6日目 1
ゴブリンの軍勢から何とか逃げ切った日の翌日である
異世界生活初の土日である
帰宅部に所属する俺は、もちろん週末にわざわざ学校に出向かうなんて事はしない
別段用事はなく、これまで二日間暇の極みだったが、異世界を見つけた今、丸ごと2日間探査に割けるのだ
実は、金曜から3日間泊まり込んでやろうと思っていたが、寝袋持っていくの忘れてたってことはナイショ
48時間の猶予があれば、見たことない景色までたどり着ける、と意気込みながら、近所のコンビニによる
まずは、食料の貯蓄だ
二日間となれば、結構な量がいる
腹が減っては戦はできぬと言うしな、できるだけ購入していこう
腐りやすいパンやナマ物類を避け、おにぎり、菓子類、そしてありったけの水を購入
事前に準備した買い物袋をパンパンに詰めて誇らしげに、肩に下げる
そして、相棒に跨り、神社目指して漕ぎ出した
ーーーーー
先日まで駐車場の脇に待機させた相棒と共に、ゲートへと向かう
昨日同様、通路の入口が周囲の壁と同化していたが、俺の呪いの効果で容易く、幻術を破り侵入する
ゲート付近まで来て、相棒を止め、買い物袋を地に降ろす
買い物袋から、ペットボトルを取り出し壁に沿って綺麗に並べ、その出来栄えに、フフンと鼻を鳴らし、満足する
そのまま、食料は放置して、相棒を脇に異世界へと渡る
ーーーーー
眼前に見慣れてきた風景が広がると同時に、腰のあたりに衝撃がくる
「痛って」
いきなりの攻撃に何事かと振り向くと、自転車が俺を壁にして、もたれかかっていた
ハンドルがちょうど腰の骨にあたりに激突し、地味に痛い
召喚される前にしっかりハンドルを握っていたはずなのに、、、
どうやら、召喚時に俺と相棒を、別々に分離して召喚したらしい
脇腹あたりを抑えながら、周辺を見渡す
いい眺めだ
せっかく購入した飯を、この見事な景色の下でピクニックしたいのだが、如何せん、水の汚染の謎が完全解決したわけではない
確かに、その現象が液体だけに起こるもので、固形物にも同様の反応を示すかは、わからない
だが、解明していない以上、口に入れるなんていう勇気は、俺には更々ない
現世に置いておけば、汚染の作用が働くことは無いだろう
天然の冷蔵庫、、、とは到底言えないが
ゲートのある少し開けた空間は、外より体感温度2、3度ぐらい低い
2日ぐらいは、持ってくれるだろう
俺が思うに一番いい作戦は、昼時、夜時になれば、いちいち現世に戻ってきて食事を摂ることだろう
とてもとてもとっても面倒ではあるが、これが一番の安全策だろう
ここで大きな問題となるのは、広範囲の索敵に行けないことだ
食事を摂りに現世に戻るとなれば、ゲートからかけ離れてしまう、遠征は厳しい
その欠点を補うべく連れてきたのが、
まさしく「相棒」なのだ
まあさっき、主人である俺にぶつかってきたんだが、、、
え〜、長くなったが、つまりまとめると
「相棒で行けるとこまで漕ぎ続け、腹の虫が限界になれば、現世まで引き返し食事を摂る」以上だ
ただただこれを2日間永遠に続ける
目標としては、出来れば草原の先にたどり着きたい
その先の気候によって、作戦が変わるからな
周りの地理を把握するに越したことはない
昨日放置した斧を、紐で背中に巻き付け固定し、いざ漕ぎ始める
ペダルの回転数の速いこと、速いこと
斜面を臆することなく、突っ込んでいき
チェーンが空回りする程の猛スピードで下っていく
そうこう言う間に、草原地帯に入る
勢いを殺さないよう懸命に漕いでいたら
何やら散らばっているのが過ぎていった
横目でしか見えなかったが、多分昨日、闇雲に投げつけた武器たちの残骸だろう
それらの発見を元に、脳内で瞬時に、位置の把握が成される
「もう、ここまで来たのか」
自分でも驚愕する程の圧倒的な速さだった
ごく普通で、当たり前だが、徒歩と自転車では格が違いすぎる
しばし進んだ後にゴブリンの群れと遭遇する
恐らく昨日の俺に振り落とされた負け犬野郎で、先を急ぐ俺にとって眼中に無く
群れごと躱すように外に膨らんで、そのまま置いてけぼりにする
その後、特にハプニングは起こらず、順調に捜索を進めていく
ーーーーー
30分?それとも1時間だろうか?
結構な距離を走って来たはずなのだが、景色が特にかわる気配はない
相変わらず、一面の草原である
ひとまず止まって、疲労でぱんぱんになった足を解放してやる
そして、左腕に目線をやる
時刻は11:30
今、即ゲートに戻っても、帰るのに要する時間を鑑みれば、とっくに昼時を過ぎるだろう
なら、1食抜いてでも限界近くまで進んだほうがいい
へんに戻って、また一からやり直すなんて効率が悪すぎる
それに体力的にもまだ余裕
「まだ、いける。」
そう、意気込んだのはいいものの、、、
気づかぬ間に、辺りは、夕方特有の暖色な光で照らされ、日はとっくに傾いていた
さっきまで、上半身を倒して、地面と平行にさせ空気抵抗を可能な限り無くし、脳死でペダルを回し続けていて、空の様子の変化に気が付かなかった
どうやら異世界では、もうすぐ夜に入るらしい
日が完全に沈んでしまっては、太陽を光源頼りにしていた俺にとって、大打撃だ
さっきまでの意気込みは、どこへ行ったのやら
踵を返して帰っていく
ただひたすら真っ直ぐ進むだけでゲートにぶつかるはずなのだが
辺りが徐々に薄暗くなるにつれて、心が不安に染まっていく
ふと振り返ってみる
太陽が地平線に完全に沈みかけているのが見えた
辛うじて辺りを見渡せる程、暗くなった時
進行方向、向かって右側に、ひょこっと何かが立ち上がる
いや、正確に言えば、何もなかったはずの場所から、何かが現れる
わざわざ近づいたり、スピードを緩めることをするまでも無く認識する
「ゾッ、ゾンビ、、、」
そう、ゾンビが近場で湧いたのだ
ヤバイと思うや否や、脊髄反射でペダルを漕ぐ足に力が増す
相棒を共にする俺に、ゾンビごときが追いつけるわけ無いが、暗さが増すごとに沸くスピードも増すようで
前方の方で湧いたゾンビが行く手を阻んでくる
大きく膨らんで、躱し、置き去りにするも、どんどこどんどこと、永遠に湧いてくる
右に左にと体を倒しながら、くねくねと躱していく
だが、日没までにゲートに間に合わず、辺りはすっかり暗くなってしまった
迫りくるゾンビを避けたり、突如目の前に湧いたゴブリンに驚いて、急にハンドルを切ったりして、すっかり方角がわからなくなっていた
敵との距離感がつかめない程の暗さに耐えられず、自転車を止め、ズボンに忍ばせたスマホを取り出す
電源をつけ、蛍を捕まえたかのように、両手から光が漏れる
画面を見ると、右上に電波が届かないと表示されている
そんなことには、目もくれずライト機能をつける
縦長の小型の機械から、光が一斉に放射され、周辺を照らす
光を灯すのに、まごついてしまったようで、ゾンビやらゴブリンやら、中には、見知らぬものまで、俺を中心に四方八方囲んでいる
どこから突破しようか試案んしている間も、容赦なくじりじりと距離を詰めてくる
馬鹿正直に相手していては無理だと、瞬時に悟る
「突るか、、、」
そう決断を下すや否や、自転車にスマホを据え付け、背中に巻き付けた斧の柄を右手でがっしりと握り、ペダルを踏み込む
まさに、しんがりを務めるたった一騎の騎馬が大群の敵襲に向けて駆け出す気分だった
行く手を阻む群衆を斧で一蹴し、敵の陣形が壊れたところを、かつてないほどのスピードで駆けていく
俺の全力を前にして、追いつけるものなどおらず、囲んでいたはずの陣形が、だんだんと俺を追う形で、一直線になる
だいぶ突き放したが、それでも俺は必死に漕いだ、たとえこいつらを離せても、追加が後から後からとやってくるのだ
夜となった異世界に安寧の地など存在せず、平穏に過ごすには現世しかないのだ
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どれ程逃げ回ったのだろうか、同じ場所をグルグルと回り続けている気さえする
暗闇の中、方向感覚をとうに失い、現世に戻る活路が見いだせない絶望に押し負けそうになっている
途方に暮れた中でも懸命に走り続けた結果、ようやく一つの光が兆しだす
一面芝生のはずの地面の一部がキラキラと輝いていた
なにごとかと、その地めがけて進んだら、光るものを見て自分の居場所が完全に把握されたのだ
キラキラと光る正体は、スマホからの光が、地面に散らばった武器に反射して輝いていただけだった
だけだったのだが、ここからなら帰り方がわかる、ゲートまでの道のりが
これまで、追いつかれないよう必死に、闇雲に逃げ惑っていたが、目指す先が見据えた瞬間、完全に迷いが消えた
確信のこもった、力強い漕ぎであっという間に草原地帯を抜け、見覚えの斜面に差し掛かる
片手が斧でふさがった今、片手で坂を駆け上がる芸当など俺にできるはずなく、相棒と呼んでいたにもかかわらず、見捨てて斜面を駆け登っていく
もちろん、斜面にも敵はわんさかと湧いており、俺めがけて転げるように下ってくる
そいつらを斧で、振り払うように打ち倒しながら、懸命に進む
次第に、不気味な暗闇の中に、更に一際、不気味な見覚えのある建造物が見えてくる
いつも禍々しさしか感じさせないゲートが、今日は、なぜだか仏の後光のように光輝いて見える
そんな風にすがる思いで、膜に手を伸ばして飛び込んだ
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