2日目 見えぬ壁
無事帰還した翌日の朝である
「フア〜〜」
カバのごとく、顎が外れんばかりに口を開き
手でアワアワする
「くうう〜〜、、、ねっむ〜〜」
昨日の現実離れした体験が脳裏にこびりついて、常に興奮状態で、結局一睡もできなかった
トロンとした目をこすりながら、食パンをトースターへ投げ入れ、冷蔵庫からハムやらチーズやらジャムやらを取り出す
しばしコクリコクリとしているうちに
チ〜ンという高い音が部屋中に鳴り響く
トーストが焼けた合図だ
こんがり焼けた食パンをジャムを塗りたくって一口、、、
だいぶ甘いはずだが、脳は一向に覚める気配がしない
口にいれるタイミングだけ、かろうじて目を開き、咀嚼時はひたすら目をつむる
俺が思うに睡眠欲に勝てる欲は無いと思う
現実と夢を行き来しながら食事し、もはや何を食べてるかわからなくなる
朝飯を済ませ目を瞑ったまま制服に着替える
よく夜ふかしするもので、着替えぐらい手触りぐらいで事足りる
手袋を生活用から外出用に変える
フラフラとした足取りのままリュックを背負い玄関を出て、カチリと鍵を閉める
目は、ぎゅっと瞑ったままでいたいのだが、如何せん遅刻寸前だ。走らなければ到底間に合わない、飯を体内に入れたため辛うじて、足は回る
体は動くのに脳は全く働かない、不思議な状態のまま学校へと向かった
ーーー時はたち、放課後を告げるチャイムが鳴る
バン
扉を勢いよく放つ音とともに廊下へ体を踊り出す
階段を飛び降り、靴を目に見えぬ速さで履き替えそのまま学校を後にする
誰一人として草凪の速さに終えるものなどいなかった
授業中ちゃっかりと睡眠をとった草凪は、朝の不調さは消え、いつもの元気を取り戻していた。
バイクといい勝負するほどの速さで帰宅していく
あっという間に帰宅を完了し、着替えやらの支度を済まし、相棒を漕ぎ始める
目標は昨日と同じく神社
今度は河川敷を通らず、最短で向かう
昨日のルートは、かなりの遠回りだったから、だいぶ時間は稼げるだろう
だが以前も言ったとおり神社は高い位置に立地している
最短ルートとは、言い換えれば心臓破りルートである
歯を食いしばって、途中までかなり健闘したのだが、次第に重力に押し負け、ペダルが重すぎて仕方なく地に足をつける漕ぐのは、断念して押すようにして進む
思うのだが、山の頂付近に住む方々は自転車を使うのだろうか?
行きはジェットコースターだろうが、帰りは地獄、むしろ自転車が足手まといなまである
心臓の破裂しそうな痛みを思考をそらして和らげる
やっとのことで、神社付近の駐車場に来る
ちなみにこのルートは、表参道でも裏参道でもなく、自動車が通れるように整備され、もちろん自転車にとって邪魔でしかない階段もない
相棒を愛用する俺にとって最適な道だ
ただ、まあ、、、急すぎるけど、、、
駐車場の脇に駐輪し、通路の入り口まで歩く
「確か、、、この辺に、、、入口が、、、」
穴を探しながら、壁の脇を歩いていたら、いつの間にか終点の展望台まで来ていた
入口がないんだけど、、、
昨日の穴が嘘のように無くなっていた
慌てて昨日の記憶を掘り起こす
いや、絶対にここにあったはずだ
通路は、まやかしや幻想なんかではなく、確かにあったのだ
存在しないはずわないと疑う
今度は、まるで石橋を叩くかのように、壁を叩きながら引き返す
入口の空洞で凹むのでは?っと期待したのだが、、、
なんの手応へもなく、失敗に終わる
「昨日のは、幻というのか、、、?」
顎に手をあて、考える仕草をして記憶を疑う
そんなはずはないのだが、、、
しばらく思案して一つ、解決策を導き出す
一番だしたくない手だが、このまま考えあぐねてばかりでは、埒が明かない
そう決心して、両手の封印を解く
まあ、、、手袋を脱いだだけだけど、、、
昨日の記憶を頼りに、通路の入口だった付近まで近ずき
そして素手で触る
すると音も無く、壁だった風景が崩れ、突然穴が姿を現した
「やっぱりな。」
確信といかないまでも、少し自信があったのだ
この方法ならうまくいくと
手袋から露見されたのは、黒く染まって痩せ細った手
そこからムワ〜と放たれる煙は、死を連想させる程真っ黒だった
ごく普通の人間が有する手とは程遠い汚物
物心つく前から、手が黒に染まっていて
誕生と同時に呪いをかけられたのか、それとも別の要因があるのか、それは定かではない
ただ確かなことがあるとすれば、醸し出す雰囲気どおり、たいがいの生命にとって、この手は毒であるということだ
むやみやたらに接触すれば、かけがえの無い命を奪ってしまう
更に、対象は生物だけに限らず、物質にも影響は当然及ぶ
疲れたからといって、壁にもたれかけようと素手で触ったりした暁には、接触部分から亀裂が入り、最終的には粉々になる
バケモ丿級の危険度
かなり重い呪いである
不幸中の幸いというべきか、幸いになってるのかわからないが、即死チートだとか最強スキルではない
つまり触れた瞬間心臓停止させるわけでも、ビルを断片残さず消し去るわけでは無い
、、、瞬間ならな、、、
そう、問題なのは接触時間なのだ
、、、つまり時間さえかければ、さっきの例は可能ってわけだ
経験則で、なにか遮る物があれば腐食や風化の効果は伝わらないことが判明した
つまり手袋をはめておくことさへすれば、ごく普通の日常を送れる
そんなわけで、常中手袋を装備しているのだ
まあ始めは何かと不便だったが、長年となれば何事も慣れてくるものだ
もう体の一部のごとく馴染んでしまった
ただ一点問題、、、というか難点だが、手袋も、もちろん摩耗するということだ
俺専用に製造してるもので元々数少ないっていうのに、消耗スピードが倍以上に早い
全く、、、割に合わんぜ、、、
だが、悪い事づくしではない、良いこともある
ついさっき見せた芸当もこの能力によるものである
この手は、生命などに限らず、あらゆる事象、物体に反応を示し、廃れさせたり、消す効果がある
つまり俺は、穴を覆って隠すため、背景に溶け込むような、なにかしら術がかけられていると踏んだわけだ
そして今しがた、素手で接触したため術が解消され穴が露出したというわけだ
まあ、推測でしか無いが、だいたいそんなところだろう
現れた通路の中に入っていき、やはりあの禍々しいゲートまで辿り着く
このゲートもまた素手で接触すれば、消えるのかもしれない
だが今は、それに続く異世界とやらを探索したいのだ
剥き出しになった手を手袋におさめ、膜に触れ、ゲートに吸い込まれていった
ーーー瞬きする間もなく高原が広がる舞台に立っていた
少し遅れて世界の横断を完了したことにやっと理解し、見渡し始める
おおよそ昨日と変わりは無さそうだ
昨日は草原側を調査したため、真反対の高原、もっと言うなれば山岳地帯を探検しようと足を進めると、、、
ゴン
ものが衝突する鈍い音が鳴った
慌ててぶつけたデコと腕を押さえる
なんだか既視感を感じる、、、
「痛ってえな~」と思いながら前方を確認する、、、確認する、、、
「あれ、、、?」
目前には何も映っていなかったのだ
つまりぶつかるような障害物は、何一つなかったのだ
首をかしげながら、ゆっくりと歩み始めると、又しても壁にぶつかった感触がする
「えっ、、、?、はっ、、、?」
理由がわからず手を伸ばしてみる
やはりそこには、触れる感触があった
上の方、下の方と至る所ペタペタと触れてみる
接触ごとに確かな反作用があった
そしてひとつの答えを導き出す
「見えない壁、、、とかいうやつか、、、」
恐らくそう、目で認識できぬが、確かに行く手を阻んでいる
この世界に迷い込んだ者が好き勝手に逃げないための柵のようなものなのだろうか?
途切れはあるのだろうか?
はたまた終わりがあるのだろうか?
疑問が湧いては、消え
湧いては、消えを繰り返す
どの問いも脳内では、解決できそうにないので、見えぬ壁を頼りに、歩みだす
透明な壁の向こうには、ここよりも高い山々が連なっている
そこから眺める景色は、さぞ絶景だろう、と期待していたため、少し裏切られた気分になる
だがまあ、景色を遮る上に、灰色の無機質なコンクリート壁ではないため許すとしよう
斜面に差しかかっても相変わらず、見えぬ壁はつながっており、いつの間にか草原地帯入り、更にその地帯を抜け、川まで辿り着く
向こう岸までかなり距離があり、水深も結構ありそうだ
水流の速さの観点からも無闇に凸るべきでは無いだろう
川の横断は保留にし、周辺にあった木の棒を拾い、川岸からめいいっぱい腕を伸ばして叩く
川の上も見えぬ壁が続くのか確認したかったのだ
大きく振られた棒は、衝突することなく宙を舞う
「うおっ、、、とっと、と、と。」
てっきり川の上にも見えぬ壁があるとばかりに思っていたため、勢いのまま川に頭から落ちるところだった
「あ、危ねえ〜」
腕をぐるぐる回して、なんとかもちこたへ、水への着水を防ぐ
ふう〜、と一息つき、もう一度川の上を叩いてみる
やはり手応へは感じない
突っかかる場所がないかと、適当に腕をブン回す
スッ、という音とともに、手の甲が摩擦で擦れる
手袋をはめていたからよかったものの、手袋には擦れた跡がはっきりと残る
棒は折れずに、手には傷がつく?
どこか違和感を抱え、付近の見えぬ壁めがけて、棒で刺す
すると、スーと奥まで入っていき、持ち手の部分でストップがかかる
「あっれ〜?」
何度も試行するも同じ結果に終わる
なんで俺の体通らないんだ?木の棒はとおるのに、、、
この矛盾に頭を悩ます
知恵を絞るも、全く答えを得れず
怒りのあまり地面を蹴ったはずみで、小石が飛んでいく、その小石もまた壁など存在しないというかのように、一直線に飛んでいく
「お前も、、、かよ。」
木の棒、小石は通って、俺は通行止め?なんでだ?
今度は、拾い上げて投げつける
これもまた面白いぐらいに通り抜けていく
十回ぐらい投げてから、もう一度トライしてみる
それでも相変わらず、断固拒否とでも言い出しそうなぐらい、通らせてくれない
次は石を放物線を描くように高めに投げる
石が通過すると同時に俺も通過する
言うなれば、友達のマンションに入りたいとき、住民の人の後をついて行けば中に侵入できる理論
つまり石が通過する間、解除されるのではと考えたのだ
タイミングが合わなかったのだと何度も試すも
結局、通行を許してはくれなかった
「なんだよ、、、」
一向に解決されそうになく、川の横断もやはり無理そうなので、諦めてリスポーン地まで戻り、
今度は別方向の見えぬ壁をたどってみる
さっきは草原地帯に続いたのに対し、火山の方へと続いている
遠目からみた判断でしかないが、山の頂上から麓まで、まばらではあるが、赤っぽい
しかも近づくにつれて、阿呆みたいに暑い
「これ、もしかしなくても、、、活火山じゃね、、、。」
視界を埋めるほどの広大さと、ドンと効果音がしそうな居座る威厳さに進むのを躊躇わされる
でもここまで来たのだから、行けるところまで、と思い留まる
そう気丈に振る舞いながらも、少しの揺れで過度に反応し、噴火するのではと、つい身構えてしまう
「暑っつ〜、それにしても暑い、水持ってくるんだった、、、。」
つばを生成して、これまで騙し騙しやり過ごしてきたが、ついに喉の渇きに耐えられず、誠に不本意だが中途半端なところで引き返すことにする
火山の火口付近まで接近したかったものだが、いざ振り返ってゲートとの距離を確認するに、思いの外歩き続けて来たのだと知る
左腕に目線を落とす
7時前
昨日よりは、まだ早いが如何せんゲートまでが遠い、なんだかんだ帰宅時には、同じ時間になるだろうな
そんな事を考えつつ、2日目の探索は終えた