ファイル2 修正する大家
このアパートの大家である・大山ハナコは、小柄で腰の曲がった老女だった。
面談に現れた彼女は、ニコニコと笑いながらも、口にする言葉はめちゃくちゃだった。
接客室で、
「賃料は適格だと思うんだけどねぇ、ほら、この立地でこのお家賃よ?」
「条件だって普通でしょう?あ、でも夜遅く帰る人はダメよ、怖いから」
「外国の方もダメ、学生もダメ、あ、あと女性の独身もダメかしら」
千堂千草は、笑顔を引きつらせながらメモを取った。
(これはもう…完全にボケてるよな)
小林治は、無表情で静かにうなずいているだけだった。
帰り道。
夜の街を歩きながら、千堂がポツリと漏らす。
「…あんな大家さん、本当にいるんですね」
「いるさ。」
小林はポケットに手を突っ込みながら答える。
「条件がどんどん厳しくなって、誰も住めない。結果、だれもいないゴースト物件になっちまう。誰のためにもならないんだ」
「自分の生活も苦しくなるのに、なんで…」
千堂はつぶやいた。
「『自分で自分の首を絞める』ってのは、まさにああいうことさ」
二人の後ろから、カツ、カツと、誰かの足音がした。
振り向いても、誰もいなかった。
そんな問題だらけの物件だったが、
ある日、大家・大山ハナコが自分で募集サイトに掲載し、入居者を見つけたという連絡が入った。
千堂が連絡すると、入居希望者・入山誠はこう言った。
「大家様から聞きました。賃料、2万円引きますって。敷金も礼金も、いらないって」
「えっ……ええっ?そんな話、聞いてませんけど!」
慌てた千堂は小林に報告し、再び大家に電話を入れた。
電話口から、鼻歌まじりに大家の声が聞こえてきた。
「あら~勢いで言っちゃったのよぉ。ごめんなさいねぇ。修正しといて?」
「『他にも借りたい人いる』って、ちょっと嘘ついてもいいわよ~ふふふふ」
千堂は凍りついた。
(この人、ヤバい…)
小林に相談すると、
「……ダメだな。嘘は犯罪だ。我々も共犯にされる」
ときっぱり言われた。
再度大家にその旨を伝えると、電話口から怒声が飛んできた。
「あんたねぇ!ちょっとぐらい融通きかせなさいよ!」
「だれだって、間違えることくらい、あるでしょおおお!!!」
怒鳴り声の後、ブツッと電話が切れた。
その後、大家・大山ハナコは、別の不動産会社『ブラックホーム』で契約を進めた。
1年後。
千堂が血相を変えて事務所に飛び込んできた。
「小林さん……っ、ニュースに出てます!あの大家さん、あの入居者に……」
「……ああ、見たよ」
小林は新聞をポンと机に置いた。
『高齢女性 刺殺される 入居者の男を逮捕』
写真には、大山ハナコの顔が載っていた。
記事には、こう記されていた。
『近隣住民の証言によると、以前から物件内で奇妙な怒鳴り声や笑い声が聞こえていたとのこと。』
千堂は背筋が寒くなった。
小林はポツリと呟く。
「……間違いを、修正できなかったんだな」
千堂の耳元で、誰かが囁いた気がした。
「修正しておいて……修正しておいてよ……」
慌てて振り向いても、そこには誰もいなかった。
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