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第20話 セブーナ・カシハラー

 悪役令嬢セブーナ・カシハラー。

 彼女の住まう異世界は、貴族と聖職者の地位が同等であり、国王と法王、二人の王が権力の中心に座っている。

 セブーナは、法王の令嬢である。

 幼い頃から唯一神アマデラを信仰し、生物の治癒と再生に特化した魔法――法術の高度な使い手である。

 

「偉大なるアマデラ神よ。本日も我らにお導きを。我らが国に永遠の安寧を」

 

 法衣を纏ったセブーナが両手を広げて、唯一神アマデラの像に祈りを捧げると、集った数千を超える信者たちが一斉にひれ伏した。

 全員が耳のみを機能させ、他の一切を休止させている。

 

 唯一神アマデラの言葉は、絶対の言葉。

 即ち、その代弁者であるセブーナの言葉も、絶対の言葉。

 信者たちは、あらゆるノイズを排除して、セブーナの口にする言葉を一音も逃さず聞き届けようと沈黙を貫く。

 

「天の村よ。三日三晩、窓を開けて過ごせ。偉大なるアマデラ神が、汝らの生活を見たいそうだ」

 

「ははあ!」

 

 天の村の村長が、声を上げる。

 

「空の村よ。三日三晩、何も採らず、絶食して過ごせ。この三日間の内に口に入る物は、汝らの生命に破滅をもたらす可能性がある」

 

「ははあ!」

 

 空の村の村長が、声を上げる。

 

 セブーナの言葉は続く。

 アマデラ神は、全ての村にお告げを下す神。

 一人、また一人、村長が村の代表としてありがたい言葉を承る。

 

 全ての村にお告げを賜った後、セブーナは両手を下ろそうとした。

 が、その耳に、いつもには存在しないお告げが下った。

 セブーナ自身へのお告げが。

 

 セブーナはしばらくの間、両手を広げたまま固まった。

 代弁者として完璧なセブーナが、自身の意思で言葉を止めてしまうことは珍しい。

 集まった信者たちは、セブーナの異変に気付き、しかしセブーナの口からお告げが語られるのを黙って待った。

 

 我に返ったセブーナは、固まっていた表情をほぐし、自身の役目を全うする。

 

「セブーナ、我が口よ。三日三晩、片時も味方を側から離すな。一人となった瞬間が、汝の心が死ぬ瞬間となろう」

 

 セブーナの最後の言葉に、信者たちは目をひん剥いて驚いた。

 セブーナの死は、代弁者の死。

 代弁者の死は、アマデラ神の言葉の喪失。

 信者たちにとっては、非常事態だ。

 また、セブーナの死後、セブーナの享受していた地位を欲するために数多の代弁者を騙る偽物が溢れかえり、世が混乱することも容易に想像ができた。

 

「以上だ」

 

 セブーナが代弁の終了を告げるとともに、集った信者たちは頭をあげて、口々にセブーナへと叫びだした。

 

「セブーナ様! うちの男衆をお貸しします! どうか、御身のお側に置かせてください!」

 

「うちも!」

 

「うちもだ!」

 

「うちの村からは、女衆をお貸しします! 身の回りの世話も、戦いもできる女ばかりです! どうぞ、御身の安全を第一に!」

 

 過去、唯一神アマデラの言葉に偽りはなかった。

 今までもなければ、これからもない。

 よってセブーナは、極めて冷静に、自身に命の危機があることを受け止めていた。

 

 同時に、一人にさえならなければ、死ぬことはないと。

 

「汝らの信心深き心、確かに受け取った。その申し出、すべて受け入れよう。全身全霊で、我を守れ。全ては」

 

「唯一神アマデラの名のもとに!」

 

 祈りを捧げる台の上から、セブーナは白装束を切る村長たちを見下ろしていた。

 それらは、セブーナの武器にして道具。

 そして、家族以上の何か。

 

(よもやこの時代に、我に牙をむく不届き者がいるとはな。よかろう。返り討ちにしてくれる。全ては、唯一神アマデラの御心のままに)

 

 セブーナは右手を高々と上げ、その後左胸へと触れた。

 村長たちも、セブーナの動きに倣う。

 

 心臓さえも差し出す、アマデラへの絶対的忠誠の儀を。

 

 

 

 

 

 

「ま、予想通りってところかねえ」

 

 自身の周りを信者で固め始めたセブーナを見ながら、弥太郎はため息をついた。

 人間が大衆を動かす手段は、実のところ三つしかない、

 金と、愛と、信仰心だ。

 なかでも信仰心は、万物への無関心を引き起こすほどに、絶対的忠誠を作り出せる。

 

 弥太郎は、セブーナの様子を見ながら調達方法を考える。

 最初に捨てたのは、セブーナとの正面衝突だ。

 今の状態で時間停止を行った際、セブーナの周りの数十人が時間停止できないことは確定している。

 停止できて、せいぜい一割だ。

 数十人対二人は、あまりにも分の悪い賭けであり、悪役令嬢以外の大量の人間からも魂を抜かなければならないというコスパの悪い行為だ。

 大量の魂を抜けば、その分だけ悪役令嬢へ転生させる際、ついでに転生させる魂が必要になってしまう。

 無理やりラノベのタイトルを付けるならば、『クラス全員で異世界転移したら、みんな平民で私だけ悪役令嬢』といった具合だろう。

 

「三日間、待機しよう」

 

 よって、弥太郎が出した結論は、ただ待つこと。

 アマデラが『三日三晩、片時も味方を側から離すな』と言った以上、セブーナを囲う護衛がいなくなるのは早くても三日後だ。

 三日後のお告げで、護衛の時期が延長される可能性もあるだろうが、その時はさらに待てばいい。

 弥太郎は、いわば異世界の神との我慢比べを選んだ。

 

 神は万能であるが、暇ではない。

 神がセブーナへの対応を手間だと考え、他の代弁者を見つけてしまえば、セブーナを斬り捨てるだろうという算段を付けた。

 

「いえ、時間の無駄です。全員、調達してしまいましょう」

 

 が、弥太郎の言葉に、歩果は反対した。

 

「……城之内さん?」

 

「数が多いとはいえ、相手はただの平民です。私たちの持つ武器があれば、制圧は容易です」

 

「いや、それだと転生時に必要な人の数が」

 

「数十人集めれば問題ありません。異世界転生の需要は、近年右肩上がりとなっています。必ず集まります」

 

「確かに需要は上がっているけど、それは悪役令嬢への転生であって、ただの平民に転生したい人なんて」

 

「問題ありません。自分の転生ではなく、身内の転生を望むクライアントであれば、転生先が平民であることもご納得いただけるでしょう。むしろ、悪役令嬢より喜ばれる可能性もあります。また、前職のクライアントの中には、クラス全員で転生したいとおっしゃる方もいらっしゃいました。需要は、確実にあります」

 

 歩果から繰り出されるのは、弥太郎の言葉に対する否定に次ぐ否定。

 どこか焦っているような表情の歩果を見て、弥太郎は溜息を零した。

 そして、弥太郎は上司らしく、歩果を落ち着かせるために言葉を選ぶ。

 

「まず、落ち着こうか」

 

「落ち着いています」

 

「落ち着いてないよ。ほら、深呼吸して」

 

「問題ありません。私は、極めて冷静です」

 

 弥太郎には、歩果の焦りが見えていた。

 試用期間内に一定の成果を出せなければ採用が取り消される可能性がある以上、一つ目の調達で時間など使っていられないという焦りが。

 

「俺は上司で、君は部下。最初に、君がそう言ったよね?」

 

「言いました。しかし、上司の言葉が必ずしも正しいとは限りません。上司の間違いを正すのも、部下の役目です」

 

「間違い?」

 

 弥太郎の眉がぴくりと動き、弥太郎の瞳が真剣そうな歩果の表情を捉えた。

 歩果の表情は依然真剣で、弥太郎の目を見ているはずの視線は、弥太郎の体をすり抜けてどこか遠くを見ているようだった。

 

「……そこまで言うなら、やってみなよ。今回は、城之内さんの言うとおりにやってみようか」

 

「ありがとうございます! 必ず、成果を上げてみせます!」

 

 決まるが早いか、歩果は自身の鞄をあさり、次々と道具を取り出した。

 あまりにも万端な準備に、歩果が最初から自分で考えた作戦を遂行するつもりだったのだろと、弥太郎は勘づき、頭を搔いた。

 

 そんな弥太郎の様子も、歩果の目にはもう映らない。

 歩果はてきぱきと、弥太郎へ戦略を伝え始めた。

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