、上、下、下」
「ふっ!はっ!ほっ!やっ!たっ!あっ!?」
姉と居候の剣の稽古を見ながらイーラは、自分の手を見つめ、何か出来る事は無いかと考える。
前に一度、父に強請って自分用の木剣を作って貰った事があったが、強く握りすぎて潰してしまった過去がある。
気にするなと言われたが、父に申し訳無く思い、それ以降、剣は諦めていた。
自分も姉の様に剣を振れなくとも、魔法というものを使ってみたい。
それが彼女の最近の悩みでもあった。
「くっそー、今日は良い線いけると思ったのに!」
「まだまだだねぇ、最後の当ててやろうとする雑念が、ありありと見えてたよ」
今日は、魔法の練習はしないのかと、じっと二人を見つめていると、その視線に気付いた姉が、此方にやって来た。
「どうしたの? イーラ」
「ホホウ」
「魔法?」
頷きで答える。
「……いつも不思議だが、何故会話が成立するのかねぇ」
「ゴルルゥ」
「分かった、分かった。悪かったよ」
「ブフン!」
両手挙げて降参する居候を許してやり、視線を姉へと戻す。
「しかし、以前に教えた時は、魔素は練れても発動迄は、いかなかったからねぇ」
「じゃあ、イーラは、魔法がつかえないの?」
姉の言葉に不安が募る。
「んー、こればかりは切っ掛けが重要だからねぇ。
どんなにこれはこうだと言っても、結局は受け取る側次第な所があるからねぇ」
「……ホウ」
「大丈夫だよ、イーラ。私もまともに使えたのは、ピンチになって咄嗟に使ってからだから」
「……物は言いようだね」
「……」
「おぉ、怖い怖い」
余計な一言を言って姉に睨まれた居候がサッサと退散して行くの見送り、姉に視線を戻す。
「さぁ、一緒に練習しようか」
「ホウ」
姉の優しさに思わず抱き締めてしまう。
姉もそんな自分の腕を優しく叩く。
不器用で誰よりも優しい父。
真っ直ぐで、いつも自分を引っ張って行ってくれる姉。
彼女にとって、その二人は何よりも大切で、大好きだった。
あと、次いでに居候も山羊達の次位には。
「さぁ! まずは、魔素を練って魔力に換える練習!」
「ホウ!」




