第二十一話 止まる
◆レイナ
反乱から数日。
リグナ王国の空気は変わっていた。
静かだ。
だが。
平和ではない。
監視が増えている。
難民区画には新しい柵。
通路には武装兵。
誰もが周囲を警戒していた。
「内部協力者を洗い出せ」
「難民の再分類を行う」
廊下を歩くだけで、命令が飛び交う。
皆、怯えている。
グランゼル王国との戦争を。
レイナは資料を持ったまま歩く。
その横を、グレンが通る。
「空気悪いな」
「……反乱直後だから」
レイナは短く返す。
グレンは肩をすくめた。
「まぁ当然か」
「次はグランゼルと正面衝突だろうしな」
その後ろから、セラが歩いてくる。
「でも効率は上がってるよ」
「監視強化、不穏因子排除」
「国としては悪くない流れ」
グレンが呆れた顔をする。
「お前ほんと合理主義だな」
「無駄が嫌いなだけ」
セラは笑う。
レイナは何も言わない。
ただ。
その言葉が妙に頭に残った。
会議室。
重い空気。
机の上には報告書。
死亡者数。
裏切り者。
「グランゼル王国の工作は想定以上だった」
男が吐き捨てる。
「内部にここまで潜り込まれていたとはな」
別の男が言う。
「今後は難民受け入れを制限するべきです」
「いや、人材不足が加速する」
「なら監視を増やせ」
「兵の数が圧倒的に足りません」
言葉だけが続く。
レイナは黙って聞いていた。
その中で。
一つの名前だけが、繰り返される。
シオン。
「召喚能力者はどうなっている」
視線が向く。
レイナは答える。
「現在、兵士区画にて管理中です」
「精神状態は安定」
「制御も可能です」
「なら問題ない」
即答。
「訓練を開始しろ」
「早急に戦力化する」
「召喚系は希少だ」
当然のように決まっていく。
レイナは拳を握る。
だが。
何も言わない。
言えない。
会議が終わる。
廊下。
グレンが隣を歩く。
「嫌そうな顔してんな」
「……別に」
「隠せてねぇよ」
セラも後ろから口を挟む。
「でも、あの子使わないのはもったいない」
レイナの足が止まりかける。
セラは続ける。
「召喚系なんて国家級戦力だし」
「使えるものを使わない方が不自然でしょ」
あっさり。
本当に、何でもないことのように。
レイナは何も言わない。
グレンだけが少し眉をひそめた。
窓の外。
兵士たちが歩いている。
その中に。
小さな背中。
シオン。
兵士服。
周囲には監視役。
もう、子供達の区画には戻れない。
「……」
レイナは立ち止まる。
シオンがこちらに気づく。
少しだけ笑う。
「お姉ちゃん」
その声は、前と変わらない。
でも。
周囲だけが変わっていた。
「訓練?」
「うん」
シオンは頷く。
「召喚の練習するんだって」
嬉しそうではない。
嫌そうでもない。
ただ、受け入れている。
それが逆に苦しかった。
けど……
壊れていない。
少なくとも、今は。
その事実だけが、レイナを止めていた。
◆シオン
訓練場。
広い。
兵士たちが並んでいる。
視線。
全部、自分を見ている。
グレンが腕を組みながら立っていた。
「まだ十歳だろ」
「本当に化け物を召喚できんのか?」
呆れたように言う。
セラは興味深そうにシオンを見る。
「楽しみね」
兵士が前に出る。
「召喚を行え」
シオンは頷く。
「……『サモン』」
魔法陣。
巨大な異形。
空気が変わる。
周囲の兵士が息を呑む。
「本当に出しやがった……」
「化け物だな」
小さな声。
でも聞こえる。
サモンが斧を振るう。
標的が砕ける。
一撃。
それだけ。
「十分だ」
兵士が記録を書く。
「戦力評価を上方修正」
「最重要戦力として登録する」
数字。
評価。
分類。
シオンはぼんやり聞いていた。
セラが笑う。
「この子一人で戦況変わる」
グレンは小さく呟く。
「……まだ子供だぞ」
その言葉だけが、少し重かった。
訓練場の端。
小さく手を振る姿。
ミア。
その隣にレオン。
隠れるみたいに立っている。
シオンの顔が少し明るくなる。
ミアが笑う。
レオンも軽く手を上げる。
でも。
兵士が前に出る。
「関係者以外は下がれ」
ミアが止まる。
レオンが肩を掴む。
それ以上、近づけない。
シオンも動かない。
動けない。
遠い。
ほんの少しの距離なのに。
前よりずっと遠かった。
◆ミア
「……なんか、遠くなっちゃったね」
小さく呟く。
レオンは黙る。
否定できない。
シオンの周囲には兵士。
監視。
期待。
もう、自分たちと同じ場所にはいない。
「でも」
レオンが言う。
「生きてるだけ、まだいい」
ミアは唇を噛む。
それも正しい。
この国では。
生きているだけで、十分だった。
◆レイナ
夜。
静かな廊下。
一人で歩く。
窓の外には兵士。
監視灯。
巡回。
この国は変わっていく。
反乱のせいで。
恐怖のせいで。
そして。
シオンという“戦力”のせいで。
レイナは目を閉じる。
全部、壊したい。
ずっとそう思っていた。
この国も。
この世界も。
全部。
でも。
脳裏に浮かぶ。
シオンの。
あの表情。
もし今、壊したら。
変わり始めたシオンの心がまた壊れる。
でも壊さなければ、また戦場へ落ちる。
また、人を殺し続ける。
レイナは静かに息を吐いた。
……壊せない。
止めた。
シオンのために。
“破壊”を。




