20話:庭には二羽鶏はいない。その代わり無愛想なウヴァル様がいる。
諸事情によりエタりかけました。
大丈夫です。のんびり再開します。
落ち着きを取り戻したポニーを横に、オディロン様が繰る荷馬車の後を付いて目抜き通りを行けば、左右へ肩を並べて建つ家屋が唐突に途切れる。
行く手にはアルバと呼ばれるバラの蔓を絡ませた木製のアーチ。この夏季に白い多弁を綻ばせるバラは、ズワイテ公の紋章に用いられるシンボルだ。
一方で尖頭アーチの天辺には獅子顔を模した飾り金具が取り付けられており、ズワイテ大陸では獅子をレーヴェという。
故に、門の内側はズワイテ公の敷地――即ち領地に配置した別荘のレーヴェ邸――である事が分かる。
馬車一台が潜り抜けられるそこの手前で、旦那様(仮)の背中が伸びた。
手綱を引いて荷馬の歩を止め、こちらを振り向く。
「コーラル」
「はい」
「御者席に」
乗ってくれ、とジェスチャーされ、頷いて従う。
街道や市街地ならともかく、邸宅に荷を運び入れる場面では、礼儀を弁えている事を示す必要がある。
家長であり差配役の夫が勤めを全うしているというのに、妻子が身勝手に動いているのは失礼に当たる。
礼儀はいつの世も主従関係とやらに左右されるモノだ。
貢租や賦役のために訪れた従側の名主もしくは差配人は、主となる家の者が彼を見止めるまで庭先で来た時の姿勢のまま待機しておく。
そして今回は、ズワイテ公本人か、または不在時の代理人である家令のウヴァル様から「降りよ」と命じられるまでオレとオディロン様は荷馬車の御者席にじっとしている必要がある。
立つ位置や席そのものが責務に転じて、勝手に動く・または降りる事はこれを放棄したと看做されるためだ。
旦那様(仮)が手綱でポニーの首筋を軽く打ち、重量2500kgの小麦を載せた荷台がじわりと前進する。
こちらの荷馬車は鞭を打たずとも自動でその尻を追う。オレは目線を下げて蔓バラの絡み付いた獅子の門を潜った。
見知った顔の下男の視界にオディロン様が入る。
独活の大木がそのまま襤褸を纏ったような風貌をした使用人は、こちらへ向けて幾分か親しげに首を振り、裏口に頭だけ突っ込んで内に来訪を告げた。
数分ほど間を置き、軋んだ音を立てて玄関の戸が開く。
ゆるりと現れたのは。
大幹から表皮の枯れ具合まで、余す事無く仄かなダンディズムの香りを発散させる初老の男。
「来たか。降りよ」
この人物こそが、オディロン様の父親にしてレーヴェ邸家令のウヴァル=アルマン・フォン・レーヴェ様だ。
茶けた髪を後ろに撫でつけて秀でた額を見せ、撫肩から伸びる長く細い首を微かに前傾させている様子はどことなく鶴を想起させた。
オディロン様は差配人然とした面持ちで地に立ち、頭を垂れた。
「大公様の御世を寿ぎ、安泰なる栄華に感謝します」
「ズワイテ公に代わり謝辞を認める」
「有難く存じます。民の税をお納め下さい」
非常に堅苦しい挨拶を終え、差配人が帳簿を家令に手渡すと、主人の不在時にレーヴェ地方の管理を任されているウヴァル様はそれに目もくれず、ただフムと短く鼻を鳴らした。
主人が家へと戻り、戸が閉まるのを待っていたかのように先ほどの下男が現れる。
荷馬車に繋いだ手綱をオディロン様から受け取り、村のものよりも倍は大きく見るからに岩乗な穀倉庫まで引く。
次いで流れるように、村落では大人が二人掛りで運んでいた重量50kgもの小麦袋をヒョイと抱え、ひぉとつ、ふぁたつ、と小さく口ずさみながらポイポイと実に軽妙な速度で倉庫の床に放り入れてしまう。
「たしかに、10こが、10、ありましたな」
そうやって下男は休む間もなく独特な数え方をモゴモゴと呟いて去ってしまった。
実家に幽閉されていた幼い被虐待児をまるで藁でも摘むかのように抱え、押し留めようとする家族を引き摺り、妨害を殴って退け。
口の聞き方はおろか身動きの取り方すら知らない薄汚れたコーラルを軽々と救い出した下男の姿を知らない旦那様(仮)は、労うでも止めるでもなく呆気に取られたまま見送る。
コーラルにとっては見慣れた恒例行事だが、家令の跡継ぎとして貢租の見習いをしていた時は帳簿を受け取ったウヴァル様と一緒に屋内に引っ込んでいたオディロン様には衝撃の光景だったらしい。
前世の記憶的にアレって気は優しくてカレー好きな力持ち属性のおっさんだよ。断定してもいいよ。
つうかね? あのチート級パワーは転生したオレに授かる系のやつだろと転生にアリガチな神的な輩に小一時間ほど問い詰めたい。
神的な輩の気配どこにもないから詰め寄れないけど。いろよ神的な輩。
なんでいねえのよ。顕在しろ。いま。ここに。ナウ。
出てこねえ。くそ。
それにつけても嗚呼カレー。ライスにかけちゃう系のやつ。チャパティもいいなあ。
あー。カレー食いてー。
ルーねえから作るしかねーけどカレーのスパイスって何だっけ。
胡椒? ねえわー。 ターメリック? ねえわー。あとなんだっけ。クミン? ありゃしねえ。
うわあ資源が絶望的。つれえ。
別の大陸行けばあるのか?
えっ……旅、しちゃう?
駄目だ先立つモノがねえ。
脳内で泣き言を連ねつつ駄々を捏ねるオレをよそに、4頭の従順なポニーさん達は荷台を曳いたまま極めて自然な態度で下男の背を追う。
ちょちょちょ、待て待て旦那様(仮)の荷台にボルシチ(?)の鍋置きっ放しだよ放心してないで気付いて旦那様(仮)ァー!
『じーじとばーばに孫の顔見せてメロメロにしちゃおうぜ!
ついでにオレは女中らしく進んで雑事をこなして貞淑な手弱女っぷり発揮しちゃおうぜ!』
作戦台無しになっちゃうからァー!
「へいパス」
「えっ、あっ」
オレは察するまで待つのは性分じゃねえパリラくんだよ。
という訳で痙攣しかけている腕の中で「ンィー」と顎に梅干作ってるフリージアちゃんをオディロン様に手渡して、早くも邸宅の奥に覗いて見える家畜小屋の脇に到着した荷馬車目指して小走り。
結果からいうと鍋は無事だった。
オレは大丈夫じゃなかった。
物騒に聞こえるだろうが、本当なんだ。
前世では高校時の短距離タイムが平均よりちょっと上のオレが30m程度の走行でみるみるスタミナエンプティ。
その前段階で2時間ほど軽めの競歩をこなした状況ではあったけれども。
うわっ・・・わたしの体力、低すぎ・・・?
なんて口元を手で隠す余裕もなく。腿と脹脛と腰の辺りが超萎えてる。脇腹超痛い。肉という肉が超震えてる。ヤバい。
先立つもの(銭)どころか筋力がないって旅コレ無理じゃん。
なんでアドベンチャーなワールドの主人公達は普通に生まれ育った村から未開の地に出て行けるの?
ほぼ自給自足で暮らす世界に靴底のソールなんてないよ? 整備されてない地面の凹凸がモロに来るよ?
オレだったら指輪捨てに裂け谷行く前の掘窪辺りで心ポッキリメタメタフェスティバルだわ。ホ○ット庄出たくない。もうぼくおうちかえる。
「へひぃ、あの、すみま、はひぃ……」
「おう」
黙々と馬具を外す下男は、返事もどこか上の空だ。
突っ慳貪なあしらいは、それが怖いばかりだったコーラルだった頃とは違い、今はそれが妙に心地良いと気付く。
多分オレが女だと意識されていないからだろう。むしろ面倒なガキとすら思っているかも知れない。
簡単に空穴となる体力は回復も早いみたいで、汗が噴き出し肺が痛むほど肩で息をしていたのが5つ数える頃には止む。
力の入らない指で布を巻いた鍋を差せば、「取れ」と返される。子供の頃から相も変わらずコーラルを甘やかさない男め。
「当主さまと、おくがたさまに、おみやげです」
「おう」
「たくさん作りましたので、みんなの分も、のこります」
「ああ」
使用人は他に乳母上がりの下女がいる。炊事や繕い物などは奥方様が行うが、洗濯を始めとした面倒な汚れ作業は下女の役割だ。
コーラルもこの家にいた頃は掃除を手伝っていた。
下男下女は齢がそろそろ40に近いため、レーヴェ邸には後継となる若い者が1人ずつ住み込んでいる。
家庭教師は生徒であるオディロン様が差配役を仰せ付かる前に職を辞したので、現在はいない。
村落やレーヴェ邸にはミルクパンといった洒落たものはないので、鍋というものは必然的に大ぶりだ。
ナイフやスプーンもデカけりゃ木製のコップもデカい。大は小を兼ねすぎ問題。
布に触れて点検したが汁の零れも酷くはなく、この様子ならオディロン様とオレを含めた8人でも丼に一杯ずつはいける。
毎日食ってる旦那様(仮)がうまいともまずいとも言わないため味の保証に不安は残るが……そこは自分の舌を信じよう。
ブクマ、評価ありがとうございます。
作者とてもうれしいです。
誤字脱字ございましたら教えてください。
作者とても有難がります。




