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第16節 教育のエキスパート、ワサビ伯爵 ~まだ遠い道のりだが~

 ワサビ伯爵の教育は素晴らしかった。

 疑問と好奇心に誘導し、自然と批判精神を育んでいる。


 リュカとレアナは教育の失敗を通じて「言うは易く行うは難し」を痛感していた。

 そのため、教育現場の采配はワサビ伯爵に全面的に任せることにした。

 リュカとレアナが散々議論したことも、ワサビ伯爵の手に掛かれば、魔法のように教育へ自然と組み込まれている。


ワサビ伯爵「まずは皆さんが『レンガは生物である』と言われたとき、どう対応しますか?」

ねこ貴族A「そんなことは常識じゃありませんか!否定すればいいのです!」

ワサビ伯爵「確かに常識ですね?ですが、その常識とはどこから来るのか……それが学問を修め、それを伝える者の役目です。皆さんも考えてみてください」

ねこ貴族B「レンガは物を食べないじゃないですか」

ワサビ伯爵「そうですね、ですが植物も基本的に物を食べません……基本的に土から必要なものを取り込み、あとは水があれば大丈夫ですが、そこはどう説明しますか?」

ねこ貴族B「植物でも、虫を食べるものがあったはずです!」

ワサビ伯爵「そうですね、ですから『基本的に』と申し上げました。『レンガが生物ではない』この条件というものを考えてみましょう」


 教室では考えたり、隣の席のねこ貴族と相談したりしている。


リュカ「はぁー、見事なもんだ」

レアナ「ホントにね……私の問題がどれほど鬼畜だったか、今は肌で実感しているわ」

リュカ「まあ、生命倫理は医療学校向けの問題としては優秀だから、そんなに落ち込むな」

レアナ「そうね……これから執筆する医療学校向け教科書に、内容をある程度取り込むわ」

リュカ「俺も……ヘーゲルの弁証法とか、早すぎた」


 しかし教壇に立てる唯一の人材、ワサビ伯爵の負担が心配であった。

 ワサビ伯爵自身は、それを笑い飛ばしていた。


ワサビ伯爵「なに、煙草撲滅への道筋に加え、愚息の婚約と、今までお世話になってますからな」

リュカ「それは、俺たちの利益と重なっているんだし」

ワサビ伯爵「それでも、恩は変わりませんよ。しかし、民主主義とは奥深い……また学ばせていただきました。また弁証法も高等教育に含めたいですな」

レアナ「ねこ貴族のプライドが凄まじいのに、上手くやってるわね」

ワサビ伯爵「ははは、貴族の扱いなら任せてください!愚息と共に思想的選別済みなのだから、気楽なもんですよ」

リュカ「ワサビ伯爵すげぇ……」

レアナ「本当に思想的選別済みだったのね……信じられないわ」


 リュカとレアナは唖然とした。


リュカ「ところで、思想的選別ってそもそも何だったんだ?」

ワサビ伯爵「最低限、自分で考えようとする姿勢ですな。ただ両陛下の想い、教育者には人格も必須というのは私も賛同するところです。そして、投げ出した彼らには確かにそれが欠けていました」

レアナ「それでも、神殿追放はやり過ぎだったかなって、リュカと話したのよね」

ワサビ伯爵「綺麗事だけでは政治は回りません、それは神殿も同様です。私たちもまた、神殿派の三割を見捨てていますからな」

リュカ「こう考えると、苛烈だなぁ……」


 そんなワサビ伯爵の習慣は、知らないことを徹底的に命律端末で聞くことだそうだ。

 きっと、時代が違えばワサビ伯爵こそが聖人となっていただろう。


ワサビ伯爵「マギ様によると、今のすしねこ王国は封建制と呼ぶそうですね?そして封建制と民主主義では、権力の腐敗耐性は民主主義の方が高そうです」

レアナ「そうなのよ!その腐敗耐性の高さ故に広めたいの」

リュカ「ああ……そうか、マルボロに言ったファシズムというのは、民主主義における腐敗耐性を壊す思想と言い換えられるかもしれない」

ワサビ伯爵「なるほど……ファシズムについても、勉強させていただきます」


 また、ワサビ伯爵の著作は、そのまま高等教育で利用できる水準だったので、それを採用することを決定した。

 医療学校の教科書はレアナが執筆して、ワサビ伯爵が確認する方向だ。


レアナ「少しずつ医療学校の教科書の執筆を進めているけど、予想外に難しいわね」

リュカ「あー……知ってることと、書けることは全く別だからな」

レアナ「なんか思い当たる事でもあるの?」

リュカ「IT系で働いていたって話をしただろ?口学問で知ったかぶりをしても、いざプログラムを書かせようとしたらできないなんて……日常茶飯事だったな、懐かしい」


 レアナは少し頬を膨らませて抗議する。


レアナ「何よ、私の知識は知ったかぶりだけじゃないんだからね⁉」

リュカ「そんなことは分かっているよ、だけど医学部って教育・研究・臨床と分かれているだろ?今の体制のように、それぞれ専門があるって意味だよ」

レアナ「確かに……私は臨床中心で、あまり教育に携わってなかったわ。教えるのには向いてないのかもね」

リュカ「でもさ、レアナだってきっと……患者さん達の顔くらいは覚えてるんじゃないか?」

レアナ「……そうね。教えるのは、あまりに未熟な私だけど」

リュカ「それでもこの世界では、レアナの知識は最高峰なんだ。焦ることはない――『教育は国家百年の計』って言うだろ?」

レアナ「わかったわ、少しプレッシャーがあったかもしれない……少し肩の力が抜けたわ、ありがとリュカ」


 そうして、レアナはリュカの頬にキスをするのだった。


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