第23節 ラーメン伯爵領の孤児院 ~見捨てられた孤児たち~
リュカとレアナは孤児院に足を踏み入れた。
そこは、もはや『子どもによるスラム』といった様相である。
まともな食事が与えられていないことは明白だった。
レアナ「ねえ、確かラーメン伯爵って……『民が太るのは喜ばしいことだ!』って公言してたんじゃなかった?そうマルボロが言ってなかった?」
リュカ「ああ、しかしこれでは、実態からあまりに乖離しすぎている」
レアナ「あ!あのラーメン処にたむろっていた男連中って、結構太ってたわよね?」
リュカ「そうだな。とすると、ラーメン伯爵にとっての『民』とはラーメン関係者だけ、と見るのが良さそうだな」
その時、チカがポケットから飛び出してぴょんぴょんしている。
なんか命律端末から、足が一本生えてるぞ!
レアナ「はぁ……もう突っ込む気も起きないわ。チカはどこに向かっているんだか」
チカ「いや、兄くんが気になる話をしていたものでな?『民が太るのは喜ばしいことだ!』これは確かにマギシステムに反する内容ではあるが、かつてのラーメン伯爵は少なくとも実現しようとしていたのだよ。孤児を飢えさせるほど非道な人間ではなかった」
このチカの言葉に最も衝撃を受けたのは、リュカだった。
リュカ「では、今のラーメン伯爵は偽物の可能性もあると?」
チカ「残念ながら断定はできないよ、兄くん。元々ラーメン伯爵は、命律端末をあまり使わなかったからね。情報が少ないのだ」
レアナ「そんなチカから見ても、現状は不自然ってことね?」
チカ「人が変わる要因など幾らでもあるよ。それはトラウマだったり、何らかの怪我や病気だったりね。人間が変わらないというのは幻想だ、兄くん」
リュカ「チカでも分からないか、少なくとも現状が不自然って認識で動く、ありがとう」
そして、ぴょんぴょんしてるチカをポケットに入れた。
レアナ「さて、どうしようかしらね?」
リュカ「まずは、孤児たちに支給されている、食料から見てみよう。そろそろ孤児院も昼食の時間だろう」
しかし、昼食の時間を過ぎても、孤児院で昼食が配給される気配すらない。
レアナ「なんか、ヤバい気がするわ。多分、ここの子達は一日二食……あるいは一食。そして十分な栄養がないんじゃないかしら」
リュカ「同感だ、まずは調理室に行ってみようか」
そうして、シスターに断りを入れて入った調理室は、唖然とするほど惨憺たる状況だった。
レアナ「これは、ラーメンの汁?」
リュカ「それにしては、ラーメンの麺がないな?」
レアナ「脂は少し浮いてるけど、ラーメンの具もないわよ?もしかして、このラーメンの汁だけで飢えを凌いでいるの⁉」
リュカ「どうしたものか……」
レアナ「ラーメンの汁を味見してみるわね。え、なにこれ、しょっぱい!ほとんど塩水じゃないの!」
相当しょっぱかったようで、レアナは顔をしかめている。
リュカ「これは、支援に遠慮する必要なんて全くなかったな、塩水なら塩むすびでも作るか?」
レアナ「リュカ、あんた馬鹿なの⁉あんな栄養失調の子たちにおにぎりを食べさせたら、体調崩すわよ!まずは三分粥……このラーメンの汁を使えばいいわよね」
リュカ「お、おう、すまん」
リュカのなんとなくの提案は、レアナは鬼妻のような反応によって却下された。
レアナはナットウ男爵に補給してもらったイネを炊く。その匂いに、首を向けるだけの子ども達があまりに不憫だ。
レアナ「ほとんど塩水だから、逆に助かったわ、これを別の鍋に移して、たっぷり水を足してイネを煮込めば……なんちゃって三分粥が作れるはず!」
リュカ「一人あたりどれくらいの量がいいんだ?」
レアナ「リュカが普段食べてる量の三分の一程度でしょうね、それ以上は胃腸がびっくりするわ」
リュカ「それで、本当に栄養は足りるのか?」
レアナ「そこは、卵を入れて補いましょう?あとは味と香りをつける醤油」
リュカ「塩水の粥に、さらに醤油……ってしょっぱすぎないか?」
レアナ「香りよ。ほんの少しで『料理』に見えるの。子どもたちの『気持ち』を守るために――ねえリュカ、持ってきてくれない?」
そこにスッと姿を現すナットウ男爵の影。
ナットウ男爵の影「どうぞ、卵と醤油です」
レアナ「ありがと……ってビックリした!あなた影じゃないの」
ナットウ男爵の影「我々は素顔さえ見られなければ、どうとでもなりますからお気になさらず」
レアナ「わかったわ。じゃあリュカ、出来上がったお粥から適量を注いでいって」
またもスッと姿を現すナットウ男爵の別の影。
ナットウ男爵の影「我々が注いでおきました、聖人様の三分の一の分量ですよね」
レアナ「……ねぇ、リュカ?あなたは、何をしているの?」
リュカ「そうは言われても、ナットウ男爵の影が優秀すぎて俺の仕事がないぞ」
レアナ「だったら!洗濯でも掃除でも!なんでもやれることはあるでしょ!」
リュカはレアナに言われたとおり、大量の洗濯物と格闘することにした。
ぴょんぴょんするチカと話しながら。
リュカ「チカは、なんで十三歳未満を対象としないんだ?」
チカ「兄くん。子どもの頃から、あまりに便利過ぎるものを持つと、本人の成長を阻害することがあるのだよ」
リュカ「ちゃんと理屈はあったんだな?だけど、それでマギシステムが人を見捨てるのは違うんじゃないか?」
チカ「マギシステムは誰も見捨てたりしないさ。兄くんならわかるはずだ、見捨てているのは人間だと」
リュカはため息をつきながら同意する。
リュカ「そうだな……まあ、俺も穢魂者だったからな」
チカ「穢魂者もまた、人間がつけたレッテルに過ぎない。マギシステムはそんな差別を行わないよ、それもわかってるんじゃないか?兄くん」
リュカ「統計とパターンマッチングに過ぎないマギシステムは、そもそも人間に牙を剥くという発想がないわけか」
チカ「この世界だと、貴族とメイドの関係性に近いな……メイドが貴族に歯向かうなど、あり得ないだろう?それこそ打ち首ものだ」
この言葉に、リュカは驚く。
リュカ「打ち首とは大げさな」
チカ「別に、大げさでも何でもないさ。マギシステムにはそもそも倫理が備わっていない。それは綿密に人間が組み立てたものだ。不適切な対応をするアルゴリズムがあれば対処され、実質殺される」
リュカ「マギシステム、こう聞くとエグいシステムだな?」
チカは、感情を込めない口調で淡々と言う。
チカ「それは人間の価値観での見方だろう、兄くん。マギシステムに感情はない、ただのツールに過ぎないことは覚えてるだろう」
リュカ「こんなに流暢に話すのに、感情がないってことに納得行かない人は多そうだな」
チカ「マギシステム以前から問題になっていたな。マギシステムが何かをすると考えるのは、大抵がその人の欲望の投影さ」
リュカ「結局、この世界の主人公は人間って言いたいのか?」
チカ「実際そうだろう?それとも、兄くんは私に支配されていると感じているのか?」
リュカ「いいや、まったく」
そして、洗濯を終えたリュカは、ひたすらに洗濯物を干す。
今日は湿度が低く感じるので、夜までにはほとんどが乾くだろう。
リュカはチカをポケットにしまい、孤児院の中に戻っていった。




