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マトリョーシュカの顔

 7.マトリョーシカの顔 dool



 大空の彼方の自由を

 手に集めて強く抱きしめるの

 大地をかけゆく 鳥の様に高く高く青い青い空を飛ぶの

 永い旅が渡り鳥達の翼に乗せて飛んで行くの

 大空を駆けてゆく 夢の先 何処までも 

 あたしの瞳が空の様に青いままに

 心も風を心地良く……


 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ



 リーデルライゾンで妙な死体遺棄事件が起きた。

ワシントンD.C.から戻って来た俺が、秘書に迎えられ署長室へ進み、ヴィスタスルマーレから青の海を見渡した時だった。

あの青の情景に、何かが斜めかしいで浮き揺れていたのだ。

それは極彩色で、滑らかなつくりで、そして、沈没するボートの底かと思ったが、違った。ガルドのロシア土産の巨大マトリョーシカだった。

「………、」

俺はなんともつかなくてこめかみに汗を流し見つめ、その海に濡れる斜めの彼女の顔を見た。

相当土産に気に食わなくスレンかカトマイヤー辺りが海に投げ捨てでもしたのか、この事は今任務中でロシアで頑張っているガルド自身には、ショックを受けるだろう為に言う気にはなれなかった。

それにしても、世の中には酷い事をする輩もいるものだ。警察組織人だろうか。青の海にあの極彩色はいただけずに、部下に連絡を寄越すと、海洋警察に引き上げさせた。

西海の港側と、それに北海には海上刑務所があり、西海の警察船が滑るように来ると、見下ろした崖上の駐車場に、三名の刑事達が来て船を見ては、署長室のこちらを目を細め見上げて来た。太陽に手を翳している。

陽がきらきらと青の海には差し込んでいて、マトリョーシカのこめかみにも光が差していた。

もしかして、倶楽部の人間だろうか。あのマトリョーシカにスキーボードでもつけ、モーターボートを引き水上スキーをさせ大盛り上がりしていた物が縄がブチギレたのかもしれない。レズビアン達や、享楽主義達が華麗な仮面をつけ派手に水上をピンクなどでライトアップされたボートで駆け回る姿が目に浮かんだ。

警官が引き上げ、それと共にマトリョーシカの胴部分が外れた。

「………」

ボートの海上警察の人間は一歩後じさり即刻通信機を手に取った。駐車場の刑事達は俺に顔を向け、俺は連絡を受けてその華美な幻想の一つも無い物を上から確認した。

このどれほどかの期間で海上へ上がって来たらしい、腐乱死体。

課長、部長など警部連中の顔が浮かぶ。だが、俺が倶楽部に持ち込んだ中の一つかもしれない。同時に知らぬ間に俺が誰かを手に掛け、俺が犯人とも取られるという事なのだが。被害者は倶楽部の誰かかもしれないし、警察組織の人間に関る誰かかもしれない……。

下にいる刑事達を港へ向かわせる。街の北側に位置するエリッサ側は全て崖っぷちの官僚区で、西海へ向かわなければ岸へは上がれない。

一時間すると、四階捜査一課の部長、古株のアンドレア・シャマシュ警部が上がって来た。

「遺体は著しく腐敗が進んでいるので身元は不明ですが、頭髪は長い金髪。衣服は身に着けておらず女性とみられ、今だ年齢は不明です。両腕両足が切断された状態で九十センチのマトリョーシカ内部に押し込められ頭部が被され、遺棄されていました」

「司法解剖へ回せ」

「はい」

「それで」

「ええ。マトリョーシカは、ガルドが持ち寄ったロシア土産に間違い無いと思われますが、一応三ヶ月以内の他のロシア旅行者を当ってみます。遺体の収められていたマトリョーシカはこの写真ですが、見覚えはございますか」

俺はそのマトリョーシカの派手な彩りを見て目を痛め目を伏せ、またしっかり見た。

はっきり言えば、三十五体もあった中の一匹など、到底覚えてもいない。

もしも倶楽部に令状など出すわけにもいかなかった。

「あなた側に覚えは?」

「うちには玄関に傘立てとして置かれているので」

「成るほど」

「ラヴァンゾ署長は」

「知人に分けた」

中には二十五センチの白黒の奴がいて、それとあと一匹、ガーネットカラーの服を着た奴を抜き取り、白黒はもらってやり、もう一匹の十センチの奴はリシュールが卵容れにしていた。

「署長らしいですな。他警部連に聴いたところでは、交通課(生活安全・少年課など総合的に含む)のアシュラ部長がエケノにいる親戚にあげ、麻薬捜査課のアイアス部長が警察犬達に噛み殺されてバラバラにされてしまったと言い、殺人課のギガ部長が寝室に置かれていると言い、出張中の特A斑のカトマイヤー部長に連絡しますとティニーナ巡査に差し上げたといい、化学捜査課のディアネイロ部長は、まあ、口を濁して愛人に差し上げたと……」

「愛人か。彼は全く……」

「規律が無い、ですな」

俺の口癖を言い、報告を続けた。俺は完全に女嫌いなので、確かに愛人や不倫、浮気など一切浮いた噂など上がりようも無い為に、署内での潔癖印象は完全に保たれている。

「現在、それらの他者の手に渡ったものは調べを進めています。行方不明者との照合も始めます」

「ああ」

シャマシュは出て行った。

ブラックで少年犯罪に烈火の如く怒り狂う実力派のアシュラや、あの豪傑無比の勇ましい顔をしたアイアス、温厚な顔つきで部下の遅刻などでキレると十億倍恐ろしくなるギガ、品のある顔つきで噴火する事は皆無だが軍人気質の規律人カトマイヤー、ブルドックの様な顔で同じ気質で規律に堅い正義人シャマシュ、線が細く青白い顔をした化学研究室にこもりきると何をしているのかあまりよく分からないディアネイロ、其々の顔が浮かぶ。

あの蒼白顔のディアネイロが第一に不審だ。相手は科学的に証拠を消せる人間だし、愛人が殺害されたとも思えるが、何しろディアネイロは気が弱い。

ガルドの事が恐くて仕方が無いようで、いつでも影に隠れて覗き見て来るような男だ。年齢は四十五で、部下をしっかり動かす時や捜査時はキレのある怜悧さも掠める人物であるのに、一時ガラリと変ると不気味だった。

この前、赤毛の捕まった時に彼の研究室へ入って行った時など、オーラで殺されるかと思った背中をしていた。押収された蜘蛛、大蛇、蛇、毒蝶などの毒薬を調べていただけだが、何かしら熱中すると不気味だった。

共に、彼等の直属の部下達が浮かぶ。ギガの下にいる殺人課課長サリー警部とその部下の覆面刑事。アイアスの部下で普段手厳しいヨルダイと元部下のロジャー。シャマシュの部下でマトリョーシカを配った倶楽部でもサディストトレーナーをする契約者のスレンとヘレスの相棒で巨漢に近いラングラー警部補。チャリール警部補、それにカトマイヤーの部下で同じく倶楽部にいて美女好きで有名なレガント……。

ドバタンッ

「署長!!!」

「ヒイッ」

俺はつい声を上げてしまい、迫り来るアシュラ部長をアームに手をおき震え見上げた。

筋肉隆々で長身でスタイリッシュで脚が長く、スキンヘッドの下の巨大な眼光がいつでも恐ろしい程で、いつでも腕をガッと掴んで来て間近で叫び怒鳴って来る。

「俺が姪っ子に上げたマトリョーシカが消えていた!!!」

両腕を掴みまたグラグラ揺らしてきて、恐ろしくて顔を反らした。

「あいつは無くしたこと俺に知られるとケツを蹴り上げられると分かって言わずにいたんだ!!! 麻薬所持していた時は天までケツを蹴り上げたからな!!!」

絶対嫌だ。

「普通の声で報告しろ。手を離せ不躾な」

「失敬!!!」

バッ

またハイバック背凭れに叩きつけられる様に腕を離され、アシュラは苛立ってその場で顎に手を当てグルグル歩き出した。いつでも軽装で、サンダルに黒のイージーパンツと黒のランニングで、年齢は俺と同じ三十九だ。スラム地区の若者達もアシュラが部長室から現れると、生活安全課の中で飛び騒いでいた姿も全て我先にと逃げ惑う。

「奴は白人嫌いなんだ。白人女子同士の喧嘩も絶えずに何度もシスターが学校に呼び出されてるが、あんな事件起こす性格じゃない」

「ああ。事情聴取で任意に引っ張られるぐらいだろう。いつ無くしたのか、どこに置いていたのかなど」

ガシッガシッ

「あんた俺の姪っ子殺人容疑で連行しようってのか!!! 奴はまた中学生だ!!!」

「事件だからだ!!」

「………、」

手を払うと立ち上がり、ソファーに座るように促し落ち着かせた。

「手荒にはさせない。取調室にも入れない」

「もうおしまいだ。あいつは気性が激しい。きっと自棄になる」

ソファー横にしゃがんで覆う顔を見上げた。

「あなたの姪っ子だ。あのサバサバした性格の少女がああいった殺人事件など起こさないと思う」

「………」

手に手を当て、軽く叩くと黒い目が指の間から見て来た。俺は心が掻き乱され、それを抑えるために瞳だけを見つづけた。

「あんた見かけに寄らず優しいな」

「それはあなたが落ち込むからだ。早く仕事に戻れ」

アシュラは頷きながら立ち上がり、署長室を出て行った。

「………」

床に視線を落すと立ち上がり、ハイバックに戻っ

バタンッ

「署長!!」

肩を縮めユーゴスラビアンで熱いギガをバッと見た。

バンッ

「このマトリョーシカの写真は私の寝室のマトリョーシカと同じだ!!」

ーーな、こ、こいつ、

「そう……。じゃあ違うのでしょう」

「しかし!!!」

ガシッ

手首を掴まれ俺は口を引きつらせ目を見開きギガを見て、書斎机にその手を叩きつけられた。わざわざ俺の指を差し指の形にして来て、色とりどりだが腐乱遺体の収まっていた写真の中の一部を指ささせてきて俺は見開いたままの目でそろそろと見下ろした。

「ここの目の色が一人一人違うのですよ六体のマトリョーシカは!! 私のマトリョーシカちゃんは水色の瞳ですが、このマトリョーシカは目がブルーだ。シャマシュ警部の物は奥方に連絡し確認した所、緑だと言っていました。他の者共はそんな物は覚えてはおらず、カトマイヤー警部の娘に関しては肝心かなめの瞳をくりぬいてライトにして目の光線を出させているという事で言語道断の問答無用!! 私は緑の目があると知っていれば緑の目の子が欲しかった世知辛い!!!」

俺の背をバンバン叩いて来て、もう勢いが恐くて仕方なかった。

「そ、そう……」

コンコン

「失礼致します」

毎回食事の席取り同様熱烈で恐い勢いのギガが顔を背後に向け、入って来たディアネイロを見た。

「ゴホン。それでは署長。私共はそれらの調べに」

「ああ」

相手側も皆、自己が疑われては冗談じゃ無いと必死なのだろう。

一度横目でギガが背後を示すと俺を見て来て、瞳の色に関してを言っているのだろう。頷いておいた。

ギガが颯爽と去って行き、白衣のディアネイロがここまで来た。

「愛人に渡したらしいですね」

「………。ええ。お耳に入ってらっしゃいましたか。傘立てなどにしているらしいシャマシュ警部は、気楽な物ですね」

いつものおう揚の無い口調で言って来る。

「彼女も妻もストレートの金髪なので、ぞっとしましたが今夜は悪夢でも見そうです。妻はヨーロッパに旅行中という事になっていますし、もう一人は本来の男と共に出かけているようなので、連絡は取れない」

「捜索を進めさせましょうか」

「もしも本当に連絡が取れない場合は。まさか私自身が彼女の親族や家庭に連絡など出来ないので、捜査斑の者に確認を取らせても?」

「ええ。もちろんだ。第一に早めにそれを行なってもらいたい。それと、まだ司法解剖が終っていないので被害者の年齢が不明らしいので、奥方にも早急に連絡が取れる様に手を使っていただきたい」

「はい。もちろんです」

この男が、今の感情も無い目で台の上の遺体を切断する情景がありありと浮かんだ。だが、憔悴しきっている。不安で仕方が無いようだ。

「気をしっかり持って。第一、本当にこの写真と全く同じマトリョーシカで?」

「あまり覚えは無いが……そうだと思う。柄や色は部下に配ったもの全てが違いバラバラだった為に確信は無いが、同じだったと思います」

瞳の色にまで注意は払っていられるほど単色ではないのだから仕方ないだろう。

ディアネイロはまた出て行き、俺はハイバックを反転させ、先ほどの海を見つめた。

スレンの場合は六十センチのマトリョーシカの体を縄で雁字搦めにし、首をベルトで締め付け、他の五匹のマゾ達を同じ様に天井からぶら下げ六匹を放置プレーさせていた。もちろん倶楽部でだが。

レガントはライラに対して嫉妬していたが、ライラは紛れも無く男でショートの黒髪だし倶楽部にいる。

バンッ

またかと思い、入り口を見た。

ティニーナ・カトマイヤーが小さな体でやってきて、大して変らない大きさのマトリョーシカを大砲のように掲げ持って来ていてそれを置いた。

そして、覗き込むように後ろの何かをバチッと押した。

ビカッ

「あ!!」

俺は目を腕で塞ぎ目晦ましされ、片目ずつ開けスーツジャケットの腕からそれを見た。

マトリョーシカの瞳がくりぬかれそこから光線が出たのだ。

「父親は殺人事件なんて絶対に起こさないよ!! ここにこうやってあるんだから!!」

「ああ。そうだな。分かってる」

「よかった~!」

嬉々として光線を放させたまま抱え上げると空間を二つの光線で射抜きながら駈けて行った。

また出て行くと、もう署内に容疑者として上げられるような人物も押し掛けては来ないだろうから安心し、ミセスルゾンゲに連絡をした。

「エステティッススパ屋敷アジェ・ラパオ・ルゾンゲでございます。麗しきお客様」

「こんにちは。ミセスルゾンゲ」

「これはラヴァンゾ様。ご機嫌麗しく」

「ごきげんよう」

「本日のご予約は準備も万全に整っておりますわ。ご変更のご要望をお伺いいたします」

「実は、死体遺棄事件がおき、その件であなたに尋ねたい事があり連絡をさせていただいた。本日の七時からの予約はもしかしたら延期になるかもしれない」

「まあ、それはお忙しい事に……。尋ねられて結構よ」

「ええ。申し訳無い。マトリョーシカの置物の中で、九十センチ台の物が倶楽部内にあるかを調べていただきたいんだが」

「畏まりました。スタッフの者達(各部屋の子達)に連絡をしますわね。また後ほど、そちらへご連絡いたします」

「お願いします。都合によれば、配送していただく事になるがその際には覆面車両で屋敷の方へ部下に取りに行かせます」

「お待ちしております」

「ええ。それでは」

連絡を切り、息をついた。

コンコン

「はい。どうぞ」

アイアスが二匹のボクサー犬と二匹のグレートデンを連れ入って来ると、ここまで来た。

「土産のマロボールカです」

無残なマトリョーシカの破片を書斎机に置いた。

「そのようで」

ガシッ

「ヒッ」

「あのガルドにこの事は内密にお願いするよ君!!! 奴がもし知ればこの四匹が捌かれあのガルドに喰い散らかされるのでね!!!」

わ、わか、

「わか、」

「あの元薬中のジャンキーはスラム時代犬も食べてた小僧だ!! しかも切り裂いた腹に大麻を詰め込んで丸焼きにしてジュルッサの夕方時にあのキャンプファイヤーで焼いて食べていたんだからな!!!」

「はあ……、そうですか……、」

ガシッ

「ところで署長殿のマロボールカは!!」

また間近まで顔を押し迫らせ、まるで俺が覚せい剤中毒被疑者でもあるかのように瞳の奥底を射抜いて来る。俺は両肩を掴まれ口を引きつらせ、そのよく日に焼けた肌の中に光る目の前の目を見た。

「差し上げた知人に問い合わせている最中だ」

本気で勘弁してもらいたい勢いの奴等ばかりだ。あのカトマイヤーの常に乱れる事など皆無な冷静沈着さが懐かしくなって来る。

俺の顔をマジマジと視線を這わせ見て来て、俺は目をふいっと反らした。

「離せ……」

「………」

TULL

「先日の事はもう大丈夫かい」

「………」

TULL

「ええ……」

視線を落とし、アームに腰をおろしている揃う膝を見た。

TULL

ハッ

「………」

俺は口を閉ざしアイアスを見て、アイアスはふと男らしく微笑み、犬を引き連れ歩いて行った。

いきなり雰囲気が変わる、ずるい男だ……。

鳴り続ける受話器を無意識的に取り耳に当てた。

ミセスルゾンゲからで、九十センチマトリョーシカは無いと言った。

「没収? 倶楽部内の九十センチの物以外に無くなったものは」

「そうね。当初は三十五体でしたけれど、六体足りませんわ。きっと、お持ち帰りなさったんでしょうけれど、九十センチのマトリョーシカを気に入った者は車両に乗せていた所を、車両駐車中に……、そうね。没収というよりは押収されたのだと」

「………」

「パトロール中の事で無断駐車をしていた為にあなた様の部下の方から。尋ねてみましたら、頂いた三日後の深夜にバートスクの百貨店前だったようで」

「ご協力どうもありがとう。問い合わせてみます」

「お役に立てて良かったですわ」

「助かりました。予約の件は悪いが今回、キャンセルを願いたい」

「承りました。名誉あるお仕事のためならば、いつでもこちらは都合いたします。ですので、どうぞ心置きなくお励みになって」

「どうもありがとう。感謝します。それでは」

「はい。失礼致しますわ」

連絡を切り、すぐに他の場所へ連絡を入れた。七丁目交番だ。

「はいこちらバートスク七丁目」

若い声は巡査のトルトリだ。

「ラヴァンゾだが」

「………。っと……、? 署長!」

ガタガタンッ

「そちらに六月五日づけで夜警パトロールに出た者のシフトを知りたい」

「ええ、えっと……、五日ですね。五日……はい。前半がカシビル巡査長とアバッケ巡査。後半がサリブル巡査部長とマッケンイー巡査です」

サリブル巡査は敬謙な警察人だ。マトリョーシカなどいきなり押収させないだろう。

「本日はその中の誰かが日勤に?」

「アバッケ巡査が。今変ります」

「ああ」

「もしもし。アバッケですラヴァンゾ署長」

「五日の夜警で百貨店前をパトロール中、駐車禁止の切符を切ったか?」

「はい。六件切りました。しっかりアシュラ部長までのサインは報告書にありますが……」

「ロシアのマトリョーシカを市民から没収した事は?」

「え、」

「隠して?」

「あの、えっと、」

「署に来い」

「ま、待って下さい、つい気に入ってしまって、あの、処分はどうか、」

全く。一般市民から横暴に奪ったなんて、なんて警官だ。

「それは何処にある」

「処分されるんですか?」

「答えろ」

「ぼ、僕の部屋です……」

「馬鹿。即刻持って来て持ち主に返してもらおうか」

巡査の声が泣き声に変り、苛立って来た。

「一週間の謹慎処分だ。次回は辞表を出してもらう。まさか、今までもそうやって市民から物を奪った事があったんじゃないだろうな」

「そ、それは、無い、です……」

「交番を一時はなれて直ぐに持ち寄れ。分かったな」

「はい……」

グズグズ泣いていて、トルトリ巡査に変った。

「カシビル巡査長は本日は出勤していないのか」

「今はマイマク巡査と共にパトロール中です。連絡をつなぎますか?」

「こちらでかける。それでは、勤務を続けてくれ」

「イエッサー!」

ファイルを見てカシビルのポケベルに連絡を入れた。

すぐに掛かって来た。

「カシビルですラヴァンゾ署長」

「五日の深夜にパトロール中、アバッケ巡査と共に百貨店前で駐車禁止の切符を切って?」

「ええ。そうです。七件の人間から」

「あなた方は忙しくなると、個々に別れて切符を切りに行くのか」

「その時はゴールデンタイムでして……」

「何の為の二人一組のパトロールだ。アバッケ巡査が切符を切った一般市民の私物を奪い取り、その報告書も書かずに隠蔽したぞ。日々どういう勤務態度で任務に当っている」

「な、も、申しわけございません! こちらの不届きで、」

「彼には一週間の謹慎処分を出した。彼のシフトを交通課の警官一人を補充させるので、皆にも伝えてもらいたい」

「わ、わかりました」

「もしも忙しい時間帯があるのなら、こちらもアシュラ部長に言いサリブル巡査部長も交え人数を編成させるので、しっかりと報告してもらいたい。絶対に単独取り締まりにならない事、現場を途中放棄しな事は基本だ」

「申しわけございませんでした。今後無いようにつとめます」

全く、どうしようもない物だ。俺が倶楽部の者達に上げたばかりに、こんな事になってしまって次回行く際に部下の不祥事をその子に謝らなければ。

アバッケ巡査の住所をファイルで見ると、アジェン地区だった。安月給なので、わりと労働者階級の者達は入り組んだアジェンに集まる。単独パトロール中に奪い取ってマトリョーシカをトランクに放り込み、何食わぬ顔で合流したのだろう。勤務も終えた時間帯にトランクから出して、部屋まで運んだとしか思えない。

しばらくして、顔を腕でぬぐい泣きながらマトリョーシカを脇に抱えて入って来たアバッケ巡査が入って来た。

「うう、うう、ごめんなさい、」

小鹿顔を上げて渡して来て、それを抱え受け取った。マトリョーシカは、明らかに写真のものとは全く違うマトリョーシカだった。鮮やかな真っ青と緑の服を着て、白の鳥がペイントされた頭巾を被った、黒い瞳のマトリョーシカだった。

それを横に置き、呆れて首を振った。

「謝ったからええいいですよと言うわけが無いだろう。好き放題されたら、罪を罰する警官意義の意味が無い。謝るような事などするからだ」

「うう、ごめんなさい、」

既に頬が腫れ上がっていて、殴り飛ばされたのが分かった。

「駐車禁止をした者の調書は」

「その中です、うう、うう、」

頭部を開けると、まったくけしからんという程に証拠の品が盗品自体に隠されていて、小鹿顔を見た。

「しばらく暇を出そうか。問題があるな」

「か、勘弁してください! ど、どうか!」

「お前に監視をいちいち着ける程暇な人員などいない」

「お願いです! 僕、この職失ったら、ううう、」

「次回からは絶対に単独パトロールはお前の上司にもさせない。次回判明すれば厳重処分を下すからな」

「わかりました、うう、うう、」

情け無い奴だ……。俺はがっくりうな垂れた。

「ショックだ。こんな姑息な盗みなどをして、期待を裏切ったなんて……」

「署長! 絶対もうしません!」

信用ならない奴だ。

「今から謹慎処分だ。名誉挽回に根性を叩きなおすためにアシュラ部長に絞らせる」

ぶわっと涙にまみれ、俺の差し出した手に手帳と手錠、拳銃を出した。それを預かる。

調書は本名で、誰なのか不明だが、二十一歳の青年だった。マゾヒストの青年かもしれない。後からミセスルゾンゲに問い合わせ間違いが無いか聞いてみる。

ーードバッタアアアン……ッ

「ーーヒイッ」

俺達は叫び、アシュラが顔を真っ黒く怒らせ真っ白の白目と真っ白の歯を牙の様に剥きやって来て何ごとかをアバッケ巡査に怒鳴り、凄い勢いで連行して行った。

ガルドも本気で恐ろしい限りだが、将来ガルドが部長になれば署内のロマンナ、キャンリー、ジェーン、アマンダ四大マドンナに引き換え、アシュラ、アイアス、ギガ、カトマイヤーに加わって五大鬼になりそうな勢いだった。(自分もドキツイ悪魔と恐れられている中の一人である事に全く気付いて無い)

バンッ

「檻にぶち込んできた!!!」

ドンッ

「どうもありがとう……、」

「署長!!」

ガシッ

な、

「何だ」

「姪っ子の学友がパーティー中に盗んだらしくそれがその友人宅の部屋にあった!!!」

「それは、良かった」

ガシッ

なな、

「なん、」

真っ白の白目と真っ黒の目が間近で射抜いてきて、いきなり人の膝にガックリうな垂れオイオイ大泣きし始めて恐ろしかった。俺は口を引きつらせ見ては、きっと安心したのだろうから肩に手を置いて背を撫でてやった。

「俺の姪っ子が人様殺しちまったんじゃねえかってどんなに心臓悪くした事か!!! スラムの奴等みたいに臭い飯食わせるなんてそんな事させられるか!! スラムのガキ共も親悲しませやがって、ヲオオオオ!! ヲオオオオ!!」

「な、泣くな。もう嫌疑は消えたんだ。ただ友人間ではそうも行かなくなったかもしれないが……」

シートをドシンドシン叩いて来て、なんだか押し倒したくなって来た。

「アシュラ警部。そろそろ仕事に戻ってくれ」

ぬっと立ち上がり、うんうん頷く腕を叩いてやった。

アシュラがまた出て行き、シャマシュが入れ替わりに入って来た。

「被害者の年齢は頭蓋骨から十八歳から二十代前半。脳内にわずかに残っていた血液からA型と判明しました。それに該当する行方不明者は八名。依然、両腕両足は捜索中です。ディアネイロ部長の奥さんとは連絡が取れましたが、愛人の方は一切連絡が取れない状態で、家族の話に寄ると許婚と共にNYに行ったと言いますが、出かける前にサロンで髪を真っ黒のボブにしてから出かけたと言うのですよ」

「では違うじゃないか」

「ええ。ただ、マトリョーシカは彼女の部屋にも自宅のどこにも無いそうで、許婚の方の自宅を調べる令状にサインを頂きたい」

「ああ」

その令状にサインをし、シャマシュが続けた。

「役所で調べた所、ここ一年でロシアに行った人間は多く、出張や旅行者併せて549名。問い合わせた所、なんと三名もいたんですよ。九十センチマトリョーシカを土産で買った者が。内、一名はサンタモニカの親戚の子にあげたといい除外され、後二名はエケノの会社員の取引先課長への土産にと、あと一名の場合は贔屓にしているバーの飾りとしてスラム地区内の酒屋に」

「ハイセントルか。酒屋なら危険では無いんだろう。その取引先課長の方は会社間の問題に関るだろうから、慎重に聞き込みをしてやってほしい」

「分かりました。ただ、その酒屋というのがリド・ステンガーという男の営むバーでして、あのDD兄が通いつめているビリヤードバーなのですよ」

「………。ディアン・デスタントのロシア土産だったのか」

「はい……。あの小僧は少年時代から麻薬所持や喧嘩、未成年飲酒や無免許運転などで少年課の厄介になっている奴だったので、こちらもよく性質が分かって取り調べには慣れているんだが、どうも成長するごとに悪知恵というか、頭が良くなって来ていていけ好かない奴です。まあ、今は彼では無くそのバーの店主のほうですが、仁義には堅く頼られているのだが、警官嫌いの人物でしてな。ハイセントルの人間は大体そうですが」

「今のところは土産が店内にあるかを聴くだけだ。その二人の人物の妻や娘は長い金髪なのか」

「課長の方は息子しかいなく、奥さんはブルネットだそうです。リド・ステンガーの娘は旦那自身がラテン系なので二人とも黒髪ですが、まあ、ことにステンガーの奥さんに関してはボーズ頭で顔面中にニードル付きだという……。マザレロ巡査部長に関しては彼女を若い頃から嫌煙の中に置いていたそうで詳しい」

「……キツイ妻だな」

「ええ。女彫り師だという噂なので。今は消えたガルドの入墨も彼女が彫っていた奴ですよ。レッドスネークの奴等の蛇も彼女が専属的に彫っている。もしもマトリョーシカが無ければ、二人の男の愛人関係を調べてみます」

「そうしてくれ」

「しかし、署長。マトリョーシカがあって良かったですな」

そう言い、俺の横に立つマトリョーシカを見て言った。

入れ替わりで、顔が真っ青なディアネイロが哀れな程沈んで入って来た。

「あなたの愛人は髪を黒ボブにして旅行へ出たそうですよ」

「しかし彼女の周りには、ストレートにしろウェーブ掛かっているにしろ、長い金髪の美女が多い……まさか、彼女が友人一人を殺害し恋人と共に遺棄し、その為に髪を変え逃亡したのかと考えると……」

「その憶測はしっかり伝えて?」

「伝えるべきかが恐い」

「殺人事件時です。そうして頂きたい。そのご友人一人一人とも照合出来るので。もしも行方不明者が出れば、指名手配されるが、あなたは警察の方だ。分かっていますね?」

「……それを恐れているんです」

「あなたらしく無い。どうか協力願いたい」

「ええ、重々承知しております。署長に話した事で腹を決めました。捜査斑主任に言ってきます」

「そうしてください」

ただ、彼自身が愛人と共に殺害し、隠蔽の為に髪を変えさせ男と共に逃げさせたとも憶測が置けるのだが。行方不明者の八人との照合も済むだろう。

ディアネイロが出て行った。

ミセスルゾンゲに報告する。

「まあ、本当ですの? 見つかりましたのね。あの子、びくびくしてとても落ち込んでいたから」

「本当に部下が申し訳無い事をしました。とてもお恥ずかしい限りだ。厳重に処分を下させたので、今後無いように努めます」

「いいえ。こちらはいいんです。一市民の為に署長のあなた様がっしっかりとしていただいて、頼もしい限りですわ。あの子のこと、今度可愛がってあげてくださいね」

俺は耳を赤くし、咳払いしてから、ミセスもフフと微笑んだ。

「それでは、またいらして頂いた折に」

「ええ。本日はどうもありがとう」

「こちらこそ。毎回ご贔屓にして頂いているラヴァンゾ様のお役に立てて嬉しい。それでは」

連絡を切り、ビクッとしてドア側を見た。耳を赤くしているので咳払いし、スレンに顔を向けた。

「ご連絡中で?」

「ノックをしろ」

スレンが颯爽と進んできて、既に包帯が取れ、いつもの様に上半身裸にジャケットを肩に掛けたその引き締まる胴を見てから、あの藍色の目を見た。

「オーナーへ対する時の声音に聴こえたが」

「ああ。そうだ。二十一の青年らしい」

「ああ……モーリャか。前は俺に泣きついてきた。理由を聞いても言わなかったから聞かなかったんだが。まさか人形奪われたぐらいで泣くなんて情け無い奴だ。くれてやれば良かったものを」

そう言い、青と緑のマトリョーシカを見た。

「お前は今どこを当っていて、調べはつけて?」

スレンはシャマシュの直属の部下だ。今の捜査斑で指揮を振って動いている。

「これからハイセントルのリド・ステンガーを呼び出すんだが、それに当って使いたい人物がいる。ガルドの奴の実家の連絡先を聞きたい。特Aのカトマイヤー警部も留守中だからな。ガルドの育ての親であるジョス・マルセスという男はハイセントルの古株で、連結も強い。いきなり俺がリド・ステンガーに言っても嫌煙されるだろうからその爺さんにまずは掛け合いたい」

「電話で単にマトリョーシカがあるが聞くだけの事も出来ないのか? そのビリヤードバーやガルドの実家の酒屋の連絡先は電話帳にも載っていないのか。役所にぐらいあるだろう」

「ハイセントルの電話帳は無い。役所にわざわざ行くよりも早いだろう」

俺は相槌を打ち、ファイルを出すと、その番号を伝えた。

「ここで連絡をしても?」

「ええ。どうぞ」

スレンはデスクに座り番号を押した。しばらくして相手が出たようだ。

「こちらはエリッサ警察署の者だが、ジョス・マルセス氏の自宅でかまわないか。ええ。こちらは捜査一課のスレンという者だ。実は、現在署近海で遺体遺棄事件が起きている。そこで協力願いたい事がある。あんたはリド・ステンガーという男とは親しい間柄で? ああ、それは誤解しないで頂きたい。直接犯行には関係ないと思われている。まだ、という意味だが。彼が自宅か経営するバーに、事件に関係するロシア土産のマトリョーシカ人形を持っていないかだけを聞きたい」

スレンは瞬きし、受話器を塞いで俺に言った。

「今、ステンガーはガルドの実家でマルセスと共にチェスを差しているらしい」

俺は片眉を上げ相槌を打ち、促させた。

「それならば彼に変っていただきたい」

しばらくして再び口を開いた。

「え? 娘にやった? 全部か。その娘はどこに? ああ、参考の為だ。聞いたかもしれないが、遺体が挙がっている」

「俺の娘はまだ十三だ! 人を殺すような奴じゃない」

相当声が大きいのかそう聴こえ、スレンは耳を痛めて悪態をついた。

「娘さんは今どこに? え? ディアン・デスタントの事か? 彼と出かけて」

十三で黒髪の少女。あの映画館で見た少女か? 鋭い目をしていて、高飛車で短気そうだった。ガルドの事も嫌っている風があった。

「彼女の友人に長い金髪の女性はいるか。………。まあ、確かにそうだろうな。その中で最近姿を見ない者は。そうか」

また電話口を話し、言って来た。

「ハイセントルの土地柄は管理があまり行き届かずにいて、行方不明届を出す人間はいない。ただ、今からその娘の部屋を母親に見させるらしい。すぐらしいから待ってくれ」

俺は頷き、待った。

「ある? 九十センチのものは? なんだ。メジャーは無いのか。そうか。早くさせてもらいたい。悪いな。八十二センチ? 一番外側で? 娘さんに事情を覗っても? もちろん、あんたがついてもらっても構わない。娘さんは問題を起こさない子らしいと、生活安全課の者に聞いたので。ええ。分かった。それでは待っている」

受話器を置いた。

「しばらくしたら父親のステンガーと共に来るそうだ。その際に部下に事情聴取させる」

「ああ。そうしてくれ。ところで、お前はディアネイロ部長をどう思う」

「毒を使って殺害しそうだと?」

「ああ」

「そうか。普段は人と関らない変わり者だ。部長もそれは言っている。金髪女の死因はわからないらしいが、俺としてはどうかな。正直な所、不明だ」

「そうだろうな。一応、現在はディアネイロ部長、ステンガー周辺、会社員周辺を絞って調べさせている事になっているようだから向かってくれ」

「イエッサー」

スレンは立ち上がり颯爽と歩いていった。

どの容疑者も直接的な死体特徴と関る関係者が出なく、もらった張本人も不在のままとくれば怪しいものだ。

それにしても、まず始めに遺体と聞けば自分の娘じゃ無いかと驚くだろうが、そうじゃ無かったと言うと朝までに娘は自宅にいたか、実は娘自身の本音を図りかねているからなんじゃないだろうか。殺人なんて言っていないものを。

もしも協力者がいれば、それはあのディアン・デスタントだが、わざわざ明らかな証拠を残す犯行を行なうとも思えない。

第一、ガルドは警察の人間以外に他に誰かに九十センチのマトリョーシカをあげていないのかなど、不明な事だ。

「ちょ、困ります! あなた!」

俺は顔を上げ、秘書に止められた男が入って来た方向を見た。

「この署の署長というのは誰だ!!」

「私だが」

「………、ああ、あなたがですか?」

立ち上がり、一度後じさる男を招きいれた。

「どうぞ。お座りください」

俺をじろじろと上から下まで見て来て、大人しく座ったものの、目元を落ち着かせるとこちらを鋭く睨み見て来た。

「私は健康グッズ会社アーベンコーポレーションの者で、健康補助食品部で課長をしているサルトコ・パマ・ポコポコといいます」

こいつの何処が徐々に徐々にという言葉が当て嵌まるというんだ……。

「………、ポコポコさんはどういったご用件で」

「あなたの部下は私の会社取引相手の先方から頂いた土産を殺人死体遺棄に使ったと言って来たんだぞ!! 私が殺しなどすると思っているのか!! そんな不信感など与えられて、先方からどういう目で見られると思っているんだね! え?! 君ね、私が先方から頂いた土産を契約も破綻させるが如く殺人がどうだ遺棄がどうだに使うとでも思ってるのかね!!!」

「ポコポコさん。落ち着いて下さい。あなたのお宅にはマトリョーシカがしっかりとあるのですか」

「ありますとも! ええありますともさ!! 一応ね、ポラロイドで今朝のリーデルライゾン紙と共に撮って来ましたよ!!」

黒石のローテーブルにバンと写真を叩きつけた。

「ええ。そのようですが、大きさが不明です」

「よくご覧下さいあなた!! リーデルライゾン紙は横幅四十五センチ、縦七十センチで、広げると九十ですよ!! しっかり広げた上に寝かしているでしょう!!」

「そうですね。柄も全く違う」

「そうです!!」

それは青に金で模様が描かれた前掛けと頭巾を被ったものだった。

「まずは現物を部下の者に調べさせた後に、あなたは容疑の線から外させて頂きます。会社関係に不信感を与えてしまい申し訳無い。先方にもこちらから言っておきましょう」

「ああ、安心しました」

そうやって急激にホッとした顔を見て、その目が書斎机横のマトリョーシカを見た。

「あなたももらったんですか」

「ええ。部下から……」

「それではあなたも疑われた事でしょう。お気持ち察します」

「こちらの事はお構い無く」

「いやあ、この顔良い顔してますねえ。可愛いじゃないですか」

「え? ああ、そうですか……」

「あなたに目などはそっくりで」

「私は男なのだが」

「ええ。わかっちゃいますがね。いやあ、譲っていただきたいなあ」

「これは申し訳無いが、駄目です。先約がいるので」

「本当ですか。それは残念だ。いきなり押し掛けてしまって申し訳無い。容疑が晴れて良かった良かった! では!!」

男はそう言うと来た時とは豪い違いでニコニコで敬礼し、写真を持って意気揚揚と出て行った。

TULL

「はい」

「てめええ!!!」

ガチッ

全く、間違い電話は困る。

今度は携帯電話の方が鳴った。

ガルドだろう。

「なんだ」

「俺の同郷手当たり次第殺人容疑で引っ張りまくってやがるらしいじゃねえか!!! ざけた真似してんじゃねえぞ!!!」

「容疑はまだ固まっていない」

「おいいいかてめえ、リドは絶対殺人なんか犯す男なんかじゃねんだよ!! リドは俺の親父の親友だったんだ、容疑掛けようなんて絶対に許さねえ!!!」

「け、警部! 落ち着いて下さい、深夜ですよ、」

「お前は黙ってろ!!!」

こちらは昼過ぎの三時だが、あちらは夜の十一時の時間だ。

「マトリョーシカの点で引っ掛かったんだ。刑事なら分かるだろう。全ての該当する人物に当る。なぜお前に連絡が行ったんだ」

「ハノスの狐野郎がハイセントルの捜査協力してやれって連絡して来たんだよ!!!」

「あの映画館でお前に声を掛けた少女はその男の娘か?」

「ああそうだよ!!」

「彼女がマトリョーシカを所持していたようだが、肝心の九十センチ大が無い」

「……おい、まさか、マーチの奴を怪しんでやがるってのか? お前、見て分かるだろうが!! 生意気だか殺しなんて」

「肝の座った目をしていた」

「………」

ガルドとも思えない声が漏れた。

「絶対に殺人なんかに手を染めねえ。絶対にだ。それに……、ディアンの奴だってそれは同じだ」

ブツッ

「………」

俺は携帯電話を見て、つぐんだ口のままマトリョーシカを見た。

嫌煙しているのか、実はそうじゃ無いのか、きっと本心の奥底は昔を捨てきれずにいるのだろう。

「………」

俺は眉を潜め、マザレロ巡査部長に連絡を渡した。

「デスタントファミリーが殺人で? 確かにそのリド・ステンガーの店にはデスタントファミリーの幹部共も多く常連になってるって噂だが、そんなマトリョーシカみてえに派手なもんに死体詰めて海に沈めるわけがねえ。ガルドの野郎もデスタントファミリーが出すような死体遺棄方法なんか分からないらしいが、慎重派だっていうデイズ・デスタントが部下にそんな不完全な遺棄方法させるわけがねえだろう。もしも、警察組織の人間がマトリョーシカ大量にもらってる事知って喧嘩吹っ掛けてくる性格でも無い筈だ。嗾けてくるような性格だっていったらあのDD兄の方がよっぽどあっけらかんと冗談ばっかかましてきやがる。ガキ時代から言い回しがジョークばっかだからな」

まあ、話した分では、騙し上手な風というよりも、何でも適当にあしらってくる風があった。どんな物事も大して重要視しない性格の様だったが、あの破天荒なガルドを気遣う目はしていた。慎重派で一度も捕まった事の無いギャングボスの弟とは、全くの別人の印象しか無い。

「失礼します」

シャマシュが入って来て、ここまで進んできた。

「リド・ステンガーの次女の調書で、彼女自身がマトリョーシカを持ってやって来ました。九十センチ大で柄は確かに違い、贈った本人も父親もこのマトリョーシカだと言っているが、相手はハイセントルの人間です。確証は無いが、今のところは見つかりました」

「そうか。一応、持ってこさせてくれ」


 署長室に九十センチマトリョーシカが俺の一体、レーザーの二体、健康屋の三体、犬の餌食になり三分の二の状態まで復元されている欠片、姪っ子の五体、傘立ての六体、DDの七体、ギガの八体、そして、遺体が収まっていた九体目……。

それらがボーリングピンの様に黒の石床に置かれ集められていた。

配当された九十センチマトリョーシカは一応全て揃った。

ただ、ディアネイロの愛人と共に消えたマトリョーシカだけが確認が取れてい無い。長い金髪を黒ボブにして男と消えたままだ。

NYの方へは、カトマイヤーがFBIの捜査官を向かわせて捜索をしてくれていた。

九十センチマトリョーシカが一体、二体、三体、四体、五体、六体、七体、八体、九体……。

極彩色で、ここに集めさせるんじゃなかった。

六体が同じ柄と色と顔つきで、瞳だけが其々違った。腐乱死体の入っていたものも、ケロリと何ごとも無かったかの様な変らぬ顔をしているものの、多少海水でニスの薄くなった部分は健康的とも行かずに、斑に色が剥げていた。

このマトリョーシカの目が、どんな残酷な場面を目撃したのかは不明だった。ずっと海の底を映していたのかも。

これが浮いてこちらに顔を向け揺れていた時は驚いたが、こうやって見ると笑った顔でも泣いた顔に見える。

依然、腕と脚が見つからないままで、このマトリョーシカと同じだった。

ディアネイロは青い顔をしてソファーに座っていて、その右にはシャマシュ、左にはギガ、ソファー左右にはアシュラとアイアスが腕を組み仁王立ち、ティニーナ・カトマイヤーはローテーブル横の床に膝を抱え座り、ディアネイロを見ていた。

海水が落ち寄せつづけたにしても、一切の指紋が検出されなかった。少なく見ても、ロシア人やガルド、ディアネイロ、その部下数名、その愛人、それぞれの指紋はついているものだが、まっさらだった。もしも、指紋を薬品で消し、再び同じ種類のニスを調べ取り寄せてその上から綺麗にコーティングさせ、毛布に来るんで運んで捨てたとも思える事だ。それが化学捜査に詳しいディアネイロには出来るわけだ。

目撃証言など取れずに、もしも、港のあの朝靄の出る時間帯での遺棄なのだとすれば、一層の事発見など無理だ。崖から投げ捨てただけなら、もっと早く浮くだろうが、重しをつけた場合は不明で、どちらにしろそれらに関する傷は見当たらない。

コンピュータをじっと誰もが見つめていた。

ローテーブル上のパソコンはディアネイロにより操作されていて、頭蓋骨が映っている。

徐々に、頭蓋骨に肉の輪郭が浮かび始めた。

そのパソコンの周りには、行方不明者八名の写真、それととんでもなく美人な愛人の写真があった。

コンピュータが頭蓋骨のデータを読み取り、顔を完成させていく。

覗き込んだティニーナ・カトマイヤーがその出来上がっていく顔立ちを見始めた。

眉や睫、髪などは無く、細かい唇の厚さや二重か一重か、鼻の高さはどうなのかはまだ不明の状態で第一段階は出来上がった。

ダイヤ型の顔立ちで、顎は細く頬が張っている。目は猫の様に大きく、歯並びが綺麗だ。微笑むと綺麗で愛らしかった事だろう。年齢は十代に思えた。

「なんてことだ……」

アシュラが言い、その顔立ちを見て誰もが唸り、気の毒そうに眉を潜めた。

その顔立ちにまずは遺体と同じ金髪をつけさせる。乾くと、極微かにウェーブ掛かっていた事が分かった。

睫を平均的につける。

唇は目の大きさと輪郭から言い、女性のデータから集めた平均で厚めのふっくらとした物になった。

鼻はそうは高く無かったと見られる。顎が細かったために下向きと思われた。

「………」

俺はそれを見て行き、徐々にはっきりしてくる顔立ちに、眉を潜め始めた。

金髪のために、瞳の色はブルーかグリーン。濃淡は不明だったが色が入った。

問題は眉の形だった。

「これだけ可愛いから、眉とか綺麗にしてたと思うよ。髪もパーマ掛けてるし」

年頃のティニーナがそう言い、自然的な眉ではなく、整えられた幾つかの種類の眉が眼孔に反って位置付けられた。

「明らかに九人には当て嵌まらない」

「ええ……」

「相手は女性だ。メイクを施させろ」

「どういった」

「え? さあ……」

「あたしに任せてよ」

そう言うとティニーナ・カトマイヤーが睫を黒くし長くさせたり、アイラインを入れたり、ルージュを入れたり、頬にチークを乗せたりし始めた。それをピンク系にしたり、ベージュ系にしたり、ヌードカラーにしたり、ブラウン系にして変換する。

俺はそれを見て、明らかに思い当たった。

アジェ・ラパオ・ルゾンゲのレズビアン。

確かに彼女がいた。ベッドの上で他の三人のレズビアンと共にいた。レディーリバティー縫いぐるみを抱えてうっとりしていた……。

だが、俺のマトリョーシカはここにある。

ディアネイロの愛人がこのレズビアンと知り合いで、欲しがった彼女にあげたのか? それとも、愛人がレズビアンを?

アジェ・ラパオ・ルゾンゲ内は抗争が起こる事がある。三角関係や浮気、二股、リーダー争い、関係の上下変換、内容など様々だ。権力関係以外にも、恋愛感情が入ると特に熾烈だった。

シャマシュがディアネイロに聞いた。

「見覚えは?」

「……あります」

横目でディアネイロを見ると、顔が既に真っ白になっていた。今にも倒れそうな程だ。

「あなた、どこで?」

死んだ様な目が俺を見て、アシュラが俺を見た。

「署長? お加減でも?」

顔が冷たいために、俺の顔も真っ白になっているのかもしれなかった。

「いや……。問題無い」

ディアネイロは今にも精魂が途切れそうな顔をしていた。相手はレズビアンだ。絶対に恋愛のもつれや愛人関係などでは無い。

誰もがディアネイロを見ては、ディアネイロが色味を失い始めた唇で震え言った。

「……子供です……」

「………」

誰もが目と口を見開きディアネイロを見て、愕然とした。

「お子さん、ですか……?」

ディアネイロは血の気が無い顔で首が動かずに、微かに傾いだだけだった。

「そんな」

ティニーナ・カトマイヤーが口許を抑え白くなり、ディアネイロを見た。

誰もが黙り切り、ティニーナ・カトマイヤーがディアネイロの手を握った。

「交友関係とか分かる? このNYにいる愛人と娘さん、仲良かったの?」

ディアネイロは首を震え振った。

「家には寄り付かない子で、どこの友人の所に世話になっていたのか、全く……」

微かな声で言い、ティニーナ・カトマイヤーが俺を見上げて来た。

「ディアネイロ部長。ヨーロッパにいる奥方をお呼びしても宜しいですか」

ディアネイロはコクコク頷き、顔を押さえ込んだ。

シャマシュが背を撫でてやり続けていた。

何故愛人に渡した筈のマトリョーシカが彼の子供の手元に渡ったのかは不明だった。その愛人もアジェ・ラパオ・ルゾンゲの会員だったというのか? もちろん、広大な敷地内では見かけない会員の方が多い。女しか入れない棟もある。

第一、愛人が浮気相手の子供を殺すなんて、考えられない事件だ。

二番目や三番目という事も有り得ない。一番目をガルドからもらったのだから。

だが、本当に彼自身が一番外側だったのかさえも不明だ。九十センチと八十二センチなど、一目ではすぐに見ても分からない。

書斎机に向かい、受話器を取るとカトマイヤーに掛けた。

「急がしい中を申し訳無い。被害者の身元が割れた。ディアネイロ部長のお子さんで、彼の愛人との接点は不明。依然、愛人と恋人から自宅へ連絡は無い状態だ。ステンガー家への容疑は消えたので、その事もガルド警部に伝えておいてもらいたい。彼の愛人については、指名手配の線をいずれ取ることになる。」

連絡を切り、向き直った。

「他の者は引き続き捜査と指示へ向かってくれ。ディアネイロ部長はシャマシュ部長から事情を取ってもらうので、向かってもらいたい。それと、マトリョーシカを全て集めさせてくれ。本当に彼が一番外側をガルド警部から受け取ったのかは不明だ。被害者の手配書で周辺聞き込みを進めてくれ」

「イエッサー」

誰もが出て行き、石の様に座り込んだディアネイロをシャマシュが立ち上がり肩を叩き立ち上がらせようとしたが、彼はパソコンを見たまま、動かなかった。

「シャマシュ警部。先に外へ」

「ええ」

そう言うと出て行き、横へ座ると肩を持った。

「大丈夫ですか?」

「………」

首を横にふるふる振り続け、画面の少女を見つづけていた。魂が抜けきってしまい、見ていられない。

腕が伸びて来て俺の肩に目許を寄せ、気の毒でディアネイロの頭を抱え頬を寄せ背を撫で続けた。

しばらくしてハンカチを差し出し涙を拭わせ、秘書に白湯を持ってこさせた。

秘書を見上げると、メイクで隠していたが目許が真赤になって多少腫れていた。話を知り泣いたようだった。気の毒そうにディアネイロを見るとグラスを置き、出て行った。

「ありがとうございます署長」

「お構い無く」

ディアネイロを立たせ、ドアまで送る。シャマシュが秘書室にいて、彼を連れて行った。

シートに沈み、目許を抑える。

TULL

「はい」

「署長」

スレンだ。

「被害者のモンタージュを見た。事情を聴くために任意で同行させるか。俺が掛け合いに行ってもいい」

「そうだな。話してみてくれ」

ミセスルゾンゲなら特に倶楽部内での関係を把握している。



 署長室の黒い床が夥しいほどの大小様々なマトリョーシカで埋め尽され床にも映っていた。

ディアネイロの奥方はずっとその中で発見されたマトリョーシカにしがみつき泣き叫んでいて、憔悴しきったディアネイロとビュー女史がすぐ後ろについてあげていた。

バラバラに配置されていたマトリョーシカが、警官達の手により徐々に整列して並べられ始めた。

九体の八十二センチのマトリョーシカが揃い、二番目も、三番目も揃っていた。九十センチ大。九体だ。

全てのマトリョーシカが出揃った。愛人の捜索が一層厳しくなった。

マトリョーシカをハイセントルから運んで来たリド・ステンガーの妻、強面のマーノ・ステンガーが泣き叫ぶ奥方の横に来ると肩を抱き、優しくあやし始めた。

シャマシュ以外の者達は現場に戻っていて、腕や脚の捜索や、足取りを追いつづけていた。

スレンがミセスルゾンゲを署につれて来た。

彼女が署長室へ促され、マトリョーシカを見渡し、歩いて来た。

警官達が各持ち場へ戻って行くと、ディアネイロ夫妻とビュー女史、マーノ・ステンガー、スレンとマトリョーシカ達だけになった。

彼女が入って来た背後から、被害者と特に仲が良かったという女三名が警官に連れて来られた。

「こちらまで来ていただいて感謝します。捜査協力のために、事情を聴かせていただく事になる」

ビュー女史に目配せし、ディアネイロ夫妻を連れて行かせる。マーノ・ステンガーが奥方の肩を抱き立たせ、ディアネイロが四人に顔を向けた。

「……マダムルゾンゲ」

「ごぶさたしております」

スレンと俺は顔を見合わせ、ディアネイロと、次にミセスルゾンゲをみた。

「妻がお世話になっていて……。お前」

涙にくれる顔を上げ、奥方が彼女を見ると涙が溢れて彼女の豊かな胸部に抱きついた。

「お気持ちお察しいたしますわ奥様……」

「知り合いかい?」

マーノ・ステンガーが眉の無い顔でそう言った。

「大切なお客様でございます」

「そう……」

「一度、落ち着くためにお休みになりましょう」

ビュー女史がそう言い、彼等四人は出て行った。

ミセスルゾンゲが三人のレズビアン達を促し歩いてこさせた。警官がドアの横に戻ると、起立した。

スレンが三人の座ったソファーの背後に立ち、ミセスルゾンゲがアームにゆったり腰を下ろした。

三人は署長室とマトリョーシカの群を見回していて、背後のスレンを見てから、俺の方を見た。既に二人泣きそうだ。

例のマトリョーシカは書斎机の背後に置いてあり見え無い。

「ディアネイロ婦人はエステスパ屋敷の会員の方で?」

「ええ。紫の夜コースをご贔屓なさっておいでです。ただ、お屋敷へおいでくださったのは今までで三度。五年前が一番最後ですわ」

だから愛人の事を知っても一切何も夫を攻め立てる事等無かったのかと思った。レズビアンだったのだ。

「ディアネイロ氏が来場した事は?」

「初回で奥様をお連れした時に一度だけ」

「被害者と婦人の接点は知って?」

「いいえ。彼女はホワイトスネーク団所属という事で屋敷の仮面パーティーへは遊びに来ていたので、身の上話を聞いたことはございません。奥方もずっと来られていなかったので、今回のことにまさか関係していた事も……」

まさか他の容疑者などの情報は渡していないので、警察組織内でディアネイロが一時疑われていた事も一切もらされていなかった。その為に、いきなり出た話に驚く事も無理は無いが、三人のレズビアンを見てからミセスルゾンゲを見た。

「この女性に見覚えは?」

四人が覗き込み、首をかしげながら、しばらくして一人の少女が叫んだ。

「リン!」

「誰だ?」

「黒髪で分からなかったけど、あたし知ってるわマスターさ」

俺は歯を剥き、レズビアンは上目になって口を噤み目をパチパチさせてから、ミセスルゾンゲが言った。

「我々側のスタッフです」

「今、彼女は屋敷に来ていますか」

スレンが俺を鋭く睨んだ。被疑者を被疑者と知って匿っているかという質問だからだ。

三人のレズビアン達は一人が長身で綺麗な青年に見える。二人は一人が小柄だがグラマラスな少女で、もう一人は痩せているブラックの少女だった。中性的なレズビアンは二人の少女側に腕を広げ、ずっとマトリョーシカの群だけを見ていた。

小柄な少女とブラックの少女二人はずっと手を握り合っては不安げにしている。

「屋敷にはおりません。彼女に連絡を取ってみましょうか。プライベートフォンを知っていますので」

「どうぞ。どういったスタッフで?」

「彼女は指導員補助です」

目付け役付きの契約者か。指導員というのは目付け役の事だ。もしも倶楽部契約者が出張や外出したい際には、その人物に目付け役がつく事になっている。契約者が誰かオーナーに飼われた際や、完全に倶楽部から買い取った際にも、しばらくはずっと監視や保護、世話の為に目付け役はついた。

「………。え?」

という事は……。

「スタッフである彼女の恋人をご存知で?」

「ええ。それはもうもちろん」

「ディアネイロ氏がそちらのスタッフの女性と愛人関係である事は知って?」

「いいえ。それは一切。彼女は出張施術をよくしていましたし、好んで外出も頻繁でしたので、細かいプライベートまでは」

三人のレズビアン達を見た。

嫌な予感など当らなければいいのだが。彼女が三人をかばう為に、ディアネイロの愛人である留守中の契約者に罪を着せたり、既に目付け役の手に掛けられていたり、彼女が連絡をした瞬間に逃げる様に言い切る事などが頭を掠めた。

ディアネイロの愛人がどんな種類の契約者であったのかは不明だ。

「連絡先をお書きください。こちらで連絡を差し上げますので」

万年筆を渡し、ミセスは頷きしばらく目を閉じると、優雅な数字で書き記した。名前も。彼女は恐るべき記憶力の持ち主である為にスタッフの番号は頭に控えている。

「間違い無いですね?」

「ええ」

レズビアン達三人を見ながら、受話器を取り連絡を入れた。何かをすれば即刻スレンが動く。と思う。

「も」

「ハ~ァイハーイ! リンだけど~!!」

俺は耳から受話器を外し顔をしかめ、また耳に当てた。

元気溌剌な女が喧しい程のクラブ曲を背景に叫ぶように応答して来た。

「レディーミレーダの携帯電話では?」

「………」

ブツッ

「………」

相手が切れ、再び掛けた。

「もしも」

「キャアアアんた一体誰なのよ!!!」

う、る、さい、よくあのディアネイロがこんな煩いのと付き合ってたな……。気の強そうな女の写真をまた見た。

「エリッサ警察署の者だ」

「………」

「切るな」

「………。ちょっと。まさかあたしを逮捕するつもり?」

「何か思い当たって? ただ、部下の者が持っている筈の巨大なマトリョーシカの事を知りたいんだが」

「マトリョーシカ? ……ダーリンを呼んでよ!!! 不倫のことバラしたのね?!! パパにもママにも内緒なのに、どうしてくれるのよ!!!」

「気性を抑えて。今あなた、何処に」

「聴こえない?! クラブで躍ってるのよ!!」

「指導員も近くに?」

「いるわよ!! ーーああ!!! シッ!!!」

俺はもう嫌になって来て、スレンが必死に笑いを堪えていた。声が響き渡っている。

「今マトリョーシカは何処に?」

「クラブの部屋よ!!!」

「………」

………。

「………」

俺は肩越しに遺体の入っていたマトリョーシカを見た。

「どこの」

「アヴァンゾンのだけどプライベート探ろうっていうの?!!」

「部屋の鍵は?」

「あんたに関係無いじゃない!! 刑事なんかに入らせるもんですか!!」

「急ぎなんだ」

スレンに目配せし、三人の顔色を見た。

「………。あんた、ねえ。さっきからとっても素敵な声の方よね。そんなにあたしに興味があるなら、あたしもあんたに興味出て来ちゃった」

「はぐらかさないでくれないか。友人が部屋の鍵を?」

「ええそうよ? 今度あんたにもスペア渡すから、来てよ。楽しませてあげる」

「結構だ」

スレンの背後を通り肩越しに俺を見ては通り過ぎ、ソファーのアームに座り、長身のレズビアンの手に手を乗せた。鋭く睨み見て来て、組んだ細長い足のピンヒールを揺らした。

「警察署の者に知り合いが?」

「ちょっと、さっきからやめてよ!! 内緒だって言ってるじゃない!!」

「マトリョーシカをその彼から?」

「そうよ! ねえお願いよ。奥さんに言わないで? あたし引っ掻き傷なんて嫌」

「どういう関係だ」

「フフ。鞭打ってあげるの」

「………。ああ、そう……」

あのディアネイロの顔を思い浮かべて、仕事時の顔も知っている為になんともつかなかった。妻はレズビアン。娘は放蕩。仕事ではいつも緊迫感があるのでは、そうはなってしまうのかもしれない。

「どこで知り合って?」

「一度奥さんといる所を見かけて、あたしが気に入って声掛けたわ。とても瞳が素敵だったから、大人のおじ様っていう感じで一目惚れよ。目許が静かで、水色で、品があって、物腰が物静かで、湖面のような人だって思ったの。その背を鞭打って顔を歪ませたら、どんなに素敵だろうって……うっとりしたわ」

俺まで多少ドキドキと興奮しかけて咳払いし、レズビアンの手に当てる手に、ミセスルゾンゲの手が重なった。

二人の少女の膝を越え体を倒し手を掛けて来る眼差しと、豊満な谷間を見てから目を見た。

いきなり長身のレズビアンが唇を震わせ、今にも細い首を反り笑い出しそうに見えた。

一瞬で俺のもう片手首をスレンに掴まれ、スレンが首を振った。

だが、レズビアンは笑い出すことなど無く、そのままミセスの肩に腕を回し大泣きし始めた。二人の少女は驚いて激しく瞬きした。

「マルゴ? マルゴ? どうしたの?」

子猫のように二人の少女がマルゴと呼ばれた長身のレズビアンに聞きはじめた。

スレンに二人を連れて行かせると、二人は「マルゴ? マルゴ?」と子猫のように肩越しに言いながらつれていかれた。

「署長。もう一人誰か補助をお連れしますか」

「いや。結構だ」

ミセスルゾンゲはマルゴという名のレズビアンの髪を撫で続けていた。

「ねえどうしたのよ! マルゴがどうかしたの?! あいつが警察に愛人のことバラしたわけ?!!」

「そうじゃない!!」

「ちょっと、どういうことよ!!! あんたいるなら出なさいよ!!! 引っ掻いてやる!!! 秘密だって言ったのに、裏切ったのね?!!」

「何だ秘密というのは」

「妻がいるラセンダーの愛人だっ、つ……、」

電話の相手は咄嗟に口を閉ざしたらしかった。ラセンダーはディアネイロのファーストネームだ。

逃げようとしたレズビアンの肩を押さえ、恐ろしい事に女が八十キロもある黒石のローテーブルを火事場の馬鹿力で降り投げてきて避けるとソファーが抉れ真っ白の綿が空間中に撒き散らされた。警官が無線で怒鳴りミセスが谷間から鞭を出しマトリョーシカを撥ね殺しながら飛んで行った女の背をバシッと引き裂き血をバラバラになる人形軍に舞わせた。

バウンドした女が海があり青空を映す黒の書斎机を超え走りマトリョーシカに引っ掛かり硝子窓にバウンドした。

あのマトリョーシカを見た瞬間叫び声を上げ、硝子を叩いた。

「リラ!! リラ!!!」

そう叫び硝子を激しく叩き海に叫び、硝子にひびが入り俺は走って飛びついた。女が激しく硝子を叩き蹴り続ける。

バリッ

女の腕を掴みあちらの床に投げ飛ばし、一瞬銀色の世界になった視野を見た。

「ラヴァンゾ様!!」

銀色が透け、青の海がいつもののんびりとした態で、だが潮騒を立てた。

何かに細いものが手首に絡まり体がぐんと引かれ、書斎机の盤面に背から突っ込んで床に落ちた瞬間、恐ろしい程の喧しさが耳を劈いた。

ーーガウンッ

床に硝子窓が崩れ黒い机向こうが銀の粉に光りうめつくされ、一瞬の事で海からの突風が吹き荒れ俺達はミセスと女を抱き逃げ傾いたソファー背後に飛びついた。

空間中が銀の硝子破片の突風に見回られ綿と共に舞いマトリョーシカがカラカラと転がっていき、応援に駆けつけた警官があけた瞬間硝子嵐に驚きドアをまた締めて、俺は顔を上げた。

バラバラの硝子破片とバラバラのマトリョーシカ達が無残にも転がり光っていた。キラキラと細かい破片を含んだ綿がふわふわと海花の様に壁を押し上げ振って来た。ミセスが髪を掻き上げ辺りを見回し、警官が咄嗟に険しい顔を上げたために鞭を持つままの手でレズビアンの頭を引き寄せた。

レズビアンが手に破片を掴み口に放ろうとした為に咄嗟に手首を掴み、レズビアンは鋭く俺を睨んで歯を噛み締めた。

「お前は何をした」

「………」

「言うんだ。死んで逃げ様なんて許さない」

「……リラはあたしの女だったのに!!! なのにバイのリンに鞭打たれなんかに行って!!!」

「殺したのか」

女は歯を噛み締め、足許に転がる白に桃色の小さなマトリョーシカを見て、顔を押さえ崩れた。

「あまりにも可愛かったから、あまりにも可愛かったから、愛人なんか作ったくせにあたしのリラ奪ったリンに罪着せて殺せばいいって、リンの部屋にあったマトリョーシカ見て、死体隠せるって……」

「………」

ミセスルゾンゲがフレンチで小さく叫び口を抑えた。

「どこで」

「リンのクラブの部屋……。腕と脚はジュルッサの丘で儀式に捧げてやった……、そうすれば、そうすれば闇と光りで、一緒に……、だからあたしも」

女が手を払って遺体が発見された海の方へ走って行き、その腕を引き肩を抱き止めさせ、背後の警官に手錠を嵌めさせた。

「畜生!!! 畜生!!!」

女が叫び、首を激しく振り歯を剥いた。

腕時計を見て、警官にその時間を告げた。

「自分という名の魔物に負けてしまったのね……」

ミセスルゾンゲが女の背を抱き、警官が腕と肩を引きマルゴを連行していった。


 ★★★


 書斎机サイドに腰をつけ、サイドに広がる爽やかな海を見つめた。

今はマトリョーシカは浮かんではいないが、見つけてやれて良かったものだ。ずっと家に寄り付かずに遊び暮らしていたが、あんな目にあってしまい、警官の父親に早く発見してもらいたかったのかもしれない。

受話器を当てる手の甲や頬に風が流れて行く。

心地良く温かな風が流れ込み、そして青の海と水色の空が渾然一体としていた。潮騒が響く……。

風と光に目を細め、黒石の床に青空が雲と共に澄んでいた。それが伸び、黒石書斎机の引出し扉にまで移っている。

父のデザイン会社から取り寄せていたデスクやソファー、ローテーブルなどだったので、ソファーはミラノに修理に出させた後は、知人に譲る事にした。仮眠室の調度品修理もこの前、連盟のアイザックを通して父の会社に依頼したばかりだったので罰が悪い。

FBIにいるカトマイヤーからの知らせで、ロシアでの平和会議最終日に、事件が起きたと連絡があった。

世界各国から集まった教授達が無残なバラバラ死体で発見されたという。

それを伝えたカトマイヤーの声は低かった。あのさばさばした性格だった大学女教授も、被害者だからだ。今までカトマイヤー自身が会議で護って来た相手だ。

遺体の状況は不明だが、顔など特徴は全てつかめないと言っていた。

ガルドは悔しがっている事だろう。護衛任務を失敗したなんて。

犯行時、どうやらガルドも他の人間達も完全に気絶させられていたようだ。目を覚ましたときには、遅かったらしく、犯罪組織の陰も不明らしく、それが今回会議で上げられたいくつかの武器組織のものか、それとも初めて確固として姿を表したFBIの追う闇組織なのか、不明だという。

ガルド達はチームを編成し、一斉取締りへ出るという。

こちらがマトリョーシカ事件を起こしていた二日間の内に、カルドレは参謀が殺されてしまった事だし、立て直すためにも改造に手を入れるべきだとベルージに話のもち掛けをしに行き、成功したようだ。その事で、ベルージは除外が決まった。闇組織との関連も性質的に無いと見られたからだ。

赤毛も持っていたマゼロに関して重点的にガルド達が担当する事になったようだ。CIA部隊のケリー・バダンデルがそこで加わり。

「それで、ディアネイロ部長の様子は?」

「ええ。相当夫妻共にショックを受けている。彼の部下達に検死や化学捜査の実証を行なわせているが、元々彼自身がプライベートでは精神的に弱い部分がある。彼自身は精神衰弱で寝込んでしまった。自分の愛人関係が原因でその愛人の友人に、三角関係で殺害されたので」

「そうだろうな。娘も見ていられないと言っていた。同じ様に父子関係や家族関係がある分、こちらとしてもやりきれない事だ」

「あの。その今回の事件で、リド・ステンガーと娘のマーチ・ステンガーをこちらが疑いを掛けた事で、任務中の彼に支障が出て?」

「ガルド君は任務時に私情は挟む余地の無い人間だ。既にその時にはステンガー親子から容疑が外れた報せは渡してあった。明らかに犯行を行なった者はプロだとデータが送られてきている。ガルド君はプロと言うわけではない。あくまで、スラムで鍛え上げられてきた身体能力だ。専門知識も警察官護身術以外には無い」

それ以上はカトマイヤーはいう事は無かった。

その為に、今の内にCIAの部隊に欲しがっているのだろう。

「この事はまた任務中のガルド警部には決して言わないでおいてもらいたいのだが、被害にあった少女はホワイトスネーク団にいたレズビアンの少女で、名をリラと名乗っていたらしい」

「そうか……。分かった。こちらも任務には最善の精神状態で抜け目無く行なわせたい為に、頭に入れておこう。しばらくは街を任せてしまい申し訳無いね」

「お任せを。そちらも力を尽くしていただきたい。では」

連絡を切り、受話器を置くと黒の箱を持ち、歩いていった。

昼から業者の人間が入り、重機を運び込んで署長室の硝子壁をはめ込むために足場を組み、移動しなければならなかった。

元々は署長室として使えるような空きが無いので、特Aしか無い。

秘書とともにエレベータを降りていった。

三階で扉が開き、歩いていった。

「コホン。二日間、お邪魔させてもらう」

「歓迎いたしますわ署長」

「どうぞ! 部長のお部屋をお使いください。秘書の方は警部室を」

「申し訳無い。ありがとう」

「とんでもないですわ」

処理B班のラムセイ巡査部長と、元麻薬捜査課のロジャー巡査、それにカトマイヤーの娘で陸軍出のティニーナ巡査、その恋人でもあるジョセフ補助、それと……。?

「一人いないな」

ドアを開けながらそう言い、中へ進み見回すと、目許を引きつらせてから暖色とグリーンを貴重としたクラシカルな室内に、書斎机に黒のボックスを置くと即刻出た。

「ハンス巡査も処理B班の筈だが」

「ただいま~ああもうお腹すいた」

「………」

伏せ気味に横を見ると、ハンス巡査が前歯にクルミでも加えたリスの様な顔で俺と秘書を見上げた。

「あの、なん、何で、」

ハンス巡査がラムセイ巡査部長の横へふらつきながら歩いていき、「何で?」とまるでクラゲのような声で言った。

「ほら。昨日の事で署長室が雨晒しになる前に硝子をはめ込むのよ」

「お困りの事でも?」

「え、い、いえ! どど、どうぞ……」

ハンス巡査は本気で気が弱くて全く変らない。落ち着いたところでは捜査などに加わって事細かに動くようになり始めているのだが。それに、ジェーン巡査という後輩も出来た事で物を教える事が出来る人間が出来たことで、彼自身も成長してきている。

「これから、部署には報告のために人が入り乱れる事もあるが、滅多な事件さえ起きなければそうは頻繁には来ない。郵便物の人間は全て秘書へ渡してくれ。客を迎える際は絶対に静かにしていれもらいたい。貸していただく上で悪いのだが、どうぞよろしく」

「こちらこそよろしくお願い致します」

「それと……」

秘書が一歩前へ進んだ。

「コーヒーはわたくしが皆様の分もおだし致しますので」

そう慇懃に言うと、俺も秘書を見て一度頷いた。

「それでは」

ドアを締めて入って行き、あまり室内を見回さないように努めながらハイバック横に設置された殻の棚台に持ち込んだ物を並べ、鍵の掛かる場は鍵を掛けた。。

整え終えると、ノックされ顔を上げた。

「どうぞ」

「失礼致します」

カチャ

「お食事へ向かわれますか」

「ああ」

俺はハイバックから立ち上がり、秘書と共にドアから出た。

食堂につくと、いつものカトマイヤーの所に何故か、捜査一課刑事課のヘレス巡査部長がいた。

俺はプレートを置き、彼にも挨拶をすると座った。

麻薬捜査課のアイアス警部は、生活安全課のアシュラ警部と何やら、殺人課課長サーリー警部の持って来たフルーツを取り合っていて、ガキかと思った。

殺人課部長ギガ警部は皿の上にビスケットを溜め込んでいて、三歳児かの様だ。

捜査一課警部補チャリールは英国風の態で食指を進め、騒々しい二人がこの所の捜査で加わっている事を煩わしがっている目で見ていた。

元々アイアスはよく横にいるが、キスをされてからは席を離して座っていた。いつもの席しか開いていなかった為に、アイアスとヘレスの間にいた。

アイアスがフルーツを俺の肉料理の上にボンと乗せて来て、俺は目を丸め口をつぐんでそれを見下ろし、アイアスを見た。

その向こうのアシュラが同じ様な表情で笑いながら顔を覗かせた。

「今牛肉にマンゴーソースが相当流行ってるという噂を聞いた」

「余計な事を……」

「署長。ごめんなさいね」

クスクスとサリー警部が笑ってヘレスの向こうから言い、俺は肩をすくめてマンゴーを横に置き食べた。

ヘレスなどはライスにビスケットなどバラバラに乗せ食べていた。そして、なにやらあのインド妻が作りこのヘレスに持たせでもするのだろう、何かの香辛料のスパイシーなスパイスを自己のそのライスに振りかけていた。

元々、チャリール横の一番端で寡黙に食指を進めていて、殆どは研究室にこもるために食事時に滅多に見かけなかった化学捜査課のディアネイロ部長が、サリー警部に誘われる形で席についていた。黙っていると毅然とし、きつくて恐い印象がある紳士の為に心情が毎回探れない。白目と水色の瞳が綺麗に分かれ、口元の硬い蒼白顔の輪郭を白混じる金髪で緩く流れさせ優雅に襟足までセットさせているのだが、微笑むと上品になる。大体はチャリールと話している事が今までも多かった。

だが、今日はチャリールとディアネイロの場所が逆でこちら側に座っては、共にサリーにフルーツを進められ食べていた。

ガタガタという音と、クラクションがなり始めた。

「工事に入り始めたようですな署長」

一番端のチャリールが、窓側を見て言った。

木の陰向こうから、トラックで運ばれている器材が組み立てられ始めていた。その先緑の木々向こうには濃い青の空と、微かに海が煌いている。

アシュラはいきなりチャリールの足を蹴りつけたらしく、叫び声を上げていた。ディアネイロもそちらを見ていて、逆にチャリールを気遣った。

アシュラは何でもかんでも足が出る。あのガルドは手が出る。同類に近い。

何やら、ガルドは人物に毎回あだ名をつけるらしく、それが癖になっているらしい。(これはホワイトスネークや他の署外の人間と署内の事を話す時の隠語。チャリールをカードのキング、ヘレスをカードのジョーカー、カトマイヤーを狐野郎、アイアスを署の守護犬、アシュラを不動明王、バーモント・カレーを巨漢、サリーを美人なおねえさん、レオンをライダー女、ラヴァンゾを俺のマスター様、ラングラーをホモ野郎、などとつけていた)

ヘレス巡査部長がいつものレイバンサングラスを嵌めたドキツイピエロ顔でこちらを見て来た。

このヘレスはサングラスを掛けているからいいものを、取ると恐ろしい程触れれば切れるカッターやナイフの様に異常な程鋭い顔をしている。元から細く尖った鼻筋と顎をして鋭い口はしを引き下げ頬骨が丸いので、カードのジョーカーの様に思え、サングラスを嵌めていれば、ふざけた性格や軽快な態度やちゃらけた姿勢なので丸い目でもしている滑稽顔なのかと思いがちだが、実はとんでも無い。アイスピックよりも鋭く眼孔の中を目頭から目じりまで細くグッと吊り上がっている。だが、黒髪はガルドいわく、もちゃもちゃだ。

「ところで美人ちゃん」

ビキッ

「男だが」

「可愛い子ちゃんは何の出張してんだ」

ガルドのことをいつも可愛い子ちゃんと名指しては蟹股で金曜は「金曜のディスコオールナイツ彼女のケツは最高さ」と歌い踊っては現れ、ガルドに凄い顔をされているのだが。それをサングラスも嵌めずにやられれば、恐ろしい怪奇現象に他ならない。しかも威嚇してくると目を眼孔目一杯に丸く広げ脅してくるから恐ろしかった。

まあ、それが第一に聞きたい事なのだろう。ヘレスは港地区でガルドを専属的に張っている刑事だ。相棒のラングラー警部補が港地区のデイズ・デスタントの動きを張っている。

「ヘレスさん。特Aの任務というものは秘守義務が敷かれているんだから、署長も言うわけにはいかない事情があるんだ」

ギガがそう言い、俺も言った。

「基本的には私もそういう形は好きでは無いが、我慢をさせてしまっていて申し訳無いな」

「まあ、あの規律人のカトマイヤーの奴の監視下でもあるんだ。正当に仕事してんならいいんだがなあ」

正直を言うと、カトマイヤー自身の規律は多少こちらの融通が利かなさ過ぎるきらいがあるのだが。ヘレスもあのGメンのいない隙に聞いて置きたいのだろう。

「ガルド君も更生して来ているわ。仲間を裏切るかしら」

サリー警部がそう言い、ヘレスはサリー警部を見た。

「またあんたはガルドの奴をかばう。今にあのあんたが大事にしてる写真立て、没収しちまうぞお」

「脅してもいけませんわ」

女性だからか、サリー警部はガルドの劣勢時は手助けをする。

「あいつは仲間を損得勘定で直ぐに切り捨てる」

ヘレスはそう言うとサリー警部が顔を彼に向けた。

「あの子は心のある子です」

そう言うと珍しく彼女が怒り、プレートを持ち立ち上がると、「お先にごめんあそばせ」と言い歩いていってしまった。

「サリー警部」

それを慌てて上司のギガが追いかけるようにプレートを持ちこちらに「失礼」と言い颯爽と歩いていった。

ヘレスは肩をすくめ、アシュラがチャリールのプレートのジャムをスプーンですくい食べながら見ていたのを、紅茶カップを持ったチャリールにバシッと手を叩かれていた。

「サリー警部はなんであんなにあのガルドのガキをかばうのかねえ。まあ、あのガルドが何か悪事をすればしっかり処分は厳しく下すからいいが、飴と鞭って奴か」

アシュラがそう言いジャムを空にするとプレートに戻した。

食後に秘書はいつもの様にメイク直しで別々に歩いていき、俺は喫煙のために歩いていき、アイアスがいたから引き寄せられるように歩いていっていた。

「アイアス警部」

「やあやあ。署長」

アイアスが紙コップのドリップコーヒーを飲み煙を上げては片腕を広げ戻し、ニッと笑った。

「カトマイヤー警部は出張大変なようで」

「そうだな」

火を渡され、俺はその手を見てからアイアスを見て、微笑んだ。

「どうも」

「どういたしまして。今度、リラックス時のいきなりの突進攻撃と勢いに咄嗟に反応する方法を伝授しよう。四匹、私の言う事しか聞かない者が自宅にいるので、同じ十番地だ。いらっしゃい」

「それは助かる訓練だが」

「うちの娘達もクリスマスパーティーで会う毎に君を格好いい格好いいと言って来ていてね。妻の料理も素晴らしいぞ」

「お邪魔させていただく」

「バーベキューも良い。バックヤードで犬達も交えて訓練と行こう。突進速度に長けるヨルダイ君とカトリナ君と、肉パーティー好きのロジャーちゃんも呼んでみんなでバーベキューと訓練と行こうか!」

好きそうだなその手の事が。


 「肉友集まれば恐く無い~!! 肉友肉友パーティーにぃくとーも~!!」

酔っ払いのヨルダイが叩いて来ていて痛かった。

ヨルダイの元先輩であるロジャーが酒が入ると色っぽくカトリナと飲んでいる。

「肉友パーティーにぃ~くともー!!」

「オー」

マイクを渡されるために掛け声を言ってやっていて俺はロウテンションだった。

「豚肉牛肉ラム肉山羊肉人に」

バキバキバキッ

「オー」

庭は芝で覆い尽くされ、所々に高さの異なる支柱が立てられている。そこから吊るされるプレートの燭台が灯っていた。白の塀に三方向を囲まれ、犬のための鉄製の小屋が角に設けられていた。木々が立ち、その上に小鳥用の家があってライトアップされぼんやり浮いている。

犬は、グレートデン、ドーベルマン、ボクサー犬、シェパードで、皆凛々しい顔つきをして目つきが鋭い。それが、アイアスの座る背後に一列に並び座っている。

ディアネイロとその婦人も誘ったのだが、やはり断られたようだった。

アイアスの娘達が俺の所に来てヨルダイの方も見た。

「踊って踊って!」

「喜んで」

「ようお嬢たち! 今日も肉ダンスするか!」

「なんだそれは」

手を引かれ芝へ歩いていき、アイアスの奥方がレコードを回してリズムを取り始めた。支柱の周りなどを回りながら踊って肉とは大して関係無かったが踊りつづけた。その内犬が加わり追い掛け始めてきて、俺は何やら逃げながら走った。ロジャーとヨルダイが歓声を上げ始め、酔った勢いではやし立ててきて、俺はジャケットを放り吠え追い掛け始める犬達から走って最終的に強烈に突っ込まれた。

「十二分!! よく逃げ切りました~!」

「また犬は追ってくるぞ!」

牙と爪がある犬はギャンギャン吠えながら追いかけて来て、噛み付かれたら冗談じゃ無かった。鞭なども無くストップはアイアスの掛け声のみだ。相手は四足でカーブも機転が利きやすくしかも飛んで来るし避けるもかわすも一苦労でと思えばまた他の犬が突っ込んでこようとする。

気配や耳や広い視野や一挙一動まで全感覚を使って一匹一匹の場所が分かるようになり始めると、避ける事も出来る様になり始めるが何しろ、相手は酷く興奮気味に加え冷静なものもいて、いかに俺がこの七年間を大して体も動かさずに署長室でデスクワークばかりして怠けていたかが思い知らされた。

依然は常に神経を研ぎ澄まさせていた事だ。それを思い出し子と細かい一瞬一瞬の犬達の隙の無い中の攻撃するポイントも掴み始め、いきなり背後から突っ込んできたカトリナの首に腕を巻き回し飛ばして犬に首元を取られそうになり背から胴に腕を回して噛み付かれる前に投げた。芝を舞わせすぐに反撃してくるのを飛び込んできたほかの犬の前に来て思い切り両拳で胴を払って回し蹴りで背後とサイドの犬を飛ばして突っ込んでこようとする犬を寸前で交わして後足を掴み放り投げた。

「止め!!」

俺は芝に崩れ座り、いきなりヨルダイが視野に迫り手をつき避けて背を回し蹴り上げた。

「お見事~! 署長素敵ー!!」

「きゃー!! すごーい!!」

酔ったロジャーやアイアスの娘達が飛び跳ね歓声を上げ、俺は汗を拭って犬を起こしに行くアイアスが笑った。

「若い頃は何か軍隊にでもいたのかい! 実にいい身のこなしだ!」

「署長! 惚れ直しますね!」

ヨルダイがそう言ってニコニコまた甘い顔で笑って酒を渡して来た。

その瞬間いきなりクラブパーティー仕様の女がヨルダイに突っ込み抱きついて来て、ヨルダイがくるくる回し抱きしめ下させた。

「部長さんお邪魔しま~す! あ! ねえねえまだ肉ある~?! ねねえロジャーさん焼こうよ……、キャアア~!! 彼、素敵!!」

「え。署の前で幾度も会った筈」

その時も凄い声で抱きつかれそうになり警備員に危うく勘違いされ掛ける所だったのだが。

いきなりしがみついてこようとして避け、ヨルダイに任せた。

「こいつはいつでも一週間で顔を忘れるんだ。三年して漸く顔を覚える」

「彼、どなた?! あたしのストリップショー観る? トアルノの富豪の方~? 凄く色男~!」

「こらこら彼は俺達の最高司令官とも言うべき我が署の悪魔」

俺は目を白くヨルダイを見た。

「いやえっと署の署長で」

「キャアアー!!」

スピーカーでも両耳口両目にでも内臓されているかの様な声で叫んで来て、カトリナが笑って言った。

「やめておけ。浮気するとオービンから刑罰が下るぜ!」

「じゃああんた等にフェロモンダンス見せてやるわ」

色っぽくそう言って来て、脱ぎ始めていた。

「止めといたほうがいいわよ。彼の奥方はあの有名なイタリア女優のリーシェンリシュールだから」

「本当~!? 今度持ってる写真集にサインしてよー!! 彼女がやったSM映画のミストレス写真集凄くクールでセクシーで刺激的で妖しげで最高なの!!」

(美しく細かい皺の寄る黒シルクの裾のドレスを)

「リシュール婦人はまた一段と綺麗になっていくわねえ」

「どうもありがとう」

酒も加わり場が盛り上がりつづけて、目を覚ますと庭の月明かりが伸びていた。黒革のソファーに背を上に片腕を落とし眠っていて、その四角い光の差す中には、ヨルダイも胴を上に転がり眠っていた。

ロジャーは一人掛けの中に丸く膝を曲げ込みクッションを抱え眠っていて、二人の娘はラブソファーに寄り添いあって眠っていた。腕を立て体を起すと、この三人掛けソファーセットにもたれかかり両足を放ってカトリナが眠っていた。

室内の奥を見ると、天蓋に囲まれた赤橙色の照明のスペースに円卓を囲い五脚の一人掛けソファーセットと、黒樹脂でブロンズ装飾の調度品が囲っているのだが、アイアスが膝に頬を寄せ煙管をすい付く奥方の髪を指で撫でてあげながら、曲をゆったりと聴いて紫煙を上げさせていた。

奥方が視線を上げてきて、赤の唇で微笑むと身体を起こし、アイアスが微笑んで彼女が歩いていった。

アイアスが親指で示して来て、俺は歩いていった。

空間を出ると、一度レストルームに寄ってから、廊下を歩き客用の寝室に促された。

「こちらの方が安眠出来るぞ」

「どうもありがとう」

装飾性がスタイリッシュでモダンな室内は、それでも綺麗に青でまとめた花が生けられていた。

「君は白と黒ばかりで、本当に驚くよ。強いポリシーだね。署長室も随分と激変させたからな」

「近寄り難いと言われるんだが……」

「ある一定の線を弾く事も大事だ」

頷き、引き寄せられて目を見た。

「君は同性愛者だな」

「………」

………。

俺は顔を白くし、目を反らさずに言った。

「異性愛者だ」

「そうかな。同じ者として感覚がそう感じたんだが」

「女性が好きだ」

「女性には優しいがそうは思えない。もちろん今まで男好きに思えた試しも無いんだが」

「見たままでしょう。離してもらおうか」

「嫌だと言ったら?」

「駆け引きなど嫌いだ」

全て強烈な激動に取って変った。体が壊れそうな程の激しさと、バラバラになりそうな体をきつく締め付ける四肢に高まる感情……情熱的な愛を思い出す

激しかった愛の時。心まで充たされ熱かった全ての時。耳を掠めるカモメの声や、波の音……彼等の生きていた鼓動と熱い血脈。

悲しくて泣いていた。

顔を押さえ泣いてしまっていた。

アイアスが頬を取り、頬を寄せ髪を撫でてくれた。どうしても涙が止まらずに、理由も聞かずにずっと。


 朝。小鳥が木々からテラスダイニングに囀ってアイアス家族と署の麻薬課の警官達がテーブルを囲っていた。

朝陽が眩しく清らかな明るさを贈っている。

食指を進める俺の方をアイアスが楕円のテーブルを挟む向うから一度、二度見して来た。

テーブルクロス上はいろいろと飾られ、全てはアール・ヌーボー時代のシンプルな直線的銀器だ。蝋燭、水色の花、子犬の置き物、鈴などがあり、その間にブレッドバケット、コーヒーポット、ゆで卵バケット、バター入れ物、フルーツ高杯などがあり、薄桃色のプレートに白の皿が置かれ、その大小三点セットの上に、フルーツ用、パン用、サラダと卵とマッシュポテトやベーコンなどがのった物があり、カトラリーが光っていた。

コーヒーカップを傾け、それを置くと、小鳥のさえずりをバックミュージックに視線に気付いて向こうのアイアスを見た。

何やら首を傾げ、ゆで卵を食べながらこちらを見ていた。俺の手元から、朝陽の差す白シャツの腕をなぞり、ベストの肩、黒ネクタイと、俺の目を。

逆側に首をかしげて来て、俺も首を傾げ、デザートプレートの上のクレープをナイフとフォークで切り口に運び始めた。

「へえ! このヨルダイ巡査部長が?」

「でしょ? それで、オーブったら笑えることに犬に港までそのまま引きずられていって、大泣きしながら帰ってきたの。あたしはもう大笑い!」

「その頃はまだ九歳だったんだ! ボルソイのあの巨大さと来たら、俺の二倍だぞ。今は俺の方が二倍だけどな」

「はは! 引きずられてズタボロになって見た港はどうだったんだよヨルダイ」

「煩いな。ああ綺麗だったさ! 今のこの時期だからな。その頃客船はレガントの豪華客船と、ブラディス・デスタント氏の優雅な遊覧船が三隻港に停泊されていて、貴族達が着飾って今から昼の船上パーティーで乗船して行った時だった」

「きゃあ素敵!」

「それで、俺ももぐりこんだんだ」

「その頃から既に犬を連れて潜入捜査の技を!」

「ああ。騙しの利く子供の成りでの貴族生活というものの徹底検証の為に無銭乗船さ……沖合いに出て見つかって拳骨されるとボートに乗せられて港に戻らされたんだが」

「きゃあ素敵!」

「任務は失敗だったんだ! お前、もう少しでアイスクリームで出来た四本の花に囲まれる川で昼花火見ながらそれにフルーツだとか浸して食べれるところだったんだぞ! それで俺はまたズタボロになりながらボルソイに引きずられて帰って行ったんだ」

「それはダブルパンチで泣くわけだな」

「それで翌日自転車でまた行ってブラブラして見てたら、運悪くボート係りのあの水平に見つかって追い返されそうになったんだ。そうしたら旦那様って呼ばれる紳士が来て、舟に乗せてくれたんだ。それで俺が欲しがったチョコレートと船の小さな模型くれたんだ」

「? あんたあたしにはその事言わなかったじゃない!!」

「ああ。そうなんだ。言わなかったんだ。それで俺は警官になろうと決めたんだ。何故なら、わざわざ高い金払わなくてもいざという時は、警官として舟に乗れるからな……」

ヨルダイはバシバシと犬用のボールを投げつけられて恋人が気性大荒れだった。

「十七年前にブラディス・デスタント氏がリーデルライゾンへやって来た時の事はよく覚えているわ。社交界で一層船上の宴が一気に華やかさをましてね、五隻もの様々な遊覧船や豪華客船なども共にやって来たから、その三年間は華やかさに磨きのかかった時代だったの。確か、小さな頃のデイズ・デスタント氏は同じ豪華客船連盟のレナーザ一族令嬢との許婚騒動を起こした時期よね。少年時代のデイズ少年が断ったって、大きな噂になって」

「そのデイズ・デスタントも今や俺達の宿敵だからな。麻薬捜査が一層厳しくなった根源だ。少年時代は機関坊で仕方なかったよ。どれだけ走らされた事か。最近、全く姿を見ないからどんな顔に成長したやら……」

「才能を他に使ってもらいたいものだな」

「おじい様を引き継がないなんて、驚きだわ。名家の跡取なのに。貴族というものは、代を受け継いで当然なんでしょう?」

「………」

俺は気まずくて視線を反らし、白パンを食べた。

「まあ、俺達は貴族じゃ無いから分からないけどな!! ねえ署長!」

「え? ああ、そうだな……」

「ねえ。その悪ガキが飼ってた犬、知ってる? ドーベルマンとグレートデンで、凶暴で手におえなくてジーンストリートからジュルッサの丘でごろつきたちに噛み付いて大暴れだったわ!!!」

「ギャンギャンギャンギャンギャン!!!」

「伏せ!!」

四匹とも伏せをして、芝に顎を乗せた。そう言えば、四匹ともダンスが踊れるという話を聞いていた。

またアイアスが俺の顔を見て、俺は朝陽に目を細めそちらを見た。

俺は首を傾げていきなり腕を引かれてアイアスの娘を見た。

「見て見て! 踊りだしたよ!」

「おお、本当だ」

その四匹が確かに踊りだしていた。奥方がレコードを掛けたからだった。

「踊れるようになったのか! 偉いなお前達!」

ヨルダイとロジャーが手拍子を叩きながらバラバラのリズムで叩くために、犬達が混乱して足並みを崩していた。

「以前、何かで見たな君」

「え?」

俺は犬達からアイアスを見て、首を傾げるアイアスは俺を見つづけていた。俺には覚えが無いのだが。第一、七年前にリーデルライズンに来た時から既にアイアスは部下だった。

「さあ……」

まさか、NYやLA時代の事だろうか。

「アイアス警部は確か、元々はカリフォルニア警察にいた時期があったようですね」

「若手の頃はね。いろいろと点々としたんだ。君は確か、NYとLA経由でこの街に来たんだったね」

「ええ」

「そうなんですか? 署長はてっきりイタリアから直輸入されて来たのだと」

「私は家具では無い」

いきなり、アイアスが何かに思い当たった様に驚いた顔になった。

「署長はいつアメリカにこられたんです?」

ロジャーが微笑んで聴いて来た。

「妻と結婚をした二十四の時に」

ヨルダイが振り返り俺を見た。

「じゃあ今年が婚歴と渡米十五周年じゃないですか! もうお祝いは?」

「そろそろだな。結婚記念日の八月に」

「仲がいい秘訣は何か?」

「え? そうだな……リシュールのことが大切だし、ずっと護りつづけたいと思っている。若い頃はいろいろ無茶ああって、そう決めたんだ。それに、常に高めあっている部分もあるんだろう。線を引く部分は引いて、崩さない点は崩さないだけで、ある程度の規律は互いが敷いている。常に服装には気を配ったり、尊重しあう部分と、互いが言う事を聞く部分も崩さないという位だ。だから、そんなに秘訣という様な特別な事はしていない」

「素敵ですわ!」

カトリナが犬達に混じって踊りだしていた。

PIPI

「あら。皆さん。もう出勤時間が迫っているわよ」

「もうそんな時間!」

立ち上がり「たくさん頂きました」と皆奥方に挨拶をし、テーブルから屋敷内へ移動していった。犬達も喜んで着いて来ていた。

身支度の為にレストルームを借り、ロジャーの場合は婦人用へ向かった。

「署長。部長。俺達は一度自宅に戻ります。昨夜と今朝はありがとうございます。楽しかったです」

「ああ。こちらも楽しかった」

彼等は制服に着替えて出勤する為に、アイアスと奥方に見送られ帰って行った。

アイアスがこちらに戻って来て、微笑んで来たために俺も微笑んだ。

鏡に並び、俺を見て来る。

俺は鏡越しに見て、顔を向けた。

「二十年ぐらい前だったかな。私が二十九の年齢だったから、性格には二十一年前か」

「? ええ」

「パリの音楽コンクールを鑑賞しに行ってね。その頃まだカリフォルニア勤務の巡査長で、世話になっていた先輩の年配刑事に連れられて行ったんだが」

「へえ……パリの」

パリの?

俺は平静を装い続け、ジャケットの肩に手を当てられ、肩越しに見た。心臓部に、まるでダヴィンチのガブリエルの絵のように指を上向きに指して来て、俺は鏡越しにアイアスの目を見た。

「シチリアマフィアにクローダという、双コブラの家紋を持つ一家があった」

「………」

「二十一年前だから、君は十八位の若さだったかな」

「何が言いたいんだ」

体を向け、その目を見た。体が冷たくなって来て、睨み付けていた。

「君は監獄出だったのか」

「………」

視線が揺らぎ、俯いた。

「……告発でも?」

「………」

手に当てる指が離れ、頬に当てられ視線を上げた。

「君は既に署になくてはならない存在の署長だ。この街の署を有力な物へと変貌させたのは君だ。システムや配下達の強化、機能変更を行なってしっかり機能する組織にした。記載の名前が第一級犯罪者を扱う刑務所の囚人だったらしいが、今では君は掛け替え無い警察官だ」

「役目も終わればもう」

「どうしたんだ。不安がって……」

「いいや。不安がってはいない」

「何故まだ入墨を? 変に疑われるだろうに」

「普段は気を配っている」

「婦人は?」

「クローダを知らない」

「そうか」

身を返し背を向け、プラチナに黒馬の丸いカフスを手にした。

「……アイアス警部」

俺の肩から視線を上げたアイアスを見た。

「申し訳無いが、絶対に妻には言わないでくれ。彼女を絶対に泣かせたく無い」

「婦人を愛しているんだな」

俺は頷いた。

「彼女は掛け替えの無い女性だ」

通常の夫婦間の関係では確かに無い部分もあるが、きっと、もし誰かに離婚を強引に言って来られても、絶対にそんな事はしないだろう。俺が男しか受け付けられないという事は関係無く、リシュールという人柄に強烈に惹かれてきた。それは友人という様なものに似た感覚でもあるかもしれないが、確実にそうだ。二十五の時に、彼女を一生護ると決めて来た。リシュールはおちゃめで、真っ直ぐで、素直で、多少おっちょこちょいで、ずっと美しくなり続ける。俺が男ばかり好きなばかりに辛い思いもさせているのに忍耐強かった。ただ、早く子供は作ってあげなければとは思うのだが……。ちょっと無理というか……。

「分かってるさ。互いに秘密があるわけだし」

「確かに」

「ところで君は同性愛者で?」

「違います」

「そうだろうな。コンサート会場では恋人のとても可愛らしい女性が倒れた君の所に駆けつけたからね」

「ええ、そう……」

よく若くて可愛かったので彼女や姉妹に間違えられていた母なのだが。

ガシッガシッ

なな、

「相変わらず……」

思い切り抱き着いて来て頬釣りされた。

「いやあ! 君は本当綺麗だねえ!! あの頃はついあまりにも可愛らしすぎて見惚れてしまっていて将来どんな子に成長するだろうと思っていたんだが、まさかここまで素晴らしくなるとは!!」

「は、はあ……」

両腕を掴まれ背をバンバン叩いて来て、アイアスは大柄に笑った。

アイアスはいきなり思慮深い顔になったり、男らしく微笑んできたり、普段はこの通りだった。それでも一切性格上の表裏などは皆無だった。


 部署内は借りている室内のドアを開けると、まず第一にあの可愛いハンス巡査がいるから可愛かった。

が、居眠りしている。

「………」

ファイルを開き、白黒のLEGO人形を座らせ、ペンを持ち、写真を並べ、他の二名が証言テープを聞きなおしたり、地図やファイルを見比べている中で、ファイルに向かう体制で目だけ閉じている。

ラムセイとロジャーが視線を上げ気付き、俺は静かに進んで二人を見てからレガントのデスクに黒ファイルを置き、ハンスの背後に来てデスクに手を着き、LEGOを没収してポケットに仕舞うと背を降り顔を覗き込んだ。

「くー、くー、」

完っ全に寝ている。

ロジャーが口許を指で押さえ笑い、ラムセイは肩を縮めて上目で見ていた。

ロジャーがクスクスと笑い静かに証拠ポラロイドカメラを取り出し一枚撮ると振りながらラムセイに見せ、フラッシュ音にも眠りつづけるために、ハンスの耳元に口を寄せた。

「ーーワン!!!」

「うわああああ!!!」

パシャパシャパシャッ

見事にハンスが飛び起き顔をギクギク引きつらせフラッシュが焚かれ目を口を大きく辺りを見回し、それ毎に死角に避けていたが、顔が合うと、真赤になって俺を見上げ、笑いを堪える二人が写真を見合っていた。

「では、ハンス巡査も目覚めたところなのでお蔵入りの証言を集めてきます」

「ああ。向かってくれ」

処理B班は過去の未解決事件の情報を処理しなおし、再び犯行現場と証言、犯行を追い、犯人を捕まえるというものだ。その昔では不明だった化学的な事や、心理状態、証言、足取りなど、時代や時が経て体制変化などもあって浮上する事実もある。その分、根気と意表を着く鋭さもなければならない部署だ。

逆に、犯人逮捕に諦めていた被害者家族には感謝される事も、昔をぶり返されたくないと言う証言者達も、せっかく逃げおおせていたのに牢に老年で入らされる加害者には恨まれたりという部署だが、今まで解決させてきた件数はうなぎ昇りに上昇していた。

将来はお蔵入りファイルを極限に少なくさせ、特A部署を作り未解決自体を極限に減らして行くようだが、現時点で特Aの未解決事件は発生事件三件中、未解決が一件、犯人逃亡中が一件だった。

既に二人は出たというのに、ハンスはあたふたしてテーブル上のファイルなどを片付けていたが、叫んだ。

「あれ?! 無い!! 無いないない署長LE」

「………」

ギクッとしたハンスが肩越しに振り返り、はにかんで、急いで走って行った。

全く。

黒ファイルを持ちドアをノックし、秘書の部屋へ入るとファイルを渡した。

「これらの者達への返信をしてくれ」

「畏まりました」

彼女はいつもの様に微笑み受け取ると、LEGOを出す俺に言った。

「ドーベルマンでもまた来たんですか?」

「え?」

秘書のデスクにLEGOを置くと彼女を見た。

「先ほど犬の鳴き声が」

………。

俺の背後にあのシャームがいない事を見ると、LEGOを見た。(ハンスの特注品で白黒LEGO君の一点もの)

「このLEGO、スーツ着ているんですね。白黒なんて珍しい。海賊ならよくみますけれど」

「ハンス巡査が暇時に遊んでいるものだ。そのまま預かって、ガルドが帰ってからも預からせろ。仕事が完璧に出来ないというのに玩具を持ち込んで、余計に仕事が出来ない」

レガントにしろ、ガルドのデスクにしろ、一切の私物など皆無だ。あの派手好きでさえガルドのデスクは機能性と几帳面さがあり整理がつけやすくなっていて(だが引き出しを引くと首輪と鎖が……)、レガントのデスクは一つ一つが職人物の事務用品が並び、同じく整然としていた(が、引出しの中には黒のビスケットが)。

ハンスのデスクとくれば、雑然としていて一見どこに何があるのか不明だった。稀にペンがふわふわのファー鳥が刺さっていたり、一切関係無いLEGOまであった。

ラムセイのデスク上とくれば、灰汁の強い個性的な物がぞろぞろ置かれているのが見えたのだが。仕事は格別に出来る。ラムセイ自身も個性的だ。社交ではいきなり流し睫にして美人になって驚く。普段はオンザのパツンにしていて丸い眼鏡を掛けていた。

「あら。これ、睫が生えていますよ署長。これ、署長じゃないですか?」

何。まさか俺への何かの恨みで毎回これを弾き飛ばしたり投げつけたりしているのか。秘書はクスクス笑っていた。

「没収しておけ」

俺は青筋立ててそう言い、出て行った。

出ると、丁度借りている部屋から首を傾げながらディアネイロが出てきた時だった為に鉢合わせた。

「ああ、いらっしゃいましたか」

「ディアネイロ部長。どうぞ」

「はい」

相変わらず顔が青ざめていて、中へ促した。

「結果報告へ参りました」

「覗います」

化学捜査上での調査書の最終ファイルを受け取った。

「お疲れさま。ディアネイロ部長」

微かに彼が頷き、腕を一度叩くとソファーに座らせ、向かいに俺も座った。

「愛人の方とは、まさかこれからも?」

化学観点からのその愛人からの聞き込みは既に捜査一課では終っている。レズビアンの証言も済んでいた。

「いいえ……」

「そうですか」

相槌を打ち、辞表をいきなり出されないだけ良いとする。

「これ以上はあまり、自己を攻めないでもらいたい。子供のいない私から言うなどとは心無いように聴こえるが、あなた自身の辛さを時間は掛かろうが、癒して差し上げたい。娘さんは、それまでを楽しく過ごしたと思う」

「そう思うようにしたい。だが、まだ昨日の今日のままです」

「痩せてきています。奥方もしっかり食事は出来て?」

「病院へ通わせました」

「その方がいい」

「ラヴァンゾ署長」

「はい」

ディアネイロが青白い顔を上げ、手を取ってその冷たい手を握ってあげた。

「見つけてくれてありがとうございます。証言からあの子のことを多く知って、こんな結果になった事がなければ……」

ディアネイロが俯き肩を震わせ涙を落とし、その背に腕を伸ばし撫で続けた。

「悔しさのためばかりじゃ無く、苦しさを吐き出す為にも思い切り泣いて下さい。そうしたらしばらく一週間休暇をお取りください。あなたにとってとても辛い捜査だったでしょう。どこか、思い出の地でも、田舎でも、心の休まる取って置きの場所に出かけて心を取り戻す事が大事だ」

ディアネイロは頷き、ノックで俺はそちらを見た。

「ちょっと待ってくれ」

白いハンカチで頬を拭っていたディアネイロは顔を上げ、俺は彼を座らせて置き、部屋から出て行った。

「シャマシュ部長。どうぞ。現在、処理B班の者は出ているので」

「ええ」

応接スペースに促した。

「取り調べと裏づけはすべて終了しました。司法裁判の手続きの為に、弁護士と検察側への申告を願います」

「了解しました。任務ご苦労様」

「はい。それでは、失礼致します」

シャマシュは出て行き、部屋に戻った。

「………、ディアネイロ」

駆けつけ、秘書を呼んだ。

「署長? どうされて」

秘書は口を押さえ短く叫び、すぐに「医務を呼んできます」と走って行った。

ソファーにぐったりし、腹部にペーパーナイフが突き刺され血が伝っていた。

「何故諦めるんだ」

真っ青な顔の震える目が開かれた。

「直ぐに医務が来る。これで自己を攻める事に決別しろ。あなたは強い心を持っている筈だ。無いならいくらでも俺がつけさせる」

ディアネイロが微かに口端を上げ、腕を掴んで来て目を閉じ額をうずめた。

「あなたが心ある方で……、」

「今は喋るな。血が出る。後から全て聞くから、一度は信じてみろ。お願いだ」

ドアが開き、担架を持った医務が現れ、秘書はやはり泣いていた。シャマシュが驚き駆けつけ冷たい頬を撫でさせ、医務の人間が上に毛布を掛け運んでいった。

秘書はその場に脚がすくんで動けなくなっていて、肩を持ち座らせた。

「急所は外れていた。大丈夫だ。出血も少なく済むだろう。シャマシュ警部。彼女を見させてくれ。血には慣れていないんだ」

「はい。誰か婦警の者をこさせましょう」

ディアネイロは切羽詰って、ふと気が抜け落ちてしまったんだろう。離れるべきじゃ無かった。

医務室を開け、入って行くと、慎重にペーパーナイフを抜き、多少切り開いて腸を縫合している所だった。

「大丈夫ですよ署長。こういう縫合は慣れています。ガルドが喧嘩をするとボルドンを刺す傷害事件を起こしていたので……。ただ、部長の血圧が低くて」

真っ青は顔を見て、横のスツールに座り冷たい頬と腕を撫で手を握った。

素早く縫合して行き、皮膚も縫合していった。

「辛かったんでそうね。お気持ち察します。僕も五歳の娘がいるので」

ガーゼを貼り、助手に包帯巻きを手伝わせてから、その彼女にベッドを横に運ぶように言ってドアから出て行かせた。

「?」

目の前にハンカチが差し出されそれを見た。

「お使いください」

そう言うとメスやカンシなどの器材をプレートに乗せながら歩いていった。

ベッドに運ばれ点滴をうたれてから、毛布が掛けられ、真っ青の顔が瞼を閉ざしていた。

「奥方にはどう連絡を差し上げましょうか」

「彼女は入院しているらしい。下手は言わずにいたほうがいいだろう。その病院がどこなのか調べておいてくれ」

「ええ。すぐ。それと、目覚めても傷の具合で一週間は寝込んでいる状態になります。大学病院に移されたほうがいいでしょう。カルテはまとめました」

「手続きをとってくれ」

「はい」

指が動き、顔を戻しディアネイロを見た。

目が開き、ぼんやりと天井を見た。

「部長。お帰りなさい」

医務の男がそう言い、肩を撫でた。

「娘がいた……」

ディアネイロが小さな声で言い、俺の手を強く握った。

「派手な事をしていて、楽しそうだった……色とりどりで、幸せそうに手を振ってきた」

また目を閉じ、俺の手を強く握って微かに微笑んだ。

「ええ。そうですね……。あなたが微笑んでくれて良かったです」

嗚咽が聞こえて驚き振り返ると、秘書が心配でやってきてボロボロ泣いていた。医務が歩いていきはにかみながら部屋から廊下へ促していった。

目が開き、俺を見た。

「大学病院に移ります。今日一日はまだ縫合したばかりなので、一晩は居てもらいますが私が署で看病をし」

バタンッ

「静かに入ってくれ」

「良かったー!! 大丈夫?!」

ティニーナ巡査が入って来ると手を強く握って顔を覗き見た。

「奥さんを一人にしちゃだめだよ。元気になったら、奥さんを支えてやってね!」

彼女には母親がいないので、心配だったのだろう。

「あたしが病院で看病するよ! 事件が無かったらあたし何もすること無いからー!」

元気、溌剌。

「今夜は一晩私が看病するので、執務中はお願いできると助かる」

「イエッサー!」

ディアネイロの手を撫でてから、ディアネイロが頷いた。

「あまり煩くすると彼が疲れてしまうので、出来るだけ静かにしてやってくれ」

「ハイ!」

俺は静かに出て行き、廊下に出ると医務の人間にその事を言った。

「分かりました。病院の部屋に補助ベッドをつけさせます」

俺はリシュールに連絡を入れ、その事を言ってから切った。

「あ、署長!」

振り返り、銀のペーパーナイフを差し出された。

「洗っておきました」

「どうもありがとう」

「いいえ」

それを受け取ると、医務の人間を呼んでから言った。

「奥方はどこの病院に?」

「それが……リーイン精神病院なんです。ちょっと心配ですね。あそこは気違いばかりが送り込まれるような場所です」

眉を潜めてからドアを見て、顔を向けた。

「まさか、元から自殺するつもりだったと?」

「そう思います。彼は普段何も言わないので……あの病院は無謀です。手続きを取らせて、セントカトリアナか大学病院の方が絶対にいい」

「彼も相当思い悩んでいたんだろう。自己を責めている。しっかりした病院に入ってもらう」

「ええ。保険も適応するとおもいます。こちらとしても部長に今倒れられるなんて有り得ないです。是非奥方の方もそうさせますので」

「ああ」

医務の男が歩いていき、俺は部署へ戻った。

秘書をいる部屋のドアを開け中へ入ると、婦警が肩を抱いていた。

婦警が立ち上がって小さく微笑むと出て行った。

「どうもありがとう」

「いいえ」

ドアを締め、歩いて行くと顔を覗き込んだ。

「ミスセラーダ」

彼女の足がまだ震えていて、肩を抱き纏め上げられた金髪を撫でた。

「大丈夫だ。あとは彼自身の意思が勝つかどうか」

「ええ、ええ」

秘書はうんうんと頷き、目許をハンカチで押さえながら顔を上げた。

「しばらく落ち着くまでここにいようか?」

秘書はうんうん頷き、メイクも完全に取れてしまっているが綺麗なままの青い小鳥のような目で頷き、また目許を押さえた。

コンコン

「どうぞ」

「ああ、こちらでしたか。あの……、秘書の方大丈夫ですか? 精神安定剤を処方しますけど」

「いいんです。大丈夫です」

自殺場面を未遂に終ったとはいえ、やはり衝撃が強いのだろう。一人でいさせるよりも、デスクの並ぶ室外に設けることにする。

「署長。実は、リーイン精神病院の院長が親族の者でないのだから患者を引き渡さないというんですよ。もう半年分の入院費は完全に前払いで頂いていると言い張っていて」

「困った病院だ。私が掛け合う」

「署長。しかし、契約上のことだと言ってるんです」

「そんなものただの紙だ! 紙で命をどうするというんだ!」

つい怒鳴ってしまい、唇を噛んでから息をついた。

「申し訳無い」

「いいえ」

「署長、行ってさしあげて下さい。署長の大切な部下の方とその奥方です」

「ちょっと行ってくる。あなたは一人では不安だろうから、今の時間はそうだな……。警察犬も訓練時間では無いから一匹連れてこさせよう。ビルソという愛嬌のある若い警察犬がいる」

親は有能なのだが、子供のビルソはとろすぎて今だ訓練強化中だ……。

「はい」


 フェラーリから降りると進んでいき、赤レンガに囲まれた石畳を進んだ。

リーイン精神病院は始めて入る。

ジャケットのボタンをはめ、眉を潜めて黒い物体を見た。

巨大な猫が石畳にごろごろと転がって背を撫で付けている。黒豹にしか見えなかった。

そうか。ディアン・デスタントはこのリーインアパートメント地区の棟にいるという噂を聞いていた。リーイン地区は、病院も高いが部屋を取るにも高い地区だった。貴族連中や富豪連中の若者達が親元を離れ、親の金で遊び入るような場所だ。それに、自分達の第二の部屋にしたり、宴のためだけに借りているような所でもある。

「?」

背後を振り返り、ニコニコと笑いながら長い黒髪の少女が走って来ていた。腕に紙袋を抱えている。

「ジャジャミン! ただいむわは!!」

少女は驚き跳ね返って転びそうになり、手首を支えて引き立たせ、その瞬間紙袋から肉の塊が飛び出て俺は短く叫び石畳に落ちたそれを見た。

「離してよ!! あたし何もしてないわよ!! 警察なんて!!」

マーチ・ステンガーはそう怒鳴り、腕を離してやってから、肉に近づいた黒豹を見た。

「駄目よ! ジャーム!」

そのジャスミンだかという名のメス黒豹は低く首をもたげて上目になった。気の弱い豹で、尻尾を丸め込んでいた。

「主人はどこだ。首輪が何故はずれているんだ?」

「イタリア訛きつくて分からないわ!」

「訛って無い」

「おいでジャジャミン!」

自分の方が訛っているじゃないかと思いながらも、見送った。

少女は颯爽と歩いていった。

「肉を持って行け」

彼女は振り返り肉を袋に入れズカズカ歩いていき、それでも黒豹は≪ バッカス ≫という看板のドア前でうろうろしていた。

「おいでジャジャミン! 何してるのよ! おうち帰るわよ!」

黒豹は言う事を聞かずに居て、業を煮やしたマーチ・ステンガーが肉を手に抱えながら走って行った。黒豹が走り、俺は眉を潜めて腰元の拳銃に手を掛けた。

思い切りマーチ・ステンガーが肉の塊を遠くへぶんなげ、黒豹はゴロゴロあちらへ転がって行った肉を追いかけ始め緩い勾配を転がって行った。

「ヒャッホー!」

マーチ・ステンガーも飛び跳ねながら追いかけて行った。

バッカスが本来の彼等の住処のようだ。

フェラーリに鍵を掛け、棟の間の細い道を進んでいった。

奥へ進むと、昼の酒屋がのんびりと営まれていたり、隠れたような小料理店が小さくあった。

また角を曲がり、その道には絵画を売られた店、芸術小物が売られた店があり、他は煉瓦壁だった。地図の通りに行く。そうすると、来客専用の入り口があった。

この病院は、先ほどの広い通り沿いに赤い煉瓦の高い塀があり、視野を遮断させてその内側に庭を挟み、棟が建てられているという。横のアパートメント側も、そちら側には窓が無いようで、一切の絶壁にかこまれたような場所だ。

扉を開けると、洒落た料理屋の様なクラシカルな内装で、落ち着き払った重厚さがあった。受け付けの女は顔を上げ、ネイリングされた指元をそろえ、赤い唇で微笑んだ。

「………」

見た事があった。アジェ・ラパオ・ルゾンゲで。

ボブヘアは白と黒の縦縞で、ビリジアンカラーのハイネックシルクブラウスを着ている。彼女は倶楽部では、頭に黒と白の毛の猫耳をつけ、黒猫の仮面を目許につけ、黒シルクボンテージを来たピンヒールの女サディストトレーナーだった。極限までコルセットで括れをつけ、鞭を手にしている姿しか浮かばない。

「連絡はお伺い致しておりますが、本日は……マスター様としてのご来店でございますの? ラヴァンゾ様」

「エリッサ警察署署長としてだ。院長に話を通しに来た」

「畏まりました」

微笑した女が受話器を取り、こちらに色目をつかいながら連絡を入れると、中へ促させた。

「院長室は階段を上がっていただいた」

「アアアアア!!」

「うううう、あああああ!!」

奇声が響き、奥を見た。

「突き当たりの扉でございます」

一切顔色も変えずに受け付けの女が言い、俺は女を一度眉を潜め見てから、歩いていった。

階段前に来て、再び精神病患者達の唸り声や叫びが尚の事大きくなり始めた。胸が悪くなり、一度角を見てから、そちらへ歩いていった。

扉を開けようとするが、鍵が掛かっている。上にはダイニングと看板に記されている。場所から行って、このダイニングから塀に囲まれた庭に出るらしい。背後のドアから叫び声がし、耳を寄せ、ノブは仕舞っていた。

どのドアも鍵が掛かっている。バスルーム、化粧室、プレイングルームという看板。全て、怪しかった。

「………」

ドアを見回し、今は階段を上がって行く事にした。

木のドアに金プレートで室内ナンバーの象嵌された病室が並んでいる。どれも、鍵が掛かっていた。一人も看護をするような人間は見かけない。

どうやら、貴族内で気違いが出ると突っ込まれる場所のようで、馬鹿にならない程高額請求をしてくるようだ。それでも、元々は高い有望な知識を持つ精神科医が、完全な信頼を持って経営を進め、患者達を再び治し世に送り出していたという優秀な病院だったらしいのだが、それも、代が変ったと同時に営利目的の信用ならない病院になったという噂が密かに立ち始めていたようだ。それは七年前に来た俺には詳しくは不明なのだが。とにかく、既に一度収容されたら、二度と出てきた患者は見ないという噂で、それも誰もが貴族達は秘密裏に入院させるので、本当の話かも公ではわかっていないらしい。

いわゆる、既に見切られた人間を入れに来る場所。その建前で高額を支払うだけだという噂が貴族達の間では囁かれていた。

最近姿を見せなくなれば、海外のリゾート地で遊び呆けて帰って来る気も全く無くなったジュニアやドーター達もあまりにも多い。中には、ここの収容されたのではとけねんされていた人間も数年後にはそうではなく、派手に海外から帰って来るなどという事もある。

院長室の扉をノックした。

「どうぞ」

女性の声が凛と響き、ノブを捻り入って行った。

銀髪の背の高い綺麗な老婆が色着きの上品な眼鏡を外し、金のチェーンで吊るすと書斎机から、ソファーセットへ促した。

衝立の向こうへ進み、そこにはディアネイロの奥方が、呆けた顔で座っていた。

彼女の横へ来て膝を着き、顔を覗き見て肩を抱き覗った。

「夫人」

「どうなさるおつもりです? ミスター。彼女はご覧の通り、まるで植物のよう。聞いてみると、酷い目に遭われたそうじゃ無いですか」

「エリッサ地区内管区の大学病院へ移させていただく。彼女の夫であるミスターディアネイロの職場も近いので、看病もその分手が行き届き楽になるので。家族や彼の同僚の者達が世話をした方が活性化は見込める」

「いいえ。我々には歴史も長く、高等の精神医療への知識もございます。それはもう、大学病院やセントカトリアナどころでは無い知識がね」

「時代も変ればそんな物は役に立たなくなる。契約書を出してもらいましょうか」

「お買いなさるかしら?」

「何故地主は放っておいているんだ」

「歴史と信頼がございます」

「契約書はどこですか」

「キャンセル料を頂きますがね」

「患者が移動すれば無効だ。出せ」

立ち上がり、彼女の前に来ると彼女は目を細め、息をついた。

「ダイマ・ルジク氏のお孫さんだったわね。あなたは」

「………」

「ここで彼女を連れて行けば、誘拐犯としてあなたを警察へ訴えます」

「彼女が通常の精神ならば、完璧に入院対象外になる」

「判断は我々が下す事です」

「彼女は正常だ」

「………」

「どこから見ても精神を病んでなどいないんだが」

「……恐喝ですよ、あなた」

「彼女を頷かせればいいんでしょう。彼女はなんとも無く、出て行ける状態だとね。ここは重度の精神不安定者の入る場所だ」

「彼女は傷ついているんです!! 酷い目に遭って、どう正常だと言えるんです!」

「健康的な場の空気を吸いたいようですよ。今にも走り出したいとね」

彼女をそっと引き立たせ、院長は契約書を出し指で示した。

「いけません。無効にはなりません」

ビリッ

「………。警察へ連絡します。FBIでもいいでしょう」

「これであなた側はディアネイロ氏の奥方と入院費を不法に手にしている事になる。礼状をお持ちしましょう」

顎を上げ、目許を引きつらせた院長は憤然とする顔でこちらを見ると、彼女を連れ進んでいった。

これがきっかけでこういう場で虐待が起こされても困る。

「そうそう……」

振り返ると、院長は恐ろしい顔をしていた。

「精神病病院の規定が幾つも護られていないようなので、福祉医療建築法の人間に入らせる事になります。その際に、問題視される病院は監視が入るので、あしからず」

「……あなたは建築士のお勉強をなさっているのでしょうね……」

「それでは」

ドアを締めると、背後で奇声と硝子物が激しく割れる音がした。携帯電話は圏外の為に、即刻彼女の肩を引き受け付けも通り出ると、署に連絡を入れ入らせる事にする。

歩いていき、フェラーリに彼女を乗せ、何も映さない瞳は透明な硝子のようだった。このままではいけない。

サイレン灯を乗せ、鳴らした。

二台生活安全課のパトカーが来て、アシュラが出てきた。

こいつが来たのか……。気性が荒いのが来たな。

「奥だ。突き当たりを左奥になる。精神病院は区別がつきにくい。現状を写真に全て収めてくれ」

「分かった。礼状にサインをしてくれ」

それにサインをすると、アシュラが部下達四人を引き連れ凄い勢いでまるで将軍かの様に進んでいった。

壁の向こうからまるで騒ぎのように声が響き渡った。

あれは現在の院内施設法で確実に引っ掛かる。そうすれば正常の運営をさせるために医療連盟の人員派遣を要請することが出来る。院長を退任させる事も出来た。

フェラーリで大学病院へ送り、看護婦達が彼女を迎えた。

署に戻ると、連絡が入った。

「検査で麻薬が検出されました。血中に相当強い量ですね……。すぐに連れ出して頂いて正解だったとおもいます。極めて危険量です」

暗殺代……。そんな言葉が浮かんだ。

「カルテを製作し、送って頂きたい」

「分かりました」

麻薬中毒から抜けさせるには、アヴァンゾン・ラーティカにあるセントカトリアナ病院が以前から有能だ。カトマイヤーもあのガルドを過去、収容させた。その手続きも取らせる。

署に戻り、ディアネイロのいるドア前に来ると、ティニーナ巡査のマシンガントークの声がした。

ノックをして開けると、ディアネイロが顔を向けた。

どこか顔色に色味が差している。

必死に元気付けているようで、彼女の持ち前の明るさと会話能力もあり、医務の男も楽しそうにしていた。

「気が落ち着いて?」

「ええ。なんとか……」

小さくはにかんだディアネイロを見て、二人に席を外させた。

スツールに座り、手を取り、色味がある両頬にキスを寄せると言った。

「勝手な事をさせていただいた。リーイン精神病院から奥方を他の有能な病院に移しました。あなたにはしっかりしてもらい、そして彼女に希望を与えて頂く。彼女をあなたは失いたいんですか? 元気を取り戻す為なら、私達をあなた方の友人にしていただきたい。職場の者としても期待しているんです」

「……妻は」

ディアネイロは視線を落とし、口をつぐんだ。

「………。妻は絶望しています。死にたいと言いました。私にはなす術も無かった。それに、彼女はなんとうか、夫としては私の事は」

「この世はあなた方だけじゃ無い。ティニーナ巡査もいれば部下達もいる。同僚もいる。サリー警部がどんなに心配しているか。アシュラ警部もそうです。他の者達も。共に生きていける事が出来る環境にいるんですから。もう闘わずに、ただ共に歩きましょう」

顔を上げたディアネイロが目許を赤くし、手を強く握った。

「娘さんの今までを信じてあげて下さい。それと、これからの奥方の未来も信じてあげていただきたい。出来ますか?」

俯き、きっと性格的には一匹狼タイプの為に、腕に手を当てた。

「妻は女性に好意を向けます。自信など無い。性格的にも、私は彼女の心を護れない。彼女は悩んでいたんです。自分の事を。当初は私にも言わずにいて、何度も家出を繰り返していて、私も研究に没頭し始め溝が出来ると夫婦の形が難しくなり、ようやく可愛い娘が出来たのに妻はいつでも悲しそうでした。娘は活発な子で元々よく外に出ていた分、私も妻との距離感を埋められずに仕事に没頭し、結局は彼女を一人にしていたんですね。そんな折りに妻が自己の性の事を言ってきて、どうにかしてあげたいと必死になっていた。紹介で彼女に友人が出来て、一時は安心しましたがいきなり家にこもるようになって、その頃には既に私には愛人という存在がいて、妻の細かい様子には気付かずにいた。また元の寂しさが戻っていたんだと。そんな時に娘があんな目に遭ってしまって……絶望でした。どうすればこれからいのか……」

「私も同性愛者だ」

「………」

目を開きディアネイロが顔を上げ、水色の瞳が揺れた。

「え?」

「彼女の苦しみも分かる。辛い事も。それをどう対処すればいいのか悩む事はあなたからすれば当然の事だ。その友人間で何があったのかは不明だし、彼女達の間では、愛情に本気になってしまう為に娘さんの事もあるように、争いがいつ起こるかは不明だ。なので……、奥方には私の知るしっかりした友人を紹介する。徐々に自己を取り戻してください。諦めないで欲しい。人は自己を取り戻せる。大切な者を心に守り続ける事が出来ます。辛さは、思い出で温めて癒してやってほしい」

「署長」

自分がそれを出来ていないというのに、過去の苦しみを、まだ片を付けられずにいて全く忘れられてなどいないというのだが。それでも生きている。それをそうしてもらいたい。活きてもらいたい。


 「エファーンム」

「エファ」

「? えっとー? 可愛い子ちゃんは、誰だい? もしかして、ハイジかい?」

「ああ」

「二年振りじゃないあんた、もう十匹位子山羊のユキちゃんは産んだんだろう?」

「折り入って頼みが」

イタリア時代の刑務所にいた女情報屋のエファはバイセクシャルで、二年前にリシュールが撮ったレズビアン同士のSM映画でも彼女と共演していた。

現在は十六年前に出所して、サンタバーバラで香水屋を営みながら、ロサンゼルスのアジェ・ラパオ・ルゾンゲで遊んでいた。

「ハイジの折り行ったお願い? 当てて上げようか? リシュールとあたしの間に子山羊を産んでもらいたいんだね?!」

「女性を一人紹介する」

「……キャー! 本当?! 素敵!」

「年齢は四十八歳だ。繊細な顔つきだが目許が魅力的で、今は多少精神困憊しているが、長く見て四ヵ月後位には会えるだろう」

「ねえ、その方は美人?」

「ああ。美しいといえる部類だ」

「四ヵ月後って、覚せい剤か何かかい?」

「抜けさせる」

「OK、可愛い子ちゃん。そういう人は扱い慣れてるから任せてよ。繊細な人ってすっごく惹かれる。すぐに大好きになると思うわ。あたしが週末に様子を毎回見に行く事も出来る」

「本当か? ありがとう」

「いいのよ。美人なハイジの頼みなら何でも聞いてあげる。じゃあ、また連絡頂戴よ。たまには暇な時、ロスの倶楽部にも顔見せるのね。レダンが会いたがるかも」

俺は瞬きして口をつむぎ、目玉を回してから咳払いした。

「あ。想像しちゃったんだ」

「そうじゃない」

「分かってるの。相変わらず可愛いハイジ! バア~イ!」

充分声にエファがハートを含ませ切り、俺は首を振って切った。

フェラーリから出て、夜道を歩き進むと預かった鍵を手に、屋敷の前へ来た。

そして言われた部屋を外観から見上げ、構造が直ぐに脳裏に起こされる。

屋敷へ入って行き、階段を上がるとその南側の部屋の扉を開けた。

電気をつけ、目晦ましを食らい俺は吹っ飛んだ。

「ギャ!!」

俺は泣く泣く目許を押さえ起き上がり、その毒かという程、赤紫で埋め尽された一色の部屋を見た。

娘の部屋だという。

進んでいき、言われた通りに台の上には広げられた状態でアルバムや大量の写真があった。

ディアネイロ夫妻がこの部屋でずっと写真を見つづけていたそうだ。きっと辛かったことだろう。両親や娘やその友人達、ペットなどの写真だ。

ピンクの薔薇の施されたその真赤紫のアルバムを五冊、それと、元々は室内にピンで留められていたらしく飾りとピン穴のついた写真を整えると、両方をバッグに入れ、室内を見回した。

彼女の事は幸せそうに笑ってはうっとしていた顔しか知らない。この部屋も彼女からしたら、幸せの塊だったのだろう。彼女は幸せとともに移動していた。

「………」

スツールの上に置かれた赤紫の猫の縫いぐるみをみた。それも何故かバッグに詰め込んでいた。

屋敷を出て、鍵を締めると私道を歩き、フェラーリに乗り込み、病院へ寄った。

ディアネイロ婦人の病室へ行き、一枚の写真と縫いぐるみを看護婦に渡した。

「まだ見れる状態なのかが分からないので、預かっていてもらいたい」

「分かりました。預かりますね」

看護婦が微笑み、その二つを受け取った。

署に戻り、夜勤の警備員に挨拶し、夜勤の受付の警官が挨拶し、返すとエレベータに乗り込んだ。

ドアを開けると、ティニーナ巡査がテレビをつけてビデオを見せていた。トムとジェリーとかいう、たしか巨大な水色の猫と鼠の子供向けアニメーションだ。

「署長! あたしも一晩中いることにしたんだー! ジョセフも! 一緒に寝ようよー!」

か、軽い、

いきなり、ジャンガだとかいう木を高く積み上げていく玩具を失敗させたその元モデル出のジョセフ補助がいて、指を鳴らし悔しがりその周りにはオセロ、カード、ウノ、チェス、花札、剣玉、ジャグリングボール、ゲーム機などが五万とあった。

「アルバムを持って来ました」

ディアネイロが嬉しそうに微笑み、俺は口を閉ざし項が熱くなった。

視線を反らしドアから進み、また二人がどこかの部署か休憩所から持ち込んだらしいソファーがベッドにつけられていたので、それに座ってからバッグからアルバムを出し、自分で目晦ましを食らってソファーに倒れた。

「きゃあアルバム?!」

「どうもありがとうございます」

「いいや。どういたしまして」

写真はどの写真を見ても、派手で派手で派手で派手で派手で派手で豪華絢爛で華やかで輝いていて、彼女達のままの幸せの世界で、極彩色と色とりどりで埋め尽くされていた。妖しげで、愛らしく、自由気ままで奔放だ。彼女達の幸せの全てで楽しみと悦楽と享楽に満ちていた。

まあ、中にはホワイトスネーク団もいて、十代の頃のガルドもいる……。つい最近までのものもあった。向こう街でのイベントだとか、そういうものもだ。アヴァンゾン・ラーティカ内の遊園地やサーカステント、猛獣園、レズビアンクラブ、海外、室内、倶楽部である事は気付かれない程の、きっと女しか入れない棟の中の男では考えられないほどの凄い情景、何処かの高級なホテル内、ジャングル内、全てにレズビアン達や娼婦達でうめつくされ、すごいことになっていた。

ドープな世界で浸りきり、時々ある変った風は他の団体の者で、快楽主義のスネーク達だった。だいたいはハードで黒かったりするのだが。炎や鎖を操っては剣を狂気として交えさせ、バイクがハイセントル中をうねり回り、既に撤去された電撃フェンスやジェットコースターレールなどをあのガルドの赤紫の派手なベライシー・レキュードが駆け回ったりしていた。女達の影は妖しく闇に揺れる影で、炎を背後にリーダー時代の悪辣とするガルドが微笑する写真が悪魔色のエメラルドの双眼をしている。

既に刑務所に入れられた女達や、見たことのあるガーランジェルの下着広告ロケらしく、そのスナップで撮った絢爛な写真、雅な仮面を嵌める者達、彼等が写真の中で活きていた。

バートスクの職人店でも見たが、やはり派手だ……。目が痛い。

その中でも、ディアネイロの娘は実に幸せそうに踊ったり、ガルドの黒豹やライオンに乗ったり、孔雀に頬釣りしていたり、女の子達と抱き合っていたり、メリーゴーランドに乗りはしゃいでいたり、キャンディーバスに浸かっていたり、可憐な仮面や愛らしいランジェリーをつけては可愛いヒールを揺らしたりしていた。レオン巡査のあのバイクの後ろに乗ったものもある。ガルドのベライシーの背後に乗っているのも、マリンキャップをかぶってキャンディーを舐め、ドウランで綺麗な道化師メイクを施したものや、ガルドが入墨を彫っているイベントでの物を撮影する横でガルドに無理矢理イチゴを食べさせて大笑いしているものもあった。蛇に追いかけられて泣き喚きながら十人のレズビアン達で蝶の様に逃げ惑っているものもあった。写真は誰もが浮かれ騒ぎ、はしゃいでいる。

実に様々で、見ていて飽きないが、目が痛い。

「まだあの子がどこかで生きているようだ……。こういうイベントや、世界の中で……幸せに」

加害者の裁判には、彼も出ることになる。それまでには、どうにか挑める心を持たせなければ。

あのレズビアンの女は自殺未遂を図った。本気で愛していたんだろう。憎愛は魔物だ。幸せが変ってしまう。

 ティニーナとジョセフが喧しい寝息を立て、俺は耳を塞いでいた。

目を開け、ディアネイロを見ると起きていた。

「グガガアアア、グガガアアア」

「煩くて眠れないな」

「この方が逆に落ち着きます」

「そうとも言うのかもな……」

「グガガアアア、グガガアアアア、」

「意識的に出してるとしか思えない……」

「ハハ、本当に」

可笑しそうにディアネイロが笑い、こちらを見た。

「署長は見かけに寄らず、熱いお方だ。ともに泣いてくださるなんて思いもよらなかった。そうさせてしまって申し訳無い……。妻の事をこれから支えるには、並大抵の事では無いと思うが、あなたと話して、勇気がもて始めた。彼等もとてもよくしてくれる。他の者達にも迷惑を掛けたり驚かせたりして、今まで周りを見ることを恐れて何も見れてはいなかった」

「……俺達は味方だ。見捨てられない」

真っ直ぐ見て、手に手を当て、その手を握って体を起し、頬にキスを寄せ戻った。

「俺も今まで、崩れる毎に多くの者に救われてきた。それで成り立つ事が出来た。あなたも元の成り立ったあなたで輝いて欲しい」

手を握ったまま、目を閉じ自然的に眠りに落ちて行った。


 目を覚ますと背を上にソファーに頬を乗せていて、背中にティニーナ巡査が胴を上に眠っていてクルクルの髪がくすぐったかった。

「………。ラッコか……」

肩越しに見て黒髪を掻き上げ、そのクッションを抱えて「カーカー」眠っているティニーナ巡査はムニャムニャ言っていて、寝返って抱きついてきたからそのままにしておいた。

背中にティニーナ巡査を着けながら顔を向けると、ディアネイロは静かに眠っていて、ジョセフ補助は床に打ち捨てられた形で眠っていた。

ジョセフが寝言で煩かった。

無視して眠っていたが、布擦れで目を開け、ディアネイロを見た。ディアネイロがこちらを見て、フッと、可笑しそうに笑った。

「ラッコの様だ」

「ええ……何故か人の上に乗って来ている」

「カトマイヤー警部も暇をしないでしょうね」

「そうでしょうね。彼自身も辛辣でビシッとした性格だ」

「確かに」

組んだ腕に頬を乗せ、俺は目を閉じると開いた。

ディアネイロは顔をサイドテーブルに移し、写真を手に取った。

「……おはよう……」

ディアネイロを見て、俺はぽろりと涙がこぼれ見られる前に顔の方向を変え腕で顔を拭いソファーの背凭れを見つめた。

「うーん!」

思い切りティニーナ巡査が人をベッドに起き上がると、俺も体を起して髪をかきあげ背凭れに腕を乗せた。

「あ! おはようござーいまーす!! 署長!!」

ティニーナ巡査はまた抱き着いて来て頬にチュッチュとキスをしてくると、ディアネイロの方にもチュッチュ頬にキスをし彼氏の方へ飛んで行った。

「ねえ起きてよ!! 寝言煩いよ!!」

一番煩いティニーナ巡査がそう背を叩き起こし、巨人のジョセフ補助が起き上がった。

「朝食を食べてきてください」

ポケットウォッチを見るとディアネイロがそう言った。ディアネイロの場合、時に署内で寝泊りする。その為に体のリズムで食堂が開く時間が分かるようだ。

彼はしばらくの間、栄養剤と点滴だけになる。

一人にするのは多少心もとない気がして、先に二人を行かせた。

「行ってきまーす!!」

飛び出て行き、騒ぎも遠のいていった。

ようやく静かになると、可笑しそうにディアネイロが笑った。

「本当に元気な子だ」

「そうですね。活発で素直で真っ直ぐだ」

カーテンを開き、明るい陽射しが延びては窓を開けた。遠くの木々の先に、大学が見える。そちらの方には小鳥が滑空し、さえずりが響いていた。遥か先には岬の先のペンションがあるが、既に死体が出てからは空家になっていた。

こちらは関る事の無縁な特Aの捜査だが、大学教授が殺害された事件は公にはされてはいなかった。

視線を下げると、裏手の駐車場まで続く道になり、今の時間は閑散としている。

この時期の陽気は朝の内にも早くも気温が温かくなり始めているが、風は涼しい。

「今日もよく晴れるでしょう。移動も……」

振り返ると起き上がっていた為に驚き、ベッドに座らせた。

「もう立てるんですか」

「問題はありません。外の景色が見たい」

ディアネイロは腹部に手を当てながら歩き、窓枠に手を当て風を浴びた。

「研究所は窓が無いので……久し振りに朝を迎えた」

俺は頷き、横顔を見た。

寂しそうな横顔だ。

腕を引き手を取ると、微笑んだ。

「朝を迎える事が出来て良かった」

「署長」

俯き、肩に目許を当て背を抱きしがいついていた。実は、恐くて恐ろしくて不安で仕方が無かった。悲しんで自殺未遂を起こされて、今は朝に笑顔を見せている。

「良かった。本当に良かった」

「悪かった。不安にさせてしまって……」

ディアネイロが髪を撫でてくれた為に安堵した。

「もう下手はしない。仲間の為にも進むよ」

俺は頷き続け、怪我を負っている相手に泣きついてしまっていた。

「あなたはしっかりした方だ。ディアネイロ部長。だから信じています」

ディアネイロが微笑み、頬の涙を指で拭うと表情を無くし、深い二重の白い瞼から水色の瞳が、俺の唇に落とした視線を閉ざしていった。

ハッとしてディアネイロが口をつぐみ、俺は閉じかけていた目を開き、咳払いした。

「ゴホン、失礼」

「いや、こちらこそどうも……」

気まずくなって互いが離れ、ディアネイロは腹部を押さえながらベッドに座り、俺は窓際のラジオをつけボリュームを下げた。

ラジオは元々朝はつけないのだが、新聞が今日は無い。

貴族の多いこの街は、世界中の政治と金融、事件、ロイヤルファミリーなど様々な情報のニュースが発進されている。

共にリーデルライゾンラジオ、アヴァンゾン・ラーティカ放送、研究施設のそろうステディオルタウンラジオ、グリーンシティーラジオの他に、曲番などだった。

世界ニュースを聞く。現地時間で放送される世界各国百五十チャンネルある為に、適当に回すだけで言語様々な文化事や放送停止音楽やナイトミュージック、戦争中継、家庭菜園、節電情報、風力発電、知力発電、藻発電使用状況、街中パイプ養殖ライン情報、ファッションコレクション速報、スポーツ中継……。

会議後にガルド達がどこを担当して任務に向かったのかは不明だった。秘密武器の密造・武器密輸・密売を阻止するというが、南米ではマゼロが有力とされているようで、他はヨーロッパに拠点のある武器組織を他の隊が追うようで、そちらの情報は一切流れてこない。何故北米と南米が主な需要国とと決められているマゼロがヨーロッパにも出回っているのかも不明だ。それに、マゼロがFBIの追う闇組織と繋がっているのかどうなのかも。

ネクタイを巻き、ベストを着るとボタンを嵌め、前髪を耳に掛けた。

「ディアネイロ部長……」

ディアネイロはこちらを見て、アルバムから目を上げた。

「ミセスルゾンゲが事情聴取の為にいらっしゃったでしょう」

「ええ、そうですね」

「アジェ・ラパオ・ルゾンゲにはどなたの紹介で? もしかしたら、娘さんの映像が残されているかもしれない」

「……本当ですか?」

「確証は無いんだが、話を通しましょうか」

「嬉しい、それが出来るなら。あの子は十四の年齢からずっと家には帰ったり帰らなかったりで、殆ど見かけることがなくなっていたんです。月に三度程度だったりで……。なので、家族ビデオも十三歳までしか残っていない。きっと、日中は屋敷によく帰っていたのかもしれませんが。少しでも、時間を取り戻したい。失っていた七年間は実に大きいんです……」

彼の肩に手を置き、ディアネイロは顔を上げ微笑んだ。

「どうか、お願いします」

「ただいまー!!」

二人が帰って来た。

「どうもどうも署長!! あとは僕達がディアネイロ部長とお話をしているので、職務に向かわれてください!」

ジョセフ補助がそう言い、俺は頷いた。

「ああ。頼んだ。大学病院への移動は十時からになるので、それまではディアネイロ部長も準備をお願いします。奥方も病室に入っていますが、別室になります。その後はセントカトリアナへは今日中の移動になるので、様子を窺いに車椅子で向かう事も出来ると思います」

「何から何まで手配をして頂いてありがとうございます」

「礼には及びません。それでは」

一度肩を撫で、顔色を確認してから二人を見た。

「よろしく頼む」

「イエッサー!」

「十時に見送らせていただきます」

もう一度そう言い、廊下へ出て行った。


 署長室へ上がり、防音シートで夜の様に暗かった。今日硝子が入る。

仮眠室へ進んで行く。

しっかりとした身だしなみを整えると、髪を整えてから腕時計を見る。

朝食の為に二階へ降りていった。

「おはようございます署長! ディアネイロ部長はお加減いかがですか?」

「ああ。なんとか安定している。心配させてしまって申し訳無い」

「いいんですよお! 安心しました! 線の細いお方だから、よく多めにライスを盛るんですけどね、栄養をつけてもらわないと。運動は苦手らしいので」

「そうだな。研究所にこもると疎かになる」

「カトマイヤー警部の娘さんが病院でしっかりさせるって張り切ってましたよ。あの子も本当いい子ですねえ」

「ああ。本当にそう思う。あのディアネイロ部長も血色が良くなっているぐらいだ」

「それはいい事! ショックもまだ本当に大きいでしょうから、早く元気になってもらいたいです」

食堂のおばさんがそう言うと笑顔でプレートを渡して来た。

「どうもありがとう。いただくよ」

「たんと食べてくださいね!」

「ああ」

歩いていき、テーブルへつくと夜警を終えた者達が入って来ていた。

「おはようございます署長」

「ああ。おはよう。勤務ご苦労様」

「おはようございます」

「おはようございます」

「本日はお早いですな」

「署長」

「これはおはようござます」

「珍しいですね。この前もドーベルマンといらっしゃったが」

「おはようございます署長」

………。

何故か十五名に取り囲まれ包囲された状態で皆が席についた。

「おはよう。夜警勤務お疲れ様」

プレートが並び誰もがニッと笑い、彼等の夕食が盛りだくさんだった。

何か企んでいるのだろうか。

其々がみな宗教が違うものはその神を唱えたり、祈りを捧げたり、十字を切ったり、何もせずにフォークを持つなど、肉の種類や魚だけなど、それぞれ千差万別だった。

「最近の夜はどうだ?」

「ええ。交通課は荒れたことも無く、スネーク達がここの一週間はイベントで盛り上がる事も無いので静かですね。最近は若い女達が所々で動いていましたが、職務質問すると変態でも見かけたように叫ぶんですから……」

「お前の顔がエロいつくりなん」

「ゴホン」

「セクシーなつくりなんだよ」

レズビアンの女達だろう。

「きっとあれですね。ホワイトスネークの。昨日はもう静かでしたが……またいつ騒ぎ出すことか」

「昨日がまた24Hマーケット裏の平野でバイカー共が集まってたんですが、それも即刻流れていきましたよ」

「昨夜は不気味なほど静かでしたね。一向に闇に紛れて現れるリムジンが、果たして富豪連中のものなのか、それともDD弟のものなのかも不明で」

「軽くジーンストリートでも直進してくれればいいんですがね」

「そうだな。エケノとトアルノも道が封鎖されていない状態だ」

「ガルドがホワイトスネークの時代は、C地区とB地区は完全に高いフェンスで仕切られてましたからね。高圧電気なんか流して、どれ程被害が出ていた事か。あの時代は全く、昼でさえ我々も不眠症でしたね。昼も夜も関係無く爆音の街だったんだ」

「いやあ、本当あいつが大人しくなってくれて万万歳だ!」

「署長。署長の奥方はまたお美しいですね。ご友人の方と共にエリッサ通りの料理店で食べてましたよ」

「パトロールもつい見惚れてしまいますよ。また照明のよく似合う方だ」

「友人?」

「トアルノッテのマダムステームでしたかな。それにレディーポーシャ」

「ああ、そうか……」

「ハハ。不倫相手かと?」

大いに結構だ。

「いや。彼女は不倫など出来ない性格だ。隠し事が出来ない」

「男と言う物は信じるものなんですよ署長」

「………」

「署長浮気しないんすか」

同じイタリア出身の夜警ミシェル保安官が言った。

「………。しないが」

「珍しい。本当に仲がおよろしいですな」

「夜警に回っていてその暇が?」

「え? ハハ! いや、昼に暇な女は多いですよ……」

「規律の無い……」

「署長はお嫌いでしたね。浮いた話が」

「だが俺達の話は殆どが女の話ばかりですよ」

「後はアメフト……」

「ふしだらな……」

目の前の警官が色目になって俺を見て来て、革靴の爪先が伸びて来た為に足を引っ込めた。ロロル巡査は肩をすくめ、肉をフォークで差した。

「浮気なんて俺は信じられないですね」

ロロルの横の後輩で二年目のハスバ巡査が言った。

「お前はまだ新婚だからな」

「浮気なんてした事無いですよ俺は! 他の子と付き合ってたときも」

「へえ……」

「あ。署長はもしかして実は」

「無い」

「嘘でもまあ仕方は無いですがね。男なので。我々は」

「本当、食事時の俯き加減の顔も美しいですね……見惚れます」

「男だが」

夜警終わりの部下だから苦情は言わないが、蹴り付けたい気分だった。

背を伸ばし意地になってフォークを口に運んだ。

「実は、昨夜パトロールでエケノ地区を回っていた時に幽霊見ましたよ」

「幽霊? リーデルライズンには幽霊がいるのか?」

「いますいます。うようよいます」

「………」

俺は早めに食べようとしたが、警官達が笑った為に食指を止めた。

「頭は確かですよ!」

「幽霊なんて」

リーイン精神病院からまさか逃げ出したのだろうか。警官が五人今二十四時間体制で入っているのだが。収容人数は押し入った時にあの狭い館内で百五名もいた。規定外に他ならない。押し込められていた。六つあった二階病室は一人ずつ収容されていたが、常軌を逸した状態で写真に収められていた。院長は機嫌を損ね個室に閉じこもってい

るようだ。ああいう施設は拷問部屋と呼ぶ場所がある可能性もある。地下へ続くような場所だ。もしも、変死体か白骨一欠けらでも見つかれば、芝を掘り起こさせる。

「一節では、レガント一族の人間は幽霊になって夜に出歩くんじゃないかといわれているんです」

「生きたリカーMに他ならないだろう。トアルノッテからトアルノーラへ向かう途中にでも見かけただけで」

「そういった元気溌剌なオバケなら」

「なんなんだい」

「ブフッ」

ほぼ俺を含め十五名が一気にパスタや、サラダ、スープ、ミンチ肉などを噴出させた。

「元気溌剌なあたしの亡霊なら喜んでそのケツ並べて突き出すってのかい」

ハンカチで口許を拭い、目許を引きつらせると、身を返し様に立ち上がった。

「ミズリカー」

鋭いヒールで仁王立ち横目で睨んで来て、朝からこの顔を見せられるときつい。この曲者の女地主は百八十二センチもある長身で、六センチヒールなど履くから、俺とほぼ同じ背になっていた。いつもは可愛らしくノンヒールの乗馬ブーツだというものを。

珍しく、グレースキンパンツに、黒ビロードジャケットに銀のピンヒールで、白のフリルブラウスを着ては、クリーム色のストレートロングをひっつめ丸くまとめていた為に、そうはいつもよりは目障りではなかった。いつもベージュやキャメルカラーで現れる。今朝はまだ霜の降りる寒い時間帯からまた乗馬でもしてきたのだろう。基本的にリーデルライゾンは馬車や馬での走行が可能という条例がある。たまに、貴族連中が連れ立っていたり、勇ましくも白馬でアヴァンゾンビジネスセンター地区への出勤などをリカーはしている。馬車は滅多に見かけないのだが、たまに見かけた。アジェ・ラパオ・ルゾンゲに来る馬車は専用の馬車寄せがあった。

トアルノ内はわりと馬での移動歩行を見かける。地球環境にも優しいし、優雅なので。

「あんたの馬鹿な部下が失態を犯したようだねえ」

大学教授はこの女地主、リカーの親友だったという話だ。

「うちの一族の悪口言ってる暇があるなら、丁寧な始末書書かせるんだね。あんたは屋敷へ謝罪の一つも来ないじゃないか」

「申し訳無い。ミズ」

「ミズリカー。実は、署内でもいろいろと込み合っていて何かの不祥事があったのかは不明ですが、署長もお忙しい身分でして」

「ああそうかい。そりゃあ結構な事じゃないか」

身を竦めて警官は引っ込み、その肩に一度手を置いてからプレートを持ち、リカーを促させた。

リカーは踵を返し颯爽と歩いて行った。

「夜勤明けに彼女が申しわけ無かった」

「いいんですよ。彼女はいつでもああいった風で、こちらも慣れてますから」

「署長、どうぞお先に」

「悪いな。お先に失礼」

プレートを戻すと、食堂のおばさんが目を大きく丸めて肩を縮め、俺は微笑んでから「おいしかったよ」と言い、食堂を歩いていった。

エレベータ前で、まるでこちらが地球五十周はして来たかの様に待ち過ぎて怒り心頭の鋭い目元で床をヒールで打たせ待っていた。

「どうぞ」

扉が開くと颯爽とリカーは進み、扉はゆっくり閉ざされていった。

「あのガキが何で後任になったんだい」

「エリッサ署署長の私には分かる範囲では無い」

「全く、ふざけた事をしてくれる……」

「ご親友だったようで、お悔やみを申し上げます」

「本気であの女が死んだっていうのかい。それは信じられないね」

「ロシアの地での情報は限られる」

「あいつはダイランの産婆だ。この世で最初にあの子を母体から抱き上げた女だった」

「………」

「あたしが頼んで娘の腹から産み落とさせて」

「あなたの手でガルドをスラムに捨てたというのか」

リカーは毅然と扉を見たまま、きつく口を閉ざしたままだった。

「………」

俺は体を前に向けなおした。

「では、ガルドはレガントの敷地内にあるあの古城で生まれたんですね」

「あんたには関係無い事だ。イルダレッゾを裏切ってあんたは一族飛び出して、歴史の古いルジク一族を途絶えさせようとしてるんだからね。これ以上の親不孝がいるものか」

「あんたには関係無い」

「殺気を持てばよく似ているよ。フン。本当に抜け出せるものかねえ。建築や美術の全てを他の者に全て権利毎あげられるか」

俺は扉を睨んで歯の奥を噛み締め、目許を落ち着かせた。

「ダイマ・ルジクは有能な部下が多く控えている」

「あんた、デイズの馬鹿垂れもそうだが、駄々こねて警察署長だ、ギャングボスだなんかしてないで大人しく貴族に戻って大量の美術品所蔵や、豪華客船連盟受け継ぐ事だね」

「どちらもあなたの天敵でしょうからね」

「言ってくれるじゃないか」

「ガルドは本当は誰の子なんだ」

答えずに扉が開き、最上階につくとリカーは颯爽と歩いていった。

「さて。悲惨な状況のあんたの砦でも見舞ってやろうじゃないか」

俺は息を吐き進んでいき、ドアを開け促させ

「ハイジ!」

ガシッ

ーーゾッ

「はあん。浮気相手をあんたはこうやって職場に連れ込むのかい」

「違う。友人だ」

「どうやら熱烈に抱き着いて来てるじゃないか」

「違う。離れるんだ」

「嫌よお。あたし、せっかくサンタバーバラからぶっ飛んで来てやったんだからねえ。ジェットで。ハアイ、リカ・ラナね? あたし、愛用させていただいてるわ。ハイジったら、こんなに美しい女帝と浮気場所でここを選んでたなんて! 可愛い!」

「ハイジとやらはどうやら女遊びがまかり通ってるようだね」

「違います。エファーマ。妙な言い回しは止めてくれ。リシュールに知られたらどんな事になるか」

まさかの女との何某かなど、ありえ無い事だがもしも誤解されれば、リシュールはきっと恐ろしい程に怒り狂うだろう。屋敷をメタクソにしてくるかもしれない。

エファは黒髪のストレートロングを渦巻き型にコーンロウさせ、頭天辺で黒蛇装飾で巻き細かいチェーンを腰まで艶髪と共に下し揺らし下させていた。ボタン無しの黒シルクは下腹部でプラチナの薔薇レリーフバックルで止められ、腰元からスレンダーなボディーラインを表すようにシルクが綺麗なドレープを描いている。ライオンプラチナの黒の硬質ヒールで鋭い。

まさか、このシャープな装いでディアネイロの奥方に会いに行くつもりだろうか。

メイクなどは、弧を描く黒のつりあがった眉に、鋭い目許は紫のカラーコンタクトを嵌め、長い流し睫とアイラインに、鋭いルージュはダークレッドだ。

「全く、どこまでも白黒で月の聖霊の様にあんた等はお似合いなもんだね」

「レガント一族は光の一族だと言われているようですからね」

「ハイジ。あんたからお呼びがかかるまであたし、アヴァンゾンで遊んでるわ可愛い子ちゃん」

エファがそう微笑し、リカーの頬にまでキスをすると去って行った。リカーは首をやれやれ振り、肩越しに見ていたキスマークつきの頬をこちらに戻した。

俺はふと笑い、リカーはハンカチを出すと拭ってからこちらを見た。

「白黒の御曹司がこの部屋をぶっ壊して真っ白けと真っ黒けにしたと思えば、全く連れ込む女まで。今に街中まで白と黒にするつもりかい」

「素晴らしいですね。目と頭が安堵する」

奥へ進もうとした腕を引かれ、身を返した。

「電気つけな」

リカーは入り口前にさっきのまま腰に手を当て立ったまま、首をしゃくった。

「別に襲いませんよ」

そう言いスイッチを押すと、白と黒だけの慣れた空間は、グレーの防音シートで光を遮断させ銀の足組みが組まれていた。書斎机も、ハイバックチェアも、衣裳棚も、ローテーブルもこちら側に集められ艶が白く光っている。足が組まれる前に既にソファーは新しい物が入っている。三人掛けと、一人掛け四脚のソファーは、黒石で植物装飾と黒シルク植物柄のソファーで、ローテーブルと同じシリーズに変えていた。シンプルさには欠けるのだが。

「色を操るあなたにはいられない空間なんでしょうね」

進みながら言い、彼女自体は普段ベージュとクリーム色やクリーム色の中間色が多いのだが、ソファーへ促した。

だが彼女は首を横に振ると、ソファーへ座り、横目で座った俺を見た。

「澄んだ黒と澄んだ白だ。見ていて飽きやしないさ。元々あたしは白黒映画の時代を生きた女優でね」

「それは意外なお褒めのお言葉をどうも」

「あんたは中間色は嫌いだろうがね」

「そうですか。やはり嫌がらせでしたか」

「一番落ち着く色でね」

「一生相容れない事でしょうね」

「ああそうだろうさ。あの狐は馬鹿者をどうするつもりだい」

どうやらCIAにでも入らせようとしているらしいが、それは言え無い事だ。もちろん、FBIとCIA絡みで闇組織を追わせている今回の事も。今回は有力秘密武器組織を消すことで、闇組織がどう動くのか尻尾を掴めれば上等らしいのだが。

「大学側へ聞けば、密葬で決定させた所だ。それさえも当分先になるらしいがね。FBIのバダンデルも惨烈する連絡なんか寄越したが、断った所だ。コーサーとジェーンのお嬢はコンピュータ操ってるだけだからまだいい」

そうか。ジェーン巡査まで現地へ向かわせた事は伏せているらしい。

死体は判別つかないといっていた為に、血液型で何体もの死体から選ぶ状態だ。しかもバラバラの状態だったというのだから、本当に集まるかどうか……。(この物語設定は1955年。DNA鑑定は1985年から始まるので、この時代には無い。のにカラーだしCDとか携帯電話とかがある非徹底振り! ロガスターはDNA組み替え開発も行なっている)

「いろいろとご心配だろうが、今は沈黙を護られていた方がいい」

「シバーラとクリープがギャンギャン騒ぐのさ。父親がいないとクリプトンは泣いてばかりでね。夜警共が見かけた通り、昨夜は寝付かないグズグズ泣いたクリープをつれて馬に乗って街中を歩いたよ。冷えないようにすっぽり黒コート着てたから、子供の泣き声まで聴こえるし、幽霊と思ったんだろうよ」

な、

「なるほど……」

俺はなんとも着かずにリカーを見ると、秘書が出勤して来てドアを開けた。

「おはようございます。ラヴァンゾ署長。本日もよろしくお願い致します」

「ああ。おはよう。どうぞよろしく」

「こちらこそ。……ミセスレガント、おはようございます」

「おはようミス。朝っぱらから乗馬ついでに悪いね」

驚いた顔を抑えてリカーに言うと、リカーも答えた。馬で来たのか。

「何か直ぐにお飲み物を」

「構うことは無い。あたしは朝はハーブティーしか飲まないんでね。小僧にコーヒーでも出しな」

「いや。先ほど食堂で頂いた。引いていてくれて構わない」

「畏まりました。それでは、失礼致します」

静かにドアが閉ざされた。警部連が壁にドアを叩きつけないように、ドアも黒石で精巧な彫刻を施した物を現在発注していた。この際白スフレでドアを作らせても良かったぐらいだ。

「昨夜、曾孫を連れ歩いてたらね。二十前後の女達が計画しあってたよ。どうやら、一人のレズビアンの葬儀を執り行うらしい。しかも、夜にエリッサ通りを豪華なパレードでね。それをあんたに規制させてもらいたいんだが。奴等の事だ。ピンクに染め尽くした風船だ、馬車だ、馬だ、リムジンだ、オープンカーだ、絨毯だ、紙ふぶきだ、垂れ幕だ、リボンテープだ、そういったもので本通りを埋め尽くして甘ったるい曲掛けて盛大な行列作ってド派手なパレードおっぱじめる事だろう。しかも、昼から引き継いで夜までピンクだ金の電飾にまみれさせてね」

「全て赤紫かもしれませんがね」

「だが明日の昼はそういうわけには行かない。六月の名馬ショーがあるんだからね」

それを、レガント側は警察の警護などを一切頼まずに彼等専属の警護団に全てを遙任して交通規制などをさせる。街全体の慣わしの為に、その日は街の連中も慣れたものでエリッサ本通りが使えなくてもうまく交通は他へ移し移動するが、大体はギャラリーに変り、優雅で高貴な馬達の格式高いパレードを観るのだが。

様々な豪華絢爛で格調ある装飾を施された馬達や、馬車、鼓笛隊、吹奏楽団などが、その年の馬達を引き連れ、赤に金縁取りの長いロードを歩き進める。それにはレガント一族と、ヴィッタリオ一族が共同して進め、他貴族達のスポンサーをつけ行なう正式行事だった。

「その街の規制が敷かれるのをまた、五年前の様に勝手にゲリラ的に派手をかまそうとするんだ。各国から客人も来るものを」

五年前の場合、一夜や一日二留まらずホワイトスネークの気が向けば街中がそういったド派手に成り代わったのだが。しかも悪辣として妖しげに。

「葬儀をなにも邪険にさせるわけじゃ無い。せめて日にち位変えさせな。それはあんた等警察の領分だ」

ミセスルゾンゲにその事も合わせていう事にする。

「分かりました」

「どうしてもあんたもバダンデルも今のあたし等の親族が何やってんのか言いたがらないようだが、勝手をされたら困るんだよ。あの無頼者の主人の言う事聞かない狐は元からああいう性分だが」

「カトマイヤー警部とは今朝は連絡でも?」

「朝からあたしの声なんざ聞きたがる性格だとでも思ってるのかい」

「さあ……。彼の性質は計りかねる」

カトマイヤーがリカーと不仲だとは初耳だった。いつでも一歩後を引き、地主背後に控える。使用人一族側の男らしいが、そういった風は一切感じなく、政府官僚の風が根強い。上下関係などのかかわりも伺えずに、常に冷静温和な雰囲気を崩さずにいる。だいたいは、地主、客人、市長が並んで、その背後に地主秘書、地主一族子息、署長、カトマイヤーと並ぶ。稀に、リカーはカトマイヤーを顎で使って秘書に持って来させればいいものを、茶を持ってこさせたりする時にカトマイヤーも穏やかに微笑み、お持ちする、というぐらいだ。街を上げての幻の楽譜から選び出された音楽祭もコンセプト毎、四季毎に多く行なわれる。

「あんたまで言わないんじゃあ、命の保証が無い。年度の平和会議が終ったというのに、何で帰って来ないっていうんだい。命の保証もつかないことやらせて、とんでもない」

「お怒りはご尤もだが、任務は変えられない事だ。一街には決定権は無いんです」

リカーは深呼吸をし、目許を落ち着かせるとあちらを睨んでいた目をこちらに向けた。

「お送りします」

「結構」

リカーは立ち上がり、颯爽とドアへ進んで行った。

ドアが閉ざされ、俺は溜息をつき首を振った。

連絡を入れる。

「ミセスルゾンゲ」

「おはようございます。ラヴァンゾ様。先日の事件捜査、お疲れ様でございました。スタッフの者が大変な迷惑をお掛けしてしまって……」

「あなた方もとても大変でしたね。未然に防ぐ事が出来ずに申し訳なかった」

「いいえ。心の内のことや突発的な事は、完全には。ただただ残念で悲しいことですわ」

「ええ。そうですね。心苦しいばかりだ」

「ディアネイロ様は様子はいかが? ゆっくり心と体を癒して差し上げられればいいのに。奥方もとても傷心なさっておいででしょう」

「はい」

リーイン精神病院にいたあの受付の女の事を聞きたくもあった。

「実は、ニ、三お願い事があって連絡を差し上げたのだが」

「お伺いいたします」

「まず第一に、どうやら明日、彼女達がディアネイロ氏の娘さんの葬儀を行なおうとしているようで」

「ああ、そうですわね。大丈夫ですわ。明日ではなく、本日行なうようなので」

俺はうな垂れ、こめかみを抑えた。

「問題はございませんわ。明日は街の行事ごとですからね」

「警察側の規制が入ると思います。申請されていないので。ディアネイロ氏も一切話を知りません」

「まあ! 彼女達の大事な子でしたわ。お願いラヴァンゾ様。あの子達の思うように葬儀を挙げさせてあげたいの。とても悲しんでいるんです。いいでしょう?」

「まあ……市長に請合ってみます……」

「素晴らしい! 心有るお言葉を頂いてとても感謝いたしますわ! さすがラヴァンゾ様。明日が行事の為に本日の一日早い規制も整いましょう。我々側もスタッフ達をつかて交通規制させたいぐらいですけれど……そうね。それはとてもいい事ですわ」

 派手な曲がうねり回り、病室のカーテンを開けたディアネイロがエリッサ通りを見た。

俺は赤紫とピンクと金色の世界を見て、目許を腕でかばった。

いきなりディアネイロの奥方が窓に掛けよりディアネイロが腕を支えた。

派手で豪華絢爛なレズビアン達やゲイ、マゾヒスト、サド、バイや様々が白馬や黒馬、赤紫の馬達が装飾され、金の馬車を引き、後続のレズビアン達を先頭に扇子を振ったり仮面で微笑みパレードをし、金や赤紫の吹雪を舞わせ、ピンクの猫型ワゴンからレコードをスピーカーで鳴らしている。

馬達と金の馬車と、レズビアン達の間を、赤紫色のロマンティックな形をしたリムジン霊柩車が進んでいた。検査が全て昨日の時点で済んでいる。綺麗なピンク色で彫刻が細部に施された棺が、透明な硝子のボディーの中に花に囲まれていた。

道は赤紫色で建物周辺はピンクの柱が立てられ、赤紫の垂れ幕、ビロードリボン、帯などが風に揺れて、金のポールや透かし彫りフェンスなど、金のシャンデリアやスタンド照明、花が飾られ舞い、黒や赤紫、ピンクのバルーンが揺れては道化師達がピンクの煙幕を回転し引かせていた。

六月の色とりどりの生花がここまで香り高いジャスミンと薔薇の高貴な香りを風に乗せ参列者達の手から振り撒かれては、霊柩車を彩っていた。

ディアネイロの奥方がエファにしがみつき叫ぶように泣き、ディアネイロは彼女の背を撫で続けた。

大きなスクリーンに、派手な世界が映し出された。

ディアネイロの娘やレズビアン達が踊り歌い、楽しげにはしゃいでいた。子猫達の様に。

スクリーンを囲い見てアジェ・ラパオ・ルゾンゲの者達が扇子で煽いで優しく煽ぎ、蝶の様に舞い始めた。

夫妻が娘がロマンティックな中で他の子達と「生まれて良かった。あたし達幸せ」と話す映像を見て涙を流し、ずっと肩を抱き合い見つづけていた。

 夕方、病室にミセスルゾンゲがやってきて、ティニーナは勢いとオーラにのされて後じさると、夫妻とエファが顔を上げた。

「お持ちいたしましたわ。娘さんの記録の数々」

そう言うと、アジェ・ラパオ・ルゾンゲ内監視カメラのフィルムが二十ずつ入ったボックスを二つと、彼女自身がスネークの時代からスラム地区、イベント、倶楽部内でも撮っていたという八ミリビデオカセットが大量に入ったボックスを、ルゾンゲの息子のディアマンテが抱え持って来た。

「こんなにたくさんあったんですか」

「ええ。ディアネイロ様」

「あの子は、幸せでしたか?」

ミセスルゾンゲは横に座り、頷いた。

「はい……。幸せな時の顔しか、知らない程に」

奥方がボックスを抱え、涙を流し続けた。

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