徴税ハイ
徴収力と課税架純は、いまだ大都会迷宮の第二階層にいた。
迷宮のペットは不正に魔力資産を蓄えた徴税対象であることが判明し、突如として徴税祭りの火蓋が切って落とされた。
気になるあの子への徴税はひとまず脇に置いて、目の前の職務に没頭する。
リキはすっかりランナーズハイならぬ徴税ハイのような高揚感に包まれていた。
目についたペットに次々と徴税を仕掛けるうち、迷宮の住民どころか迷宮のペットさえも“|国税局査察部迷宮徴税課の女”への恐怖心を露わにするようになっていた。
「行くよ、ハーちゃん」
「はい、姐さん」
息の合った二人一組での徴税に酔いしれ、飼い主不明のペットを見かけるたび、心の中で、「対戦よろしくお願いします」と唱えた。
ありとあらゆるペットに徴税を仕掛けるうち、リキと架純はすっかり迷宮のペットの名前や特徴に詳しくなっていた。違法ペットショップにも強制捜査を仕掛け、迷宮の民に販売されたペット名簿も取得していた。
おかげで、初遭遇のペットであっても、ある程度までは名前は類推できた。
第二階層の通路はとにかく入り組んでいた。
足元はぬかるんでおり、リキは懐中電灯をかざした。
「この湿気……、水場が近いわね」
課税架純が警戒するように言った。
水場の近くには往々にして厄介な魔獣がいる。
「……そこ、何かいます」
リキの足元から、小賢しい何かがチョロチョロと動く気配がした。
懐中電灯の光が捉えたのは、ふわふわの白い毛皮を持つ子狐だった。
子狐は九本の尾を持ち、頭には小さな角のようなものが生えている。
しかし、その瞳はやけに鋭く、愛らしさを通り越して不気味な賢さが宿っていた。
細められた糸目がどことなく加算税サグル統括官を思わせた。
課税架純は適切な距離を取ったまま、すっと身構えた。
「たぶん、分身妖狐ね」
妖狐はキュンと鳴くと、周囲の魔晄が煌めき、三匹の分身を生み出した。
姿形は全く同じ。
そっくりな三つ子のようで、どれが本体なのか判別できない。
「さて、問題。どれが本物でしょうか」
分身妖狐は人語を操り、リキを嘲笑うように言った。
リキは焦りながら架純を振り返る。
「どれが本体ですか」
「――《強制捜査》」
課税架純が伝家の宝刀を繰り出した。
三匹まとめて強制捜査を仕掛けたが、架純でさえ本体を特定できなかった。
「……分からない。奴らは魔力パターンも共有している。一体に攻撃しても、魔力資産をすぐに分身に分与されるわ」
強制捜査が効かない相手がいるなんて、さすがに迷宮は広い。
「三体のうち、どれもが本体であって、どれも本体ではない。つまり、そういうことですか」
「そうね。厄介極まりない」
三匹の分身妖狐は、それぞれがまた三匹の分身を生み出した。
一挙に九匹の分身妖狐が現れ、魔力資産も分身に分与された。やみくもに徴税を仕掛けたところで、徴税の寸前にまた分身されて魔力資産を移されるのがオチだ。
「無駄、無駄、無駄ぁ! こうやってどんどん分裂すればいいのよ」
九匹の分身妖狐がそれぞれ三匹の分身を生み出し、二十七匹となった。
分裂妖狐たちは同時にケラケラと笑い、蜘蛛の子を散らしたように散開した。
「ああっ、逃げちゃいますよ」
徴税第一主義の課税架純でさえ為す術がないのか、分裂妖狐の脱走を苦々しく見つめた。
「ケケケ、大したことなかったねぇ、マルサ・メイサ」
財産分与型魔獣の分裂妖狐に煽られた課税架純がぽつりと言った。
「……分身能力を封じるか」
「何か手があるんですか?」
「分与を強制して相続持ち分を確定する」
架純は冷ややかな視線を分裂妖狐のすべてに向けた。
「――《法定相続分》」
二十七匹の妖狐の体に、魔力の楔が打ち込まれたかのように光の縄が迸った。
光の縄は二十七匹の互いを縛りつけるように結びつけ、「全魔力資産を均等分し、固定化する」ルールを強制的に刻み込んだ。
「……なっ。ま、魔力が流れない。分身できない」
分裂妖狐はそれ以上の分身を禁じられ、初めて明確な動揺を見せた。
「もうあなたは分与のルールに縛られている。分身もまとめて本体と見なされる」
「クソ、クソ、クソっ! ほどけ、このクソアマっ!」
光の縄に拘束された分裂妖狐の一団がじたばたと暴れ、どうにか逃げ出そうとした。
「もう逃げられない」
勝負あった、とばかりに課税架純は分裂妖狐たちを睥睨した。
「ハーちゃん、まとめて徴収しちゃって」
「はい」
経験不足の部下に花を持たせるなんて、課税架純は上司の鏡だ。
「少々おいたが過ぎたね」
すっかり戦意を喪失した分身妖狐に向かって、リキは架純ばりの徴税魔法を繰り出した。
「――《追徴課税》」
分裂妖狐の分身体は悲鳴をあげる間もなく、白い煙となって消滅した。
魔力資産をありったけ吸い取られた妖狐の本体はまるで抜け殻のように動かなくなった。
「ありゃ、ちょっとやり過ぎたか」
リキが頭を掻く。架純が何か言いたげに唇を尖らせた。
「……ハーちゃん、私の真似した」
「はい。真似しました」
一挙手一投足を真似したいお手本が目の前にいるのだ。キングコブラ・レプティリアに徴税した時の課税架純をそっくりそのまま真似してみたが、お気に召さなかったのだろうか。
「……駄目、でした?」
お伺いを立てるようにリキが上目遣いで架純を見つめた。
幼い日にそうされたように、くしゃくしゃに頭を撫でられた。
「よく徴税できました。えらい、えらい」
まったくの無表情で褒められたが、姉貴分への好意は急速に高まっていた。
あ、好き。
「どうしたの、ハーちゃん。顔が赤い」
「……いえ、べつに」
「少し休む?」
「だ、大丈夫です」
体力お化けの課税架純はちっとも疲れた素振りを見せていない。
突然の感情の高ぶりは徴税ハイの副産物だろう。
もっと、もっと徴税に邁進しなくては。
一日も早く相棒として並び立てるぐらいになりたい。
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
リキは気合を入れるように、自身の頬をぴしゃりと叩いた。
「まだぜんぜん疲れてません。徴税を続けましょう」
「そう。じゃあ、行こう」




