19話:目指すレーヴェ邸は、ドラッヘの町に。
魔獣類。
角ウサギ属、ヴォルパーティンガー種。額に牡鹿のような角が生え、更に耳部が翼状に変化しているウサギ。
ハーピー属、ポダルゲー種。脚ムッキムキな逞しいヨーロッパオオライチョウの胴体に、あどけない少女の頭部が乗っている。
タブロス属、ハルコタヴロイ種。口元と鼻腔から火煙を噴く青銅色の牡牛。
爬妖類。
妖蛇属、ニーズヘッグ種。地に伏せて周囲を睥睨し、襲撃の準備は正に万端といった圧力ハンパない大蛇。
多種多彩でありながら揃いも揃って「ニンゲン、オソウ。ニンゲン、クウ」感に溢れた野生の邪な生物。
ゲーム上では倒して得られる経験値500超えの魔物達が存外な数ほど点在している荒野から視線を外し、街道の崩れた煉瓦を見下ろす。
というかもう、路面凝視。
コーラルになってから初の遭遇で悟った。
テレビ画面という決して越えられない壁を隔ててデリクエをプレイしていた時分はユニークな造形した雑魚敵だったモノが、当事者的には、あんな……ド直球で禍々しくて怖えーアレって、ねえ?
いやせめて戦士や咒法使い等ならまだしも、そういった連中に家の壺割られて金とか薬草とか盗られる側の立場からすると、生殺与奪権が魔物サイドにあると確信せざるを得ないのである。
まともに直視してたら正気なんて保ってられないから、モブに許される手段は戦うでも逃げるでも耐えるでもなく見えない聞こえない感じないフリ。
平穏無事な日常を村落の中で恙無く過ごしつつ「ここは ○○の村だよ」とか「子育てって 大変だわ」「うえ~~ん」とか抜かしてたい。
けれど哀しいかな、貢租の送り届けもまた差配役にして、ヘルツォーク・ツー・ズワイテ(ズワイテ公)のレーヴェ地方における次期家令であるオディロン様の日常。
武器を持たぬ無力な我等が可及的速やかな歩みで向かう先はレーヴェ邸。
全貌が見える距離まで近づくにつれ街道が整備され、魔除けの香草も道の両脇で生い茂っていく。
風光明媚な邸宅があるのはドラッヘという町の、市街地の奥。
商人などが住む住宅街よりも、狩場や農地の方が余程広大な、典型的な田舎町だ。
認識した途端にコーラルの得ていた情報が一気に脳裏へ表示される。
その総面積およそ460haのうち、7haのレーヴェ邸を基点として、西部に位置するズワイテ公専用の狩場が最も広く、250ha。
狩場に付随する、鳥獣管理者(綱差)の居住区が5ha、土地管理者(地守)の居住区が1ha。隣接する修道院の敷地が6ha。
綱差はズワイテ公と彼の友人が猟を楽しむ際の獲物を飼育する者だ。
居住区の大部分は家畜小屋で、扱うのは例えば豚でいえば体毛と牙の生えた個体ばかり。
公らが討ち取ったおぞましい猪などの化け物とその冒険譚を土産とするため、先祖返りしたような、野蛮な獣であるほど好ましい。
地守は狩場の環境を如何にも手付かずの自然に見えるよう設える役目を持つ。
居住区には、見張り番の他に農奴達が賦役で通う細い長屋があり、その周囲には香草と苗木が整然と植えられている。
狩猟のシーズンである秋に先駆けて、春から夏の期間中、250haもの狩場に広がるなだらかな丘陵を削り、または盛り上げ、小川を作り、方々に草花を散らし、かと思えば捩れた立木を人の胸ほどの高さに整えて網のように広げて這わす。
修道院には10人ほどの魂を雷に打たれた司祭や信徒達が暮らしている。
彼らは主に菜食であり、地所の畑を耕しては自給自足で糧を賄い、リキュール、エール、蜂蜜などを業者に卸して金銭を得、小麦と少量の肉を買う。
レーヴェ地方に流通する酒と蜂蜜はここの産出品である。
邸宅周辺には他にも、北と東に農地が居住区を含めてそれぞれ70ha。
南部の市街地が50haで、これは前世で世界的な人気があった某舶来擬人化ネズミ達がいるオリエンタルなリゾートのランドくらいの大きさ。
オレが意識を取り戻す前のコーラルは、生家の暗い一室を他にすれば、オディロン様が赴任した村落以外には拾われた邸宅の外に出た事はなかった。
雑多な人々が暮らす場所というのが全く想像もつかない。
生家にあったのは食い物を置いていく装置だった彼女が、人間という存在を始めて認識したのがレーヴェ邸だ。
当主様、奥方様、家畜小屋の下男、乳母、家庭教師、そしてオディロン様。
それが認識している人の全てだったから、チューターからこの地方や世界の様子を教わった時も、実感が湧かずに邸宅のみんなで変換された。
前世の経験があるコーラルとしては可笑しな誤認であるが。
街道に対して垂直に引き込む形で背の低い香草の垣根が途切れ、アーチ状に育てられた西洋庭常が現れる。緑の門を潜り抜けるとドラッヘの町中へと目抜き通りが伸びており、道の左右には隣家と密着した形で二階建ての商店や飲食店などが並ぶ。
建物はファッハヴェルクハウス(ティンバーフレーミング)と呼ばれる建築様式で、剥き出しの黒ずんだ柱や梁と、その間の外壁部分にライトカーキ色をした漆喰が埋められている。
目抜き通りの脇には幾つか狭い小道が折れ、ファッハヴェルクハウスの奥行きの広さが窺える。更にその向こうには菜園付きの平屋が見えた。
どれもが一様に村落よりも立派だ。というか村落の家が粗末過ぎるのか。
ただし、まるで中世ヨーロッパ風の世界である事を誇示するかのように、通りの住宅を見回してもガラス窓と呼べる代物はない。
採光の手段としては、ドアにひし型の穴が開け、そこに恐らく羊皮を伸ばして張ってある。他は外壁に取り付けた木板の窓を開いて行うのだろう。
旦那様(仮)が赴任した村落の差配役の家にも、窓には羊皮が張ってある。
一方、コーラルが女中を勤めたレーヴェ邸の広間には、碧っぽくて小さな円ガラスを同じ形にくり貫いた板に並べて嵌め込んだ窓があった。
従って羊皮はある程度の富を意味し、ガラスは地位の象徴と考えられる。
町並みをよくよく眺めたい所だが、重い荷を運ぶポニーさん達の速歩に合わせて、魔獣に怯えながらかなり早いペースでここまで辿り付いたので、オレはもう疲労困憊である。
前を行くオディロン様が溜息を吐いて馬車を止めてくれたが、オレの呼吸音は荒すぎて変。ゼヒューのヒューが何か笛っぽい。止め処なく流れる汗が額から落ちて目も痛い。
そしてフリージアは親の緊張を感じ取ったのかちょっと強張っている。
フムウ。出歩きたいが、無理だろうなあ。そもそもコーラルさん御使いとかした事ねえわ。
今回の目的は貢租と孫の顔見せ。外遊をねだるのは諦めよう。
旦那様(仮)とオレは休憩を切り上げ、互いの御者席に乗り込むと、整備された目抜通りの先にあるレーヴェ邸を目指してゴトゴトと荷馬車に揺られていった。
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