忘却戦記【Ⅰ】第14話〜ゾーラの告白〜
こんにちは、一久一茶です。
不思議な大蛇にて、強制的に終わった戦闘。何が起こったのか。あれは何だったのか・・・・・・
最後まで読んでくれれば幸いです。では、どうぞ!
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その番は、それぞれが強大な力を持っていた。
男は、空間を自在に操る力を。
女は、魂と時間を自在に操る力を。
成長した彼らはすぐに、神龍の住処である天界の島へと招かれた。彼らは、人間の戦争により母を失っていたものも多かったため、その元凶、イグノの話を聞き戦うことを決意する。
神代の時代の末。遂に神龍たちは、古代人との子達、ここでは半妖としよう、彼らは番の二人を筆頭に天界の更に上、神々の住む場所へ向かった。イグノ追討を目指し、更に上へ。
すぐに、苛烈な戦闘が起こる。神々を守る使徒との戦闘だ。ただ、戦の神オクトマの使徒である神龍の血を引き継ぐ彼らにとって、それは単なる前哨戦に過ぎなかった。
ただ、ここまで派手に動き始めて、当のイグノが気づかない訳がなかった。神龍の反乱、その軍勢に対抗すべく、彼は新たな存在を生み出す。
妖力によって生まれる、新たな存在。
この時代の妖怪といえば、その体内にて妖力を生み出すことのできる生命である。しかし、その後栄えた妖怪は彼らとは少し性質が違う。妖霊の時代に栄えた妖怪は、無論神代の時代に栄えた妖怪もいたものの、多くが【思念】にて妖気が集まり、【思念】が具現化したものであった。その【思念】が強いほど、より強力な妖怪として存在する。人々の畏れ、恨み、怒り、それによって妖気が集まり、具現化する。
そしてこの新たな妖怪こそ、イグノが神龍に対抗すべく作り出した存在であった。イグノは知の神。思考を司るものであったことで、それらに命を吹き込むという荒技が出来たのであろう。ちなみに、妖霊の時代に数々のバリエーションをもつ妖怪が生まれたのも、【思念】という無限の広がりを持つ事象が具現化のトリガーとなっていたためである。
新たに生まれた妖怪との戦闘が始まった。先の使徒との戦いと違い、苦戦を強いられる。それもそうか。イグノが生み出す妖怪には際限がない。幻想、妄想であってもその【思念】が強く、妖気があれば無限に具現化するのだから。多くの半妖が命を落とす。そしてその遺骸に残る妖力を得て新たな妖怪が生まれる。いつしか神龍の軍勢は、番の二人と純粋な神龍たちのみになっていた。
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私は目を覚ました。知らない天井が視界に広がる。一瞬、ゾーラの巣穴かとも思ったけど、天井が高い。
「あ、気ぃついたけ?」
横には、変化し人の姿になったゾーラがいた。
「ここは・・・・・・?」
「ああ、それ説明せんとな。ここは双霊山の東の山の頂上や。ドラニウムの巣窟やな」
え、ドラニウムの巣窟って。
「ちょっと、大丈夫なのっ・・・・・・痛、い」
「アホ! 急に動くなや」
咄嗟に身体を起こすも、脇腹が痛んですぐに倒れてしまった。それにしても、ドラニウムの巣窟って・・・・・・そういえば、さっきの戦いでも最後の方は襲って来なかったっけ。
「大丈夫や、あいつら正気を取り戻しとる。ガゼビルが死んだからやろな。んですぐにロウミィもぶっ倒れたから運んでもろたってとこや」
そういやまだクラクラする。あれほど血を流せば仕方ないか。
「一旦、応急処置はしとる。けど安静にせんとまた傷口が開くけ、ゆっくりしとけや」
「そうだったのね・・・・・・ありがとう」
気絶していたせいか、まだ現状を把握しきれていない。一旦、何が起こったのか整理しないと。
あの戦いで私は、爆裂魔法でガゼビルを攻撃して、でも倒しきれなくて脇腹をザックリやられた。そして、その後なんか不思議な蛇が現れて、ガゼビルは死んだ。そして・・・・・・
「そ、それよりも、ナミはどうしたの? 大丈夫なの?」
そうだ。思い出した。あの蛇がナミだったんだ。そこで記憶は途切れてるから、ナミがどうなったのか分からない。
「ナミ、な。生きとるのは生きとるど。ただ、ロウミィに負けず劣らず、あいつもかなりヤバいんや」
「それって、怪我? それとも力の使いすぎってこと?」
「ああ。怪我もせやけど、その上あんなに妖力使ったらヤバいのは明らかや。あの状況やとそうでもせんとあかんかったのも分かる。けど、あんな使い方したらあかんやろホンマに」
「あの蛇は、ナミの技か何かだったの?」
「いや、技やない。そうやな、ロウミィは知らんはずや。今の世の中、妖怪なんておれへんからな。ワシかて見るのは初めてやったし」
召喚術かと思った。けどよく考えれば、魔力の収束もなかったし、何よりあの蛇が消えたところにナミが倒れていたのだから、ナミ自身があの蛇になっていたということか。それこそ変化の術とかで。
「変化の術ってこと?」
「ちゃう。あれはあいつの本性や・・・・・・ロウミィ、お前初めて祠来た時に鳥居の文字読んだって言っとったな。なんて書いてあった?」
「え、ああえっと・・・・・・『覇陽威ガ天子、氷雨乃守巳奈水 此処ヘ封ズ』だったわよね、確か」
「せやな。『覇陽威ガ天子』ってのは龍天子ってこと、ほんであいつの本名がその次、『氷雨乃守巳奈水』や。まぁ、『氷雨乃守』ってのはあいつの持って生まれた能力をそのまま名前にしとるだけ、今でいう苗字、家名ってわけではないけどそれに近い意味合いも含んどる。んで、名前は『巳奈水』や。今は一部をとってナミって名乗っとる」
「それはなんとなく気づいていたわ」
「ああ、じゃあ、あの『巳』って字の意味は分かってたか?」
「ううん、調べても読み方しか分からなかったのよ。あの字だけ」
「そうか。あの字はな、へび、とも読むんや。まぁ、そういうことや。あいつは龍神の一族やけど龍やない。本性は蛇やってことや。呪いのせいやって聞いてるけどな」
あの白い大蛇が本性。初耳だった。龍天子の本性は蛇だとは。でも、呪いとはなんだろう。
「呪いって?」
「まぁ、こうなった以上ワシらもロウミィに隠しておけへんからな・・・・・・あいつは、呪い子なんや。なんでもご先祖さまがしたことで神さんの怒りに触れたとかなんかでな・・・・・・そのひとつが、龍の子でありながら龍になれへんって呪いや」
「そうだったのね・・・・・・って、ひとつってことは、他にもあるってこと?」
ナミについて、ゾーラがここまで話してくれるのは初めてだ。ずっと私に秘密にしていたこと。呪いのことだったんだ。そうとなれば、他の秘密ごと、私が疑問に思っていたことも呪いに関することなんだろう。
「せやな。他にもある。何度も同じ身体で生まれ変わるって呪いと、記憶が完全に引き継がれるって呪いやな」
あれ? これは本人から聞いた気がする。でもそれって呪いなのかな。
「それって呪いなの? 私にしたらいいことのように思うんだけど」
疑問に思ったことは聞いておこう。私に話そうと、ゾーラが思っている間に。
私の切り返しに、ゾーラは眉間に皺を寄せた。
「まぁな。人間の感覚やとそう考えんのも無理ない。ただ、あいつは『全く同じ身体、姿』で何度も生まれ変わる。しかも前世の記憶を『完全に』持ったままでな。それがどんだけキツいか分かるか?」
「・・・・・・ごめん、ちょっと分からないわ」
「いいか。ロウミィかて辛い思い出のひとつやふたつあるやろ。でもそれは時間が経てば忘れる、違うけ?」
「そんなことはないわ。ずっと覚えてるに決まってるじゃない」
「ほう。その時感じた痛みやら、光景やら、悲しみ、その時の気温、時間、話したこと、聞こえた音、相手の表情・・・・・・何から何まで全て完全に覚えてるってことか?」
そう言われると、違う気がする。ゾーラの言う通り、辛い思い出であっても時間が経てばある程度風化するのは仕方ない。決定的なことは忘れずとも、そんな細かいところまで覚えているなんてあり得ない。
「あいつは、経験したことを全て完全に覚えとる。ワシらでは分からん部分まで全てな。辛い思い出だけやない。何気ない日常のことであっても、それこそ剣を初めて持った時のこともそうや。覚えとる、やないな。正確には『忘れることがでけへん』ってことや。それは、とんでもなく精神にくるもんなんや。分かるやろ。何年経っても、生まれ変わっても、忘れられへん記憶が膨大にあるんや。それも鮮明に」
いつかの、ナミの顔を思い出した。前世の記憶を持って生まれるなら、ずっと生きているってことじゃないかと、私が言った時の。全然違う。生きてるなら、忘れることだってある。そのせいで困ることもあるけど、辛い記憶を忘れることで正常に生きていられる。それがないのだ。気が狂う、なんてレベルではないだろう。
「ほんでやな。あいつが起きたら、おそらくドラニウムの親分も言いよるやろうけどな。あいつはその呪いを、間違った方法で乗り越えようとしとるんや」
「間違った方法・・・・・・?」
「ああ、せや」
ナミの呪い。それによる精神への負担。ゾーラは言う。それをかき消すために彼は妖怪として戦うのだと。
「元来、妖怪ってもんは考える生き物やないらしい。進化の過程でそこが出来る様になっただけや。戦うことで、殺し合うことで自身という存在を自覚する、これが本質や。せやから記憶なんてものがあっても、それについて考えることはせん。考えへんから精神を病むなんてこともあらへん。ナミに流れる妖怪の血は、特に戦いにおいては一級品、特別なもんや。全身をそれに支配させて戦う時、あいつは過去を考えんですむ。記憶から逃れることが出来るんや」
「過去から逃れる、か・・・・・・でも、それじゃ何でナミはいつも苦しそうなの?」
「それは、あいつが妖怪やない、半妖やからや。あいつは半分、人間なんや。身体も、心もな。せやからこの方法は間違っとる。過去の記憶から逃げてるだけ。そのために自分の心にある人間の部分を殺そうとしとる。そう言えば分かるやろ? それがどんなに愚かで、成功する可能性が低いかが」
心は、そのバランスを保つことで健康でいられる。記憶に折り合いをつける、辛い過去を押しのけるほどの楽しい記憶を積み重ねる。色んな方法はある。けれど心を殺すとは、その機能を停止させるということ。例え半分であったとしても、バランスが大きく崩れることは明らかだ。
「あいつは自分という存在をほんまの意味で自覚してない。あいつは妖怪やないし、人間やない。半妖なんやってことをな。両方が混在しとんのに、その片方を消し去るなんてまねはな・・・・・・たしかに苦しみからは逃げれる。けどあいつの心は死ぬんや。そんで出来上がんのは、妖怪のように戦うことで自覚することもない、ただただ殺すだけの生き物や。それに、例え心が死のうとも、記憶は積み重なる。そして決して消えへん呪いや。ふと正気に戻ったら、人間の心が生き返ったら・・・・・・」
「壊れるわよね。正気を無くしていても記憶は残るんなら」
「そうや。心は不安定やけの。一度死んでもふとした拍子に蘇りよる。あいつは前世、それで一度心が壊れてどうしょうもなくなったことがあるって聞いとる。その時のことも覚えてるはずなんや。せやけど、心を殺していた時の楽な状態も覚えてるから、そこへ逃げる。そんでまた壊れる。それにあいつは身体も半分人間なんや。互いの力を出して戦うんならええ。けど、片方を消して戦えばどっかで身体も壊す。そういう作りになってないんや。やからワシもいつも言っとんやけどな。ただ、ワシには分からん苦悩があいつにはある。いつか言った、『あいつ自身の問題』ってのはそこや。結局はナミがそこにどう折り合いをつけられるか。壊れる前に、ってところなんやけど」
自身を自覚する。それは戦う者にとって大切なこと。それがなければ、身も心も蝕まれていく。私も通った道だ。自分に出来ること、出来ないこと。自分がしたいこと、したくないこと。それをすることによって目指す未来と、避けたい未来。自分が欠陥にも近い魔力を持つと知った時にも色々考えた。でもナミは、私みたいに簡単じゃない。三千年も続く記憶の全てに折り合いをつけられるほど人間の心は強く出来ていない。たかだか数十年、いや、数年のそれであっても苦しむ者が多いのだから。
「ただな、ロウミィ。お前に祠で会ってから、あいつはなんか変わってきてたんや」
「へ? わ、私?」
「ああそうや。あいつの心はほぼ死にかけとった。ワシが会っても何も反応せん。調子の悪い日なら、刺激するだけで殺されかけるなんてのも多かったんや。根気よく言い聞かせて、なんとか話が出来るとこまで回復はしとったけど、それでも心は動かん。冷めたままやった。でもロウミィとはなんか波長が合うんか、なんか思うところがあったんか知らんけど、お前と話しとるときのナミはいつもと違った。出会いは戦いからってところで最悪やったけどな。妖怪の力を使ってても理性的に話ができてたやろ?」
「ええ、何も変じゃなかったわ」
「だからロウミィが祠に通うってのも許したんや。そんであいつは自分を取り戻すため、呪いに折り合いをつけるために旅に出るって言い出した時もせや。ロウミィを待ってみたらどうやって話したらその通りしよった。まさか出立の日をワシに伝えへんとは思わんかったけどな」
しんみりとした空気の中、ゾーラは顔を下に向けた。日に焼けた肌の上からでも分かるほど、神妙な面持ち。折角立ち直る兆しが見えていたのだ。これがきっかけで死なれては困る。ナミを心配する顔。きっと彼は私を守るために力を使ったんだ。それに気づいた今、私もゾーラと同じ顔をしているだろう。
「せやから、ロウミィも死んだらあかんど。今立てるか?」
「え、あ、うん。ちょっと支えてくれれば大丈夫かも」
「そうけ。じゃあ今から親分のところ行くで」
「親分って、キングドラニウムのところ?」
「ああ、人間の傷くらい親分は治せるかもしれんからな」
※
神龍たちは妖怪との戦いの最中、番に命じる。
「お前たちは先に行け」
と。
男、後の空乃守臨天と、女、冬乃守霊雲はその言葉の意味をすぐに悟る。目的を果たすために自分たちは来たのだと。ここで恩ある神龍のために残ったとて、彼らの想いは果たせまいと。
ここまで来れば、今更引いたとて無事ですまないことも理解していたのだろう。番の二匹の龍は更に上空、神々の住まう場所まで全速力で上昇した。
途中、使徒や妖怪にも遭遇したが、ただ先へ急ぐためだけに上昇する彼らを止められるものはいなかった。神龍への想い、人間への想いがそれぞれの血へ力を与えていたのかもしれない。いや、逆に神龍や人間からの想いも力の一端にあったのだろう。とにかく、邪魔するものを蹴散らしながら、番は先を急いだ。
天界についたときの光景を、私はよく覚えている。
二人とも傷だらけ。しかしその覇気たるや、眼差したるや、色んなものが合わさった迫力があった。
イグノは問う。お主らのせんとすることを分かっているのか、と。
番は答える。是、と。
イグノは問う。そこまでしてあの愚かな人間を守りたいのか、と。
番は答える。是、と。
イグノは問う。お主らの母たち人間を作ったのは我だ、失敗作を処分することの何が悪い、と。
番は答える。是、否は分からない、と。そして問う。ただ彼らは既に神々の所有物ではない、彼らを扇動し、それを理由に処分するなど自分勝手なのではないか、と。
イグノは答える。我らは自分勝手だ、と。そしてそれこそが神である我らなのだ、と。
双方の意思は交わることがなかった。互いの目の色が変わった次の瞬間、戦いの火蓋は切って落とされた。
※
to be continued
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回、遂に現るキングドラニウム。迫り来る魔族の大群にどう立ち向かうのか?
ではまた。一久一茶でした!
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