第十話 「初陣への道」
──ふあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
部屋の窓から差し込む明るい朝日がラデスの目を覚まさせた。背伸びをしながら部屋を見回す。
今日は珍しくローザが起こしに来なかったのだろうか、とてつもなく目覚めがいい。
もう慣れたが、最初の方は自分の家を持たず、ユーキと宿屋にずっと泊まっていたからか最初にこの部屋を見たときは少し黴臭くて嫌悪したものだ。
部屋から出て、何か食べるものはないかと、台所に向かうとローザが顔を水で洗っていた。
台所に来たラデスの気配に気づいたのかローザはこちらに顔を向けた。そして彼女と目が合った。
その刹那、ラデスはヤバいと感じた。いつも朝早くに起きて、というか起こされて特訓をしていた。
もしサボったと思われたら、どつかれるかもしれない。
「ああいや全然そんなつもり無くてですねぇちょっと昨日はノヴの見送りをしていたから起きるのが遅くなったのかな?いやあノヴのやつ本っ当仕方ない奴ですね少し説教しに行きますか本当に最悪だなあ自分で自分に幻滅しちゃいますよ」
ヤバい。ガチでヤバい。本気でヤバい。
自己保身の言い訳のためにラデスはノヴを売った。我ながら最低な奴だ。あとであいつになんか買っておいてやろう。
「……ああ、そうか」
「え」
ローザの反応は、ラデスが予想していた物とは違い、遥かに憂いに満ちた物だった。
よく見てみればローザの目が赤く腫れている。
しかし、無理もない話だ。ノヴの過去はそれだけ凄惨な内容だった。
でもあの時は涙も見せずに黙ってどこかへ行ったはずだ。
「あの、今日はどんな特訓を?」
「……今日は自主練だ」
「いや、でも俺まだ魔力流すのあの時から全然できてないんですけど…」
「……いいからとっとと黙ってやれ」
「あ、いやでも──」
「いいから!!!!!やれっつってんだろ!!!!!!」
……ラデスはこれまで何回もローザに怒鳴られて、シバかれて、怒られてきた。理不尽さや少しの恨みを感じたこともあったがその数時間後には忘れてしまうような軽いものだった。
しかしそのどれもが本気で、というよりもラデスのことを思ってのことだった。
ラデスもそれを分かっていた。
これは何か違う。まるでラデスに架空の怒りをぶつけたような、何かに当たらなければしょうがなかったという風に感じた。
こうも理不尽に怒られたらしっかりと反論する人もいるだろう。
しかし、今のラデスにそんな度胸と精神は無かった。
「……すみません。俺が悪かったです。もう走りに行きますね」
「あ、いや──」
ラデスは引き止めようとするローザの言葉を無視し、急いでその場を去った。
突然の理不尽に対してせめてもの反論としてこんな態度をとった、わけではない。
……ほんの少し、ちょっとだけ、怖かった。間違いなく昨日のことが理由だろうが、垣間見えた彼女の姿に少し引いてしまった。
ラデスはただ、少しの間だけ距離を置きたかった。
──ただ、離れたかった。
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「はあっ。はあっ。はあっ。はあっ」
「おう!今日もか、あんちゃん。がんばんな!」
今日もいつものように西区を走る。西区の人たちの応援する声もいつも通りだ。
そう、いつも通りのラデスの日常だ。
だが──
「ねえ、いつも走ってる君。今日はこのお肉、おすすめだから買ってって~~」
「あ、それはまた今度で!」
「あれ、今日はローザさんいないの?」
「あ、ああ…。ちょっと喧嘩してて」
「そう~~。早く仲直りしちゃいなさいね~~」
今日はローザがいない。周りの人からしたら、二人でやってたのが一人になったとかの些細な変化なのだろう。
彼らの言う通り、ちょっと変わっただけだ。ただの喧嘩だ。
だが、ラデスは確かに感じていた。肉体にかかる重力とはまた違った、心にかかる重さを。心の奥に引っかかるしこりを。
だから、声を上げて走った。少しでも気を紛らわせるために。少しでも自分を欺くために。
彼が出す大きな声に精一杯の気持ちを込めて。
──走り続けた。
「大きな声出すな!!!」
「す、すみません」
叱られてしまったラデスはいつも走っている王都の小さな道に比べさらに人が少ない闇市の方に入った。
ここはローザと買い物に来た時、一瞬通りがかったことがある。
国外からの貴重品が非合法の値段で販売されている場所だ。ここを潰せという意見も王国内で多いが、行き場を失った者たちの終着点として必要だという意見もあり未だに処分がどうなるかは決まっていない。
噂によると人身売買もあるらしい。まあ、あくまで噂だが。
建物の壁に力なく座っている人達の視線がラデスに集まる。余所者を値踏みするような陰湿な目。
彼らはまるで獲物にテリトリーに入られた時の狼の様だ。
…やはりここは何か不気味で怖い。
早くここを抜けてしまおうとラデスが走り出したその時──
「おい、アンタ」
「うおっ! あでっ」
誰かが横から、ぬうっと出てきた。
ラデスはその小さな体に当たらないために、走る方向を反らし、思いっきり転んだ。
建物の影からその人物が出てきた。長く伸びた白髭が特徴的な老人だ。
少し薄汚れた格好だが、鋭い眼光が彼の荘厳さと厳格さを際立てている。
そして、いきなり彼はラデスに告げる。
「…儂について来い」
「え、いや…」
正直言って彼は怪しい。
こんな薄暗い場所でいきなり知らない人が「ついて来い」と言われても、例え小さな子供だろうがついていかないだろう。
ラデスが苦笑いで地面に手を突きながら後退りで去ろうとした時、その老人は彼に近づき思い出の剣の柄を優しく触れた。
「その剣、ボロボロじゃろ。どうにかしてやるからついて来い」
「あ」
「何を立ち止まっておる。早く来い」
この耄碌した不審者についていくのは少し怖かったが、心なしかラデスに集まる視線がなぜか先ほどよりも集まってきたように感じる。ここで彼の誘いを断れば襲われるかもしれない。
ラデスは警戒しながらも彼についていった。
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「ここに座れ」
老人はおそらく彼が住んでいる建物であろう場所に入ったラデスに椅子を差し出す。
しかしラデスはその建物の中の荘厳な景色に呆気に取られ老人に返事できずにいた。
──す、すげぇ。
最初にラデスの口から出たのは、なんとも若者らしい、俗っぽい感想だった。
目の前に広がる数多の豪華な装備品。剣に杖、鎧に盾。様々な種類の得物が丁寧に陳列されている。しかも破格の値段だ。
王都にも様々な店があるが、ここまで豪華なのは初めて見た。
何より驚いたのはこのクオリティの物が闇市にある、ということだ。素人目にも分かる。これは相当の代物だろう。
「ほれ、はよ座らんか」
「あ、はい」
ようやく老人の存在を再認識したのか、ラデスは差し出された椅子に腰を掛けた。
そしてその老人は自分の目的を話し始めた。
「単刀直入に言う。儂の依頼を受けてほしい」
「依頼、ですか。でも俺弱いですよ?自分で言うのもなんですけど」
「大丈夫じゃ。向かいの山にいるゴブリンを倒せばいいだけじゃよ」
「いや、ゴブリンにも勝てないんですよ」
「は?」
老人は目を丸めた。当然の反応だろう。
「そんな奴いるのか?」
「ここにいますよ」
…何か自慢してるみたいな感じになっちゃったな。
はあ、虚しい。
「そう、か...。分かった。突然声をかけて悪かったのう」
老人は残念そうに肩を落とす。まあ、他にも冒険者はいるし大丈夫だろう。
本当にそれでいいんだろうか。
ラデスは去ろうとする老人の肩を見ながらそう感じた。
これはまたとない機会だ。もし、もしもだがここで挑戦すれば大きな成長に繋がるかもしれない。
ローザとの特訓で体は鍛えている。でも魔力を流すのは、まだ完璧とは言えない。
だが、人間は窮地に陥ったとき進化する、と俺は思っている。
現にノヴとの闘いで魔力を流すことに成功している、という事実もある。
──何より困っている人を助けるのが勇者だと、俺は思う。
「あの、やっぱり依頼受けます」
「本当に大丈夫か? 無理する必要はないぞ」
「はい、大丈夫です」
ラデスの眼に曇りはなかった。それを見た老人は呼応するようにラデスの肩をガシッと掴む。
「なら、頼んだぞ」
「はい!」
「よし、なら今にでも、と思ったんじゃが」
老人は窓の外を見る。そういえばさっきから雨が降っている。
雨が地面に当たる音を聞く限りかなりの大雨らしい。
「この雨の中、山に行くのは無理じゃな。止むまでここにいなさい。」
「分かりました」
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「よし、止んだ様じゃな。決して無理はするなよ」
「はい。行ってきます!」
こうしてラデスは勇者になるために、強くなるために山への道を歩み始めた。
今ここに彼の一人での初陣が始まったのだ。
──自分の本性が明らかになるのも知らずに。
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