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ドーベルマンの眼差し 下

 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ エリッサ警察署署長


 警察犬は階段が好きな為に、狂わされるほど壁に激突しそうになったが落ち着かせ、大人しく降りて行かせた。

「署長。本日は相当お早い出勤ですね」

夜警の刑事達が顔を上げ、シェパードを見ると頭を撫でて来た。

「ああ。本日は。お勤めご苦労様。何も問題は無いか」

「今日は静かな夜です。港も比較的キャンペーン中なので」

「そうだな。あとの三時間、引継ぎまでをよろしく」

「お任せください」

敬礼しあい、シェパードを連れ階段を下がって行った。

今までは、夜が本番で警官達が溢れかえっていた。今では逆転している。

ガルドが四年前に逮捕されると、夜が確かに静かになった。

爆音も轟かなければ、若者達が異常な騒ぎを引き起こし続ける事も減り、交通課が衝突毎に駆け回る事も減り、常だったサイレンや銃声、マシンガンの音、狂った車両やバイクの音もなりを潜めた。

一階奥へ進み、右側の壁が檻になり警察犬達が二匹入っていて、左側が麻薬捜査科、その奥が警察犬科になっている。

キャンペーン中で街中に警察犬も警官達も借り出され、この部署には三人しかいない。

「あ、っと、これは署長」

「オービン・ヨルダイ巡査部長の警察犬を戻しに来たんだが、請合ってくれ」

「はい。畏まりました。シャームの方は署長の護衛に着くと部長から聞いたんですが」

「ああ」

シェパードの頭を撫でてやってから、見渡した。

腕時計を見ると、五時を回ったばかりだ。三時間程ある。

「私も取り締まりに向かっても?」

「え?」

警官は瞬きして顔を上げた。

「ちょっと失礼」

受話器を借り、署長室へ連絡を入れた。

無言で相手が出た。

「ドーベルマンを連れて来い」

「え? はい。分かりました」

受話器を置くと、シェパードとドーベルマン用の見回りリードを用意させた。

すぐにドーベルマンも来て、リードを付け替えた。

「戻れ」

ヨルダイが首を傾げ、警官を見た。

「署長もキャンペーンに向かうという」

「え!」

ファイルを受け取ると、二匹を連れ、警官制服に着替える為に階を上がって行った。ロッカールームで着替えると、グローブを嵌めキャップを深く被り、二匹を連れ階段を降りて行った。

玄関を出ると、警備員二人が二度見して瞬きし敬礼した。

常駐でない麻薬捜査班の警官が既にパトカーをつけていて、二匹も乗せると運転席へ乗り込みまた暗がりの中を港へ進めさせる。

「しかしですね、このデッドタイムに動く鼠を捕らえるのは至難の業ですよ」

「もし、不届き物がいれば見張りの警官達も終盤は至難の技になる所を読まれているだけだ。三勤体制から四勤体制にするには、警官がリーデルライゾンには少ないからな……」

この街の警官は、確かに実に人数が少ない。普通都市の四分の一の人数しかいないのだ。元々、近年までは犯罪の無かった街の為に、警戒心も少なければ、犯罪を持ち込んだ者たちというのも、この街へ移ってきた異国民達だった。それまでは、警察組織はこの街ではいてもいなくても同じ様な機能でしか無かった。犯罪は目立って起きなかったのだから。

富豪連中の割合が多かったこの街が起こす四十年前までの事件といえば、ジュニアやドーター達の酒酔い衝突、金持ちの覚せい剤パーティー、許婚が嫌で逃げた令嬢家出騒動、豪華客船のカジノホールから富豪が足を鎖で繋がれ転落、本妻の愛人殺し、そういった物だったらしい。

それも、異国人が職を失いリカー・Mが彼等を捨て、スラムが出来始めると、様々な事件が及ぼされ始めたわけだ。

港に到着し、無線に連絡を入れると影が動いた。

「進め」

二匹を連れ、朝靄の港を進んで行く。

「ヨルダイ巡査部長が欠席の状態ですまないな」

「シャームは巡査部長の指示にしか動かないし、コリントは時に融通が利かないので、彼でなくば本領を発揮できなくて」

「そうだな。持ち場へ向かえ」

「はい」

まだ言う事を聴くシェパードの方を警官に任せ、ドーベルマンを連れ靄の中を歩いて行った。

巨大な貨物船の陰が灰色の中を浮き、不気味な声は、この時間に早く起きているカモメだ。頭上を掠めて行く。

波の影は閉ざされ、音も無くくすんでいた。

時々、暗い影が肩を並べて進んで行き、ポルトガル語や、ロシア語、アラビア語、スパニッシュで進んで行く。しけた煙草やしけもくの匂い。

ドーベルマンはじっと耳を立て鼻をひく付かせては、頭を上げ進んで行く。警官の近くは避けて誰もが一度暗い目許で一瞥してから、靄に紛れるように帽子下の目を行く方向へ向け歩いて行く。

スモークと靄がまざり進んでいき、今の時間帯は、闇市の者達が徐々にひいて行く時間帯だ。注意が必要な時間帯だが、完全には取り締まれない時間帯だった。

角から来た二人が、ドーベルマンを見て驚き義足の足を下げ杖を振り上げ、顔を上げた。

ドーベルマンを制してから、二人を壁際へ行かせ引き手の荷を探らせる。

「旦那、何もありゃしねえ……本当に」

下手な英語でそう言い、もう一人がそわついているのを大人しくさせた。

中央アメリカ出だろう、目をキョロキョロさせていて、揃わない溶けた歯が並んでは縮れた白髪に露が降りていた。

カーキの襤褸の下は、壷や貴金属……、何。

俺はその見たことが確実にある物を手に取り、白い目で男を見た。

ルジク所蔵美術館の王家に伝わったジャスミンのエナメル加工された指輪だ。

「あ、それは!」

男が手を掲げて来たが、ドーベルマンに威嚇させた。普通に警官が見れば、見逃す指輪だ。これはパリュールになっていて、他のセットは後から警官にイタリアに問い合わさせる事にした。

無線で警官を来させる。

それを布に包み証拠品の袋に入れた。

いきなりドーベルマンがグンとリードを引いて来て、警官が来た為に彼等を任せた。

ドンッとドーベルマンが男の背に突っ込み、噛み付く前にリードを引き、男の手首を引き立たせた。

「か、勘弁してくれ!」

スパニッシュで叫び、男の上着やポケットの中や服の中を調べて行った。

ポケットから覚せい剤が一袋、首にまいたストールから一袋、蹴られないために足を上げさせた。靴を脱がせるとナイフ以外には無かったが没収した。

「あんた、女か? 男か? 見ないが、色っぽいな」

「………。男だが」

「へえ……」

男の大きな鳶色の瞳を一度見てから全て没収すると、男が視線を走らせてきた為にドーベルマンに噛み付かせようとした。

「わ、悪かった、」

「連行する」

手錠を嵌め、無線を渡すと警官にパトカーで連行させた。

出港準備をする船の方へ進んで行き、蠢く影が多く、ざっと周りには三百名ほどがいる。少なくとも、デスタントの人間は大していないが、十名ほどは確認出来た。其々が違う場所にいて、其々の国の人間と話している。

デスタントの人間は用心深い。警官を見た瞬間に影へ隠れる。すでに、五名が消えていた。

「………」

口笛に視線で辺りを見回し、ドーベルマンが険しく牙を剥いた。

靄の中を、大きな犬が歩いてくる。グレートデンぐらいはあるが、もっとガッシリしていて黒い。

「………」

人込みの中を歩いてきては、誰もが一度見て、連れている男を見ると道を空けた。

施設で繁殖されジャングルに放たれるものだろう、黒豹だ。

ドーベルマンが俺の横から牙を剥きつづけていて、大人しくさせると、一度見送った。

ディアン・デスタントだ。黒豹を連れていた人物は。その背は靄へ消えて行った。

巨大なコンテナを積み上げようとする一団を見ると、滑車が鈍い音をくぐもらせ地面から上がろうとする。

「待て」

「………」

「………」

誰もが振り返り、ナイフや銃口を向けて来た。

「調べさせてもらう」

無線を渡すと、指示を出していた男の首根っこを掴み、コンテナに飛び乗った。その中へともに下させ、木の箱を一つ一つ探らせて行く。男が回し蹴りをしてきた為に背後に回り込み首筋を腕で固め、木箱に顔を叩きつけさせた。

「止めろ!! アブねえ!」

男が飛び免れて尻餅をつき、その木箱を開けた。毒蜘蛛がプラスティックの箱に詰まっていた。他は開けると毒蛇だ。

これは繁殖施設内だけで繁殖できる決まりのあるものだ。

ドーベルマンを大人しくさせ、一度吠えた三段目の箱を移動して行き開けた。

極めて質が低い混ぜ物。

デスタントが取締りを駆けているために、こういった安物の粗悪品しか闇市の人間も流せなくなり始めている。今にこの手のものも消えるだろう。

ふと上を見ると、コンテナ縁に二人が乗って銃口を向けていた。デスタントの人間だ。

顔を一度戻し、一気に木箱に足を掛け二人を蹴り飛ばした。下にいる人間達の中へ二人が突っ込んで行き、悪態を撒き散らしていた。ドーベルマンが逃げようとした毒男のケツに噛み付き、駆けつけた警官が取り締まった。

デスタントファミリーの二人が走って行き、幹部の方をドーベルマンと共に追った。

煉瓦壁に入る直前。

「ああ。明日の仕事時が最終の」

ドンッ

壁にぶつかり、ドーベルマンが唸っては肩を支えられた。瞬間、幹部が走って行き、そちらを追おうとしたが男を見上げた。

「新人か? ……見ない顔だな」

ディアン・デスタントだ。話し合っていた男は咄嗟に走って行った。

足許に黒豹がいて、ドーベルマンを見ると飛び驚いてディアン・デスタントの背後に隠れて小さくなった。

ドーベルマンは牙を剥き唸りつづけている。

「連れは何者だ」

仕事と相手は言っていた。アジアの言葉だった。ディアン・デスタントは無職の筈だ。

「あれ。あんた……あのセクシーな貴公子か? ガルドと映画館にいた署長殿」

「この黒豹はどうした。自然放野プレートが見られない」

「昨日の昼にもらった。自然に返すには左目に問題があるらしいと検閲で分かって、リーデルライゾンに戻されたんだと」

「役所に書類は出しているんだろうな」

「……書類? 何のだ?」

「飼うなら書類無しでいられると思うな。猛獣園に引き取らせる」

「駄目だ。分かった。その役所に届けるから」

「この黒豹は随分気が弱いようだな。片目のこともあるからか」

「こいつはメスだ。あんたが連れてる犬が怖いんだろう」

「さっきの男は何者だ」

「………。じゃあ、俺は散歩がある」

「待て」

身体を調べて行くが、覚せい剤や錠剤は見つからなかった。

靄の中で銀掛かる焦げ茶の鋭い瞳が、微笑し上がって来た。

いきなりの勢いでキャップが落ち、腹部に拳銃を突きつけ撃鉄を上げた。

「ひでえな……」

「おふざけは止めろ」

煉瓦の土がついた背を払い、睨みながらキャップを拾い砂を払うと髪を掻き上げ被った。

ドーベルマンは特にディアン・デスタントには反応せずにいて、何も所持していなかった為に解放しかなかった。しばらく、ディアン・デスタントの周りを警官に更に探らせる事にする。

「今日中に役所に行け。いいな」

「ああ了解」

靄の中へ消えていき、既にデスタントの幹部は消えていた。

空のコンテナの積まれた一角の間を進んで行く。

靄の中をペンライトで照らして行き、はるか上の方で、何かが動いた。

駆け上がっていき、ドーベルマンのリードを伸ばしてから一段下にドーベルマンは立ち、姿勢を低くした。

「……の方から張ってるらしい。見ない顔だって話だ。長身で」

「本気か」

「既に数名、鼠捕り式で連れてかれてる」

「糞、どうする。運び出しは今日中だ。そろそろ朝が明けて靄が消えちまう……」

「いいから鎖に繋いで一気に上から上げるぞ。相当身が軽い奴らしいからな」

「ああ」

「デスタントの奴等が張ってるだけでも面倒だってのに……」

その場から一度、通路を挟んだ逆側に飛び移り、もっと高い部分から見下ろすと、二人の男がコンテナに鎖先の鉤を四方向へつなぎ始めた。

コンテナの中身は細長い箱だ。樹脂の箱と、また形態の異なる箱。

首を傾げ、それらを見る。ドーベルマンが俺を見上げ、異常な程首を動かしている。何かが匂うのだろう。

上へ行くと、甘い香りが充満していた。ホルマリン……。

遺体を運んでいるのかもしれない。

上から飛び乗り、銃口を向けた。

「………」

「………」

レッドスネークの二人が口を閉ざし、手を顔横に上げた。特徴的な格好と蛇の入墨。確実だ。ガルドと同じ蛇。

「頭の後ろに手を組め」

「………」

大人しく手を組むとコンテナ壁に額を付けさせ、全て錠が掛けられた細長く危険マークのつく黒の樹脂の箱や、変った形の木箱を見回すと、ドーベルマンが爪を立て、コンテナ縁から顔を出した。

ドーベルマンを制させると、靄を背にスレンダーな身体で細い縁上を歩いていて、何か二人がやろうものなら飛び掛らん顔だった。

男の腰元をさぐり、鍵を探した。胸ポケットに入っていて、銃口を向けたままそれを取り出し、肩越しに見て来た魅力的な目を一瞥すると、ドーベルマンを降りて来させ見張らせる。鋭い牙を剥き、威嚇している。

鍵を開け、口を噤み一瞬叫びそうになったが、抑えた。

奇形児の目が俺を見て来て、ペンライトに眩しそうに目を瞑った。蓋をしめ、他の箱を開けるとドーベルマンが動いた男に噛み付こうとして、俺は銃口を向けた。

「大人しくしろ」

箱を開けると、一気にホルマリンの匂いがきつくなり咽そうになった。

「………」

気絶しそうになり、唇を噛んで蓋を閉じてから、バシッと男達の頭を叩いた。ブラックリストで見た事のある脱獄犯の、胴から上の遺体だった。生きた奇形児も共に競り落とさせるつもりだったのだろう。

「連行する」

縄できつく二人を拘束すると、足首の短剣が煌きそれが木箱に深く突き刺さった。腹に膝を食らわせ崩れさせると、短剣を抜き取りそのから火薬粉が溢れ出した。

「糞、」

もう一人の男のこめかみに銃口を突きつけ、警棒で肩を叩き低くさせると厳重に錠のされた太い鎖を鍵で解き、二人を動けないようにしてから無線を渡した。

その樹脂箱を開けた。

軍用の武器だ。

呆れた事に、最新鋭だった。

サイレンが鳴り、靄に赤と青の光が回転し広がる。

ドーベルマンが喚き立て、咄嗟に背後を振り返った。

「………、メルバ!」

鎖が残るだけとなり、二匹の蛇は消えていた。

コンテナの山から飛び降り、警官に任せドーベルマンと共に走った。

薄れてきた靄の先に走って行く男に発砲し、足を撃った。

小さく叫び男はそのまま走って行く。唸るサイレンで気配を邪魔される。走って行き、血の線が消えた。

バイクの走る音。ドーベルマンが吠え立て、排気ガスを撒き散らし男が逃げて行った。

靄を切り裂く強烈な朝陽に目を覆い、その瞬間、一気に霧が晴れて行き警官達が走り回っていた。パトカーに飛び乗り、バイクの消えた方向を追う。

「レッドスネークだった」

「本当ですか! 今まで捕らえられたためしが無い慎重な奴等です」

「とにかく追うぞ」

「イエッサー」

スキンに眉なし。黒革のパンツとブーツがレッドスネークの男達の特徴であり、身体のどこかにロゴになる蛇の入墨が入っている。女の場合は髪を黒く染め上げられ、黒革のハードな衣裳を身に着けていた。ヨーロピアンがその殆どだ。同じく蛇の入墨が入っている。ガルドの場合は格好は元から自由だったようだ。同様にレッドスネークの商売枠に入る娼婦と呼ばれる女達も自由だったようなのだが。

バイクの背が粒の様に走って行き、ハンドルを切りながら一気に灰色の朝になる中を撃つ。

タイヤに当ったが、防弾タイヤなのだろう。立て続けに撃っても弾いてそのまま走って行く。エンジンルームを狙うが、あちらのバイクは時速二百五十で走行して行き、パトカーは二百までしか出ない。

いきなりバイクが角で曲がり、視野から消えた。

「ここからは危険です署長。この先はハイセントルだ」

「………」

トランクに自転車でも入っていればそれを漕いででも潜入して行きたい程だった。

警官が入って行くには危険な地帯だ。

「今のところは掴んだ証拠の品を署に運び出す」

「はい」

港へ引き返して行き、押収した物資をラングラー警部とヘレス巡査部長が一つ一つ調べていた。

「子供達がいる。箱から解放してやれ」

「署長」

ラングラーが来ると、ヘレスが箱から子供達を警官達に引き上げるために合図を出した。

子供達はドーベルマンを怖がり、眩しさで目を覆っていた。帽子を被せてやり、他の四人の警官の帽子も被らせるように言うと毛布をかけさせ、パトカーへ運ばせた。

ドーベルマンは子供にはシャイのために、怖がって俺の後ろに隠れた。

「全て押収の後に出所を調べろ」

「イエッサー! 子供達はどうしますか。明らかに奇形と呼ばれる人種です」

「親元を調べても、売った可能性が高い。ハテナ州の特殊孤児院の手続きを取らせる。その前に大学病院へ連れて行き検査をさせろ」

「はい」

既に先ほどの貨物船は姿が消え、出港していた。カモメ達は、徐々に色づき始めた空の上を、声を高くさせ白の身で羽ばたいていた。

ドーベルマンの首元を両手で撫でてやり、全ての物資をワゴンに運び込むと乗り込む。毒蜘蛛などもそうだ。

「署へ進めさせるまでの本通りで、彼等が取り返してくる可能性もある。相手は慎重派の為にこの明るい朝の中を攻撃を仕掛けてくる可能性は少ないが、厳重体制で用心して進め」

「イエッサー」

充分警戒させて早めに進ませたが、今の無人に近いエリッサ通り内は朝の掃除をする掃除婦団体や、警官達が出回る中、襲撃は掛けてこなかった。

病院に着くと子供が袖を引っ張って来た。

グローブを外すと仕舞い、抱き上げてやり、ドーベルマンに「待て」と言い階段を上がっていった。

警官達をつかせる。頭を撫でてから看護婦に子供達を任せた。帽子を渡して来た為に、それを受け取り深く被った。

手を振って来た為に振り返し、数名の警官達と署へ向かった。ドーベルマンを来させ、パトカーに乗り込む。

ラングラーとヘレスの警護するワゴンは署につき、俺も署内へ進んだ。

麻薬捜査科へ来るとドーベルマンの首を撫でてから褒美のビスケットをやり、待機させた。

「署長。兵器についてですが、連邦捜査局への連絡をカトマイヤー警部に?」

「ああ。そうしてくれ。あと一時間で出勤して来るだろう」

「イエッサー」

遺体安置所へホルマリンの遺体が運ばれて行き、照合を済ませさせる。他州の州立刑務所へ問い合わさせ、写真を取ってからファックスを送り脱獄犯の確認を取る。

コンテナを運び込もうとした粗悪の麻薬と毒蜘蛛を所持していた男と、パケを二つ所持していた男は其々科へ運ばれ事情聴取が取られる。

姫へ贈られた指輪を所持していた男は外国科へ連行されていた。その科の刑事に、ミラノの警察へ連絡をさせ、ルジク美術館への連絡を渡させる事にする。イタリアは今午後の二時だ。

「アメリカハテナ州クエスチョン群のリーデルライゾン市、エリッサ警察署からの連絡なのですが、ルジク美術館所像品を問い合わせたいです。盗品と見られるものが我が国で見つかった次第でして。はい。イタリア語が分からないので、一族の責任者の方に問い合わせをしていただきたいです。ええ。ええはい。我が署の責任者は確かにアラディス・レオールノ・ラヴァンゾ氏ですが。え? ああ、はい……。分かりました」

警官が首を傾げながら頭を掻いている事に気付き、俺は調書を書いていた万年筆のペン先を離し首を傾げ見た。

「はい。はい。え? ああ、分かりました。お繋ぎください。はい結構です……」

「?」

「あの……、連絡は親御さんのお宅で宜しかったですよね」

「………。警察署経由で連絡をさせろ。事件時だ。私は他件を片付けなければならないので、悪いが照合の方は」

「お母様が変られるようにと」

「………」

俺は受話器を受け取り、警官達が首を傾げ見て来る中を視線を渡し、皆そそくさと自己の仕事へ戻って行った。

「レオ?」

「………。お久し振りです」

「驚いたわ。あなた、声ぐらい聞かせてくれれば良いのに、すっかり大人の声になって」

「はい。本当に申し訳無い」

「いいのよ。声を聴けてどんなに安心したことか。あなた、盗まれた指輪を米国で見つけたって、御父様が盗まれてからというものすっかり三日も食べなくなっていたの。今はもう大丈夫よ。二年前の事だから」

ダイマ・ルジクが……。

「三日も……。何故盗まれて?」

「展覧会時の事よ。展示中に盗まれていたの。まだ本物かは確認出来ないから、照合しないとね……」

「はい。できれば輸送の形をとりたいが、確実なのは連合の者に来てもらい、照合の後に引き渡す事です。径路をこちらも調べなければならないので。ただ、状態はとても良い」

「良かったわ。怪我なんてして無いわよね? ぶたれてなどいない?」

「問題はありません」

「ああ、安心した……」

「ウォン!」

「キャア! 爆破?」

「安心して下さい。警察犬です。優秀な相棒だったので、犯人は即刻捕らえました。そのまま送検されるでしょう」

「そうなのね。お疲れ様。見つけ出してくれてありがとうレオ。そのワンちゃんにも特別なご褒美のビスケットを持って行かせるわ。管理官のラヌデリアルを向かわせるわね。あの子、盗まれてからは減給させられて可哀相だったから、名誉挽回をさせてあげて」

「分かりました。いきなりの電話を差し上げて申しわけありません」

「何言っているの。親子じゃない。この事は連盟にしっかり話を通して、明日に到着させるわね」

「はい。ありがとうございます」

「レオ。身体に気をつけて。リシュールとも仲良くね。子供はまだ作らないの?」

「仕事が落ち着かなくて……」

「ああ仕事が仕事だもの。でも、彼女のまだ産める時期に生ませてあげてね」

「はい……」

「風邪は引かないように、これから夏になるから心地いいわね」

「はい。母さんもお体には気をつけて」

「ええ。あたしは丈夫なのがとりえだわ。いつかは、帰って来てちょうだいね。お願いよ。元気な声が聴けて本当に良かった。また手紙を出すわ。あなたも手紙をちょうだいね。お願い」

「もちろんです……」

「仕事、頑張ってね」

「はい」

「またね。レオ」

母ローザが静かに受話器を置き、しばらく受話器を置けなかった。母の声は聴かないうちに落ち着き払った声になっていた。こんなに長い間放っておいていたのだ。若い頃にあんなに心配を掛けつづけたというのに。

婦警が優しく俺の肩に手を置き、俺は顔を上げ肩越しに微笑んでから受話器を置いた。

ドーベルマンが先ほどのビスケットを口にくわえ見上げて来ていて、「良し」と言うと口に入れて食べ始めた。

「着替えてくるので、少しの間をよろしく」

「イエッサー」

「それと、黒豹が現れたらそれはDD兄の黒豹だ。役所に届けさせる為に、確認しておいてくれ」

「ガルドの黒豹では?」

「大きさは一回り小さかった。凶暴性は無さそうなために、出くわしても滅多に拳銃を向けたりけしかけないように」

「分かりました」

「来い」

ドーベルマンを連れ階段を上がり、ロッカールームへ進んだ。

ドーベルマンも洗い、自己もシャワーを浴びるとスーツジャケットに着替え身支度を整えてからリードを持ち進んだ。一度署長室へ向かい、後から秘書にクリーニングへの手続きをさせる。

「………」

仮眠室のドアを開けた。

進んで行くと、ヨルダイがくーくー眠っていて、可愛かった。

こちらに傾けさせる頬にキスを寄せ、髪を撫でた。額にキスを寄せてから、ベッドから離れ、鍵を掛けるとドーベルマンと共に出て行った。


 昼に仮眠室を開けると、ヨルダイが腕立て伏せをしていた。

「ヨルダイ」

「はい」

汗を拭いて起き上がると、バッグを渡した。

「お前の恋人が着替えを渡して来た。病院にいる事になっているから、見舞いに来たがったんだが」

「少しずつ塞がってますよ。入院は必要無いです。もう出られるかも」

「あの制服が着られるならそうしろ」

「それはちょっと……。制服パンツ、ストレッチ利き過ぎてるし。私服でいいなら。身体もなまりそうなので、明日から出たいです」

「ああ丸二日も休めば大丈夫だろう」

「部屋を貸して頂いてありがとうございました」

「いいや。原因はこちらだ」

おもむろに腕を差し出して来た。

「昼食時ですが、食べます?」

「………」

腕から目を見て、腕を引き寄せた。

「嘘です……」

ドーベルマンが上目でじっと見て来ていて、テーブル上のバッグからヨルダイの恋人の作ったサンドイッチを出した。

「サンドイッチだそうだ。直接の飲み物はまだ控えたほうが良いと思うが、喉の渇きは?」

「運動してしまったので」

「さあ……。私は食堂へ行く。では」

「はい。いってらっしゃい」

ヨルダイは椅子に座り、サンドイッチを開け始めた。

鍵を掛けると署長室から出て、秘書を引き連れエレベータに乗り込んだ。

ドーベルマンが見張っていたので、秘書が手を出して来ることが無く、本気で助かっていた。大体はこの所、別々にエレベータに向かい食堂へ向かう事も多かった。

食堂に着き、カトマイヤーはドーベルマンを見ると横の席に着き、犬を大人しく座らせてはいろいろとやっていた。

カトマイヤーは五人以上が集まらなければ、絶対にいつでも食べない質なので、犬を躾たりしながら待っていた。大体俺の場合は遅めに来て既に五人以上は集まっている為に食べはじめ、大体は八人が集まった頃にはコーヒーに入り、終ればとっとと出て行く。

食事前なのでドーベルマンに触れる事は無いが、カトマイヤーは足を組み身体を横にいるドーベルマンに向け身体を倒し、膝に肘を着き片手で指示を出しているので、横目で見ていた俺は視線をテーブルにもどした。いつもの温厚な声が優しく落ち着き払って「良し」といったり、「伏せ」と言ったりしていて、瞼が時々微笑んだ。

………。

秘書はサーリー警部と話していて、他にはいない。彼女達は食指が恐ろしく早く出来れば遅くもできる為に、既にのろのろと食べながら話していた。

「そうだ。いい子だ」

「………」

品のある声にそそられる前に顔を上げると、横を見た。視野にはチャリール警部補がこちらに向かって来ていて、遠くにギガ警部も進んできていた。大体は足が速い二人の為に、チャリールの場合は見かけに寄らず早すぎるのだが、即刻すでに近くまできていた。

「カトマイヤー警部」

彼は背を伸ばし、顔を向けた。

「案ずるな。調べは進んでいる。出所は君も分かっての通りだが、径路自体がなかなかね」

「でしょうね……」

カトマイヤーは足を解き身体を前に戻すと、ドーベルマンが右前足を上げ左後足を上げ頭を低くさせ尻尾を立たされた状態でそのまま放置プレーさせられていたので、苦笑した。

「伏せ」

俺が言うと、その視線のまま上目でドーベルマンが俺と、カトマイヤーを見て来て、カトマイヤーは可笑しそうに笑うと、ようやく伏せた。軍隊出のカトマイヤーは調教に長けている。現役の時代は、優しく指図するなど、こんな生易しさは無かったのだろうものの。

「犬は可愛い」

カトマイヤーはそう言い、それは、乱暴な犬や凶暴な犬や狂犬や果敢な犬を指して言った風があり、それが言う事を聞いたりする時の様に充分に思えた。あの狂犬ガルドを指すようにも聴こえたのだが。

「ですね」

「こんにちは署長。カトマイヤー警部。サリー警部。秘書の君」

「こんにちはギガ警部。午前中の会議はご苦労様」

「こちらこそ。いやあ、署長お一人でのキャンペーン中の検挙は、部下達の大きな手本でしたね」

ギガが恐ろしい程早く盆を秘書横のテーブルに置き、目の前の俺に笑顔でそう言った。続いてそのギガの横にチャリールが座って言った。

「警察犬との息が合っていた話は見事です。犬の性質確認と自己の能力を今後一層各警官達に高めさせたいですな」

カトマイヤーもカトラリーを取り、食事が始まった。

麻薬捜査科の警部は今日は忙しく立ち回っている。

ドーベルマンが頭を上げ、顔を出した。

ギガが驚きスパゲティを噴出させ……俺は目を閉じた……。

「こ、これは失礼、」

「………。いいや」

「大丈夫ですか署長!」

「ああ」

俺は泣く泣くカトマイヤーとその横のサーリー警部に差し出されたハンカチを見て、真っ白のシャツがミートソースに塗れたために、ハンカチで顔を拭って払った。ドーベルマンがここぞとばかりに床に散らばったスパゲティを食べたくてじっと俺を見ていたが、ゴーサインなど出さなかった。

「シャームといったかな。あのガルドの小僧よりも忠実で敬虔な警察官だ」

チャリールが言い、俺は顔を拭いながら頷いた。

「時にあのシェパードかと思う程こうやって持ち手を困らせるが……」

「ハハ、本当に大丈夫ですか。綺麗な顔がス」

「………」

チャリールを目を伏せ気味に見ると、チャリールは咳払いし自己の料理を食べ進めた。

「どのガルドより敬虔な警察官だ?」

ギガが背後を見上げ振り返り、秘書が驚いて肩を縮めさせた。

ガルド警部が憮然としてテーブルを回り、元々懐いていたサーリー警部の横に座った。

「お前の元ボスは闇に紛れる事が得意なようだな」

ガルドは元々、アングラ団体であるあのレッドスネークの人間だ。そこから十六の時にド派手な犯罪グループホワイトスネークを派生させた。

「デスタントの糞ッ垂れ程じゃあねえ」

「同じだ。場合に寄ればデスタントよりも行動が派手じゃ無いからな」

「小僧、お前はデスタント事には動いたが、自分達の仲間には一切動かなかったようだな。ギガ警部。どうでしたかな」

チャリールがそう言いガルドが片足を引き上げ他所を睨んだ為に、サーリー警部がその大きな手の上に手を乗せた。

「俺はハノスの狐野郎」

「ゴホン」

「なんかの部署からさっさと戻りてえんだ。今にデスタントの奴等はこのままどう闇に紛れながらも飛躍して行くか。急激にな」

「お前を戻せばまた無謀な事をして街を危険にさらすだけだ」

「ウォンッ」

ガルドは吠えられたので飛びドーベルマンの首に噛み付きじゃれ合いはじめ、俺達は呆れ放っておいた。

ゴロゴロ煩いのでステイビスケットを遥か遠くに投げ、ヒトとも由緒正しいレガント一族の貴公子ともつかぬ四足のなりで飛びビスケットを口にくわえ、回転して起き上がると「畜生!!」と悔しがっては、おろおろしていた恥かしそうなジェーン巡査に引っ張られ彼女の上司のガルド警部は食堂を去って行った。

「全く、あんなんでよく主任が勤まるものだ」

チャリールがそう言い、カトマイヤーが言った。

「左遷された者達は元々、余計な事さえなければ抜きん出た実力者達ばかりだったんだ。そこを拾ってしまってすまないね」

「確かに」

「ハンス巡査に関してだけは、どうやらお困りのようじゃないですか」

「一応は、無能なわけでは無い。彼も頑張っている」

カトマイヤーも一応は部下をかばいはしたが、明らかにハンス巡査は捜査能力が上がって来ている事は確かだった。デスク上に一つだけあるという話の白と黒の≪ LEGO ≫人形を暇な時は見つづけているという、ハンスへのガルドからの苦情は聞いていたのだが。

署長室へ上がり、開けないように秘書に言ってから着替えると、クリーニングの手続きを取らせた。

仮眠室を開けると、ヨルダイがジョギングをしていた。

「薬は飲んだんか」

「はい。飲みましたよ。抗生物質と化膿止めと痛み止め」

「そうか。仕事に戻るので」

「はい。いってらっしゃい」

「ああ」

ドアを締めた。

これから午後の会議だ。午前中は照合とキャンペーン強化を進めさせたが、これからはその分担を組替える必要があった。

しばらくは成りを潜めるか、納品などにあわせて更に闇の部分で行動を取るつもりだろう。警戒させる。


 ☆☆☆ダイラン・ガブリエル・ガルド レッドスネーク団員、ホワイトスネークリーダー


 シュッ

「こら坊主」

グンッ

「うぐ」

首に鎖を縛り付けられ、引っ張られた。

ずるずる地面を引っ張られ、首の鎖に手を掛け黒革のブーツ先の二本足を見上げた。

Xだ。

「捕獲成功」

「ハイ、可愛いゼグ」

女達が腰に手を当て髪を揺らし腰を曲げ、影を下した。

「お前の所の警官に、随分色っぽい姐さんが居るらしいが、何者だ?」

Xが腰を曲げ顔を見せ、女達がにっこり微笑んで猫の様に俺に飛びつき頬釣りして来た。女達に埋もれながらXのしゃがんだ笑顔を見た。

「二人やられたらしいな」

「ああ。今は、アレだ」

Xが立ち上がり肩に棒を担ぎ、俺は地面沿いの横を見た。

土管が二つ立ち、上に鉄の棒が掛かり鎖が固定されている。

「くそう。土管二泊三日の旅か」

その下部の扉が女のヒールに蹴り開けられ、ビランとカルパが顔をうっ血させていた。

「おいダイラン! 女とじゃれてねえで少しは……、うぐ、」

「うぐうお、おい、おばえ、じゃべるどきづいど……、うぐぐ、」

二人の扉が微笑み蹴り締められ、横の女が棍棒で思い切り振りかぶり土管を鳴らした。

「ぎゃああああ!」

「だすげでーーー!!!」

「キャーハハハハハ!」

ガンガンガンッ

Xは鎖を引き上げると女達が色っぽい声を出しそれを嫌がり、俺が鎖を首から外そうとすると嫌がって頬釣りして来たが、首に物を巻くのが嫌なために俺は剥ぎ取った。

「その男の成りした姐さんは何者だ? 新顔らしいじゃねえか。折角の商売品が奪われちまったままだ」

「知らねえ。俺はその時寝てたし新しい警官なんか入ってねえんだからな。しかも女なんて……、?」

ハッ

フィスターがいる!? あいついつの間にそんなに強烈に……!

「お。誰だ? 教えてくれたら、ご褒美にお前が好きなモンシロチョウ捕まえてきてやる」

食べたい……!

「あんた、ホワイトスネークの人らをそろそろ数ヶ月したら保釈でしょう? 武器、もうライナスとミリアナスに用意させた後だったらしいけど、もしもそれが今回の武器だって考えてみなよ。必死に取り戻すよねえ?」

「決まってる」

「じゃあ、その警官の美人を連れて来い。相当色気あるケツだったし顔立ちも魅力的だったって港の巷の噂になってたからな。見てるだけでそそられるなんて、かなり興味あるんだ。闇靄に現れたドーベルマン連れのセクシーポリス」

皆目検討もつかねえ。会議でもその人間が知らされたわけじゃなかった。

「FBIが明日に到着して武器持っていっちまう話は出てる」

「その前に取り戻すんだが、加わるか?」

「その期間は俺は拘置される事に決まってる」

「お前は世の中のお勉強中に馬鹿になってきちまってるなあ。あと数ヶ月で警官辞める前に、頭戻せ」

「そうよダリー。あんた、いつから猫程も無い脳味噌の小ささになっちゃってるのよ。笑われるわよ」

ゴイイ~ンッ

「ぎゃああ!! 耳が八個に分裂する!!」

「足裏くすぐるなー!! ぎゃーははははは! うぐ、頭に血が……、ぎゃーはははは! うぐ、自分の声で頭が割れる……」

考えても分からない。誰だ。

「制服着てたらしいぜ? その姐さん。ドーベルマン連れてスタイリッシュだったって話だ」

「ロジャーか?」

「違うなあ。あの女は金髪だし、声がドきついから遠くからでもよく聞こえてた。だが、そいつは闇靄の中を音も無く近づいて、まるで殺し屋みてえにすっと現れて相手が拳銃持ってれば額に当てられてても可笑しくないような玄人の身の軽さだったらしい」

「殺し屋みてえな警官なんていたかなあ。俺の警察署そんな質の奴飼ってねえし」

「新しく誰かが綱引いて買い取ったんじゃねえのか?」

「FBIからのあの狐野郎の部下だとしたら、顔は分からないし正体も明かされねえのは分かる」

俺がハノスの狐の配下になると、なんだか自棄にそういう気がする。一気に俺側をハノスの野郎も崩してくるつもりなんだろう。そうはさせるか。

「連邦は殺し屋雇ってんのか。仕方がねえなあ」

「あの狐はいずれ、ホワイトスネーク再興時に毒牙で噛み殺す」

「それだ。ダイラン。噛み殺すって奴だよ」

Xは肩越しに耳に言って来た。

「首筋に殺気を感じたらしい。こうやって、息を吹きかけるかのような甘い視線を、首筋に感じた瞬間、身も凍るような殺気を感じたってな……。氷の様な冷酷な視線で、噛み殺されると思ったって、言ってたぜ」

「?」

「黒髪美人って話の」

「あらー!! あららー!!」

「な、何だ! 分かったのか」

「あららららー!!」

バシッ

「気を取り戻せ」

「hinDi ko naI intindi Hanワカラン」フィリピン語

バシッ

「俺等の分かる範囲の言語で話せ」

「今叩かれたので微細な俺様の記憶の雫が落ちて」

「よし。処せ。男にも女にも一週間触れさせ無い刑だ」

「まままま! 黒髪美人なんてそうは警官にいると思うな。よく考えてみろ。今までに黒髪の婦警は見た事あるか」

「………。無い。というか、お前が渡してくる警官の写真は殆どの女は金髪とブラウンと赤毛が少しだ」

「美人やマドンナは多くて有名だが、黒髪美人がいないのが惜しいところだ。アマンダもチョコレートブラウンだから」

「おい。ちょこれえとってのは何だ」

「甘くて甘い焦げ茶の食べ物だ。お前がどうしたって目に入れたことの無い女の喜ぶ」

「女が喜ぶだと? お前が言うからには確かだな」

「あたい、甘いもんなんか嫌いよ」

「辛党女には一生分からねえのさあの甘くて甘くて甘い焦げ茶色の食べ物は」

「おいこら。またはぶらかすな。その女を見つけ次第、バラバラにして臓器を売り飛ばさない事には、レッドスネークのプライドに関る痛手だ。その前にその美人の体を楽しんで、相当美人なら首を硝子で一生保管する計画だ」

「無理だ。そいつは男だから」

「………」

「………」

「………」

「無理だ。そいつは男だか」

「男だと? 野郎にやられたってのか。損失は分かってるのか?」

「会議で換算したところ、原価から来て輸送料後の売上から言ってこちらの分け前は算出した」

「分かるだろう。その野郎を連れて来い」

「駄目だ。俺の気に入りのご主人様だから」

「サディストか。警官には多いようだな」

「狐野郎もあれは確実だからな。マスター様は俺を楽しませてくれる悦楽の方だ」

「そんなに最高なのか」

「最高だ。お前はマゾじゃ無いから分からないと思うが、あれを欠くには耐え難い」

「そんなにか」

俺はうんうん頷いた。

「俺の気に入りに今まで手出しした事無かったよな? なあX。今度からはレッドスネークが網に掛からない様にすればいいだけだ。穴を見つけて来る。それと、今回失った分の挽回はホワイトスネークで取り戻す。それまでの貸しだ」

「いいだろう。それまではこちらも埋め合わせをしておく」

「ああ」

「………。おい。お前、その野郎はそんなに魅力的なのか」

「ああ」

「お前が惚れてるデイズの小僧よりもか?」

「………」

俺はリスザルのような顔をしてXを威嚇し、向き直った。

「ねえ。あたい等にも楽しませなよ。黒髪の色男って、あの敵地には多いよねえ? 署長とか、ロドリゲスとか、エルデリック・スレンとか、ミシェルとか、みんな長身でしっかりした四肢でラテン系やヒスパニック系だろう? 夜警のミシェルならシルエット分かってるし、黒髪もボーズにしてるからねえ」

「だが俺だってその中の誰かって言われると確信出来ねえよ。そんなに名前上げられると……。誰だ」

考えてみれば、アラディスが出るわけが無い。署長だし、五時に朝からいる訳が無いし、なぜ警官の格好になって港をドーベルマンと共に夜警する事があるっていうんだ。じゃあ誰だ……?

「麻薬科に新しい奴は今日居なかったのか」

「いない。ただ、怪我の為らしくてこの所、刑事部長が欠席扱いになってる」

「あのドキツイ男か。あれはロジャーの生まれ変わりの男盤のような男だからな。何度シェパードに周辺を嗅ぎ回られた事か分からねえ」

「あのシェパードは俺にも懐かない。署内で俺をよく睨んで来るからな」

「警官共がお前をマークさせてるんだろう」

「今に噛み付かれるかも知れない」

「狂犬みたいな野郎を探せばいい。………」

「狂った犬はこのゼグ以外にいるかい?」

「いる。うようよいる。スレンの奴はおっかねえからな……。いつも糞睨んできやがるし。俺は警部だというのに!」

「あいつもベテランだから検挙率は高いが……」

「よし。あの野郎をひっ捕らえて日頃の可愛い俺への度重なるキツサに対しての詫びでこてんぱに……」

「あいつも相当のサドっぽいからねえ。確かかもしれないが、何でわざわざ制服なんか身につけるんだい。元から制服よりいつもの成りの方が動くでしょう」

「おい。制服ってのは動き易いのか」

「動き易い。七点セットもすぐそこにあってストレッチ利いてるから特に本署勤めの群青色の制服は闇に紛れ易いからな。ラインもばっちりだ!」

「じゃあ普段動き辛い格好してやがる野郎があたいらから強奪して行った犯人ってわけ……」

「ラヴァンゾか。あのエリッサ署のドライで上品な悪魔という」

「ありえねえ。あいつは署長で、動くの面倒、って顔だから」

「確かに……。動くのなんか嫌いそうだな。じゃあ誰だ。ロドリゲスってのもあれは確か男娼出だから動くの更に面倒、って面だしな……」

「本当に警官なのかい? 警官の格好してただけで、レッドスネークに敵意示す殺し屋だったらどうするってのさ」

「何で俺等が敵意持たれるんだ? 俺等は娯楽主義の享楽の星だぜ!」

「そうよそうよ!」

「まだ俺も完全に信用されてねえから情報が完全に来ない……」

「それも後少しの辛抱だ」

「四年間も飽きっぽいあんたがよく頑張ったじゃない。定職につくなんて、レッドスネークであんたぐらいなもんだよ」

「俺は実はできる子なんだ。だが思った以上にデスタントの奴等を打開できる策までにいは至らなかった……予想外れだ」

「まあ、この街初めてのギャングファミリーだ。やっぱ手間取ってたのさ警察組織も。いいか。お前、下手に尻尾ださねえ様に気をつけろよ。今捕まったら、FBIに送検される恐れもある。あのカトマイヤーって野郎は相当曲者なんだろう」

「ああ。それに目敏い。どうにか目を反らさせるようにするが……」

「あまり焦らないでよ」

「分かってる。そっちに気が行ってるより、デスタント事だ」

絶対にデスタントファミリーを崩してやる……。


 会議では今日もアラディスが座る足許にドーベルマンが伏せていた。

「………」

俺はそのドーベルマンを目を皿に見て、ドーベルマンは俺に気付くとまた牙を剥いて来た。

アラディスを見ると、各科で受けた事情聴取の報告を受けては口許に指を当て、一枚一枚綴られたファイルを見ていて、その白い肌が黒の高そうな紳士服ともに、巨大画面からの白い光りで染みるように照らされている。

相変わらず、鋭い顔つきが清潔感あり、清涼感もあり、綺麗だ。

組んだ足先の揺れ光る革靴をドーベルマンは目で見ていて、大人しくしていた。

「おい狐野郎。なんでラヴァンゾの奴に護衛犬がついてんだ」

「その言葉を直しなさい」

「何故だ」

「見張りらしい」

「見張り?」

「よくは分からないが、言っていた」

ドーベルマンはずっとアラディスを上目の横目で見ていて、細い顎を組んだ腕に乗せている。

見張りって何だ。不明だ。どう取れというんだ。

いつでもアラディスがゴーサインを出せばドーベルマンに俺等が噛み付かれるって寸法か。

「どうやら、噂じゃあ男警官が狙って来るかららしいぜ。柔道訓練の時、ヨルダイ巡査部長が不祥事起こしたらしくて、実は自宅謹慎処分下されてるんじゃないかって話だ。怪我とかじゃ無く。面前で署長の事、襲っちゃったらしぜ」

「何! そんなセクシーな事があったのか!」

麻薬科の巡査を振り返ると、奴は頷いた。

「シャワールームで余りに色っぽかったからだろう。あの通り本人は潔癖な方だからな。相当お怒りだったと思うぜ。いきなり同性に襲われればそりゃあ打ち切れてドーベルマンも着かせたくなるだろう」

「畜生! 俺は見なかった……」

「ウォンッ!!」

「うお、」

「会議中に喧しいが、私語は慎め」

同性嫌いで潔癖なマスター様がビキビキ青筋立て、恐ろしい目で鋭く睨んできて、恐かった為にか弱いか弱い俺達はステイした。

「………」

「………」

ドーベルマンはまた座り、じっとアラディスに視線を戻した。

俺の横のハンスとキャリライがなにやら同じ様にそわついていて、顔を向けると同じ様に姿勢を戻した。

「マジか。ヨルダイって男好きだったか?」

「男でも傾くだろうよあの女顔署長」

コソコソコソ

ビキビキッ

「行け」

ドーベルマンが飛び掛った。

俺と巡査は飛び免れ背後のボルドンとヨシュアムに噛み付きそうになって咄嗟に二人も避けた為に俺達にドーベルマンが襲い掛かってきて会議室から逃げ走った。

畜生! このままでは会議に加わる手立ても……

「ビスケットだビスケット出せカーリー!!」

「喰え!!」

バッ

ハッ 行かねば!!

ドーベルマンに突っ込みビスケットを奪い、ゴロゴロ転がってドーベルマンとじゃれ合い始めた……。

ガシャリ

「………、?」

俺は肩越しに見上げ、手錠を掛けられた為に瞬きした。

「連れて行け」

俺はずるずる引っ張って行かれ、一瞬で驚いて手錠の鎖をブ千切り暴れた。このまま捕らえられてたまるか!!

ドンッ

「アイッ!!」

いきなり何かにぶつかり相手が吹っ飛んで行き、フランス語が悪態をついた。顔つきからしてベルギー人っぽかった。

俺は男の腕を掴み引き上げた。

「ラヌデリアル」

背後からアラディスがそう言い、男が俺の手を払ってアラディスに顔を向けた。

「……ああ、もしかして、アルか? 見違えたな! 大人になって、紳士服が様になってるじゃねえか」

嬉しそうにイタリア語で今度は言い、アラディスもイタリーで返した。俺はじっとドーベルマンと共に二人を並び見ていた。

「ああ」

「だが、このガキ、何だ一体。いきなりぶつかって来て」

俺は舌を出し、アラディスに頭を叩かれ舌を噛んだ。

「不届きな部下だ。悪かった」

男が服を払ってから俺を睨んで、「これだからアメリカ人は」と言い、アラディスを見た。俺は犬のような顔をしてからそっぽを向いた。アラディスから逃げないように背後に拳銃を突きつけられている。

「遠いところを無事に着いて何よりだ。元気だな」

「相変わらずさ。それに、会長からの汚名返上の為なら宇宙からだって来るさ」

「見つかって何よりだ」

俺はそのつのる話の内に逃げようと……

「行け」

「ウォンウォンウォンッ」

俺はひっ捕らえられ、今のところは会議室へ連れ戻された。午後にはFBIへの輸送が始まる。

男は闇市の売人から見つかった王家の指輪の所持者らしく、なぜそれがアラディスと知り合いなのかは不明だった。イタリア警察の人間か何かだろう。

盗品の照合が行なわれ、それが本物だと分かると手続きがなされた。

既に条約に引っ掛かった毒蜘蛛と毒蛇は昨日のうちに取り締まられていた。麻薬保持者は出所を吐かないままのようだ。闇市の売人は大体がコロンビア辺りから手に入れるか、それか品物とデスタントの麻薬を物々交換する奴等が多い。元手がデスタントなら、絶対に口を割らない筈だ。

ドウウン……、

「!」

誰もが立ち上がり、爆破音に即刻駆けつけた。

玄関に駆けつけ、音に空を見上げた。

銀色のヘリだ。

爆破はバートスク上で上がっている。既にパトカーが流れ出し俺も飛び乗った。

坂の上から、レッドスネークの黒いワゴン車が見える。

顔を険しくし、滑走して行くワゴンを、銀のヘリからの攻撃が狙っている。

糞、何だあの野郎!!

だがレッドスネークのワゴン自体には当てずに、逆に爆破で煽っている。それどころか、レッドスネークは一台の車両を追っていた。

何だ? 一体。まさか……、あの車両、奪った兵器が?

午後じゃないのかよ。会議だって事は全て目晦ましで、こうやって警備を逆に薄くした中を、護衛にあの銀のヘリだけつけて?

銀。違う、プラチナか?

俺はパトカー屋根に飛び乗り、腰の銃を抜いて銀のヘリに向けたが、いきなり背から何かに突っ込まれてパトカー前の地面に転がり、危うく轢かれかけてパトカーが急激に避け、レッドスネークは執拗なヘリからの爆破攻撃に追っていた車両を取り逃がし、既に車両は視野に映らなくなった。そのままヘリポートへ突進してジェット機に飛び乗るはずだ。

俺は肩越しに睨み、アラディスに飛び蹴りされ叩きつけられていたのだと分かり、歯を剥き足首を掴もうとしたがぐるりとライフルの銃口を突きつけられた。

レッドスネークは駆けつけたパトカーに激しく真っ赤な煙幕を投げ飛ばし視界を全て真っ赤にし尽くすと、警官達は咳き込んで赤の煙に包まれ、ワゴンがジーンストリートを疾走して行った。それをパトカーが追い、俺も銃口全てを腕に抱え込み警官共を回し薙ぎ倒しパトカーに乗り込むと走らせた。

「ガルド!!!」

アラディスに中指を立て銃弾を避け、急激に角を曲がり走る。

ワゴンは赤い線を引き追ってくるパトカーの群に、ワゴンリアドアから黒顔の赤い煙幕ミサイルをドンドン発車し目晦ましし、俺はパトカーの屋根を踏みながら進んで行くとアラディスの凶暴なパトカーが並び激しく突っ込んできて銃弾を頭を低く避け走って行き、あの悪魔にパンクさせられる前にドリフトし、パトカーがどんどん乗り上げていって道を塞がせた。

黒いワゴンは赤い線を引き遠ざかって行き、女二人が悪魔を見る顔でアラディスを見て顔を引きつらせると、色っぽく俺にウインクと投げキスを渡し、扉を閉ざしジーンストリートの奥へと消えて行った。

アラディスに引っ張り出され張り倒され吹っ飛び、地面に頬をつけて歯を剥きアラディスを睨み見た。

「どうやら懲戒免職処分を下されたいようだな。そうなれば即刻刑務所行きだ」

きつい声音でに言い、睨み見据えてきて役立たずになったパトカーのボディーに叩きつけられた。

手錠を嵌められ、遥か遠くを見た。アッシャー辺りから、銀色のヘリに並びFBIのマークが入るヘリが飛び立って行った……。


 「君に適任の仕事が入った。刑務所生活を避けたいなら、受けるべき任務だ」

「………」

ハノスの野郎の言葉に俺は憮然とし、聞き耳を持たなかった。

「以前、ロシアで開かれた武器所持反対平和会議の護衛を任せたい。並びに、FBIからの任務でその後の武器密造組織も追ってもらう事になる。平和会議でも取りざたされているいくつかの武器製造組織がある為に、それを追ってもらう。もちろん、警官としての任務では無い。各々にチームを形成してもらい、特Aの捜査斑で行なってもらう」

「………」

「この任務は長年の計画に基づくものの実現になる。心して当れ。ロシアへ向かいなさい」

追い出そうって魂胆か。

「あの銀色のヘリは何だったんだ一体。FBIの護衛なんて枠じゃ無かった」

「君には関係無い」

………。

俺は釈然としなく、ハノスの野郎を睨んだ。

「言って置くが、君がもしも断れば、政府の軍隊に行ってもらう事になる」

「冗談じゃねえ。政府軍なんか」

レッドスネークが匿っていた過激派団体ベルドラゴの人間だったファイブエイティーフォーは政府軍を恨んでいて、恋人も失っている。その恋人の父親だったベルドラゴのボスも、バソンも、ベルドラゴの奴等も政府軍に殺され、死刑に処されている。奴等政府軍がレッドスネークの根城に襲撃を掛けて来た時、四歳だった俺とローランサンもいた。目の前でベルドラゴの奴等が軍隊に殺されて行き、ボスも、娘も、ファイブエイティーフォーも連れて行かれた。

政府はファイブエイティーフォーや他の捕らえた奴等を死刑にしなかった。政府軍の人間にした。どんなにあいつ等が悔しい涙を流して死さえ許されずに生きて来たか。

「ロシアに行き、教授達の護衛をしなさい」

「………」

地面を睨み、背後の手錠の手を壁に叩きつけて血が吹き出た。

その手首をまた振り上げたのをハノスに強く捕まれ背を叩きつけられた。

「正当な事をしてから泣け」

乱暴に離され、牢屋の扉が閉ざされ鍵が締められた。

「糞食らえだ!!」

ハノスはそのまま鉄の扉も締め出て行き、俺は血がとんだ地面に顔をつけ頭を振った。

 目を覚ますと、消毒液の匂いが鼻をついた。

おぼろげに地面と壁を見て、肩越しに見た。

フィスターが俺の手に包帯を巻いていた。

「………」

顔を戻し、口を閉ざした。

「警部。教授がお待ちです」

顔を向けると、牢屋の外に相変わらずストレートロングの白髪でキツイ顔の老婆が毅然と立って、横にトランクを置いていた。

「全く、情け無い姿だねえ。部下に格好付かないと思わないのかい。この前に引き続き、悪夢に魘された次は大暴れとは」

「………」

「大学の研究所から見事に丸見えだったよ。あんたの大暴れがね。さっさとしな。昼間っぱらから武器密輸に荷担したあんたの質は気に喰わないが、軍並みの護衛能力は確かなんだ」

また憎まれ口を叩いて、首をくいっとやってきた。リカーのばばあの友人らしいが、どちらにしろきついばあさんだ。

体を起し、フィスターは立ち上がって牢屋を出た。


 ☆ キャリライ・S・レガント 組織ロガスタースポンサー陣委員会メンバー


 「遂にFBIが動いた。ハノス・カトマイヤーの司令の元、ダイラン・ガブリエル・ガルドを一員とする編成部隊で、ロガスターに探りを入れて来る事になる」

「こちらも手を下します」

MR,SSSと通信を取り、続けた。

「どうやら、彼がMMの名で現れたようですね」

「俺は実際には見ては居ないが、ヘリで現れた様だ。何でも屋としてカトマイヤーが買ったらしい。まだMMが工作員だとはFBIも勘付いては居ない様だが、FBIもこれでMMに借りを作った事になる。位置付けもされた事だろう」

「彼は今回の事で、FBIの本部へ難なく入りその後内部を探る事になるでしょう。追って、そちらの編成チームの動向を連絡ください。こちらも情報の出しだい、そうさせて頂きます」

「任務には誰が向かうんだ」

「WALSSが」

………。

「本気か」

「FBIはCIAからの軍人でケリー・バダンデルに軍隊を引き入らせるつもりです」

「その軍隊の阻止にわざわざWALSSで無くても」

「どうやら、あちらも組織へ発破を掛けて来ているようです。妙な武器製造組織が動いているようなので、こちらも探るに越した事はございません」

俺は首をやれやれ振り、息をついた。

「そうか。それはそちらに任せる。俺は直接の本線には出ないが、衛星で充分に探れるだろう」

「ええ。それでは、よろしくお願いします。それとあと一点ですが」

「何だ」

「アラディス・レオールノ・ラヴァンゾはイタリアのルジク一族長男だそうですね。社交名、ダイマ・ルジク氏の孫息子だと」

「………。だが、何だ」

「彼を今後、マークして頂きたい」

「駄目だ。特殊警察の枠では無くなったじゃないか」

「それだけではございません。あなたは仲がお宜しいようですし、可能な事でしょう。彼は元はマフィアの凶手です」

「………」

……え? 凶手……、殺し屋?

「本日の行動を見て、是非我が組織への戦力に」

「待て。何を言っているんだ。お前、気は確かか」

確かにアマンダは彼を≪ 悪魔 ≫と呟いた。殺し屋だった? そんな事無い。

「彼の経歴は純白とは言えません。十七歳にして刑期四年の犯罪歴があります。そのマフィア上の殺人でルジク一族を廃嫡になっています。その為に、母方の姓名を名乗っているのでしょう。その様な人物がアメリカで警察署長というからには、理由があっての」

「間違いだ。不信感を与える為の偽りを聞かせるな。何を証拠にそんな昔の事が探れて」

「記録は残るものです」

「………」

「お分かりですね。勧誘をお願い致します。慎重に」

「断る。第一、そんな事実などの記録なんか、無いも同然だ」

「あなたは現場を見てはいらっしゃらないのでしょうが、ダイラン・ガブリエル・ガルドを阻止した時点での能力は一般の職務を続けさせる枠ではありません」

「彼を再び戻す事は許さない!!」

「………」

「不愉快だ、目の前の職務だけを行なえ」

受話器を叩き置いて、手をきつく震わせた。

きつく閉じた目を開き、歯を噛み締め身を返した。

扉を締め、書斎に来てから出てリビングを抜け自室から颯爽と歩いて行った。

廊下に出て進んで行く。

「キャリライ様。リムジンの用意が整いました」

「ああ」

進んで行き、昼の中を見送られ、屋敷を後に青の草原を進んで行く。

目許を抑え、息を吸い込んだ。

息を吐き、また吸う。

頭が痛い。ロガスターがミスターをマークしはじめた。絶対に駄目だ。

彼を失いたくなど無い。黒い過去が何だ。俺には関係無い。今のミスターは今のミスターだ。

≪ 美しき悪魔 ≫そんな事……。ミスターは心有る人だ。

署に到着し、署長室へ向かう為にエレベータに

「うわ、」

いきなりドーベルマンに引っ掛かり、ぼやけた秘書が口を抑え、腕をグンッと引っ張られ転倒を免れた。

「………」

「大丈夫か。噛み付かれる」

俺は顔が熱くなり、いきなりはっきりした側のミスターを見た。

「眼鏡はどうした」

「あ、ええ、はい……つい」

熱い。全身が熱い。俺は忘れていた眼鏡をスーツから出した。

「あります……」

ドーベルマンが俺をずっと見ていて、舌を出して笑ったような顔になった。あの兄弟かの様なシェパードと同じ様な顔で。真赤になるのを笑われている気がした。

秘書が上目で俺を見て来ていて、その場に居られなくなり扉が開いてもエレベータには乗らなかった。

「どうぞ」

「いや。階段で」

「………」

ミスターは頷き、扉を閉ざさせた。ドーベルマンがじっと俺を見ていた。ゆっくりと閉ざされて行き、ミスターの横顔も、秘書の俺に礼をする顔も、扉に遮断されて行った。が、俺の横から腕が伸び、ボタンを押し再び扉が開かれた。

背後を振り向くと、恐いほど仏頂面のガルドだった。背後には部長と、その背後にジェーン巡査もいた。

立ち尽くしている俺をガルドがドンッと押してきて俺は入り、部長も進み言った。

「最終確認の為、署長室へ覗っても?」

「ええ」

俺はミスターの黒の背を一度見て気まずくなり扉を見て、ガルドとドーベルマンが横目で俺をじっと見て来ていた。まるで兄弟の様に。

エレベータの時間は長く、これからの得る情報を整えてロガスターに渡さなければならない。

こんな時にMR,SSSがこちらの気を散漫にさせて来て、今もなんらかの繋がりがあるのかを見ろという事か? クローダは確かに、武器製造を行なう。だがそれは拳銃と小型マシンガンが殆どであり、上場に上げられる事は無い。

だが……、今もミスターは、胸部のマフィアクローダ、コブラの入墨を消さずにいる……。二十代前半まで刑務所にいて、それから本当にクローダから完全に足を洗って警官になる事をするなら、入墨は消す筈だ。

頭が痛くなって来て、時間が長く感じられた。

ドーベルマンはじっと見張るかのようにミスターを横から見上げつづけていて、部長の言葉を思い出す。見張りの為。

ミスターを見張っているのか? 警官達では無く?

………。

俺の肩に深く噛み付いてきたミスターは、≪食人≫を感じた。危険を感じた。

眼鏡枠の中、俺は扉からドーベルマンを見てから、ミスターの真っ白の手を見た。プラチナが光る。綺麗な手だ。

扉が開き、ミスターの背とドーベルマンが進んで行った。

部長が「開いたぞ。出なさい」と言い、俺も出て歩き、ガルドが颯爽と歩いて行った。

「コーサー。大丈夫? 真っ青だわ」

ジェーン巡査を見て、はにかんで頷いた。

「狭い場所での人込みは得意じゃなくてね。大丈夫だ」

「本当? それなら良かったわ。行きましょう」

「ああ。ありがとうフィスター」

「いいのよ」

彼女が微笑み歩いて行った。

署長室へ進み、秘書が引いて行った。

白漆喰の壁が浮く黒大理石の床を進んで行き、その奥のオーシャンビューからは真っ青な空が広がっている。

白と黒のミスターとドーベルマンが歩き、黒石の書斎机のハイバックチェアに座ると、ドーベルマンが机横に座った。

彼は青の海がよく映える。冷静沈着でドライな風が、爽やかな青を背にすると、尚の事綺麗だった。

「カトマイヤー警部。説明を」

「はい。では、座りなさい」

ドーベルマンとは逆側に部長が立ち、俺達三人はソファーに座った。そこで秘書がドアをあけ、コーヒーを出し静かに引いて行った。

「これからガルド警部とジェーン巡査には、ロシアへ向かってもらい、以前と同じく会議中の警護を行なってもらう。会議終了後は編成される五チームの部隊に入ってもらい、その会議で其々に上げられた各武器製造・密輸組織へ潜入を行い、武器密輸基地の密輸阻止、基地爆破を行なってもらう。その上で、レガント警部補には常時渡される各港の寄航状況が集まって来る為に、他、情報処理斑チームと共に部隊が動き易いように便宜を図ってもらう事になる」

ジェーン巡査が淡い色の瞳を白黒させながら言った。

「あの、部隊というのは警察組織が編成するものですか?」

「ああ」

「それらは、連邦捜査局や国際警察などの範囲にはならないですか? 何故、我々警官がそういった任務に?」

「この街の場合は特Aだからだ」

「理解し難いのですが、他の編成されるチームは、各国の会議参加者教授のいらっしゃる街の警官で、同じ様にボディーガードをする彼等を中心として、他の軍事機関から集められるという事ですか?」

「そういうようなものだ」

「でも、一体何をすればいいのかなど、あたしには皆目検討も……」

「武器密売の現場を抑えてもらい、その密売・密輸組織の人間達を連行してもらい、武器を全て押収、船を爆破してもらう。奇しくも、ガルド君はそういった事が得意なのでね」

ガルドがまた、眉を潜めさせていたが元の整った顔を獣の様な顔にして膝を見て、ジェーン巡査は顔を引きつらせて視線を反らした。

あのままでは触れれば噛み付かれそうな凶暴な猛獣ガルドだ。エキゾチックな娼婦の女が腕に抱えて金粒子の中を色っぽい声で呼んでいそうなダイランという雄猫の様な名も浮かびもしない顔だった。

「会議の為に二人は即刻向かいなさい。レガント君は会議終了後の五日後に現地に経ってもらう。それまでには、情報処理の本部との会議を行なって綿密に計画を立ててもらうので、そのつもりで」

「僕は会議への参加は出来無いのですか」

どの組織にめぼしを立てているのか、ロガスターは会議に潜入して掴むのだろうが、直に行った方が詳細が分かる。

「いいや。君は情報処理に従事してもらう」

「………。分かりました」

下手に出ないほうがいい。何しろ、WALSSが動くならばこちらが動くと危険だ。

「教授がお待ちだ。向かいなさい」

ガルドとジェーン巡査が立ち、署長室を出て行った。

「街警官のやる事じゃ無い。あなたはFBIとCIA出だから、今まで教授の護衛をしていたのですよね。何故、彼等が。他の者達も本当は警官ではなく、軍隊からの養成された人間達が向かうんでしょう」

部長は答える事無く、進んで行った。

「部長」

そちらを見て、彼は振り返った。

「それが重要な事だと?」

「………」

俺は目を反らし、床を睨んで唇を撫でた。

ガルドとジェーン巡査が接触する事は無いだろうが、命の危機にみすみすさらされるかもしれない。止めたいのが本音だ。

アームに爪を立て、唇を噛んだ。だが、止めるとすれば裏をさぐられるかもしれない。これは特Aにとって紛れも無く名誉な使命だ。躍進を止める者は普通いない。

「レガント君」

顔を上げ、部長を睨んだ。

「顔が白い。明日までには体調を整えなさい」

そう部長が肩を叩き、ミスターに礼をすると歩いて行った。

ドアが閉まり、眼鏡を外し顔を覆った。

「……ミスター」

掠れた声で言い、冷たい顔から手を離し背を伸ばして彼を見た。

彼は俺を見て、ドーベルマンは俺達を交互に見ていた。

恐いんです。

そんな事を言ってしまえば、全てがおじゃんになる。ロガスターも、俺自身も、全て。

今弱さを表明すれば、それだけでどれ程のものが崩れ去るか。ミスターの不可解な過去の事や、自己の警官と委員会メンバーとしての揺らぎなど生じるわけには行かない。

立ち上がり、ドーベルマンの横を通りハイバックチェアの背後に立った。

彼の肩に手を置き、その手に手が重なった。白く、滑らかな手が。優しく撫でてくれる。

俺は前に移り膝を付き、彼の手を包み見上げた。

ドーベルマンが一度唸りミスターの横に来て俺をじっと見て来て、横の視野に広がる海が眩しく目を細め、彼の光る漆黒の瞳を見つめた。

ミスターを疑いたくなど無い。愛している人を。

組織で委員会をしている事をこんなに辛く思った事など無かった。

もしかしたら、二人にも最大の危険を冒させるかもしれないのだ。

彼の手を強く握り、耐え切れずに額を当て涙を落とした。

「……キャリライ……」

ミスターが背を折り優しく背を抱き、いきなり泣き出した俺の頬にキスを寄せてくれる。

名前で優しく呼んでくれる事が、こんなに罪深く感じる事など、なんて事……。

彼は優しい人だ。分かっている。そのミスターを、俺も騙しつづけるなんて、出来るだろうか。分からない……。

ドーベルマンが俺の顔を口先であげさせてきて、ベロンベロン頬を舐め始めて来た。

「うわ、やめ、やめ、」

「ふ、ハハハ!」

ミスターが背を沈め可笑しそうに笑い、俺はハンカチで顔を拭ってドーベルマンを横目で睨んでから、ドーベルマンはまた俺を笑った様な顔になり、舌を出した。

「どうやらお前を気に入ったようだな。誰にもこんな顔を見せないものを」

そう言い、ドーベルマンの頭を撫でミスターは立ち上がった俺を見上げた。

………。

見上げられると、緊張し、書斎机に指を当て金のリングを見つめた。

あなたはクローダの殺し屋として刑期を受けた後に、今も繋がってなどいないですよね? まさか、今も声を掛けられれば勧誘を受けるなんて、ありえないですよね? 人を殺す事への欲求など無いですよね? だが、不可解なほどの瞳の闇は、何を表すものなのかが分からない。危険な物を、感じる時もある……。

「ミスター」

俺は顔を向け、瞳を見つめた。

あなたは今、人を殺し、食べたいと思う感情があるのですか?

聴けない……。聴いたら、全てが終る……。

「ウォンッ」

コンコン

「失礼し……」

俺は秘書を見た。

ミスターは海側に体を向けた。

秘書はカップを下げようとしたお盆を持ち、そのままドアを締めた。

「ウォンウォンウォンッ」

ドーベルマンが署長室中を駆け回り、俺はそれを見ていた……。

「早く下に行け。空港まで見送りをして来い」

「はい……」

俺は早く歩いて行き、ローテーブル上の眼鏡を掛け顔も上げられずに、ミスターを振り向く事などもっての他出来ずに、ドーベルマンの駆け回る中進みドアを開け署長室を出て行った。

秘書を見ずに颯爽と早足で進んで階段を下まで降りて行き玄関に着くと丁度、駐車場から部長のメルセデスがファサードに流れ込んだ。助手席にガルド、後部座席にジェーン巡査が乗っていて、俺は彼女の横に乗り込んだ。

「今度は顔が真赤だわコーサー。風邪の引き始めでも?」

「階段を駆け降りて来たから。エレベータだと遅いからね」

「今まで何やってやがった。署長室でまさかお前、あのいけすかねえ署内の悪魔を殺害し」

「てないよ!」

「殺害現場から息咳切って逃げて来たってのか!!」

「違うって!」

振り向いて来たガルドが鬼の顔で向き直り、車両が門から出て進んだ。

昼下がりの中を進んで行く……。既に、爆破のあった形跡は立ち消えている。部長の後頭部を見た。MMに依頼してFBIへの兵器輸送をサポートさせたと。

何故、MMに依頼したんだ。確かにMMは何でも迅速確実完璧に事を行なうというフレーズでビジネスを展開している。その評判も確かに高いのだが……。だが、本人は正体不明であって、しかも貴公子として世に出てきた。

丁度、ガルドが半月に渡ってレガント一族の殿方用ジャングルスパへ向かいごろつき風情からレガント一族として恥じないしっかりした外見に戻していた時期の事だ。その時期にロガスターも動いていた。



 「教授達を全員誘拐?」

「ええ。そうなります」

ロシアでの会議に参加している二十名の教授達を、全員誘拐するというのだ。MR,SSSの言葉に頭痛のする頭を抱えた。

「組織への誘拐のためには、身代わりとなる遺体が必要になりますが、それにあたり二十体の近年組織内で死亡しカプセル組織延命保存された者達の遺体を移動させる事になります。それらは、当然の事ながら身元を隠蔽するために切断し、顔も判別不能の状態にします。会議で抑えられる組織名が挙げられたその日の実行になりますが、あなたが現地への入りが会議後になるのでは」

「浚っても言う事を聴くわけが無い。誰もが頑固な教授ばかりだとリストでも分かっているだろう。武器に反対する平和主義者ばかりだ。変わり者も多い」

「医療部には彼等の独自で進めている研究が必要になる事もあります」

「その方面か」

俺が加盟した当初からMR,SSSは異常な程、医療部に力をいれ続けて来ていた。巨大な研究所内で次々と新薬を開発して行き、そして多くの医療研究施設も作っている。また、今巨大な医療施設を建立させる為に動いているようだが、一切の詳細をMR,SSSは提示しない。その新しい施設にはスポンサーである俺達委員会の資金は一切受けずにいて、殆どをWALSSとMR,SSS、Silver Wolfの得た資金から建てるようだが、Silver Wolf自身はそれをまだあまり把握していないようだ。その事で、こちら側からの干渉をシャットアウトしていた。

その関係もあり、新医療チームをつくるというのだろうか。

「あなたは情報処理へ従事するという話ですので、あなた側もこちらの組織の尾を捕まれる事の無い様、情報の入れ替えをお願いします。教授達の誘拐と遺体処理はこちらが行ないます。何をCIAが仕掛けてくるのかは不明ですが、彼等が動く事は確実です。慎重にお願い致します」

「ああ。もちろんだ」

「ダイラン・ガブリエル・ガルドの不在と、ハノス・カトマイヤーのFBIへの出張の内に、アラディス・レオールノ・ラヴァンゾへの勧誘を完了させて下さい。署長の任を続けられたままで譲りましょう」

「駄目だ。二度とその話を出すな」

「ジャッシーの引退後、我々側の柱となる戦力にはあと二人の有力候補が必要になります。今回、FBIとCIAがダイラン・ガブリエル・ガルドの力量を調べるために部隊へ加わらせ、我々側への接触ミッションを遂行させた後に、合格点を得てCIAへの部隊へ引き抜かれる前に、我々側は彼をロガスターへ引き入れる為にも、任務中の模擬殺害を行い誘拐します。その証人となる格好の人物にはケリー・バダンデルを当て、死亡を確認させます。そのまま不合格の処置を取られたとしても、いずれ再びアンダーグランドへの権力を手にいれて警官も辞めるのでしょうから、そうとなれば行動範囲の広い彼を捕らえる事は難しくなるでしょう。今回がチャンスの時となります。彼は今現在二十三の年齢ですので、訓練次第では伸びるでしょう。アラディス・レオールノ・ラヴァンゾの方ですが、彼の年齢は三十九という年齢ですが、身体能力と外観からのサーモグラフ年齢では二十五の年齢の体力と細胞を維持しています。問題は無いでしょう。彼の細胞保持に関する点ですが、その維持方法にはこちらも医学的興味がございます。精神的なものから来る物か、何らかの医薬品による物かは不明ですが、それはダイラン・ガブリエル・ガルドの特殊な体内構造ともに研究したい内容ですので、アラディス・レオールノ・ラヴァンゾの工作員への話は最悪の場合無しとなるとしても、是非とも我が組織への介入をお薦め下さい」

ミスターの肌の質は、実に良い。それに体内構造も極限に清浄されている気がする。真っ白の肌。相反する漆黒の髪と瞳も清らかで、確かに年齢を一切感じない。ミセスルゾンゲも言っていた。ミスターの肌は良質だと。ルジク一族だからだろうか?

ダイマ・ルジク氏も若い時代、今でもそうだが、異常な程に肌が白い事はばあさんの言葉でよく知っていた。今も漂白され清浄され尽くしているように白い。年齢の為にやはり皺こそはあるのだが。銀髪も上質な銀ぎつねの様だ。

ミスターと違う部分は、瞳の色だ。ダイマ・ルジク氏は灰色掛かる透き通った水色の瞳をしている。あの鋭い瞳は氷の様であり、年齢の為に猫背ではあるが、あの長身から見据えられると、肝が冷える。

ルジク一族が鮮血を好む性質がある話は、親密な貴族仲間達だけの間で闇で日常的にされていた話だった。ルジク一族は闇の美術品を所蔵もしていて、それらはどれもサディスティック的な趣向や悪魔的な物ばかりだ。ルジク一族にはそういう血がある。

人肉を愛好する貴族は影では多く、それらの貴族達や王家が集まる事もあったりするらしく、近年では、ある国の王女が捕まっている。ルジク一族が贔屓にしていた料理長も逮捕されたらしい話は、貴族裏社会では有名だ。

ただ、どの貴族が食人をするのかは、暗黙の了解で黙秘されつづけている。その為に、地下で行なわれる宴は闇に紛れ、検挙される事は少ない。

先日、会議中にイタリアから渡米してきたラヌデリアル・ラスーンの叔父であるラスーン一族の男も一人、食人事件で捕まっていた。他に実は捕まっていない貴族や捕まっている貴族は歴代にどれ程いる事かは、一切不明だ。

その中でも、ルジク一族もその謎に包まれていた。

新鮮で良質な食人を日常的にする者の肌質が素晴らしく良いものであるのかは不明だ。もしかしたら、それらの残酷にして冷酷な程危険なそれらの欲望が、全身を若返らせたり、維持し続けるに至るのかもしれない。血を沸き立たせ、精神も鋼の様に鋭く強くなり、そして細胞も湧き上がる……。

だが、ミスターは明らかにその欲望を異常な程抱えていた瞬間を分かったが、彼は血を嫌っている。確実に。

ミスターは時々、艶めかしく悩ましげな程に、ドライだった冷静な視線を、一陣の甘さを含ませ首筋に集中させる事がある。その一瞬に完全に飲まれる。甘い花のような純白の芳しささえ夢想する、潤う漆黒の瞳で見つめられると、その微かに色づく唇をどうしても奪いたくなる。実際に、それは予想など出来なかった程の悦びをもたらす唇だ。そして、彼の人の肉への欲望や、サディスト的な強い感情で、更に麗しさを増していく……。

肌に触れ、甘美な時間に誘惑され、何時の間にか、叫んでいる……。その激痛で。

≪ 美しき悪魔 ≫たる所以ゆえんが、そこにあるのだとしたら……。

それは、余りにも危険な魅力的な罠だ。彼自身が人肉を嫌ってはいても、最高峰で創り生み出された最も美しき狩人。

その血がまだ目覚めていないだけ……。

だが、もしもミスターが覚醒し、その≪ 美しき悪魔 ≫になどなってしまえば、彼は冷酷な方になってしまう……。

愛を信じ、優しさで許す彼の瞳の真の雪の様な輝きは、絶対に失われてしまう……。

罠としてのクリスタルの輝きを瞳に宿し、魔的に引き寄せる悪魔の微笑にとって変えられ、妖しくも美鋭な人に……ヒトでは無く

「駄目だ。三度目になろうがロガスターへの勧誘などしない」

MR,SSSの事だ。引き入れた後に人肉への感情を察すれば、研究と割り切れば何処までも残酷になる。ミスターに人肉を食させるはず。そんな事はさせない。

普段はそういう性質では無いMR,SSSも、医学究明となれば実験材料への向きが鬼となる。確かに、それは実験体用に作られた感情の無い人間や動物に限られてはいるのだが……。

みすみすミスターを危険になどさらさせてたまるか。

「第一、ミスターの性格を知らない様だから言っておこう。こちらが尻尾を出せば、即刻組織を崩しに掛かる。協力など面倒に思って持っての他だ。その点は実に冷めているからな。ルジク一族の人間は、自己の質と違うものは即刻切り捨てる」

「なるほど。畏まりました。こちらも、性質上の違いがあるのならば受け入れられない事と受け取りましょう。特殊警察への胡散臭さも持たれ、耳さえ貸さなかったという方だ。信条の堅い方は扱い辛い。アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ氏の勧誘は諦めましょう」

「彼への干渉の全ても諦めろ。分かったな」

「承知いたしました」

通信を切り、目許を抑えた。

顔を戻し、通信室から出て鍵を掛け、書斎に来ると、レコードを回し身を返し書斎机前に進んだ。木彫りの鷲がシルエットを落し、オリエンタルな照明が群青の明りを落としては、鳳凰の丸が浮き彫りされる窓上部から、月光が透けては書斎机の上に鮮明な影を落す。

目を伏せ、目許を抑えた。

コンコンコン

「パパ」

コンコンコン

「パパ」

俺は目を開け、扉の方向を見た。焼き物の中に飾られる牡丹の花の先に、音楽が流れともにクリプトンの声が流れた。

そちらへ進み、扉を開けた。

クリプトンがもう片方の扉に耳を当て、笑顔で小さな指でノックをしていた。上目で俺を見て来て、にっこり微笑んだ。

「パパ~!」

「やあクリープ」

微笑み抱き上げて柔らかな頬にキスを寄せると、だっこしたままリビングを歩いて行った。

「もう夕食の時間だね。迎えに来てくれたのか?」

「うん!」

「ありがとうクリープ。優しいなクリープは」

「うん!」

「じゃあ一緒に食堂に行こう」

「うん!」

本当にクリープは可愛い。リビングから寝室を通り、扉を開け廊下に出ると、食堂へ進んで行った。

階段を降り、ホールへ降りると、シバーラが多少苛立たしげに腕を組み、また難しい顔をしていた。

「ママ!」

「クリプトン」

彼女は顔を戻し、俺からクリプトンを受け取り抱き上げると頬にキスを寄せ降ろした。

「お食事!」

「行きましょう。あなたも早く」

「ああ」

食堂へ進んで行く。

「何かあったのか」

「何かですって? 馬の調教師がレガントから逃げたわ」

「言い方が良く無いぞ」

その名に、前を見ながら進んでいた。実は、その女調教師とは浮気をしていた。シバーラに知られれば、最悪なヒステリーを起こすだろう。だがつい最近、五月中のまだブルーミングブルービューティーも最盛期だった時期に、いきなり暇をばあさんに願い出て、その半月後の昨日、国へ帰った。

まさかそのまま逃げなければ、怒りに燃え殺害していたとでも言いたいのだろうか……。まるでそれに失敗したかのような鋭い目許だった。

シバーラは性格が何しろきつい……。そこも気に入っているのだが。

「暇だなんて、一生顔を見せないつもりよ」

使用人達に食堂の扉を開けられ、進んで行った。

ばあさんは既にいつもの様に席についていて、背後斜めに秘書のミランダが立っている。今日も華麗にテーブルセッティングされ、美しい空間に映えていた。

俺達も席へつく。花は美しく、銀器は光り、繊細な陶器は美しく重なり、カトラリーも光り並び、ナフキンは光沢があり、キャンドルは燈り、クリスタルは輝き、音楽は軽やかだ。

空間にすべて溶け込み、シャンデリアが光りを一定に輝かせた。

料理が運ばれ始め、ワイングラスを持ち、食事が始まる。

部屋を移り食後のコーヒータイム中に、ばあさんがふと俺の方を見た。

クリプトンは絨毯の上に座り、積み木をシバーラと女使用人とともに積み上げていて、ばあさんは窓際のテーブルセットの一人掛けで細い指で紅茶を傾け、俺は部屋中央のソファーセットでブランデーを傾け新聞を広げていた。

「コーサー。深夜は最近出かけているね」

「ええ。エステに」

新聞の次の頁をまくった。

「この所は忙しくて、身体も緊張が続いてるので」

新聞をとじてからばあさんを見た。

「メーラーザの者から受けたほうがよろしいですか?」

「別に構わないさ。あんたがしたい様にするならね」

比較的、ばあさんは俺に対して何も厳しい事は昔から言って来る事は無かった。きつく当って来る事も無く、一度もばあさんの鞭を浴びた事も無かった。俺は着実に真面目な道を進んできたし、ばあさんに反抗するほうでも無いからだ。ただ、警官になった時だけは怒られたのだが、それぐらいだ。

「あなた。最近は目の調子はどうなの?」

「ああ。頭痛は減った」

「狐の奴が、この子にブルーベリーを薦めたようだ」

「眼精疲労にはいいようですものね」

狐というのは、部長の事だ。俺はずっと、ドライバー一族やボディーガード一族の専属使用人の子供という話は抜きにして、ハノス・カトマイヤーという人間を尊敬し続けて来た。ただ、最近の所はガルドを俺を差し置いて主任にしたり、俺の裏を探り始めている事が分かると、事ある毎に衝突が免れなくなって来ているのは事実だ。職場ではこの数ヶ月間は、あまりいい状態ともいえなかった。

別に彼に使用人、その立場を言い当てるつもりは無かったが、気分が落ち着いてきた今では、考えると彼自身を傷つけた言葉をいくつか言っていた記憶がある。職場では上司であって、ばあさんが彼を嫌っている以外は、使用人一族達からも一目を置かれている人物だ。ただ、正体不明、それが、ハノス・カトマイヤーだった。

そこまでばあさんが部長を毛嫌いしている理由は不明だ。彼は堅実だし、真面目であって、紳士的だ。ただ、ばあさんの言う事を一切聞かない唯一の存在だ。それに、主人である彼女の承諾も得ずに街を出て、警官、軍隊、CIA,FBIになった。それはレガント一族への巨大な反逆行為でもあった。主人リカーへの大きな裏切りに直結する。

部長の父親は、ばあさんの父の専属ボディーガードと専属一級使用人の女だった。二人とも、部長の生後間もなく、格式の違いからそれを苦に、二人でBBB渓谷から身投げしたという。その為に、部長は十歳までをばあさんの伯父である前地主が不憫に思い、引き取り息子の様に育てていたらしいのだが、その事がもしかしたら最大にばあさんの癪に障った所だったのではないだろうか。前地主は部長を自己の息子の様に思っていたという話だし、少年時代の部長に王家の友人も多く作らせ、将来は自己の企業を彼に継がせる事を考えていたようだ。確かに幼少時代から冷静で頭の切れる少年だったらしい部長自身も、もしかしたら前地主と共に成長後は事業展開をしていく夢を持っていたのかもしれない。

だが、前地主は事業もまだ途中段階で謎の失踪を遂げてしまった。そして、前地主に可愛がられていた姪っ子のばあさんは、使用人の息子のくせに前地主から大切にされていた彼を疎ましく思い、前地主の不在中に、古城から十歳の彼を蹴り出し、使用人一族達の屋敷が立ち並ぶトアルノーラ六番地に捨てた。

実は、ハノスという名前はばあさんがつけたあだ名だったらしい。彼の本名を俺は知らない。

カトマイヤーというのは、ばあさんが身寄りの亡くなった彼を、三等級ドライバーの男、カトマイヤーに押し付けた事による後付けの姓名だという話だ。

部長は身投げしたという女使用人の顔の生き移しだ。沈着冷静で、賢く、臨機応変に富み、美しく、そして気高い崇高な目許を持った出来る女性。大きな瞼下の瞳は淡い黄緑色であり、その唇は薄く上品で、淡いホワイトブロンドの髪色で、鼻筋が綺麗に通っているうりざね顔の女性の写真だ。部長はうりざね顔というわけではないが、上品な狐の様な顔つきが実に母親そっくりで、その彼に向かってばあさんが皮肉を込めて言う「狐」という言葉が、まるでその女使用人に対する紛れも無い嫌悪の言葉にも思えた。

部長の父親であるボディーガードというのは、頼りある屈強な長身で深い焦げ茶掛かる上品なブロンドで、瞳はブロンズ掛かる深緑をしている。顔つきは精悍な顔つきで目許が鋭く、母親同様一切の笑顔など思い浮かばないほど冷徹な口許だ。強く筋の通る鼻筋もやはり整い、肌は多少焼けている。多少、機械的な感情を持っていそうな人物だ。その二人が情熱的な愛情に至り、格式も何も考えられなくなるほどに秘密の愛情を静かに重ねていた姿は、浮かぶものではない。

まさか、この二人が平静を失わせ身投げするなどという姿も、一切浮かばなかった。

確かに使用人達の個人のプライベートや性格、というものは一切こちら側には不明な事だ。自己を持たないのが彼等でもある。完全なる規律の中に彼等はいる。だが、深層にはやはりプライベートもあるだろう。その時の感情などは不明だ。

一歩外へ出れば、彼等の屋敷の中でもそうなのだが、彼等は完全なる専属使用人一族の規律ある人間。なのだ。

飲酒も喫煙も賭博も豪華な遊びなども一切許されていない為に、羽目を外す事など一切無さそうだった。そんな姿浮かびもしない。時に、機械人間にも思える。

比較的、朗らかな性質の一族は朗らかであるが、それも常に朗らかさが一定だった。エステティック一族や、スタイリング一族、ペット飼育一族などがそうだった。彼等は比較的話術に富み、明朗で、会話の相手にもなる役目でもあった。楽器一族と料理一族と絵画一族は自信に溢れていて快活で、多少気位が高い。一切逆なのが、堅実でぴくりとも笑わずに規律が敷かれているボディーガード一族、隠密一族、厳しい躾一族、ドライバー一族だ。医者一族は温厚で穏やか、沈着だった。

殿方スタイリング一族のニューハーフの、男だが大きな付け睫をつける四十八歳のデネッセン=デンバーなどは、ばあさんが部長に冷たく当る毎に見事におろおろし黒フリルシルクシャツと、ピッタリした黒革パンツと先の尖った革靴の身をくねらせては、馬用鞭でぶっ飛ばされた彼の所へ涙をこぼしながら駆けつけ、濡れ烏色のレースハンカチで目許を抑えながらおろおろとするのだが。

ばあさんに鞭で顔を払われた位では体にはどうも無く、屈辱なども堅い精神力が保たれて冷静に保つ性質なのだろうものの、駆けつけるデネッセンには毎回紳士的に穏やかにはにかんで感謝の言葉を短く伝えている。

部長は普段、紳士的な上品さで穏やかに微笑んでいる。一歩下がって控えているし、でしゃばらない性格だ。だが、それが規律の事ともなると顔つきが変り厳しいものとなり、時に目許が冷徹に思え、何よりも、普段は絶対に覗かせる事のないどっしりと構えたオーラが恐い。悠然としたというか、肝が据わりきっているというか、威厳というか、落ち着き払った威光を放つ雰囲気や威信というか。第一、普段な事なかれ主義な言葉で丸くその場を抑える事を得意とするが、立ち代ると辛辣な言葉をグサッと言う。プライベート時の会話は穏やかであるが、会議などの時は発言は要点以外は避け、進行を見守る。だが、ビシッということはビシッと言う性格で、いわゆる頑固だ。

それは、実は限りなくプライドが極限に高いという事になる。

自己を抑え制御し尽くし、理性で完全に成り立ち、崩れる事も精神が変る事もありえなく、自己の信条を守り、家族を護り、堅実に生き、欲に溺れることはきっと無い。まあ、プライベートは不明だが、あれだけの品のある顔つきとどこかしら愛着の持てる目許をしていれば、それは男寡の身分でもあり、宴などでは貴婦人方からは一目もおかれてはいるのではないだろうか。

プライドの部分からなのか、ばあさんとの衝突も絶えない。彼の考えは不明だ。

本質は、とんっでもなくドキツイ性格でもあるのかもしれない……。言葉の端々にそれはこの所感じるのだが……。

いきなり全てを押し切って軍隊を好んで出ているような人間だ。その中でも将校クラスでもなったし、軍人としてはド厳しかったに違いない。

第一、稀に部長が皮肉で叩き付けて来るジョークがキツ過ぎて、ガルドは撃沈しうるうると涙目になっている。

決して表舞台には出ないのだが、本領を発揮すれば、恐ろしい人物にもなりうる。その為に、それを十歳の少年に充分に感じて、ばあさんも彼を追い出したのでは無いだろうか。使用人同士の息子に過ぎないというのに、その彼に確実な性質の恐怖を持って。

ばあさんは今、美しいシャープな若々しい横顔で、ブランド創業者の新しく出版した書籍を読み進めていた。

ビリジアンシルクの丹念なフリンジタイのブラウスに、細い腰からキャメルカラーのピッタリした革のパンツを履き長い脚を組み、ピンヒールの先まで神経を行き渡らせ、腰に金のバックルを嵌め焦げ茶オーストリッチのベルトが回り、クリーム色に締上げられたストレートロング髪は今、背後に綺麗に降ろされている。首元のタイの上から黒ビロードを巻き、その中心に金のペンダントを光らせていた。うりざね顔の耳の金イヤリングも光り、彼女には甘さなど一切無い。若々しい肉体もスレンダーで凛としている。今日のように、夕方や食後を過ぎてもリラックスした装いにはならない日は一日置きにあった。それも若さを保つ秘訣だろう。気を引き締めつづけるのだ。夜は闇に降り、夜空に満天の星を従える中を、一人草原を馬で駆け抜けさせる事も多かった。

ばあさんは百八十二という長身の為に、俺よりも背が高い。俺は百七十八センチで、レガント一族にしては背が低いだけなのだが、一般的な男の身長だ。

その為に、百八十八センチで整ったラテン系の体格のミスターから逆に見上げられると、限りなく緊張する。

十センチの差はいつでも、俺が彼を見上げ腰を引き寄せられ、ミスターが少しその首を美しくうな垂れさせる背の違いで……

ハッ!! しまった。

俺は読み終わった新聞を使用人に預けると、脚を組み替えた。

「五日後は大変ね。明日からはずっと会議でしょう?」

「ああ。屋敷には帰るのが遅くなるかもしれない。ゆっくり眠っていれくれて構わない」

「パパー」

クリプトンが顔を振り返らせた。

「出来たのか。これはお城だな?」

「うん!」

「素晴らしいお城を建てたなクリープ」

「うん! パパも入ろう~」

そう言うと小さな指で絨毯に転がるピンクパールをつまみ、人に見立ててトントンと動かし始めていた。幼稚舎で習ったばかりらしい歌を歌いながら。

「クリープ、このお城でお孔雀を飼うの。クリープは白鳥のお姫様よ。パパは王様よ」

あどけない声でそう言い、ピンクパールを絨毯の草原のなかを進めさせて行った。

「それは優雅だね」

「うん!」


 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ エリッサ警察署署長


 スタッドポーカーでヨルダイが奇声を張り上げた。その時だけ職務中のように顔が鋭くなった。

カードが黒の空間にばら撒かれ、悔しそうに円卓に拳をつけた。

「署長! 手加減という言葉を本気で知らない方ですね。柔道と同じだ!」

「手加減をする理由なんかこの世にあるか」

「ありませんが、相手によります」

「男相手にいらぬ事だ」

ヨルダイは悔しそうに円卓に頬を載せ、ヨルダイの恋人の作って渡して来たドーナッツを食べた。

「明日から一時私服で職務に戻ってもらうが、ドーベルマンもそろそろ解放してやれ。こちらの横ばかりにいさせても可哀相だからな」

「満足していますよ。シャームは。この顔見て下さいよ」

その頭を撫でるとドーベルマンが舌を出し笑った顔になった。珍しい事だ。

レガントをじっとみてからよく笑うようになった。不思議なのだが。レガントが真赤になったり、俺をあの鋭いつくりとの目元の可愛い視線でじっと見つめて来たりすると、この顔になった。

「こいつがこういう顔する時は特別なんですよ」

「何も、私に対してこの顔をするわけでは無いんだが」

「面白いものを見つけるとこの顔になるんです。この性格でしょうこいつは。だからよほどの危害の無い子供には安心してこの顔になる」

「………」

俺は天井を見て、あのレガントの顔を思い浮かべた。

「間違いだろう」

「ジェーン巡査はどうですか? 天使のような子だし、可愛いし、白山羊のようじゃないですか」

ガルドが白山羊を贈ろうとしている程だ。レディージェーンは顔つきが愛らしい顔をした子山羊そっくりでもある。あの克明な注文書の山羊顔は彼女の顔を浮かべ克明に綴ったのだったりして。

ドローポーカーで俺の手元が恵まれ、、二枚抜かれ、二枚手にした事でフルハウスに近づいていただった所が、フォーカードになった。

ポーカーをするにはプライベート時は相当の不適任なヨルダイは、明らかに顔を難しくしかめさせている。きっと制服でも着ていれば、完璧なポーカーフェイスは保たれていただろう。

だが、わざと負けてやって、ヨルダイの喜ぶ笑顔を見るのもいいのかもしれない。

ヨルダイが一枚引いた。

俺も一枚引いた。

駄目だ。運がついている。これではヨルダイを犬にして首輪をつけ背にのり走り回らせたくなる。

だがヨルダイが大喜びでカードを叩きつけ両腕を上げた。

「わーい! ツーペア!!」

か、可愛い、

俺はフォーカードのカードを他のカードもろともばら撒き危うく襲い掛かるところだった。

だが、一瞬でちらりと横目でドーベルマンを見て、口を引きつらせ背を戻した。ドーベルマンの目が光り、一瞬構えたからだった。

ドーベルマンは、俺が警官達に対して色気を感じ首筋をなぞり見つめてしまう毎に、一瞬で爪を出し構えた。

カトマイヤーに食堂で遊ばれていた時は遊びのほうに夢中になっていたが、会議中にふと熱気で汗をこめかみに光らせた警官を見つめた瞬間や、耳元に囁いてきた麻薬科警部補の甘い囁き声にうっとりしそうになりその瞳を上目で見つめた瞬間などは、ドーベルマンが即刻構えた。

確かに我慢する癖はつくかもしれない。

嬉しそうにヨルダイが俺を見て来た。

「………」

俺は顔を反らし、膝に乗せていた足首を下ろすと椅子から離れた。

「待って下さい。俺が勝ったので言う事を聞いてもらいます」

「嫌だ」

フォーカード一枚一枚をヨルダイの胴体にピンで刺してやりたくなった。

背から胸部に手を当てそっと抱きついて来て、ネクタイに手を掛けベストに手を滑らせてきた。

「止めておけ。内部細胞が治るまで皮膚だけ塞がってきていても……」

ヨルダイが瞳を開いた。

「嫌です。許しません」

手首を掴んで、睨み見て来るヨルダイの瞳を見た。

「あなたは俺のものだ」

「………。ヨルダイ」

「あなたとずっと居たいが為にこうやって俺はここにいるのに、何故好きにさせてくれないんですか」

俺は振り返り、手首を掴んだままその手が解こうとするのを強く持った。

「恋人の所へ戻れ」

いきなりネクタイを掴み胴を肘で床に押し倒して着ては首を締めてきたから、息を一瞬止め胴に膝でのり黒のネクタイを引き上げ睨んで来るヨルダイを見た。

駄目だ。どうしても弱点で、突如突進されると動きが鈍る。

ブチキレたヨルダイが鋭い目つきでギリギリとネクタイを顔横に引き、膝と手で胴と肩をきつく押さえ込んできて鳩尾に力を入れさせた。

冷や汗が流れる。

「その鋭い鷹の様な目と殺気、好きです」

凶暴な犬達を抑える体力は並外れている。こういう時のヨルダイがどんなに全神経を研ぎ澄まさせ、全ての余裕を剥奪し拘束してくるかを分かっていた。

「まさか突進される事に弱いなんて、この数日で確信しましたが、署長に弱点があったなんて」

何を言うと思えば、弱点など山ほどある。女も駄目だし妻も駄目だし筋肉隆々の男に完全に弱いし、がたいが細くても突然鋭く突進されると弱い。それを上手にカバーしてきているだけだ。

ネクタイを解こうと手首を捻らせるが首がその分絞まるだけだ。自分のネクタイに窒息させられ殺されるのは冗談じゃ無い。ルジクの孫は自己の黒ネクタイが首に巻きつき真っ白になって発見されたらしい。いや、あいつは元々真っ白じゃないか。あはははは。そう噂される事になるのだ。笑い事にしかなるか。そしてグルグルキャンディーの奴が俺の葬式で言うのだ。殺され方まで真っ黒かよあの白黒人形野郎! と大爆笑されるのだ。それで幽霊になってあの首をあのコーンロウ髪で縛り付けたくなるのだろう。

拘束に関してはヨルダイも警察犬を相手にする分基礎からなっていた。

ギリギリと曲げられる膝に絡め胴横に付けられる膝から、ヨルダイの胴、胸部から、微笑む唇を見てから、目を見た。どちらにしろ、もしもこのまま攻められれば息苦しくて声も詰まって窒息するだろう。

動けなくて、力の温存を始めた。力を抜き始めた。

ここで今なら肩で突き飛ばせ胴を蹴り上げられる。

ど突き飛ばした。

俺はぴょんと飛んで体を起こし、手首同士を掴みながら、咳をするヨルダイを見た。

腹部を抑えて俺を睨み見て来て、身体を起こしてこちらに来た為に近づいてくる前に飛びまわし蹴りして頬を基点に吹っ飛ばした。

「署長!」

顎を抑えて激怒したヨルダイが円卓に手をつけ立ち上がりピックを手にし、俺は目許を引きつらせて背後を一度見ると、突進してきたのを身を返し顔横の壁に突き刺さった。また抜き避ける壁にガツガツ突き刺してきて胴を蹴り散らしアイスピックが飛んでいき、そちらに飛びつき歯で掴み、だが飛び掛られて歯から奪おうとして来る。

「離せ!!」

強情な警察犬に言う様に言い、俺は離すかとばかりに噛んでいて、頭を振って振りほどくとヨルダイ自身の腰からベルトが解かれ払われ、口からアイスピックが飛んで行った。

ヨルダイを睨み見上げ、ベルトを両手で伸ばすと歩いてきて、アイスピックを拾う前にそのベルトの巻きつく手首に噛み付き血が噴出した。

「この!」

払われたが胴に突っ込みふっ飛ばし、胴を挟んで頭突きし、ヨルダイがアイスピックから手を離して眩暈を起こしたように頭を振った。

だが、一瞬でピックを持ち背後できつく縛り上げたネクタイの余りに深くつきたて、俺はヨルダイの顔を見た。

脚を振り上げ蹴ろうとしたが避けられ、背をドンと落として遠くに免れたヨルダイを睨んだ。

「やはり凶暴な犬より性質悪い。あなたに牙など無くて良かったですよ。ひとたまりもありませんからね」

深く床に突き刺さったアイスピックが外れなく、手で掴もうにも掴めなかった。

アイスピックを抜き取り振り上げてきた為に、半身を起こし咄嗟に逃げようとしたが動けなかった。

顔をかしげ見て来て髪を撫でて来て、鷲づかみされる前に頭を振って手を払った。

「全く怯まないなあ……困った人だ」

クローダ時代のあのイデカロのきつい訓練に比べれば、蜜に浸った飴玉の様に生易しい物だが、髪を撫でて来る手つきがいつ凶器にならないとも言えなかった。

「もう武器はいらないですね」

ピックを遠くへ投げてしまい、肩を掴んでソファーサイドを背に引き上げてきた。

「潔癖な方だと思ったけれど、気を許せば可愛らしい人だ。ふれあいが好きな人だなんて。少しは何か話してください」

優しい口調で頬を撫で顔を見回してくるが、その表情は笑顔も無く、茶色の瞳は光っていた。

「断る」

「………」

立ち上がり、蹴られると思い腹と歯に力を入れ睨み付けた。

「ただの慰め? 俺の物になったと思ったのに、怪我をさせたからその償いという意味だけですか?」

「ああ」

ヨルダイは歯を噛み締め、部屋を出て行ってしまった。

「え」

俺は拘束されたまま瞬きし、ドアを見た。

一先ずは息をつき、また床に頬をつけ目を閉じた。

そのまま、眠りに入った……。

 


 ★オービン・ヨルダイ


 署長室仮眠室

 深夜


 目を開くと、静かに眠っていた。

ようやく優しくしてくれ始めたために、良しとする。

もう一度頬釣りし、だが心地良くてずっと頬釣りした。

狂犬は快感を与えると大人しく腹を見せるようになって来るからな……ビスケットだとか、草原の疾走だとか、許しだとかを与えてやると。

頬釣りし続け、幸せで微笑んだ。

やっと手に入れた。ずっと欲しいと思っていたんだ。それがいきなりシャワールームでチャンスが巡ったなんて。

絶対に手に入れると思っていてもなかなか隙も無くて、第一恐かったからな。

眠る横顔を見つめた。

ああ可愛い! 髪を撫でまわしたくなる程可愛い! 俺の横で彼が眠っている! 何度見てもなんて飽きない可愛さだ……。

大人っぽいのに色っぽくて、芯があるのに甘さもある。鋭さと爽やかな目許が色彩のためも同居していて、さばさばしたドライ感もたまらない。

飼い犬に噛まれた感じで怪我した時はこの野郎と思ったけど、手負いの部下を突き放さずにいてくれたし、潔癖症かって程綺麗に消毒してくれるし、男嫌いの人に男好きかってからかった時は殺されると思ったが、可愛い……怒った顔すら可愛い。柔道の時はあんなに恐ろしいのに、プライベートで怒ると可愛い……。

また犬でやるたくなった。だが少しは我慢するしか無いな。制服を着て居ずに檻中をうろつくと不審がられる。膝を開きついてあの腰を掴みたいが我慢しておこう。

彼女に電話することにした。バッグから携帯電話を出し、彼女に掛けた。

ボリュームを下げる。今の時間はショータイムだろう。それか今日は休みかもしれない。忘れてしまった。

「ハアイ、オーブ。いつ聞きつけたの? あたしがバスタイムショーの真っ最中だって」

「感覚的に」

「最高だわ!」

歓声も湧き上がる中を音楽も鳴っている事が分かった。

「サンドイッチとかドーナッツありがとう。美味しかったよ」

「そうでしょう? ドーナッツはリングとか穴に見えて美味しかったでしょう? あんたのワンちゃんの首輪とか、手錠とか」

「美味しかった」

「もう大丈夫なの? とっても素敵な方が会う毎に素敵な微笑みで、治ってきているよって、優しく言ってくださるの。鞭打たれたくなるほど色っぽい微笑で!」

「だろうな。だが、お前俺の女だぞ。俺の上司と浮気なんて絶対に許さない」

「分かってるわよ可愛いオーブ! 今はどの病院? セントカトリアナ? 大学病院? 小さな医院? そろそろ顔見たいわ。何で入院したの?」

「ああ。精神を来して」

「リーインなのね! あなた、リーイン精神病院にいるのね?! キャッホー!!!」

「残念だったな。犬との事を見られて頭がやられてると思われて、病室に閉じ込められてる。それで、三分の一を去勢されたんだ。そんな悪い事をするものは切らせるって」

「本当? 相当エキサイティングしてるじゃない! もうそれであんたの性癖は立ち消えたの?」

「変るとでも?」

「思わなーい!」

「シ、静かにしろ。いいな」

「ねえ今度その三分の一手術しちゃったのでやらせなさいよ」

「分かった。今度な」

「じゃあね愛するオーブ!」

「じゃあな。ショー最高に盛り上げろよ」

「もちろんよ!」

連絡を切り、ベッドを見た。

闇の中に純白の美しい花が咲いているようだ。

真っ白の瞼と黒艶の睫を見つづけた。綺麗な彫りと鼻筋で、整った美眉がすっとなっていて品があり綺麗だ。気の強さが目を開くと強いが、目を閉ざしているとどこまでも美しい。

今は静かに眠っていて、黒のシルクに滑らかな白の頬を乗せている。ピアス穴の微かに開く綺麗な耳。瞼が開いた。

しまった。麗しい悪魔が目覚めてしまった。

「?」

彼は瞬きして肩越しに俺をバッと見て、茫然とし高速に瞬きしたから可愛かった。

「ヨルダイ」

鋭い作りの目が開かれ肩越しに黒の瞳で俺を見つめて来て、あいつでも睨み見て来る。

麗しい唇も、美しい瞼も、俺だけのものなんだ……。

黒髪で瞼が見えなくなって行き赤い唇が闇に浮く血のようだった。

黒のシーツに崩れて骨の抜かれた猫の様にゆったりうねった。

彼の黒髪をサイドに流した。潤う艶の黒い瞳が徐々に美しい睫の下に閉ざされて行き、深い奥二重の陰影から甘く大きな瞳が艶を受けた。

きっと、かなりプライドが高い為に俺が完全に治れば、完全に突き放して来る事は分かっている。

全て無しにして、冷たく突き放して来る。それでも構わない。こうやって今最高に幸せだから。

黒の瞳が俺だけを今、見つめ想ってくれている。世界に俺だけになっている。あの淡々としていてさざさざしてドライで口調が時に冷たすぎる彼が、今は潤う唇と光る瞳をして俺を見つめている。

その黒目が視線を落とし、開かれては顔の方向を替えあちらの壁を見つめた。

彼が眠り、目を閉じた。

目を開き、ビクッとして息を呑んだ。

本物のコブラかと思ったが、入墨だった。あまりにもリアルだ。

生々しい程、生きているコブラだ。

どこにも絵画的な要素が無く、本物のコブラを描写させた二匹が絡み合い弧を描くリアルなもので、立体的に見える。蠢いているようにも見える。その蛇の目が俺を見つめて来ている……。

一匹はもう一匹を頸部を頭巾状に広げ威嚇しては、毒牙を剥いている。もう一匹は頸部を広げてはいるが、口を閉ざし丸い目で向き合って片方のコブラを見ている。

その、口を閉ざし斜め下のコブラを見据えている方と目が合う。そうして視線をコブラに奪われると、斜め下から上に向かって牙を剥いているコブラとも、不思議と目が合って威嚇されているように感じた。

背筋が寒くなり、身体を起こして胸部を見た。そうやって見ると、どちらのコブラも彼を見据えているかのように見えた……。

立体的に弧を描き動きそうに見え、鱗の一つ一つが今に光沢を持ち光り、彼を見つめている目をこちらに向け一気にこちらに襲い掛かってきそうだ。

腕をつき、入墨をじっと見つめた。何時頃彫ったものか、コブラは繊細だ。下腕に螺旋を描く黒蛇は恐ろしい顔をし、鋭い眼光をしている。

彼は何者だったんだろうか。下手に探ると、きっとかなりヤバイ事になる……。

そんな危険など冒してまで人生を棒に振るいたくないから、探らないが、多少、潔癖の彼を怒らせて噛み付かれてからは恐いから、知りたい気もする。

だが、もう彼の目の中に人肉に対する欲望は完全に消えていた為に、良しとする。

欠伸を吐き出し、俺は彼の肩に頬を乗せ目を閉じた。

心地良い夢をいつでも見る。白黒の縫いぐるみのような彼に抱きつき眠ると。ずっと快感に埋もれている夢を見る。幸せな夢だ。


 翌朝目覚めると、何故か四時半で朝じゃなかった。一時間しか眠っていない。

また目を閉ざし、シーツに頬をつけたまま見回した。

「?」

彼がいない……。

まさか、四時半には署長クラスは起きて仕事始めるんじゃ無いだろうな。俺絶対署長とかそれじゃあならないな……。

目を閉じ、背に手が当てられ、俺は横に座った重みを受けてキスを待った。

そっと項の髪が退けられ、キスをされる。

頬にされ、俺はまだ目を閉じたまま、離れて行った為に目を開き、壁を見た。

なんて幸せな目覚めだ!

俺は顔の方向を替え、彼の背を見た。テラードパンツに白のシャツを来た背は、丁度、ベストに腕を通し背に当て、ボタンを嵌めた。

髪はあの感じだとまだセットされていない。綺麗な頬を流れゆったりサイドに流されたまま。

セクシーな立ち姿だ。

あの腰周りがまた凄く良い。普段、ジャケットで全く見え無い。彼は絶対にジャケットを脱がないからな……。熱い会議室でもそうだ。

円卓にその手を伸ばし、横顔の睫が際立ち、ネクタイを手にした。

その目が俺に気付き、革靴をくるっと返した。

「まだ四時半だ。眠っていろ。それとも、早めに起きて四日間の頭を戻す運動をしろ」

「二十日間のヴァカンス後でも直ぐに頭は切り替えられる脳なので、問題はありません」

「ヴァカンス中もトレーニングは欠かさないのか」

「ええ。ヴァカンスの時は一日二時間トレーニングですが、基本的にマリンスポーツなど楽しむので、ずっと運動しているとも言えます」

「なるほど。良い事だ」

背を向けネクタイを嵌め始めていて、それもしっかりやると、腕時計を手に取った。

「何故四時半に?」

「この所の癖というだけだ」

「あの……、今日から出て行けば、もう今までの関係はチャラにされるんですよね」

「当然だ。全て忘れろ」

身を返した彼が、横目で俺を見ると歩いてきて、ベッドに腰を降ろした。

俺は妙に緊張し、視線を反らし自己の腕を見た。

あのキツイ目をした黒蛇は袖口に隠れ、変わりに甘く柔らかな真っ白の手。

狂犬というよりも、そうだ。黒豹の様な方だ。

、一時間、二時間と時間が経てば、まるで雲散霧消してしまう。

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