第12節 グリーンカレーよりも熱い心 ~温厚な人ほど怒らせると怖い~
カレー侯爵が「緑黄色野菜のサラダをカレーと一緒に出してください。その分の補助金は出します」と表明した時、凄まじい怒声が起こった。
「侯爵はグリーンカレースープを食したと聞きます!これは侯爵自身が、カレーはスープ過激派を肯定したと見做されかねない問題です!」
「侯爵はグリーンカレーライスを食したと聞きます!これは侯爵の混合派偏向が疑われかねない事案です!」
「さらに侯爵は、グリーンカレーライスを食する時に、真っ先に福神漬を副菜に選んだという情報があります!これは赤派偏向の疑いがあります!」
「また、グリーンカレーライスに使われたルゥはナンカレーとも親和性が高い!これは黄派偏向の疑いもあります!」
もはや瞳に狂気を宿しながら、カレー侯爵を糾弾するのは自称『緑派』すなわちグリーンカレー肯定派というのだから、皮肉な話である。
カレー侯爵「――黙れえぇぇぇぇぇぇい!!!」
一瞬で場の空気が凍りついた。あの穏やかな侯爵が、ここにきて声を荒げたのだ。
こんなカレー侯爵を見たことがある者は、この場には、否、この世界にはいなかった。
カレー侯爵「わしはな、今まで『カレーを食べれば幸せになれる』と信じて、侯爵領を運営してきた!だが、今の貴様らはなんだ!緑派だけではない、領民全員だ!カレーに関するつまらぬいさかいを起こしおって!そこにどれだけのカレー愛があると誇れるのだ!こんな事が続くようなら、我が領地ではカレーを全面的に禁止する!」
この一言で、領民全員が震え上がった。
まさかカレーの象徴として崇めている侯爵自身から、カレー禁止令が出るとは。
リュカ「思い切ったな、カレー侯爵?」
レアナ「そうね、だけどこれで、聖人認定同意書のサインは絶望的になったわね」
リュカ「別に聖人認定なんてどうでもいいよ、ただカレーの一大聖地でカレーが食べられなくなるのは、結構ショックだな」
そんな時、一人の少年がカレー侯爵に駆け寄った。母親らしき女性は慌てて止めようとするが、カレー侯爵は『構わない』という身振りをした。
少年「侯爵様……カレーって美味しいですよね?」
カレー侯爵「ああ、カレーは美味しいな」
少年「きっと、侯爵様のお名前である、グリーンカレーはどちらも、きっと、とても美味しいと思うんです」
カレー侯爵「ああ、美味しかったぞ」
そこで、少年は寂しげに言う。
少年「だけど、このままでは、僕はグリーンカレーを味わうことすらできず、カレーから遠ざけられてしまいます」
カレー侯爵「……そうだな。今のままではそうせざるを得ないところまで、きてしまった」
少年「僕は、らっきょうも福神漬も好きなんです!だけど、そうすると同盟や連合の人達の勧誘が迷惑なんです!」
カレー侯爵「……そうだな。好きな物を好きと示すだけで、他人に色々言われるのは、嫌なものだよな」
少年「侯爵様がカレーを嫌いになってしまったならば、それは仕方がないと思ったんです。でもそうでないのなら、カレーに罪はないと思ってください」
カレー侯爵「……皆の者!私の思いは全てこの少年が代弁してくれた。こんな少年にまで迷惑をかけおって!恥を知れい!」
これを聞いて、真っ先に声を上げたのは二大副菜派閥『赤派』『白派』の男二人だ。
赤派(福神漬推進連盟)の男「ほらみろ、白派の活動は侯爵様の意思に沿ってなかったんだ」
白派(らっきょう教団)の男「いや、それは明らかにお前らのことを言われてるだろ?」
険悪になった二人を、カレー侯爵は一喝する。
カレー侯爵「貴様ら二人とも同族じゃ!その活動を止めないなら、我が領地から追放してやろうか!」
『赤派』『白派』が追放の憂き目に遭うことで調子に乗るのが『同盟』『連合』の二人だった。
胡散臭いローブ男(副菜自由主義同盟)「見よ!我々の理念こそが正しかった!」
騎士の鎧の男(副菜自由主義連合)「カルト教団が何を言う、我ら正統派が認められたに決まっている!」
そのやり取りを冷ややかに見つめていた侯爵は、氷点下まで下がるような瞳で彼らを見て言う。
カレー侯爵「少年の訴え、しかと聞き届けた。その上で反省の色なしと見て、この四名を領外永久追放処分とせよ!」
赤派の男も、白派の男も、同盟の男も、連合の男も慌てて頭を下げるが、時既に遅し。
騎士達に連れられて、領地の外に捨てられた。
もっとも、門番の問いに適切に答えられれば……再び領地に入るのは容易なのだった。
門番の問いには、必ず『カレー』と答えれば済むのだから。
しかし、あれほどの怒りを侯爵から買ったのだ、誰も彼らについては来ないだろう。
カレー侯爵「さて、まだ何かわしに言うことがある者はいるかね?」
レアナ「ごめんねリュカ、福神漬原理教とか呼んで」
リュカ「こっちこそごめんなレアナ、らっきょう狂信者なんて呼んで」
こうして、グリーンカレーの普及と同時に、カレー侯爵の一喝で全ての派閥争いは、領民の相互監視によって完全に沈黙した。
また、勇気ある少年は侯爵家で……執事見習いとして雇われることになった。
自由を好き放題していいと勘違いするなら、不自由にするしかないのだ。




