2週目 火 溶
新鮮な水を求め川に出たがピラニアに占領され、ピラニアを末代まで恨むと心に決めた翌日のことである
新鮮で安全な水を手に入れるには、もうあの、どす青い川を洗浄するしか他に道はない
料理のできる男に憧れて揃えた時の、今はもう埃を被った鍋を手にし、神社まで辿り着く
最近気づいたのだが、異世界に渡る時、手に持っていたものは、離れて召喚されるのだ
例えばこんな感じ
鍋を携えた状態で、膜に触れると
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ガシャーン
鍋が岩肌と衝突して、シンバルのような、けたたましい音が響く
転げ回る鍋を抑え、拾い上げる
まあ、こういった具合に鍋は、手に持っていた高さのまま俺と分離した状態で召喚される
相棒が倒れてきたり、斧がやたら地に落ちていたのはそういう理由だったらしい
もし、卵とか、どうしても地に落としたくない物は、リュックやポケットに入れるといい
まあ卵なんてマジで腐りに腐り、異臭どころで済みそうに無いから、持っていかねえけど、、、
他にも面白い性質があって、異世界から飛び込むようにゲートに入り込んでも、現世に召喚された時に、地面に叩きつけられることはなく、しっかりと直立した状態で召喚される
だからもし、敵に追われ危機な状況だったら、迷わずヘッドスライディング出来るのだ
ここからは俺の推測だが、此等の性質は、召喚時に起こる不慮の事故を限り無く抑えるために備え付けられた安全装置なのだろう
手荷物が世界を横断するごとに落ちるのは、この上なくめんどいが、そういう原理だと割り切って諦めた
相棒を漕ぎ、川についたら、早速鍋に川の水を入れる
掬った時に、「こんにちは」と挨拶するかのように、鍋にピラニアという異物が混入しており、危うく腰を抜かすところだった
誰であろうと、人だろうと、魚類だろうと容赦ない俺は、正義の鉄槌を下し、斧で真っ二つにしてやった
途中思わぬハプニングが起きたが、川岸の大きめな石を暖炉のように囲いその上に鍋を置く
そして、川の周辺に落ちている枝と葉を拝借して囲いの中に集める
簡易コンロの完成である
野外キャンプに見られる本格的な調理台とまではいかないが、即興にしては、安定しているし水ぐらい沸かせられるだろう
後は火をつけて沸騰するまで時間を潰すだけと、高を括っていたのだが、、、
かちっ、かち、かち、、、、、かちっ
うまく火がつかない
キャンプ初心者にありがちな、水分を含む薪に火をつけようと、必死になって失敗するアレじゃない
そもそも、ライターに火がつかないのだ
故障かと疑ったが、つい先日宿題を燃やすのに使用したからそんなはずはない
その後も、諦めきれず、かちかち鳴らすが、ボッと、勢いよく燃え出すことは無かった
次の日は、ライターはもう使用不可だと悟り、代用品でマッチを持ってくるも
摩擦場所が文字通り、摩擦されるだけで火は灯らない
幾度となく試しまくり、何なら、粘りすぎて何十本も折り、指ごと擦るところで危うく大惨事になるところだった
あくる日は、とち狂ってバーナーを持ってきてやった
だが、結果は同じく空振りに終わる
恐らく、異世界で現世産の武器が効かないように、現世の便利グッズでは火は灯らないのだろう
自然乾燥により蒸発した水をビニールシートで集めてみたりもしたが、時間がかかる上に辛うじて一口飲めるかどうかのレベルである
結局のところ、地力で火起こしするしか道はなくなった
知識も、時間も不足しているので、全くもって不本意であるが、火の件は週末に後回しすることにした
ーーーーー
「火がつかないし、何もすることがないから家に帰ろ~っと。」と、なる程暇ではない
異世界では、思わぬ事態が次々に起き、処分を迫られる
一つの代表例としてはこれだ
ーーーーー
火がつかないので時間を持て余し、渋々捜索に移行することにした
いつものように、斜面を駆け下り、平地に出て、ポツンとした木まで進むとーーー
「えっ」
あまりに驚愕しすぎて、言葉を忘れていた
ある意味で一種の地獄の光景といっても良いかもしれない
俺がわざわざ購入し、ここまで運んでやった無能な武器たちは、辺りをクリーム色に埋め尽くしていた
何事かと、慌てて駆け寄り、ことの真意を確かめる
木製であるはずの柄がアイスのように溶けている
そして泥みたいな得体のしれぬ物質が徐々に辺りを侵食していく
目の当たりにしている俺でさえ、信じられなぬから、さも嘘のように聞こえるのも無理もない
だが本当だ、幻想などではなく紛れもなく現実だ
まだ溶けてない刃先の部分を、汚物を拾い上げるように、親指と人差指だけで極力触らないようにして持ち上げる
スライムのような粘りっこさをもつ得体も知らぬ物質が、重力に従って垂れていく
べちゃ、べちゃと気色の悪い音と共に地に落ちる
手頃な枝を拾い上げ、道端に落ちた糞をつつくように、感触を確かめる
どうやら液状のようで手ごたえはなく、スーと入っていく
だが、枝を引き抜いた際、端にねっとりとこびりつくのが、生理的に無理
危うく、汚物の上に嘔吐し、更なる地獄を生み出すところだった
2,3歩後ずさり、その場が汚染されず、純白で清潔だということを入念に確認してから腰を下ろす
で、一体何なのだろうか
なにこの世紀末みたいな色のやつ、、、
取り敢えず、現状確認といこう
俺が片付けるのが面倒でほったらかしにした武器が、知らぬ間に滅茶苦茶になっていた
どれ程か力説すると、木造部分の柄は、すべて溶けて液状になり、刃先の金属部分もボロボロに刃こぼれし、好き放題錆びている
まあ、とにかく、もう原形などとどめていないのだ
正直使い道がなく、大切でも重要でもなんでもなかったので、損害は被ってないのだが、問題はこれらの処分だ
正直、、、面倒、いや、そもそも触りたくない
どうしたものかと頭を抱えて悩んでいたところ、天からの掲示を受けたかのように、屁理屈と言う名の名案が思いつく
もし現世ならこんな物、野放しにしていたら、汚染物質不法廃棄の疑いがかかるが、都合がいいことにここは、異世界
法やら、ルールやら、慣例だとかいうしがらみは一切存在しない
この世界を見つけ出した、俺が王であり、俺の言うことが絶対である
後、そうそう、それに、そのまま放置しておけば、刃先も溶けてしまうとか、何もかも跡形もなく消えてしまうとか、まだ何かアクションが起こるかもしれない
そうこれは、歴とした実験であり、観察だ
意義のある放置であり、ポイ捨てなどとはわけが違う
誰が何と言おうと異論は認めない
実験対象という名目で、可能な限り俺の手を加えない状態で、かつ、ありのままを保存するため、散らばったままにして見守ることにした
ーーーーー
それが功を制したのか、金曜日にはもう変化が見られた
ドロドロと溶け、「我が領土を広げん」とばかりに辺りをやたらめったら浸食していた未確認物質さんだが、その日にはかつての勢いが鳴りをひそめ、むしろ領土は半減し、滅亡もまじかにまでさし迫っていた
盛者必衰の理、目の前の塵となんとやらである
まあ、そんなことは置いといて現状把握である
可能な限り近寄り、見落としがないように、こと細やかに観察する
木造部分は完全に液化され、金属部分はびっしりと錆に覆われ、所々に穴が開いていた
ーーーこれはもう、見過ごせないかもしれない
俺はそう心の中で呟く
なんとなくおかしいと最近、違和感を感じていたが、俺の勘違いだってことにして先送りにしていた
でも、この心身ともに崩壊したかのような武器のなれ果てぶりに、推測から確信にかわる
恐らく異世界に何かあるのだと、、、
とにかく最近の違和感から紹介していこう
まずは靴、摩擦による靴ベラのすり減り方がエグく、母指球辺りが貫通してしまって、二日前ほどに仕方なく新しく靴を購入した
次にジャケット、暑さ調整が楽で、中の服がどれだけダサかろうと覆い隠してくれるため愛用しているのだが、ほんの数週間の異世界探索で色褪せ、ボロボロに廃れ、処分する始末
他に厄介なことに、長年暇つぶしの相手になってくれるマジで優秀なスマホにも不具合が生じている
戻るボタンの接触が悪く、2回に一回は、反応しない
一番使用するわけではないかもしれないが、使用ランキング3位くらいには、食い込む自信があると、俺はそう思ってる
だから、機能しないごとに「叩き割ってやろうか」と頭に血が上るのだ、、、
などなど挙げだしたらキリがない
物に寿命があることは至極当然で、いつか壊れることなど俺も心得ている
だから、お気に入りの物が廃れたことが問題じゃない
同時期に、そして俺が携帯していた物が、軒並みガタがつき始めたことが問題だ
これが言う俺の違和感
もし、此の不可思議な現象も今後も続くというのなら無視はできない
下手したら、長年の愛用物も眼前の武器と同じ道の果てにたどり着くかもしれない
それだけは、何としても避けたい、、、というわけで、実験を開始する
内容は至ってシンプル
家中からごみと同価値なものを搔き集め、異世界に並べ、逐一確認する
ただこれだけ
もしかしたら効率がひどく悪いかもしれないが、あの腐敗速度が速まる原因が、何で、何に反応し、何なら対抗できるのか、何一つわからない以上、手当たり次第に試す意外他はない
そんなわけで、火がつかない間、家と神社を行き来し、生贄となる勇敢なごみ達を運搬していた
此れは、長き期間に渡ると思われるので、変化が見られる事に途中経過として報告していこうと思う
そんなわけで、2周目の平日は、何一つ上手く進まぬ形で幕を閉じた