↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ホラー小説ランキング2位達成】訳あり不動産―その部屋、やめとけ―  作者: 虫松
第一部 小林治編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/49

事故物件ファイル16 賃料滞納者

古いアパートの玄関のドアの前。


外壁はひび割れ、鉄製の階段は錆びつき、足を乗せるたびにギィ……と鈍い音を立てる。

廊下には湿った臭いがこもり、どこか生ぬるい空気が流れていた。


その一室の前で、小林と千堂は立ち止まっていた。


「賃料を2ヶ月以上滞納した場合は、“無催告解除”だと、賃貸の契約書に明記されています。」


小林は、冷静な口調で、だが明確に滞納者・矢部へと告げた。


ドアの向こうは沈黙している。

だが――気配は、ある。


その言葉に矢部は、どこか笑っているような目で睨み返してきた。

ドアがわずかに開いた隙間から覗いたその顔は、青白く、頬はこけ、目の下には濃い隈が落ちていた。


「出てけ? 行くとこなんてねぇんだよ……だったら殺せよ」


声が低く、重く、濁っていた。

その奥に、何か壊れたものが潜んでいるのが分かる。


小林は一瞬、言葉に詰まった。


玄関の奥――

わずかに見えた室内には、積み上がったゴミ袋。

潰れたカップ麺の容器。

黒ずんだ床。

そして、何かを引きずったような跡が、部屋の奥へと続いていた。


「……とりあえず、今月中に荷物をまとめて出て行ってください。そうしないと、本当にまずいことになりますよ」


小林は静かにポストに解約通知書を差し込んだ。


その瞬間。


――ギィ……


ドアの内側で、何かがゆっくり動いた。


背後に、強烈な視線。


ガチャッ。


ドアの内側から、誰かがゆっくりと鍵をかけ直す音がした。


「家賃を滞納しておいて、あの態度……ありえませんよ!」


千堂は怒りを抑えきれずに声を荒げた。


だがその声は、どこか震えていた。

さっき見えた“何か”が、頭から離れない。


小林は静かに言った。


「実際に追い出すにはな……裁判所の手続き、執行官の立ち合い、全部で数十万円と、数ヶ月はかかる。

下手に刺激すれば、何をされるか分からない」


「まるで加害者が被害者みたいに守られてる……家賃払ってる人間が損するなんて、そんなのおかしいですよ!」


「……日本の法律を変えるしか、ねぇんだよ」


廊下の奥で、どこかの部屋のドアが静かに閉まった。

住人たちは、関わらないように息を潜めている。


その数日後だった。


矢部の部屋の異臭に、隣室の住人が管理会社へ連絡を入れた。


「最近、すごい臭いがするんです……腐ったみたいな……」

電話の向こうで、住人の声は怯えていた。


さらに別の住人はこう証言した。


「夜中に、壁を引っ掻く音がずっとしてるんです……ガリガリガリって……」


「誰かと話してる声も聞こえるんですけど……相手の声は聞こえなくて……一人で……」


連絡を受けた大家は、警察も呼ばず、我慢の限界とばかりに部屋に踏み込んでしまった。


昼過ぎ。

管理会社に連絡も入れず、合鍵を使い、扉を開けた。


その瞬間


腐敗臭が爆発するように外へ噴き出した。


床は見えない。

ゴミ、腐った食材、黒く変色した液体。


部屋の中央には、無数の足跡。

裸足の跡と、何かを引きずった跡。


そして壁一面に、爪で引っかいたような傷。


無数に。

狂ったように。


奥の部屋へ進んだその時だった。


ドンッ!!


突然、背後から衝撃。


振り向いた瞬間、矢部が立っていた。


目は見開かれ、焦点が合っていない。

口元は歪み、何かを呟いている。


「……来るな……来るな来るな来るな来るな……」


手には、台所から持ち出した包丁。


次の瞬間――


悲鳴。


その日の夜、ニュースになった。


【家賃滞納を巡るトラブルか 60代男性オーナーが刺殺される】


現場から発見されたのは、血まみれの包丁と、壁に爪で引っかいたような無数の傷跡。


さらに、警察の初動調査で明らかになった。


冷蔵庫の中には腐敗した食品だけでなく、

袋に詰められた“得体の知れない肉片”。


排水口には髪の毛の束が詰まり、

風呂場の壁には、赤黒い手形が無数に残されていた。


そして、床一面には腐った食品とゴミが散乱し、人間のものと思われる髪の毛の束がいくつも落ちていた。


近隣住民は口を揃えた。


「前からおかしかった……」

「誰も近づかなかった……」

「関わりたくなかった……」


警察が矢部を確保したとき、彼は抵抗せず、ただ笑っていたという。


「守っただけだ……ここは俺の家だ……」


「これが……現実の“返り討ち”ってやつか」


小林はテレビのニュースを見て呟いた。


千堂は顔を青ざめさせ、言葉を失っていた。


あの時、ドアの隙間から見えた“部屋の奥”。


あそこに――すべての異常が、始まっていたのかもしれない。


そんな中、小林だけが無言でタバコに火をつけた。


煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。


「……さあ、この事故物件アパートを処理しますか。」


その声は、妙に明るく、どこか浮かれてさえいた。


まるで


次の“案件”を楽しんでいるかのように。



事故物件ファイル16 賃料滞納者 エンド

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。