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第01節 光米と煙草と希望のシャリ ~導かれしワサビ領~

 マルボロ・ワサビ子爵令息は、宿屋から飛び出して、リュカとレアナに慌てて声を掛けた。


 そのマルボロ・ワサビはリュカより頭一つ半くらい高く、細身だが肩幅があり、骨格はガッシリしている。

 髪は淡い黄緑で、流れるようなストレートのロングヘア、それを耳後ろで軽く結っている。

 前髪は流して顔を出し、印象は爽やかだ。虹彩は透き通るエメラルドグリーン。

 服装は上が薄い抹茶色に魚模様の和装ジャケット、中は白いシャツに、何らかの花を刺繍した襟元、下は深い藍染の袴風パンツだ。


挿絵(By みてみん)


マルボロ「ちょっと、君たち待ってくれ!」

レアナ「なんですか?わざわざ追ってきて、まだ貶したいんですか?」

リュカ「いや、ちょっと待て……宿屋の他の客とは雰囲気が違う」


 マルボロは、リュカの言葉に安堵の息をつくが、すぐに真剣な顔になる。


マルボロ「命律端末から、穢魂者について聞いてみた。その答えは、穢魂者こそが本物でしょう、とのことだった」

リュカ「本物ってなんですか?」

マルボロ「私には理解できない言葉が多かった……しかしマギ様が嘘を言う理由は、私には思い当たらない。ただ、ここで逃したら、二度と君たちに会えない気がしてね」

レアナ「あの、お心遣いはありがたいのですが、今晩の宿を探さないと」

マルボロ「心配しないでくれ、うちでしばらく匿おう。リュカ君だったか?君の実家のヴァルミエ家とは派閥が違うから、問題なんて起こさないさ」


 そこで、レアナの瞳が凍えるように冷たくなった。


レアナ「その証拠は?」

リュカ「おい、レアナ!」


 マルボロは命律端末を取り出し、宣言した。


マルボロ「『私、マルボロ・ワサビは決して聖女レアナ様と元ヴァルミエ家リュカ様を傷つけない』――『誓約確認しました。違反した場合は、社会的有害性フラグが成立します』どうだい?これで、一方的ではあるが契約にならないかな?」


 しかし、まだレアナの表情は凍ったままだ。


レアナ「で、何が目的?」

リュカ「おい、ここまでしてくれたのに、それはちょっと失礼だろう……ってかマルボロ・ワサビ?」

マルボロ「はは、聖女様を利用しようだなんて考えないさ、それにうちはヴァルミエ家と対立関係にある派閥なんだ。これでは納得してくれないか?せめて一宿一飯くらいは必要ではないか?」

リュカ「俺は、このマルボロ・ワサビ様のことは信頼できると思う」

レアナ「……そうね、リュカを追放したヴァルミエ家と対立関係、一応筋は通っているわね」

マルボロ「最低限の納得が得られて安心したよ。今、御者を呼んでくるから、少し待っていてくれ!」


 そして、マルボロは宿屋の方向に走っていった。


リュカ「しかし、マルボロ・ワサビねぇ……メンソールの煙草かよ」

レアナ「それより、本当にワサビがあるならいいわね」


 そんなことを話していると、馬車を連れずにマルボロが戻ってきた。


レアナ「ねえ、ワサビ家って名産品はある?」

マルボロ「煙草と、あとは食糧保存のための『草』かな……って『草』は名産といえないが、ははは」

リュカ「マジで名産が煙草だった!」

マルボロ「言っておくけど、その『草』は煙草じゃないからな?ははは」

レアナ「その『草』……是非見せてくれない?」

マルボロ「なんで煙草の名産だとわかったのかは謎だが、食料保存の『草』はそこらじゅうに生えている。好きにすればいいさ」

レアナ「ヒャッホー、これでお寿司に一歩近づけるかも!とりあえず、マルボロはいい奴そうね!」


 リュカは苦笑しながら言った。


リュカ「まだ、レアナの探すアレだと、決まったわけじゃないだろう?でもマルボロは助かったな、俺たちが非喫煙者で」

レアナ「私、マルボロって言われても、丸いお菓子しか思い出せないけど?」

リュカ「それは丸ぼうろな!」

マルボロ「ははは、相変わらず君たちの話はわからないが、楽しそうだな!」


 そして、宿屋の方角から、四頭立てのワサビ家の馬車がやってきた……というか、トラックみたいに巨大だな。


マルボロ「しばらく馬車で寝泊まりとなるが、この街の宿屋に泊まるよりは快適だろう!」

レアナ「ねえ、この家紋!まるで稲じゃない⁉」

リュカ「しかも、なんか魚っぽいシルエットまで……ジャケットの魚模様は伊達じゃなかったんだな」

マルボロ「相変わらずよくわからないが、確かにうちの領地ではイネが採れるし、海が近いからな。魚は領地の主要産業だよ」

レアナ「これは、お寿司が一気に近づいたわよ!」

マルボロ「やっぱり君たち、何者なんだ?『お寿司』とやらを求めて旅してるのか?」

リュカ「まぁ、そうとも言える」

レアナ「文明復興第一歩よ!『卵かけご飯』より重要課題よ!」


 リュカはレアナの言葉に頭を抱えたくなる、いや『卵かけご飯』や『お寿司』で文明復興ってどういうことだよ。


マルボロ「(これは、聖女様はかなりぶっ飛んでるぞ)卵が鶏の生むものなら、うちのイネに掛ける食文化はあるな」

レアナ「そうなのね!で、醤油は?醤油もしくはそれに似たモノってあるの⁉」

マルボロ「『ショーユ』とやらは……どこかで聞いた覚えもあるのだが、すぐには思い出せない。イネに卵を掛ける時には『ムラサキ』を使うな」

レアナ「『ムラサキ』ですって!これ絶対に醤油よね⁉ムラサキっていう名前も最高!お寿司がもう目前!」

リュカ「気になるなら、類似食品がないか、命律端末に問いかければいいじゃないか」

レアナ「そんなの、自分の舌で確かめる方がワクワクするでしょ!」


 そうして、レアナは命律端末も取り出さずに、マルボロへの質問を重ねる。


レアナ「ねえねえ、海から取れる塩……これはあるはずよね?イネと混ぜ合わせて、キュッと丸くか三角に結ぶと美味しいわよ!」

マルボロ「なるほど、その発想はなかったな、屋敷についたら料理長に試させようか。しばらくは君たちの言う『卵かけご飯』で勘弁してくれ、当然ムラサキもある」

リュカ「我慢だなんて、とんでもない!あれ、無茶苦茶おいしいでしょ?」

レアナ「テンション上がってきたー!ってか、塩があるなら、今から塩むすびも作れるわよ!」

リュカ「レアナのテンションは、既に最高潮だろ!」


 ワサビ家の馬車は、そんな活気づいたキャンピングカー状態で、ワサビ領に向かって走るのであった。


マルボロ「ところで、うちで採れるイネは『光米』という特産でね。炊くと、ほんのり光るんだ」

レアナ「このイネで作る『卵かけご飯』が、本当に光ってるわ!なんて贅沢なの、きっとお寿司のシャリにぴったりよ!」

リュカ「なんかもう、ワサビ領はお寿司のために存在してる気がしてきた……」

マルボロ「だから、その『お寿司』が何なのか気になって仕方がないのだが⁉」


 光る米『光米』、海の魚、醤油に酷似した『ムラサキ』、そして聖女が捨てた地位と引き換えに目指す『お寿司』の夢。

 

 ワサビ家のマルボロは、謎めいた二人を受け入れ、異文化の衝撃に翻弄されつつも、ワクワクしていた。


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