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眠れない夜



 3.眠れない夜 dont sleeping



 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ ラヴァンゾ一族御曹司


 熟睡を妨げられたのは、頭痛を及ぼすような目覚めだった。

ゆっくり起き上がり、開かれた窓の外を見る。

今夜は窓を開け放っていた。初夏の香りが魅力的過ぎたためだ。

今もその香りが室内を

風とともに流れ、心を高揚とさせる。痛む頭を抑え、何故かすぐに頭に浮かんだのがレガントだった。酷く泣いていた晩から、多少悪い事をしたと罪悪感が残っている。

もしかしたら、あのレガントも屋敷でシバーラ婦人の横、この夜に窓でも開け放っているかもしれない。彼女は花の香りが好きだ。

何をそんなに気にする事があるというのか。

再び枕に頭を預け、夜を見た。

分かっている。人を傷つける事など出来ないからだ。愛情も無い者を打ち捨てるなど、酷な事だ。

心がうずいて当然か……。

いきなりの音に、ナイトテーブルに視線を向けた。髪を掻き上げ、起き上がり携帯電話を取る。

「………」

一度自分が無闇に頼ったばかりに。

これじゃあダイマ・ルジクの言う事が悔やまれるばかりだ。目の前のものに泣きついて慰めを欲するなど、あってはならないと。

信頼を置くものはいるというのに、俺はあの時熱を求めてしまった事が間違いだった。今までの冷静に対処していた物を、崩したのは自分だ。

無視し、引き出しに入れた。

一度切れ、枕に頬を乗せ目を閉じた。

また鳴る。

駄目だ。あの目を思い出すといたたまれない。

だがそれがあいつを誤解させつづける結果になるだけだ。

呼び出し音がなりつづけた。

「………」

起き上がり、引出しを開け耳元に当てた。

「お! よーうアラディ」

ブチッ

バタンッ

「全く」

シーツを引き上げ耳を塞いだ。というよりは、下の段を開け耳栓を出し耳に突っ込んで目を閉じた。

今からAとBとCの所へ行くか……だが、規律が守れない時は駄目だ。

再び鳴る。

レガントだろう。

ナイトテーブルを見つめ、起き上がり引出しから出した。

「………」

ボタンを押し、出た。

「迷惑だ。掛けて来るのは止めろ」

「………」

沈黙が流れた。花の香りが風に乗り、空間を充たす。

「何か言ったらどうだ。勝手な奴だ」

「………」

声を詰まらせる声がし、声が聴こえた。

「ミスター。謝らせて頂きたい。俺の我がままであなたに、なんというか……」

「何を勘違いしているんだ」

俺はあの時抱きたくて抱いただけだ。あまりにも魅力的過ぎたためにレガントが嫌悪を示しても、陵辱したのは俺だ。

「すまないミスター、確かに誤解した。あなたが優しくしてくださったから、俺は……」

だからそういう意味じゃあ……。

そんな事を言ってこられると屈させてあげたくなる。鞭では無く。普段の冷淡な姿すら一切合財浮かばずに持っていかれる。

まさか、レガントの人間はマゾヒストが多いんじゃないだろうな。いやまさか。あのリカーのサディスト的な悪魔を見てみろ。第一、完全なるあれは本気でサディストだ。

なぜだ。俺がおかしいだけか。

何故俺に狂って来るんだ。

「何故俺に頼ってくるんだ。お前は。わけが分からない事をして」

「俺は今まで、……ずっと前地主を深く崇拝してきた。彼の人格を慕い続けて来た。だが彼は既に存命では無い。心の光を、あなたに感じてしまったんだ。ミスター。傍にいてもらいたい。あなたの頼り有る目が、俺には恋しい」

ずっと両親がNYで会社を任され、近場の育ての親はあのキツ過ぎるリカーだけで育って来たとなると、確かにあの自由奔放主義で殆ど屋敷にいなかった道楽好きの兄も留守で、何らかの心持は違った事だろう。どうやら、その兄の方は滅多にリーデルライズンにはいなく、トアルノーラの子息令嬢達と遊ぶよりも世界中に友人を作って飛び回っていたらしいことだ……。

「何故俺に」

もう一度言った。

「プライベートで頼られても迷惑だ。以前許しを出したのは、お前が言って来るから一度のみ答えてやっただけで」

ブツッ

「………」

失礼な奴だ。

俺は怒って携帯電話をラグに投げ捨て、目を閉じた。

だが、何やら胸騒ぎがして起き上がり、テラードとシャツ、ベストを着るとスプリングコートを羽織り、携帯電話を拾い屋敷を出てフェラーリを走らせた。

待て、何て馬鹿な。飛び出してどうするんだ。馬鹿か俺は。

まさか無闇に自殺でもするんじゃないかなどと思うなど、イカレている。

このままだと寝付けないだろう。バールにでも行って眠気を誘う酒を飲むべきだ。しかも、絶対に寝付けずにどこかを出歩くレガントの御曹司にぶち当たらないような場所だ。

「何をなさってらっしゃるのですか?」

「………」

闇に浮くジェーン巡査を振り返ると、真夜中十時に姫が一人で出歩いていた。

「あなたこそ何故。十時だというものを」

九時にでも眠りにつきそうな令嬢が、出歩いているとは。

「それが……困った事に寝付けずにいて……」

彼女もか。

立て続けの事件のせいだろう。

「もう遅い。睡眠が一番の効薬だ。微量でも温酒を飲んで、早く眠りなさい」

「はい」

彼女は頬を染め微笑んだ。

「屋敷まで送ろう」

「でも」

「構わない。さあ、どうぞ」

「お手を煩わせるわけには。どこかへ向かわれる約束があったのでしょうし」

「いいや。いいんだ。あなたが道中何かあるようだと思うと、気が気でもないからね」

「どうもありがとうございます。ミスターラヴァンゾ」

俺は微笑み、彼女を促させると住所を聴き、九番地へ走らせた。車両で五分のところでつき、門扉を見上げた。素晴らしいものだ。

「わざわざ送っていただいて感謝いたします」

「どういたしまして。事件後は、出来るだけ野外の単独の外出は控えるように。もしなんなら、だれか共に過ごせる友人を誘ってみるのもいいだろう」

「はい。助言いただいて、是非」

「そうだな。それでは、おやすみ」

「おやすみなさい」

彼女は門扉の中、壮麗な庭の一部へと溶け込んでいった。初夏の夜の綺麗に照らし出される美しい庭を滑る白鳥の様に。横からの木々が優しげに細やかな葉を下げている。

俺はフェラーリを進めさせ、道を走らせた。

また誰か迷子の警官を拾っても困る為に、大人しく花の香りに充たされて眠りにつこうと思ったが、アジェ・ラパオ・ルゾンゲへ向かう事も出来た。

だが今は服装がきっちりとした正装ではない。それで向かうわけには行かない。ネクタイは填めてきたが、ジャケットスーツを着ていない。小物さえも結婚指輪だけだ。

適当にドライブでもという心境でも無いが、港へ走らせた。

部下の刑事達が港を張っていて目に入ったら、プライベート時はあまり見られたく無い。だが、そうも頻繁に会う事も無い。

港へ向かった。

フェラーリから降り、背をつけ船を見上げた。

クレーンから吊るされ運ばれて行くコンテナ。力有る声が響くが、ここの位置からでは作業者達の姿は確認できなかった。風になびく髪を流し、目を閉じ煙を吐いた。

夜風が身に染みる……。


 ☆キャリライ・S・レガント リーデルライゾン地主貴族レガント一族御曹司


 俺は驚き、豪華客船上の窓から引いた。

カーテンを閉める。

「どうしたキャリライ」

リチャードとアレクサンダーが怪訝そうな顔をし、クリスチャンは首を仰け反らせ片胡座の中の猫を撫で、長い髪を背凭れから流して眠っていた。

「何でも無いが。何だ」

「いや。初恋の女でも見た横顔だからな。珍しく」

「珍しく」

リチャードが口端を上げアレクサンダーに続け、俺はハッと息を吐いた。

「馬鹿な冗談は止めるんだ」

レナーザ屋敷が今のように無人になる前は、カードの取り仕切る役目はいつでもミゲルだったが彼も今はヨーロッパだ。

………。

「ちょっと出て来る」

「おっと。呼び出しの後は気紛れだな。いつもの様に」

「悪いな」

リチャードがまたわざとまねる前にそう言い、クリスチャンが潰すジャケットを引き抜きそれを着た。

「おいクリス。そろそろ俺に加勢するんだな。信じられ無い事にキャリライが掛け金全てを放棄して軍パイが上がった所だ」

「俺もラビディに会いに行く」

「姉貴は今日別の場でパーティーだ」

「はあ。俺を一人にするとはな」

「将来の旦那をメタメタに傷つけたくてたまらないのさ」

「キャリライ。俺もどこに向かうかは知らないが向かう」

「駄目だ。大人しく寝てろ」

「夜からが目覚める時間だ」

仕方なく連れて行く事にした。どうせ、そのままパーティー会場へ愛車を走らせて向かうだろう。

「アマンダに会いに行くのか」

「違う」

「クリプトンが金切り声を上げて泣き叫ぶな」

「………」

クリスチャンが横目で見て来ては、短い声で笑った。

「女関係も不倫もスキャンダルにならない程度にするんだな」

手をヒラヒラ掲げ歩いていき、その背に揺れ揃えられた金髪を見てから歩いて行った。

もういないかもしれない。だが、それでいい。その方がいい。

彼を煩わせるよりは。

だが、向かっていた。

息を切って首筋が熱くて夜風を入れた。

「………」

ミスターは瞬きをして口元を閉ざし、煙草を地面に踏み消すとフェラーリのドアを開けた。

「待ってミスター」

「離してもらおうか」

「………。嫌です」

一度彼が他所を鋭く睨み、バッと手を払って来て俺は肩を引きキスをしたかったが、人目にまさか触れるわけにもいかなかっ

「クシュッ!!」

うう、なんたる失態……。

「大丈夫か」

「ええ。失礼……」

「どういたしまして。まさか屋敷から走ってきたのか」

「え? はは、いや。違う。客船にいただけだ」

「なるほど。では、また冷えないうちに戻るんだな」

「あなたが居たから……その姿もとても……」

素敵だ……。

………。

俺は何か視線を感じ、ザッと振り向いた。

目許を引きつらせ、窓から何ごとかを大きな口で言いながら見て来るあの冗談めかしばかりでイカレた頭のリチャードが悪辣と見て来ていた。きっと、ファックしちまえよボンボン野郎!! と言っているのだろう。あいつはプライベートは、品性が無い。王家の血もへったくれも無い奴だ。下がってろと目で下がらせ、リチャードは悪魔顔で目を見開き舌を出し、ミスターにはがらりとあくまで紳士的にウインクし、笑う横顔でカーテンを閉めた。全く、あのどうしようもない兄の本性を知ったらあの出来た淑女のアラクがどう思うか分かったものでも無い。あのリチャードはサディストのラウドロッカーだ。

ミスターはそんな普段は紳士を崩さないリチャードの一面を見て、やれやれ肩を竦めドアを開け閉ざしてしまった。

あのイカレリチャードのせいで……。

俺は咄嗟にフェラーリの後ろを行き助手席に乗り込んで、膝に手を置き横顔を見つめた。

「ミスター」

「………」

港を睨んでいた目が、視線を落とし手を払いサイドギアを入れ替え、乱暴な操作で俺は咄嗟に足を引き寄せ車体に掴まった。荒い運転でよいそうになり、恐くてミスターの横顔が見れない。震える膝を見つづけ、エンジン音が激しく唸り目を堅く閉じた。

いきなり胸倉をつかまれ引き釣り出され木に胴をドンと付けられ息が止まりかけた。

「可愛いらしい……」

闇を背後に、漆黒の悪魔の様に瞳が俺を見つめた。

一生、ミスターにかしずきたい……。

このまま、彼に食べられてしまえたら……どんなに幸福な事か

木霊した。闇の深くまで。

去っていかれたくなく、幹に付ける手にきつく手を絡め、何か今きついことを言われたら、もう……。

沈黙が流れた。俺は目を開けることが恐くて口許がずっと自分でも判読不明な事を囁く様に口走りつづけていた。意を決し目を開け、彼を見た。その潤う唇、白の頬、漆黒の双眼、背後の闇に漆黒のフェラーリが乱暴に置かれ、木々が風も無く佇み虫が鳴き、恐る恐る項に腕を回し、黒髪を見つめた。動こうとしてもずっと、滑らかな首筋の艶の黒髪を離さなかった。耳元で囁かれた。

「………」

俺は直ぐ近くの漆黒の瞳を目を見開き見つめ、歓喜の余り身体の底から打ち震えそうだった。

「そうしよう……」

ミスターは妖美に微笑した。俺は激しく心臓を高鳴らせ、身体中の血潮が沸きあがり至福の熱い息を漏らした。


 ☆キャリライ・S・レガント 武器開発製造・DNA医療開発研究組織ロガスタースポンサー陣委員会メンバー


ロガスター本部棟

司令塔内会議室

スポンサー陣委員会会議


 「………」

朧気に天井を見ていた俺は、ビキッと目の端に青筋立てたMR,SSSに額にガツッと、万年筆を突き投げられ痛みに額を抑え歯を剥いた。

「……何をする、」

「これら第二予算に関する事項が今回、あなた方に支出して頂く医療三部門の内訳ですが」

スクリーンに既にMR,SSSは指示棒を向け予算案を打ち立てていた。

「何か、煩い事ですかなミスターレガント」

隣席が腕を組んだ横目でそう言い、俺は背を皮に収め手を置き、目を伏せ気味に首を横に振った。全く、貴族の顔にふざけた事を毎回毎回……。

ガスッ

口を引きつらせ、ザッと斜向かいの者を見た。顔真横皮に蓋を抜いた万年筆の先が突き刺さり、携帯電話で話す国王が切り、テーブルに置いた。

「言語道断です」

この際国王レベルにならなければ顔への負傷は免れないのか……。

「四月度の倹約活動からの黒字から二パーセントをこちらへ当てさせていただく事に決定したしました。その為の内訳はこの通りでござます」

「二パーセントもいただける利益が上がって? 珍しいですな。特別に部門の時間内可動消灯や作業停止でも?」

「医療三部門倹約内容四月度の内訳はこちらでございます。他、九十七、九パーセントの使用内訳はBへと記させていただきました」

一部門毎のエコ活動で上がった利益は〇、一パーセントを毎回ボスの粗利に回されるが、その利用内容をMR,SSSは口を割らない。ボスが不在の今、怪しい物だ。

戦力ジャッシー突如の引退という大打撃を受け、貯蓄でもしているのだろう。

「予算案内訳は以上です。ご協力感謝致します。第八項目へ映らせて頂きます。各ターゲットの特殊警察関与の有無に対する各自報告お願い致します。ミスターから」

意地が悪い。俺からか。

「無い。勧誘は受けた事実はあったようだが、気質的に受け付けない体制の組織を嗅ぎ取った風は覗えた。ターゲットからの目には、警察組織という全体像をつかめない組織には壁をおきたいらしく、不信感と同様にきな臭さでも感じたんだろう」

「ミスターは」

「こちらは様子見を」

「ミズ」

「こちらからの見解ですけれど、あくまでも興味は記されておりましたわね。名は出す事は無かったけれど、お仲間内での目も注意なさる事を言うと、今にも特殊警察を名をターゲットから出す勢いでいきなり話に活気つけて」

「将来勧誘時に参入の恐れがあると見なしましょう。ミスターは」

「察しの通り、特殊警察へは恨みがあるらしい調べの分、逆に崩す機関は無いものかとぼやいていた」

「あなたはこちらの気配を逆に探られる事の無いよう注意ください。特殊警察の気質は勧誘能力の高さともいえます」

「確かに。追って様子を見よう」

「お願い致します。ミスターは」

もしもターゲットが引っ掛かる場合は組織側からの調べが入り、完全な裏が取れれば会議で名を提示され警戒が発される。その為に、こちらも様子を見て貴族仲間に注意をそれと無しに促せるわけだが、逆にこちら側もその特殊警察員に気に食わない者を悟らせ潰させることも出来る訳だ。その場合は、逐一組織がわに知られる事にも繋がるのだが、名を知らされているのだから、危険を踏むか踏まないかは各自判断でもある。自己もいつ何時誰に貶められる事か分かったものでもない。

十名分続く中、またボウッとし始めていた。

「い九項目へ移らせて頂きますが、ミスター」

「………」

俺はMR,SSSを見ると、白い目で見られている。

「覗っているが」

「項目を移る前に今一度の休憩を差し上げても宜しいのですが」

「結構だが、何故」

「では、第九項目へ移らせて頂きます」

 「ミスター」

俺は通路上、目を引きつらせ斜め後ろを見上げた。氷の様な眼差しで横目で見下ろして来るMR,SSSが横へ並び、前へ視線をやり言った。

「御交友内容はご自由(な法を取って頂きもちろん宜しい)ですが、会議の渦中私情を挟まれるのは」

「待て」

腕に手の甲を当て立ち止まらせ、視線で見た。

「余計な事を。監視を匂わせこちらの行動毎に目をはばからせるつもりか」

「駐在者からの報告を受けたまでです」

そう前に向き直り歩きながら言う。

アマンダだ。あの美人のマドンナ秘書からは頼られるほど仲がいい。驚きの余り電話でもしたんだろう。アマンダは口が堅いからいいが、署内のマドンナ同士は結束が固いからな……。アマンダもレオンもロマンナも秘書も今まではラニールもそうだったが、まさかの繋がりで新しくジェーンにまで行くと仕事がやりずらい。彼との事は慎重にしなければ。

アマンダは直接的に戦闘員SilverWolfとも交友がある。あの男にもしも知られれば何を邪計される事か分かったものじゃ無い。この男の場合は性質が淡白で余計な事は線を引く領分をわきまえている。それが組織運営にも現れている。余計な詮索は絶対に組織は出さない。

「彼の噂は」

MR.SSSの言う≪彼≫と名指す男は唯一一人のみだ。社交へ進出した問題児SilverWolf。

「宴の席で聴くごとに派手にパーティー三昧だ。大富豪連盟への加入も絶対視され始めた。何を考えているのか、将来が恐ろしいものだ。あの狂った悪魔がビジネスに本格的に表舞台に立たれれば、被害は免れないだろう」

確かにSilverWolfは狂っていた。精神をきたしているとしか言い様が無い。死生観から始まって各所変わり者だが、あそこまで快進撃を見せる人間がまともな人格を持ち合わせるわけも無いのだが。

「引き続き厳重警戒を」

MR,SSSは司令塔へ進んでいき、俺は休憩室へ入った。

扉を閉める。

挨拶をし合い、ソファーへ腰を卸す。火を灯し吸い込み、目元を抑え吐き出した。

困った。彼の事が頭から離れない……。

「会議の折は、珍しく気が他へ言っていたようで。ミスターレガント」

「あなたらしくも無いが」

「いいえ。こちら側のことは御気になさらずに」

「ふふ」

「何か?」

「素敵な女性のことなのではないのかしら? 余計な事でございましたら、ごめんあそばせ?」

俺は首をやれやれ降り微笑んでおいた。

「いつでも美しいご婦人をつれてらっしゃるミスターですからな」

細かなファブリックの模様を見つめ、渦を巻く……。

今に、生甲斐になるのかもしれない……。

こちらの同行にまさか支障をきたす事など無いが、追って警戒は怠らずに悟られなければいい。ガルドの奴も、FBI・CIA両長官、国際警察、Gメンのカトマイヤーも俺を怪しんでいるんだ。事ある毎に彼への報告もガルドはするだろう。気をつけなければ。


 組織の幹部がハンドルを握るベントレーで、私営ヘリポートまでを送られる事が原則だ。

駐車場を進み、クロコ皮手袋を填め颯爽と歩いた。(グレー系のジャケット、襟に金のポイント光る。胸部にクロコのカードケース。ワインレッドのベスト、クロのシルクタイに金のメダルピン、シャツのボタンは小さな粒の真珠、黒のパンツ、先の細くメダリオン打ちされた革靴、金髪を真っ直ぐの真中分け左右頂を浮かせ全体的に綺麗に後ろへ流して襟足で止めているのがロガスターでの髪型。秋口なら黒マフラーを首元に巻きジャケットに収めたいのですが。彼の顔つきは極めて大人の品があり整っている。目許は冷淡で口許は薄い造り。頬は引き締まっているが鋭いわけでもなく細いわけではないあくまで優雅なカーブ。鼻筋は通っていて眉根は綺麗な淡白さあり)

ドアを開けられ、乗り込むとドライバーも無駄な動作も無く機械の様に乗り込んだ。だが流れはあくまで流れる優雅さだ。

細身でアイスカラーのスカートスーツは足裏の膝下から絞られ広がり膝裏でフリンジかかっては、真っ直ぐの鋭利なふくらはぎ下の黒のヒールが際立つ女だ。その姿も運転席の柔らかい革に収まると、フリンジの優雅なブラウス袖から伸びる細い手指先の六角玉の金リングが静かに光り、サイドハンドルに置かれた。滑らかな黒髪は肩を越すロングボブで、水の様な艶だ。パツンの下から覗く山羊乳色の頬も、綺麗な鼻筋も黒いサングラスの目許を極めて女性らしく見せ、ブラウンレッドの色っぽい唇がやはり規律と品性で保たれていた。

その横顔がサイドギアを変え終えると、前へ向き直った。

両手で滑らかにハンドルを流しながら、車両が流れるように進む。

「レガント様? あたくしがおっしゃったこと、よくよく受け入れてはくださらないのね」

高い声が甘さを含むのが彼女の声だが、あくまでそれは生まれ持った彼女の声というわけであり、喋り方の猫なで口調は不真面目さから来る物では決して無い。

「あたくしがどんなに魅惑的なのかを、推し量るべきはあなたのその瞳でらっしゃるのに。真っ直ぐとはあたくしを見て下さらない」

シバーラと出会う前から、彼女は俺のドライバーとして組織への送迎をしているのだが、相手が組織の人間だと言う事で、生身を交すのでは危険を感じずに入られない。委員会というスポットは、組織とは険悪さが付き纏う。どうやら、組織開設時の当初に立ち上げられた初代委員会は組織との橋渡しが相当うまく成り立っていたという事を聞くが、その後の第二次委員会からとなると、その中立が保たれなくなっているそうだ。

今の委員会メンバーは第四次委員会メンバーで成り立っている。以前の歴代は知らされては居ない。それは厳格な規則だ。

ロガスターの歴史、五十三年目。これまで様々な歴史と共に恐るべき進歩・快進撃を遂げてきた。

基本的には、ドライバーとの仕事上の会話、こちら側の社交事、家族事、噂に関しては、一切互いが干渉厳禁という事になっている。本来、送迎時も会話は禁止されている。話す事項としても、一対一の裸一貫個人としてのみの会話だけに限られていた。それでも一線を誰もが引く物だ。こちらは表を生きる人間。相手は闇に生きる人間だ。信頼関係を結ぶ以前に、機械的に送迎を全うするだけ。

「本日の薫りはいかがですか? 新しくこの時期に沿うよう、調合させたものですの」

ミラー越しに一度、視線を寄越して来た。

「魅力的でございましょう?」

「ああ。とても」

ドライバーの熟れた口許が綺麗に微笑し、進めさせて行く。

黄色の陽が四角く差し込み、眩しさへと包まれ地上へ出た。

爽やかな海岸線を快速で走らせる。ドライバーの滑らかな髪にも陽が白く差し込み染まり、彼女の肌も明るい陽射しで染める。

「………」

女がブレーキを踏み、徐々に原則していっては俺は腕を解きシガリロを灰皿へと置いた。

路上に、男が倒れている。

カモメが高く青の海を飛び、水色の粒子のような空に白の体が浮いていた。潮騒は車内には響かない。

男は頭をこちら側に足を向うへ放り出し片手を胴に乗せ横たわっていて、焦げ茶の髪が潮風に揺れている。トンビが羽根を広げ上空を飛んでいた。その春が下のアスファルト上に、黒革のパンツに白い光があたり、真っ白のシャツも風を含んでいる。

真っ白く眩しいガードレールの向こう側には、白い柵の前に連れ合いの男がこちらに背を向け柵に両腕を乗せては海を見渡している。

路上サイドには、黒のボディーに鋭く光る銀の金具の大型バイクが、二台つけられている。

海を見渡す白い肌の男は銀髪を風になびかせ、黒鳳凰の輪ピアスが風になびき光る。涼しげに美しく鋭い銀色の目許を細めさせている、SilverWolfだ。

路上に転がっているのはいわゆる、ディアン・デスタント。

ウインドウをスライドさせ、温かく爽やかな風が吹き込んでは、その風音と、微かな打ち寄せる潮騒の旋律が涼やかに広がりを見せ、続いている。時々、カモメがだみ声で鳴き滑空している。心地良さげに……。

呆れながらSilverWolfに言った。

「アレをどうしたら退ける気だ?」

SilverWolfが肩越しに魅惑の微笑で鋭く口許を引き上げ見て来ては、ライダースジャケットの背を向け、黒の革パンの腰に下がる銀の装飾が鋭く一切の甘さも無く白い光を反射した。

「轢いても差し支えあるかな」

そう、MMの時の口調でわざとそう言い、鋭く凛とした妖艶な顔つきでくいとディアン・デスタントを示した。

「交通規則は破らせない」

「へえー」

恐るべきながきにわたる一斜線道路は、黄色の線が続いている。それを守る人間もいないのだが。

「何故あいつはここで眠り始めているんだ」

「眠り始めというよりは朝陽を横に見ながら明星の月を見上げてただけだ」

「十時間も。暇な奴だな。自ら契約を取りに行かせる気もお前には無いのか」

「さあー」

機嫌でも相当にいいのか、いつもは他人とのかかわりを完全に煩わしがる性質なものを、よく喋るものだ。普段は銀の刃物の様に視線だけで追い払う性格だ。ジャッシー以外はこいつから言わせれば、草にしか見え無い。余計な存在というよりも風景でしか無いというわけだ。仲間とはつるむのだが、頭の中ではその場に居なく何を考えているやら。

ディアン・デスタントが腹の上にカモメを一羽乗せ、目をあけると熊の様な欠伸をした。

起き上がると首をゴキゴキ鳴らしてはカモメが横を歩いていて、その場に細い足で立ち止まっている。

まだ二十三の若さでこのディアン・デスタントは大したナマケモノで、しかもあるべき貴族としての生活すら一切したことが無いロードライダーだ。将来の一族世継ぎも完全に弟のデイズ・デスタントに任せるつもりだ。

立ち上がりアスファルト音に温まった体をごきごき捻らせてはカモメがガードレールと柵の間を越え飛び立って行った。

車両に気付くとわざわざここまで来ようとしたために窓を上げようとしたが送れた。少年時代のこいつには以前、リーデルライゾンでヘリを壊されていた。面白がって操縦したがり、飛び立つ瞬時に地面に突っ込んで行ったからだ。リムジンだ、車両だをこのままひっくり返してこないとも言えない馬鹿力だった。

「よう。葉巻くれ」

「検査は終えたのか」

「まだだが」

「先に行って来い」

「その後の一服分ぐらいくれよ」

仕方無しにヒュミドールから出し、お構い無く火をつけたから放っておいた。

「この前、あいつが映画館に麗人連れでやってきてたが、署内ではどうやら仲が宜しいようで」

こいつの言う≪あいつ≫というのが、ガルドの事だと言う事は分かっていた。こいつの言う≪奴≫が弟デイズ・デスタントだという事も。

署内の麗人というのが、果たして麗しい五大マドンナの中の誰かであるのか、俺にわざわざ言うぐらいだから俺が不倫しているアマンダの事か、新しくチームに加わったがどうやら仲がぎくしゃくしているレディージェーンの事が、または、あいつが共に連れ立つには相当に意外な人物、彼、ミスターラヴァンゾの事か……。それをこいつは言わなかった。

いつもの様に西洋とエルサレムの混血で、ユダヤンのディアン・デスタントは目許が鋭く随分な男前な顔つきを小気味良く微笑ませ、黄金掛かる焦げ茶の瞳がドライバーを見た。

「悪いな。引き止めて」

そう言い背を伸ばすと紫煙が風に持って行かれ、俺を見て来た。

「こいつとも賭けを始めたんだ」

SilverWolfの方を肩越しに示し、俺は肩越しに風の止む事無く吹き付ける海を見渡す美しいシビアな横顔に視線を向けると、こちらを見ては頷いてきた。

「DGGの人生ゲームだ」

「……人生ゲーム?」

ディアン・デスタントは言った。

「俺はあいつが勝ち抜く事に賭ける」

「だが俺は当然、奴の破滅に賭けた」

Silverwolfが意地悪っぽくそう微笑した。

「あんたが加われば、またどういうことになるか。将来街の権利を任される話が出て、Lでは秘密裏で委員会メンバー、署内ではあいつのチームメンバーだ」

「………」

俺は考え、視線を緑の濃い山のほうへ向け、視線を戻した。

「俺は身内事で賭けはしない」

「へーえ? カトマイヤーに持ちかけたら、賭けに乗ったけどな」

俺はずっこけ、呆れ返った。

「当然、あの男の望みはただ一つ。あいつこそを将来の大地主に祭り上げ、行く行くの完全なる警察人、そしてFBI長官にまでのし上がらせる事だ」

あのカトマイヤーらしい。

「どんな手を使うも、自由というわけだ。ぐんぱいをどう上げる事もな。奴は、再び手前の手元に可愛いあいつが戻って来る事に大きく賭けてるってわけだ。警官なんか辞めてな。だが俺はそれを奴には許さない」

独占欲のためにデイズ・デスタント自身がガルドを引き裂いたためだ。それをガルドの親友だったこいつは許していない。

「………」

雲が地平線に白く線引く水色の海原を見つめては、静かに言った。

「俺は断る」

「そうか。まあ、この意外性もあんたらしくもあるが」

どういう意味だ。

「だが、情報は渡してやる。賭けに乗らない上で、身内のあんたがあいつを助けるか、貶めるかはもちろん自由だ。あんたはまあ、こちら側のジョーカーのカードという事で、今後の地主の権利を守り抜くことが出来るのかを見守っている。その変り、その線での手助けはこちら側は出来ない」

「結構だ。自分の地位は自分で守る」

「ご立派」

このギャンブル好きは。

「じゃあな。道中お気を付けて、御曹司殿」

俺は呆れ、最後に一言言った。

「いずれ、お祖父様の遺された一族を手伝う心構えをしておく事だな。異端の御子息殿」

ディアン・デスタントは眉を上げ口を引き締め熊のような顔をして、俺は前に向き直りドライバーに進めさせた。

SilverWolfは長い足のブーツを颯爽と上げバイクに跨り、ディアンも跨ると広い肩越しにニッと微笑しウインクしては、金のピアスを光らせ、シガーの煙を引き後方の組織側へと二台で走らせて行った。

視線を肩越しに戻し、緩く進み始めた車両の前方を見る。眩しいアスファルトはもう、陽炎を上げるような頂点の太陽から熱を再び和らげて入るが、いずれまた陽が戻れば照りつける。

眩いガードレールと黄色の線が同じ様にカーブを緩く描き、進んでいき、海原を見つめた。

pipipi

「何だ」

「ラヴァンゾだが」

「ゴホゴホゴホッ」

俺は驚きの余り顔を真赤に咳をし、ドライバーの女が減速させたが手でそれを制させた。

「失礼、ミスター……」

「いいや。非番の折に突然申し訳無い」

「何事か、事件でも?」

横のクッションに手を叩かせ舞い上がりそうになる気持ちを抑える。脚を組み替え、落ち着かなく腕時計を見た。身体が熱い。

「いいや。静かな夜だ」

リーデルライゾンでは現在、真夜中の十二時半だ。

「それは良かった……」

愚かにも期待してしまう。真夜中に、ミスターが俺に会いたがるわけも無いというものを……期待してしまう。

「現在、屋敷に? それとも港に」

「いや。正確には、街を離れている所だ」

今すぐにでもそちらの傍へと駆けつけたいのだが……。屋敷からこの前の様に走っても間に合うどころか、アメリカにすらいない。

彼の背後の気配を感じたかった。あちらは夜だ。リーデルライゾンの夜は美しい。

透明で、どこかしら物語りめいた中に、彼はいる……今、こうして話している最中にも夜に包まれている。彼のあの白の肌。麗しい唇、あの滑らかな黒髪、静かな美しさ……。低くドライな口調さえ愛しい。

脳裏に浮かんだ。あの白の男性的花のような彼が、黒のシルクをゆったりとその身に纏い掛け、あの長い脚を組んでは、その手腕も、覗く肌も、そして、美しい足先も……唇を寄せたくなる……。

「そうか……」

俺は胸部を抑え、高鳴る心音を抑えるために海を見つめた。煌く海は、サファイアの上にダイヤモンドの粒を時の砂時計から倒し広げているカの様に、輝いている。

沈黙の先に、記憶の中の潮騒が流れ目を閉じた。幸せの時であって、余りにも悦びがサラサラと流れ来る……。

すぐに目に浮かぶ。彼が署長室にいて、そしてあの海を背後に……。

瞼を開き海を見る。渦巻くように、感情上、青い……。

許されるならば、あなたの胸へと飛び込みたい。海のように安堵する。闇の夜空に金色に星は光り、闇艶の静かな細波の海の様な彼。

そして微笑する艶やかな彼に抱かれ、そして、屈したい。

凪いだシルクの海のような……。

「リーデルライゾンへは、明日の午前中につく予定だ。あなたの気が変わってしまうまでには相当の時間だ……」

沈黙が流れた。そうだと言ってもらいたい。きつい事など言わずに。邪険に振り払われて、鋭く睨まれて、突き放されて、そんな事など慣れていない。可愛がってもらいたい。彼が同様に男などを受け入れない事など分かっている。俺が他に向ける事と同様。

だが彼は約束してくれた……。

即刻約束を交したい。機会はいまだけだ。ジェットへ搭乗し落ち着いた折には、もう彼も俺側の連絡を受けてなどくれない。だが、今取り交わしたくとも第三者のドライバーがいる。ミスターから、言ってくれる事を待ち望む事はできないだろうか。まるで時間を稼ぐように俺は沈黙を続けていた。

「仕方が無い。それでは、おやすみ」

「………」

俺は言わなかった。

膝を見つめ、無言で首を横に振った。目を閉じた。

「夜分に申し訳なかったな」

ミスターはもう一度そう言い、通信が途絶えてしまった。

「………」

車両を一時停めさせ、車から離れて会話をするべきだったと、今更ながら思う……。


 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ ラヴァンゾ一族御曹司


 レガントをアジェ・ラパオ・ルゾンゲへと誘おうと思っていたが、どうやら他の宴にでも出ているのだろう。

仕方がなく携帯電話をジャケットへと仕舞い歩いて行った。

この街随一に有名なリカーと孫のレガントは、目許を隠そうが隔たり無くそれがキャリライ・レガントであるという事など明らかな事である為に、それは避けたほうがいいのかもしれないのだが。

とはいえ、街貴族達の場合も姿かたちでアイマスクを填めていようが、誰であるのかはやはり分かるというものだが、それが、外へ出れば性的少数者であるのか、そうでも無く通常の感覚を持っているに過ぎないのか、という違いだ。その点で、その本人へ対する心持も確かに換わりはするが、原則的に表ではそれを決して互いが口に出す事など無い。

会場内でも、名指す事など無い。

それが地主一族の人間ともなると、直接的なスキャンダルへと変わる恐れもある。それに、レガント一族は性質的に、異性への感情に生きる種族だ。その関係が派手でもあるのだが。ガルドが両性愛者であり変り種というだけで、あのガルドでさえ、アジェ・ラパオ・ルゾンゲの地下倶楽部へは誘う気は毛頭無い。

ただ、上のエステ屋敷へはリカーも、キャリライも、キャリライの母が戻った折にも、彼等一族の専属エステティシャン達の施しとはまた別にルゾンゲの施しを受けに来る場所でもある。社交の場でもあるからだ。エステを介してでも、一階や二階に有る宴の会場での事でも。

リカーもルゾンゲとの話のためだけに訪れる事もある。

一度、ガルドの事もエステを受けさせるために訪れた事もあったが、それもあいつが十九歳の巡査時代の事だ。

上にあるルゾンゲスパエステ屋敷からエステの施しのために入れば、直接的に専属エレベータで地下の倶楽部へ向かう事はできた。もちろん、他の会員の目に触れずに室内へ入る事も……。

そうすれば、スキャンダルも避けられる。相手はエステを受けに来たに過ぎないのだから。

本日は、黒の棟内に二十五ある室内プールの中の一つを貸しきることにした。久し振りに泳ぐことにする。

この分では、AとBとCを泳がせるために連れて来るべきだった。月に一度の三匹の水泳には、照明を落させるのだが。

廊下を颯爽と歩き進めて行き、幾つもの空間を抜ける。男性的絢爛さと、エレガントな邪さも含まれる空間の連なりは、黒真珠のブレスレットが連なるように海底の底で其々の情操をのせている。

そして黒に銀の靄の入る壁に、黒石材の悪魔顔を上下に構える柱、黒金属のねじれたポールからは黒シルクが垂れ幕として下がり、黒ビロードのソファーがボリュームあり黒樹脂に縁取られ黒系の鋭い花をあつらえさせた台の横にシガースペースを隅にもうけた空間先の階段は広く、カーブを描き、黒の枠が白く一列に光っている。並ぶエレガントな片扉枠も光り、間際の堂々たる黒馬の掛けて行く絵画も、装飾の施された天井の黒シャンデリアも、その場を一つの世界にしている。

背後の壁は黒にチタンのファブリックであり、腰壁前に置かれた調度品と、ルジクオークションでエントリーされた黒馬と黒金属馬甲冑の優雅な剥製が艶の黒尾を眉間の冑から整え断たれた場からある。

階段を上がって行く。

再び開けた場を進むと、黒樹脂のみに囲まれたレリーフの廊下を歩いては、八角形の空間に出た。ドームの天井上にミイラのオブジェが黒樹脂に固められ下がる。頭とパネルに囲まれた空間は、サディスト的な場だ。

四人ほど友人を呼び共に泳ごうと誘う為に、携帯電話を出しかけたが、気配でまた戻した。

「これは、ミスター」

「………」

アイマスクの目で振り返り、ヴィッタリオの当主を見た。この男は悪魔崇拝者だ。彼もアイマスクを填めているのだが。

「ええ。ご機嫌麗しく」

「今からどちらへ行かれる予定で?」

「この先の室内浴場へ……」

「お供してもよろしいかな」

「かまいませんが、喜んで」

彼は決して同性愛者では無い。その棟で見た事は一度も無い。女人禁制の黒の棟には、悪魔崇拝の砦もある為に見かけることがあるが、他に何かの性癖を持ち合わせているのはか不明だ。あのベルモア一族の御曹司の場合は黒の棟へは単独では現れない。常にこの男の娘である女神ラビディーと共に、総合的な宴の会場に現れ見かけるのだが、きっと二人で常にともに他の棟へ入るのだろう。その為に、彼等同士がアジェ・ラパオ・ルゾンゲに出入りしている事は互いには知らないと言える。ヴィッタリオの当主を、総合的な宴の会場で見かける事は無い。

この鋭い魅力のヴィッタリオを目の前に、自己の平静を装えるかは不明なのだが。

進んでいき、八角形の滑らかなドームの灰色練乳天井の空間から、廊下を進んだ。

この先には突き当たりに金の丸いノブかつき、黒樹脂装飾の観音扉がある。両扉にレリーフで舵が記されている。廊下自体に船の錨で使われる太く黒々とした重厚な鎖がアナコンダのようにのたうち、空間を締上げていた。

扉を開き、灰色の練乳の空間になる。太い柱で支えられ、円形のプールが広がっては、銀色の五つのシャンデリアが滑らかな水面に移っている。高さを其々段差がついていて、中央のものは水面近くまで下ろす事が出来る。

左奥のアーチのつく壁パネルが連なる下に黒ビロードのベンチが灰色艶石の装飾台につながり、右の壁は白石の装飾ベンチと、中央に半円型の盤があり、黒に金の模様の天蓋が掛かっては、その下に黒のビロードクッションなどが並べられている。

突き当たり、アーチ上部に装飾のある間口の奥は、一面の壁を黒石に植物を自生させたガラス張りのジャングルがあり、その中ではモルフォ蝶もジャングルの木々の中飛び交っていた六角形に近いルームで、テーブルセットが置かれていた。

扉に閂を掛け、ジャケット、スカーフ、ベスト、履物、シャツとテラードを白石ベンチに放ってはプールへ飛び込んだ。

水飛沫がシャンデリアの揺れる水面に落ち凪が崩れ、銀の波が乱舞した。ゆったり泳いでいき、目を閉じ背を下に滑らかに足を操りシャンデリアを目を開き見上げた。

時々、このまま誰かがこの上に落してくれないか……そう思う。

アイマスクの黒の縁が目の端に枠取られ、腕時計が手首に機械的にカチカチと振動する。

ザンと音が響き、直ぐにヴィッタリオが横まで来た。

身体を立てに戻し上目で、アイマスクの中のアクアマリンの瞳を見つめた。それは、銀のシャンデリアが水面から跳ね返り鋭く光っている。

鋭い顔つきに、水滴が落ちる黒髪。シャープな体つき、骨ばる足つき。水の光を跳ね返す健康的な焼ける肌。

「綺麗だ」

ヴィッタリオがそう言い、俺は身を返し泳いでいき機嫌を悪くして上がろうと思った。

カーブを描く段差を上がっていき、半身を水に浸しながら片足を立て、背後の縁に肘を掛け、子供の様にいじけるつもりなどなかったが、憮然として壁を睨んだ。

可笑しそうにヴィッタリオが笑い、綺麗なフォームでゆったり泳ぎ始めた。その素敵な姿を見つめ続けた。

五つの巨大な銀シャンデリアの下、水面み映るほうは銀糸の豪華なレースに見える。その中を、身体を回転させ浸水して行っては、底を泳ぎ、また浮上しては泳いでいる。スカイダイビングを趣味とするのだろうか、そういう泳ぎ方にも思えた。

多くの名馬達を卸すヴィッタリオ一族のこの彼が、草原を巨大な黒馬で走らせていく姿は実に様になる。黒のスラックス、黒のシルクシャツに、セットの解かれた髪もワイルドだ。

共に貴族仲間達と乗馬を楽しむ折りは、彼の息子、アレクサンダーも難易度の高い競技を美しく見せたりなどして場を盛り上げさせる。

水を滑らかに跳ねさせ泳いでは、ここまで、やってきた……。

囲うように肘をついて来ては、俺は彼を見上げた。

「君は、サディストマスターらしいね」

「ええ」

「そうか……」

俺の顔を瞳で静かに流し見ては、華奢な黄金と六角形のオニキスが嵌る細い指がそっと目許の黒のアイマスクに触れ、それを外された。

「美しい……」

囁く様にそう囁く薄い口許と、鋭い目許を見つめた。

瞳を閉じる。


 ☆キャリライ・S・レガント レガント一族御曹司


 クリプトンが泣き叫ぶ声がして、シバーラが電話口に言った。

こちらは時差ボケで多少今いろいろと言ってこられるとたまらない。

アヴァンゾンラーティカの私営ヘリポートでリムジーンに乗り込み、こめかみを抑えた。

「おはようあなた」

「ああ。おはよう。無事についたよ」

「良かったわ。ごめんなさいね。あなたが居なくて寂しがってるの」

「そうだな。すぐに会いたいよ」

「早くきてあげてね」

「プレゼントをそろえたから、楽しみにしていてくれ」

「まあ、嬉しいわあなた」

「じゃあ、またあとで」

「ええ」

こういう日は、朝食を共に過ごす事になっている。その為に真っ直ぐと朝陽の中を走らさせた。このまま、ヘリに乗り換えて敷地内の海辺のヘリポートに降り立つ事も出来るし、ばあさんと俺以外は普段そうなのだが、何しろばあさんの場合は街の様子を見回る為に、俺の場合は少しでも心的に帰路を遅らせるためにも、私営ヘリポートへ降り立ち、わざわざ隣街から帰る。というか、ばあさんは敷地内のヘリポートは使わないに等しい。友人達と共には乗るのだが。レガントの豪華客船倉庫も利便性を考えてか、歴代の海辺端から、大きく場所を移動して港側へ移動させた。レガントの敷地内への宴時の寄航には、岩場が足許になる北崖の方向から上がるようになったようだ。

それまでは、歴代、南東にある巨城が一族の居城だった為に、東側の崖につけていたというが、それが道が遠くなろうが一切お構い無しに北側の崖を寄航地に変えたらしい。

その古城も、兄の死後は城門を閉ざされ、ヨーロッパの宮殿を移築し、北側の場所に居住の今の屋敷を構えたのだ。その事で寄航後は容易に会場へ貴族達もつく事が出来る様になったのだが。

だが、何しろ巨城程の広大さが無い為に、俺も狭さにはどんなに困った事か。六年経ってもまだ慣れない。

だが、俺も城に戻る心境などにはならずに、ばあさんの言葉に反対しなかったのも、今の屋敷に不平を言う事も無い。兄の死にはロガスターへの疑惑が絡んでいる。殺害場所になった城に、快く住んでなどいられない。

二十七の若さでそうなった兄が、今も生きていれば将来、地主への道を駆け上がっていた事だろう……。生きていれば、三十三だ。あんなに好き勝手ばかりで、派手をして、真面目にやってきた俺がどんなに努力しようが正式な後継ぎにもなれない。気もきくしよく気がつく性格の兄で、ばあさんにあんなに気に入られては、ばあさんのリカ・ラナでの秘書としてまで選ばれて、将来はリカ・ラナまで任される社長になる将来さえ兄には約束されていた。

そんな事、絶対に許せなかった。

その上俺の大学時代から接触して来ていた情報組織ガジェスの事も何やら気付いて探り始め、大学を卒業しそのガジェスから声を掛けられ是非とも参入してみるべきだと勧誘されたロガスターへのスポンサー委員会の事まで、探り始めたのだから。情報をガジェスに渡すためにも警察組織へ共に入った俺の事を探って来て、勘が鋭い兄は、鋭く言って来た。

「何を考えて何を企んでるかは知らないが、お前がやっている事はまともな人間のやる事じゃ無い。どうやら、暗殺に関与する闇組織らしいじゃないか。この事はばあさんに報告する。信用なんか置けないからな。まさか家族にそんな人間がいただなんて思うと、ゾッとする」

俺は怒りに燃え、ロガスターの戦闘員の女を一人兄に近づけさせた。

宴の席で知り合わせ、直ぐに愛し合う様になり、しばらくの期間信頼を深めさせそして、暗殺させた。

だが女が心中を図った。その女まで本気になったからだ。

ばあさんは女にうつつを抜かす兄に怒りを感じ始めていたし、だが実際その女に殺されたと分かると、城門を閉ざさせた。

警官で殺人課にいた俺は、兄の事件捜査に加わりながらも裏から全ての証拠を揉み消しつづけ、ロガスター戦闘員の女の身元も、ロガスターの陰も、全て消し去ったことに成功した。演技でその闇入りへ入った事件に取り付かれた振りまでして、過去の事件捜査の中の一つに紛れさせた。

これから知られる事も無い……。

ガスッ

「………」

俺は顔を引きつらせ、音のした背後を肩越しに見た。

まさか、鉄板をも打ち破るMR,SSSの万年筆攻撃……。

ガルドだ。

サングラスを填め金髪を風になびかせ、バイクで走行するガルドだった。黒の革パン姿でいつもの無表情がサングラス下に覗いている。

またブーツで蹴ってこようとする為にリムジーンが避けさせた。

横に来ると、わざわざ背後に二人のスラム地区の少女を乗せたガルドが舌を出し、少女達が鎖を回したり鉄パイプを振り上げたりしている

。どうやら、白骨遺棄証言を取った二人組みがいるとはフィスターから聴いていたが、その二人だろう。

親猫に連れられた子猫たちの世に咆哮を上げ、朝っぱらから駆け抜けていった。全く、あいつもやりたい放題だ。きっと、礼にどこかへ連れまわしているのだろう。リーデルライゾンに入った瞬間に、交通課に追い掛け回されればいい。

車内電話が鳴った。

「傷は確認されません」

サイドミラーで見たようだ。

「そうか。あの馬鹿が申しわけ無かったな」

「とんでもございません。若旦那様」

あれでは将来が思いやられる。あれでどれだけまともになった事か。

視線の遥か先の三人の乗ったバイクは、アヴァンゾン内部の方へと大きく迂回し騒ぎながら消えて行く間際、他のハイセントルのスネーク達もバイクなどのニケツで大軍隊で連なり酷い騒音を撒き散らし乱雑に走り流れて行った。巨大な旗はうねり、悪辣とした奴等が朝の帳を黒い炎で焼き尽くすかの様にぶっ壊しそのまま、軍団がラーティカ大通りへ吸い込まれて行く。

荒野を抜け、向こう街のステディオルタウンのイベントにでも総出で出かけるのだろう。

あれに色気で出来上がる娼婦の女達だとか、ミニマムだが甘さで出来上がったレズビアンの少女達が総出でガルドに連れられ派手なカラーと形のリムジンや単車、ヴィッタリオから盗んだとしか思えなく赤紫やピンクや柄色や金色に染められた馬などに派手な黒装飾までロマンティックに施し跨り、大群で駆け抜けていく事もある。それは月に二度ある事だった。アレクサンダーが何度か俺の所に怒鳴り込んできたから確実だ。自分のところの手塩を掛けて育てた名馬達が黒に銀模様や桃色に金模様に染め付けられ走って行くのだから。

レッドスネークの団体が走らせて行く時は、それこそ黒の軍団だ。黒旗に赤蛇と星の巨大な旗を掲げ、走らせていく。黒のバイクや、黒のジープ、ボックスカーなどの大群は、夜を引き連れたかのような奴等の軍団だった。

大通りを臙脂のんを響かせ走り去って行く軍団の背を見ながら、顔を前に向け、アヴァンゾン・ラーティカを離れていく。

徐々に、朝陽が高くなりは締め、その陽は強くなっては街を照らし付ける。あいつらのことも、満遍なく照らし付けることだろう……。

まるで溶ける事すらなく、あいつはどうせ太陽の様に光を発する。

光……。

光か……。

俺はまたボウッとしていた。

ミスターが俺の光なら、城に差す月光。ダイヤモンドの発する光。緩やかに滑る湖面の白鳥が落し光る涙であって、そして、婀娜なる漆黒に光る瞳……。

駄目だ。彼に会いたい。

会いたくてたまらない。

俺は携帯電話を手にした。

Tull

「ラヴァンゾだが」

即刻彼が出て、俺は口を引き締め目を閉じ深呼吸すると、目を開いた。

「おはようミスター。昨夜はどうも」

「レガント」

「ブランチを共には出来ないかと思ってね。是非、共にすごしたく思う」

淀みなく、落ち着き払って言う事が出来た筈だ。予定があると言われれば最後だが……。

「……分かった」

「良かった。それでは、また、後で……」

「ああ」

俺は耳に当てつづけた。彼が切るまでを……。

「レガント」

心臓がリムジンのフロントガラスから突き出るかと思った。

「クルーザーで出ないか。海も穏やかだからな」

俺は携帯電話を持つ手が打ち震え、身体中が痙攣をしそうな程わなないた。ミスターと二人きりでクルー

「シバーラ婦人と我が妻と四名で」

「嫌です」

「………」

通話口越し、溜息が漏れた……。綺麗な溜息であって、俺に漣を起こさせる……。呆れられてもいい。正直に言いたいだけだ。

「分かった。そうしよう」

ミスターが切り、俺は「そうしよう」その言葉に、強く目を閉じた。二人きりで、海の波の上を揺れる。青の海を眺めては、双眼鏡で遥か遠くを見て、そして、シャンパンを傾け、パニーニでも食し、彼が青の海を背後に取り囲まれる……。

平穏に? 本当か? 乱暴に扱われ、床に叩き付けられたら。頭を叩き付けられたら?

俺は、明らかに裏の身分を持っている。

本気で知らされずに一生いる事や、ミスターに装い生きる事など、できるかも不明だ……。


 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ ラヴァンゾ一族御曹司


 レガントが携えてきたシャンパンボトルを開けた為に、光りの差すシャンパングラスに注がれた。

クルーザーに揃えてあったチーズや、クラッカー、ドライアイスとともにジェラートを適当に甲板テーブルへ並べられ、シャンパングラスが置かれた。

組んだ足に手にしたグラスの陰が黄金に差し、それを掲げ乾杯した。

海を背後にすると、意外に若々しくて爽やかな奴だ。

笑顔も、海の風に吹かれる金髪も、黄緑色の目も、白いシャツもここまで若草のように思えるとは。

上品な顔つきが微笑んでは、グラスを美しく傾ける。

波音と混ざり合うような曲が蓄音機から流れ空間に広がっている。

何かしら、社交でも、職場でも見かけないような飾らない時のふとした表情の俯き、組む手を見下ろす瞼や短い睫が、何を考えているのかを不思議にさせた。

俺は柵に腕を掛け首を傾げながら、可愛く思え見ていた。

レガントが視線を上げ、俺の視線を知ると背を伸ばし瞬きしてはジェラートを手にし、スプーンですくった。

「………」

俺はクラッカーに乗せられたジェラートがバッと差し出された手を見て、レガントを見た。

妙に可笑しく思えて笑い、それを受け取り頂いた。

「ありがとう」

「いや……」

レガントは自分でも同じ様につくり、食べ始めた。

「昨夜はどちらへ?」

「知り合いの小さな集まりだ。定期的に遠くにいる同士でカードをしながら話し合う次第で」

「なるほど」

「ミスターは、昨夜俺に会いたくて連絡を?」

………。

真っ直ぐテーブルを挟んで見つめてきて、俺は首を横に振った。

レガントは顔が金髪で見えなくなり、ベンチへ転がり頭を振った。真に受けなくてもいいと思うんだが……。

「俺は昨日、あなたに会いたくて仕方が無かったというのに……」

「まさか、焦がれてでも?」

「俺の気持ちが分かってないんだ! あなたは!」

肘で支え見て来て、またベンチの座面を見ていじけた。

「分かるよ」

「からかってきて……」

視線を上げてきて、上目で俺を見た。

「……横へ行っても? ミスター」

まあ、構わないが。

「どうぞ」

起き上がると横と言っても角の椅子に座り、俺はレガントを見た。

「ここへ来ないのか?」

「とんでもない!」

おかしな奴だ。

「来ればいいものを」

風が吹き流れそちらを見ては、レガントを見た。その顔が恐ろしいほど紅潮し、即刻横へすわったレガントは俺の手に視線を落し見つめ、指を触れてきた。その自己と俺の指を見ながらレガントが言った。綺麗な鼻筋から品のある口許が覗き、睫は瞬きをゆっくり繰り返している。

「あなたの事を、いろいろな物に例える自分がいる」

「例え?」

俺の手に指を絡め、その色っぽい触れ方に、俺はレガントの瞼を見つめた。

「例えば、透明な月光や、夜の白鳥、ダイヤモンドなど……」

「………。それはまた、光栄だ」

「俺は、俺はあなたを悦ばせるために一体何が、出来……、るで」

顔を上げたレガントが言葉がつまり紅潮が全身にまで及び、唇がわななき目許が潤み俺の手を痛い程きつくもって来た。

「なんだ。どうした」

痛くて顔を歪め手を引き、いきなりレガントが色っぽい一声を出し背後に倒れて行った。

な、何だ一体……。

俺は指を擦りながら柵にうな垂れるレガントを見た。

「もしもし……」

腕に手をおき酔ったのかと顔を覗き見た。

「余りにも魅力的過ぎて……まともに見れない……」

「え?」

顔を手で押さえ柵に付けながらそう言っていて、俺は瞬きしさやさやと風に吹かれる金髪を見ていた。

俺はチーズに手を伸ばしそれを食べ、横目で一人うな垂れているレガントを見た。

変な奴だ。可愛いのだが……。

髪を掻き上げると肘を柵に掛け、海を見渡した。綺麗だ……。

そして、静かだった……。

レガントのグラスに手を伸ばし、肩を叩くと渡してやった。レガントはそれを微笑み受け取り、傾けた。

俺も傾け、レガントが一気にあおると耳を染めたまま首を仰け反らせ空を見上げた。横顔が目を閉じ、レコードの曲を静かに聴いていた。

その横顔を見つめては、柵の腕にこめかみを預け、舟に揺られてまどろみ始めた……。

徐々に、徐々に……。


 ☆キャリライ・S・レガント レガント一族御曹司


 俺の膝の上にその頭を乗せ眠るミスターを見つめ、俺はどうすればいいのかが分からないほど、完全に硬直していた。

艶を受ける黒のシルクシャツは滑らかで、白の肌を覗かせ、黒髪は緩やかに柔らかく揺れ、静かな瞼も、真っ黒の睫も、色づく唇も、信じられない程セクシーだ。

片腕をだらんと下げ、真っ白な片手を胴に乗せ、片足を曲げ、もう片足の先の黒の革靴は先に艶が走っている。

顔を少し膝の上の為に傾かせ、眠りについていた。

こんなにミスターが気を許した姿を見せるなんて……。風が頬を撫で、目を開く。

顔を見つめ続ける。静かな眠る吐息が愛しい。触れ合う肌の場が温かい。

ずっと、こうしていたい……。

舟はゆったり揺られ、青の輝きは充ち、風は爽やかで、心までどこまでも満ちていた……。

何度も幸せな気持ちになる。彼といると……。

彼が、レガントの客船でパーティー時に婦人と踊る姿を見た。踊ることは基本的に好きそうな感があった。きっと、様々なものが踊れるのかもしれない。

「………」

ミスターが落ちた腕を引き上げ寝返り、一度こちらに胴を向けたが、また逆側に寝返り落ちそうになって、俺は両腕で咄嗟に引き寄せたが実際は重くて落ちさせてしまった。

するするとシルクが滑り、するすると落ちて行った……。

「ま、まだ寝てる……」

背を上にしていては、良く眠っているので昨夜は深夜から眠っていなかったのかと思った。彼には婦人がいる。シバーラがパリコレクションでブランド専属のスーパーモデルをしていた者ならば、ミスターの婦人は女優だ。

柵に片手を掛け背を曲げて、呼びかけた。

「ミスターラヴァンゾ」

舟に揺られて心地のよい夢でも見ているのだろうか……。俺は寂しくなり、取り残された気がする。

ミスターは夢に浚われ、俺はその彼の背を見ては、それでも横顔を見つめる事も幸せだった。

いきなり声を吐き出し起き上がって四足になって驚いたミスターが目を見開き俺の目を見た。

テーブルに頭をぶつけそうになった為に、咄嗟に首に腕を回していた。

黒髪から、微かにロクシタンの覚えの有るヘアパックの薫りがする。

瞼に風がよぎる。ずっと、こうしていたい……。

ミスターは俺の髪を撫でてくれ、髪に指を絡めてくれては、波と一体化したように舟に揺られた。陽で背が温かくなり始め、俺は彼の血脈を流れる音を波のやむことの無い音中に、同じ一体化する生命を感じ、幸せで溜息を漏らし聴きつづけた。

海に抱かれる様に、彼がまるで俺だけの神のようだ……。

背をなでてくれては、その手が腰を抱き止まり、その体温を肌に感じる。

鳥の羽ばたきが聴こえ、鳴き声と共にクルーザへ足を休める時の乾いた音が響いた。

目を開けると、彼の黒シルクの胸部と、もっと視線を上げ、柵にカモメがとまっていた。顔を上げるとミスターは首をそり、そのキャビンの上を見ていた。二羽、カモメが停まり舟と同じ様に揺れている。

柵のカモメは海を横顔で見渡していたが、顔を向けて来た。

俺は起き上がり腕を立て、美しく反らしカモメを見るミスターの首筋にキスを寄せると、狙っているのだろうクラッカーをカモメにやるために手を伸ばそうとした。

「ハアイ! 白黒の美しき貴公子殿と、我が愛するキャリライ?!」

「うおお、」

「なん、」

ボート音をくぐもり風の中に響かせ、彼女とも思えず快活なアマンダの声が弧を描いては、顔を上げ見回した。

「仲が宜しい事!」

アマンダがチョコレートブラウンの髪をなびかせ乳白色の肌に、ダークレッドのルージュで微笑み、バンと拳銃でうち真似をして来た。

ボートでクルーザーの周りを派手に青から白波を立て旋回していて、舵を切ってはダッチボーイキャップをくいと斜めに上げた。波除に組んだ腕を戻し。

「海上警察よ。こんなに離れた場所まで連れ出して麗しきミスターラヴァンゾは、意外に殿方まで? 万人に愛情を御向けになるのね」

「そうじゃない。ビュー女史」

俺はうな垂れ、もしかしてロガスターに報告する事は無いのだろうが、一つの事に思い当たり空の遥か高みを見上げた。

睨み付け、憮然と宇宙に及ぶまでを見た。

もしも、上空を何らかのミッションの為に戦闘員が飛行物体で通過して行ったというのなら、その行動を常に追う宇宙衛星の映像に、運悪く映ってしまう事もあるからだ。その遥か下の、地球上の海のクルーザーは。(画面上睨んで来るどこか可愛いキャリライ・レガントに、司令塔の女達は口笛を吹き微笑し手を叩きあいウインクし合った。MR,SSSがコホンと咳払いし彼女達を鋭い目で見ると、彼女達は微笑み肩をすくめさせ、各々の情報処理に戻って行く)

回り続けるアマンダを見ると、意地悪っぽくウインクして来て一瞬をやはり、空を視線で色っぽく示した。常にロガスター司令部CKU情報部員の一人とイヤリング型通信機で繋がっている。委員会メンバーの俺をある程度しっかり様子を見る事もアマンダの役目だ。もちろん、警察組織に限らず、諜報員は各機関に派遣されている。エリッサ警察署にはアマンダだった。リーデルライゾン中の情報を彼女が集めていた。

やはり、ミッション通過だったのだろう。

「青空ホテルには、ご注意を? 素敵なお二方」

彼女はそう言うと、クラシカルなデザインも見られるボートのタイヤ部をつけ、とんっと飛び乗って来た。

確かに、このまま停められていなければ続けていたかもしれない。

あの場には、あの冷淡なMR.SSSが……。そして、数多くの情報処理スペシャリスト達の鋭敏なるエリートの才女達が……。

「ビュー女史。シャンパンでも?」

何ごともなかった様に既にミスターは立ち上がっていて、キャビン側へ向かっては彼女に言葉を向けていた。

既にクラッカーやチーズは全てカモメ達に持っていかれていたのだが……。

アイスストレッチャー内のよく冷えたシャンパンはまさかカモメ達ももっていけるわけも無かったのだが。

ミスターがグラスを持ちにキャビンへ入っていき、アマンダが恐い目で俺を見て来ては、肩に手を当て背後から囁いた。

「あの潔癖な彼を誘惑するなんて、最近あたしを誘わないと思ったら……、可愛いことをして!」

そう微笑み唇を奪われ、彼女は微笑んで言った。

「面白がった戦闘員が上空から見つけて意地悪に旋回するものだから、当分見られてたわよ。彼女は華やかな悪戯の狐さんだもの」

弧花・リディウムか……。

彼女だけが唯一、MR,SSSに何でも物申す歯に絹着せぬ女性だった。MR,SSSの姉であり、イタリア人とジャパンのハーフのその弧花は、有力なマフィア、クローダファミリーにギャングボスである自己の父を抗争で暗殺され身寄りを断たれ、異父兄弟の弟のいる組織へとやって来た女性だ。

呆気羅漢と明るく美人でジョーク好き、派手好きでショッピング好き、エステ好き、渋いおじ様好きであり、そして、CKUでの仕事を受け持つほどの腕のある戦闘員だ。

あのMR,SSSとは、全く、性格が違う。

彼女が人の色恋沙汰まで……あの彼女なら面白半分で意地悪に旋回するだろうとどこまでも予想できた。真面目で潔癖で淡白な弟が「早急に現場へお向かい頂きたい」という言葉さえ聞かないような姉だ。

その二人の掛け合いは相当困るほどに笑えるのだが。天然にボケる弟と、驚き突っ込む姉だった。

全てをロガスター運営の起動に注いでいるMR,SSSはその事に従事し身を捧げているために、世間一般の処々の常識には当然疎いに等しい。その上で、世間の浮き世で楽しむ盛りの彼女が話すごとに全てが空回り笑いを誘うまでの掛け合いが続き、最終的に無感情にして冷酷な弟にサクッといわれ、彼女が凹み崩れるという寸法だ。

というわけで、ロガスターには処々に妙な人格者が見受けられるわけだ……。

アマンダは小窓の中のミスターを見ていた。

その横顔が、何か思うところがあるかのように鋭く。

「……何だ? 一体」

「いいえ。何でも無いわ」

チョコレートブラウンの髪が揺れては、同じ色の瞳が艶やかに光っている。

アマンダはふとそちらを見ながら、おぼろげに言った。

「……美しき悪魔……」

………。

ミスターのこと。

波の静かな音がカプカプと撫で、青に取り囲まれる世界にその煌きへ消えた言葉が海の底まで侵食した。

風が低い音を立て、夏前の風を連れて来る。どこまでも遠くへ吹き流れて行く。

グラスを持ち現れ、俺はその黒の背を見つめミスターが扉をしめている。アマンダが上目で見て来て頬にキスを寄せてきた。

俺はアマンダの瞳を見つめ軽くキスを寄せてから微笑み、ミスターはテーブルにグラスを置くと皿を見回した。

「チーズがない……」

「カモメです」

カルカバ社のチーズカッターを皿に乗せ、ミスターは空を見回すと、既に遠くで波に揺られるカモメが浮いているのみとなって、チーズは失われていた。

「ね。レオンやロマンナを呼んでも構わないかしら? ランチも近いもの。ダリーも呼んで六名でどうかしら」

「ガルドはスネークを引き連れて街から離れた」

「では、素敵なカトマイヤー部長でも」

「来る人格でも無い」

「彼はライセンス者よ。軍隊出ですもの、達者に決まっているわ」

冗談じゃ無い。カトマイヤーを目の前にどんなリラックスが出来るというのか。彼がロガスター捜査するFBI長官直下の捜査官主任だ。

「ティニーナやジョセフだと署長のクルーザーを破壊するだろうし、キャビンの酒ブランデーもシャンパンもワインも全て呑み尽くすだろう。まだハンスの方がましだ。かれ等に何か食べるものを持って来させよう」

そう言うと俺は皿とクラッカーの入っていた小振りのバスケットを重ねた。

ミスターが黙っているので、顔を上げベンチに座り海を見る横顔を見つめた。ゆったりと足を組み、片肘を掛けては、美しいもう片手をそっと膝上に添えている……。青の海に、とても良く映える。背後の海は昼前の為に濃く煌き始め、そして漆黒の瞳に光が乱舞している。ミスターは、どこまでも魅惑的な方だ……。

「……宜しいですか? ミスター」

顔をこちらに向け、しばらく何も言わなかったが快く頷いていただいた。

「誰かがクルーザーかボートでも持っているのか?」

「ロマンナの事業主な旦那様のクルーザーがね。彼女自身は運転は出来ないけれど、レオンが出来るわ。ダリーと付き合っていた時に操縦法を教えてもらったそうよ」

「あいつも芸達者な奴だ」

「元パフォーマンサーですもの」

あいつが悪漢時代などは、その団体クルーザーで派手にホワイトスネーク達の軍団を引き連れ、絢爛に海上で花火を打ち揚げたりだとかして、随分とはしゃぎ回っていた。

レガント一族が客を招き、豪華客船で回っている事もお構い無しに騒ぎを海賊のように吹っ掛けてきて、ばあさんは怒頭切れていたものだった。一族の恥じに他ならないよと。

派手に打ち揚げる花火や、マシンガンのオレンジの軌道、危険なスクリュー煙幕を色とりどりに空に打ち鳴らしながら、ガンガンに頭の蕩けるような過激な曲を掛け、奇声や咆哮を上げてはパフォーマンスだとか、炎柱、ダンス、ボート同士のジャンプ、奴等はやりたい放題だった。

だが確かに、打ち揚げられる花火が夜の海面に映し出され、空間全てまでもが鮮やかに彩る全ては、世界全てを絢爛豪華にしていた。その中ではしゃぎ回る小悪魔達が悪辣としていながらも、悦楽を際立たせていた。

レズビアンのボートなどは、男役の黒ボブでダッチボーイキャップの女や、今は刑務所内のスキンヘッドのレズビアンが其々舵を操作し、ロマンティックに飾り立てられたクルーザーに、小悪魔の女たちが乗ってはキャアキャアとはしゃぎ、激の曲に反する甘ったるい曲を大音量で轟かせ猫達の様に踊っていた。

スネーク達の中心でイカレたルシフェル・ガルドが天に咆哮を上げるように派手に笑い、立ち昇る炎や煙幕の中、魅惑の悪魔顔で鋭く微笑した。

今の青の海はそれらの記憶を全て、昼に変えている。

アマンダが連絡を入れる。

「海上でランチと行きましょうよ。あなたからレオンとハンス巡査に連絡お願い。場所はレーダーでつかめるわ」

どうやらOKサインが出たようだ。

しばらくして折り返しが掛かって来た。

「ハンス巡査の恋人が来たがっているらしいわ」

例の……。

ティニーナ達とはまた違う破壊要素だ。第一私服のハンス程、情景をぶち破る者は無い……。

 大喜びで来たのはハンスとそしてその恋人だった。

レオンとロマンナがはしゃぐ二人に苦笑しながらクルーザーを近づけて来た。

ハンスはクルーザーをこちらにうつる時、顔を真赤にして、目の前が煙霞掛かったかの様に唇を噛み海に落ちそうになった。相変わらずソフトロック好きな格好だ。

ピンクのビニルエナメルスニーカーにはスワロフスキ黒猫のバッチがついていて、赤に黒の髑髏柄の細身のパンツ、上に黒のベストを着ては下にタイトなプリントTシャツを着て、その柄は女神とゼウスの絵画を模写したものでベストの袖口と併せから覗いていた。その背には、グレープジュースのビンやフランスパンの突き出た白緑色のレディーリバティー縫いぐるみリュックが、目から四色のリボンを、鼻から花火を噴出させていた。あの、あなたはハンス巡査ですか。そう言いたくなる格好だ。

その後ろからは恐ろしい事に、頭の天辺から足の爪先まで、チュチュビスチェドレスどことか、髪も、アクセサリーも、メイクも、タイツまでもがピンクにうめつくされた女が。ハリスより長身の彼女は自己の格好を見ると、身体とチュチュにフィットするような黒の上着を填め着ては胸部のピンクレースが綺麗に覗く形の上着を、腹部のところで黒珠ボタンで留めた。

レオンはいつものグラマラスな肉体を一繋がりの革ライダースでは無く、黒の薄手のパンツと、腕をまくった白のオープンカラーシャツに包ませ颯爽と飛び立ち、その肩の麻のバックには食料が入っているようだった。手首には

ロマンナは彼女には珍しく髪を結い上げショートパンツスタイルで、爽やかに肩の出る錨プリントのマリンルックスだった。

「なんて素敵なお二方! ご機嫌麗しく」

レオンがいつも目上の者に対する口調でそう言い、ロマンナも甘える様に微笑した。

「お招きいただいて光栄ですわ。署長。コーサー」

「まさかアマンダのお誘いでお二人がいるなんて想像もしなかったから」

そう言うと、籐のバケットを移動させた。

「リブだとか、ワイン、パン、新鮮なサラダや、ぺリエ、キャビアもあるわ」

「あたしはー! キャンディーとチョコレートフォンデュとストロベリー。マスター様一緒に」

バチバチとピンク色がミスターに色目を使い、彼は口許をはにかませていた。

「ねえハリス彼素敵~!」

ぐらぐら揺らされるハリスはリスのようにぐらぐら揺らされているだけだった。

アマンダも皿を並べ始め、ロマンナが微笑んで俺の所に来た。

「コーサーったら、いつものお高く止まった棘が無いのね。可愛い」

「三十ニにもなって可愛いなんて言われても嬉しくは無いんだが……」

アマンダが下手を言う前にそちらを見ると、彼女は微笑してミスターの横で赤のワインをお酌し微笑んでいる所だった。

ブラウンのホースシューネックラインのタイトシャツに白の柔らかく広がるパンタクールパンツの足を組み、いつもの彼女のしっかりとした風ではなかった。どこかしらの妖しさがある。ミスターは微笑み受け取った。

ロマンナにワイングラスを渡され、俺も微笑んだ。

レオンがリブ肉を白の皿に綺麗に並べ終えると花を添えフランスパンを切っていた。

ハリスはピンクに紫色のグレープジュースを注いでやっている。

「レオン。はいどうぞ」

「ありがとう」

向かってキャビン側からレオン、ピンク色の女、ハリスが並び、向かいにアマンダ、ミスター、俺、ロマンナが並んでいた。

ワインをレオンも受け取り、乾杯した。

いきなりレオン達側の付けられたクルーザーからピンク色のピンクという名のピンクがピンク色のレースパラソルを手に、広げた。

瞳の色までピンクカラーコンタクトだ。付け睫まで。

ミスターが口を引きつらせそのピンク色の塊を見ては、フイッと目を反らした。

昼の陽が満遍なく降り注ぎ、レオンがクラブ曲をロマンナのクルーザーで鳴らしに戻って来て口笛を吹きながら座った。

「それで、スキューバの資格も取ったの。初めて潜った海がこの海だったわ」

「ダイビングには珊瑚礁が囲む島があって、いろいろな魚もいるんだがな。海底から温かい湯が湧き出る場所があって、綺麗だ。デスタントが奪う前は」

「コーサーも潜るの? 意外ね」

「ああ、違う……兄貴が」

自分で口を濁してからパンにキャビアを乗せて自己の口を塞いだ。話の方向を変えた。

「そんなにすぐに取れるものなのか?」

「ええ。三日ぐらいあれば容易よ。あたし、旦那との新婚旅行で地中海を旅したんだけど、その前に取得しようと思ってパラオで取ったわ」

「素敵! ピンクもパラオ好きよ。ダリーが娼婦の皆を連れて行ったの。それで、ガーランジェルのロケで広告写真撮影して楽しかったわ。ホワイトスネークでもエジプトの宮殿とか、トルコでも撮ったの」

「あいつはタトゥー・入墨雑誌とかベライシー雑誌でも引っ張りだこだったから」

「ハレムだな」

「署長はどうです? スカイダイビングやスキューバダイビングは」

「素潜りなら」

意外な言葉が返って来たために見つめてしまっていた。それに気付き、言って来た。

「十代の頃は」

「十代の頃の署長……とっても素敵なのでしょうね!」

「どうだろう」

「南イタリアの海は美しいですものね」

「ああ」

魅力的に嬉しそうに微笑んだミスターの横顔を見て、俺は胸を打たれた様に視野横からピンク色の影が出来、さしだされた苺のチョコレートフォンデュを食べていた。

「ねえレガントの若様ってダリーを呼ばないのね。もしかして貴族仲間二人で男のクルーズ? ダリーがいじけちゃうんだ」

「ダリーは今朝からブラックスネークを引き連れて、ステディオルタウンで危険な電撃パフォーマンスショーに出場よ。今頃悦楽で閃光感電中」

レオンがバイク真似をしてそう言うと、リブ肉をフォークに差した。

「交通課がまた追いかけ捲くってたわね。朝からけたたましさに飛び起こされたわ。せっかく屋上で湯船につかって眠っていたのにダリーってば」

ロマンナがそうする姿が浮かぶようだった。今の薔薇の時期の花を地面に多く放っては、ラメ色やバイオレットなどの湯に浸かり、ファッション雑誌か美術書でも眺めて金の蓄音機の曲を聴いているのだろう。それか、朝の小鳥のさえずりを聴きながら朝陽を眺めていたのかもしれない。それをぶち破るのはやはり、よくある事だがガルドだ。徐々に色づいて行く空を爆音声で侵して行く。

ランチも済むと、其々綺麗に片付けてから、酒を傾けミスターがこのクルーザーを、アマンダが自らのボートにロマンナを乗せ、レオンがカップルを乗せ青の海を飛沫を上げ滑走させる。

カップルははしゃぎ飛び跳ね踊っていて、ピンクが拾ってきた街中の彩り有る生花弁を振り上げていた。レオンは声高らかに歌って舵を回している。

アマンダはジグザグ走行を派手にしてロマンナが声を上げ「もっとよもっと!!」と笑ってはアマンダは風を気持ち良さそうに微笑み受けていた。

キャビンへ入って行き、ミスターにグラスを渡した。

「ありがとう」

「いいえ」

「いい場所に先祖も移民してきたものだな。豊かな場所だ」

「ええ。始めは前途多難だっただろうが、よくここまで豊かにさせたと思う。多くを引き連れてもしも自分なら、渡米しようと思ったかどうかも。もしも、そのまま一族が先頭にたたず、イギリス貴族として生き続けていたら、世界もまた違っただろうから」

「前地主を尊敬していると言っていたな」

「彼は、話で聴く事しか無い人物だが一族の誇りとして俺は思っている。彼を恐れる存在だと言う者ばかりだが、それは間違いだ。ミスターもこの街に来て、少なからずそう思うでしょう? もしも彼が本当に悪魔の様に恐れられていたとすれば、街は豊かなどでは無かった。隅々にまで、心有る管理が行き届いていた」

「そうだな……」

「ガルドが乱したり、彼の死後は、特に三十年前からスラム地区が出来上がったが、今も彼が健在だったらスラムの地などは絶対にうまれてなど居なかった。彼はとにかく様々なことが上手だったんです。処置後の対処もしっかり施して。今も世にいらっしゃったら、どんな世界へと変わっていたかと良く思う」

だが、貴族達に恐れられていた理由は分からない。不明だ。

「……ダイマ・ルジクも、立派な人物だったと言っていた」

俺は彼の横顔を見つめた。

≪ダイマ・ルジク≫

自己の祖父を社交名で呼ぶ事に多少驚いた。尊敬しての事だろう。

「ダイマ・ルジク氏もとても立派なお方だ。変わらずお元気で?」

舵を操りながらミスターは頷き、閉ざされた唇は感情が覗えなかった。

「それは良かった」

「俺も随分とグランドジルには深い憧れを持っていた。この街に勤務が決まって、不思議な感情だったものだ。何かの神聖な力でも働いているのか、変っている」

「彼の愛した街です。それ以前の時代からの崇拝の恩恵かもしれない」

「何故、サファイアが不吉な石だとされているんだ? 海もあの青の花も」

「深くは分からないが、何か言い伝えでもあるらしい。遠い昔は王家筋だったから」

ミスターがこちらを見て、俺はその隙にキスを寄せた。

直ぐに離してグラスを見つめた。

「………」

沈黙が流れた。

「今夜……ルゾンゲ屋敷に行かないか」

「最近そういえば予約を入れていないな」

「行こう。新しい処方も組み込まれている」

「俺がお供しても?」

「ああ」

「………」

俺は舵を左に切ってストッパーを掛け、背後の白黒の空間の大きなソファーに彼を押し倒していた。

バウンドして絨毯の上に落ちた。身を引こうとする彼の肩上に手をつきソファー座面の縁に手を着いて、俺は自己のシャツを放り彼の黒のボタンを弾き飛ばした。

瞬きしバッと乱暴になってしまう俺の顔を見上げ、うっとりする程の背に手を這わせ肩を掴んだ。顔を上げて、眉を寄せ混乱する彼の目を見つめた。

何故自分でもこんな乱暴に出来るのかなどとは、分けがわからない。俺は目を見開き、瞬きして彼の胸部に彫られたコブラの入墨を見た。

「……クローダ、」

そして、彼の美麗な顔つきも……。

ハッとして彼がバッとシャツの併せを戻し俯き、俺の肩をどけ、テーブルを超え離れて行ってしまった。

「ま、ミスター! 許してほしい、勝手なことをして」

「勘違いするな」

舵のストッパーを外し加速度を上げ、一気に船体がかしいで激しく走り始めた。

「でも怒って、」

「怒って無い」

「怒ってる!」

「何がだ!」

「………、」

黒い肩越しの鷹の様に鋭い目を見て、俺は俯き、裏切ってしまったのだと思った。ミスターの事を勝手な事をして、侵害して怒らせ、崩してしまった……。

「……レガント」

加速度か低減していき、ミスターはここまで来て腕に手を当ててくれ、シャツを掛け顔をそっと覗いた。

「悪かった。怒鳴ったりして」

俺は顔を上げ、ミスターの滑らかな手を強く握り取り、真っ直ぐ見つめた。

「俺は誰にも言わない。あなたの過去も、何があったかは分からなくても俺はあなた自身が好きなんだ。あなたに屈したい。先ほどは無礼をして……ミスターを失いたく無い。俺がした愚かな行いで、欲望に負けて、乱暴に襲ってしまったなんて……。あなたにも男性としてのプライドがあるというのに男の俺にまさか押し倒されたなんて、傷つくに決まってるというのに」

「勘違いするな」

「もう俺が好きでいる事さえ許されないと? ともに、屋敷へ行くことさえも……」

「そうじゃ無い。……気にするな」

俺の手に手を当て離させて、身を返してしまう。ストッパーを外し舵をとり、俺はその背を見て、信頼関係が完全にひとたまりも無く消えてしまったのだと思った。それを戻すことを許してもらいたい。

ガスッ

「………」

俺はバッと顔を上げ、ピンク色の物体がやはり甲板に飛び乗ってはしゃぎ出したのを見た。小悪魔の様に笑って鎖などを振り回している。

「あ!」

ミスターがピンクの眩しさに目晦ましをされ腕で顔を覆い、目許を引きつらせ見た。

ガチャッ

「ハアイ! ねえさっきのワインちょうだい!」

「……奥にあるから勝手にどうぞ」

「きゃあやったー! マスター様ってば優しい~!!」

ピンクが白黒の空間へ入って来てワインクーラーを空け始めた。

「ねえマスター様、クルーザー持ってるオーナーって素敵! やっぱりお金持ちなのね!」

「さあ……」

「若様ってリムジンた~くさん持っているんでしょ?」

「ああ」

「一個頂戴若様!」

「使わなくなったものなら」

「やった~! ローズピンクにするの!」

彼女はソファーに座ってワインを飲み始め、肩を縮めクスクス笑った。

「キャーハハハハハハ!! キャーーーハハハ!!」

「何」

足をバタバタやって笑い転げ始め、俺はピンクの壊れた人形を見た。

「しまった笑い薬入りを」(ABC拷問用)

「ええっ」

「………」

いきなり舵を任されミスターがそちらへ行き、背を擦ってあげていた。ピンクは激しく笑い転げていて、ごろごろ転がっていた。

「ううう~~、キャーアーハハハハハハハハハハ!!!」

ミスターの腹部にしがみついて笑っていて、何故そんなものが必要だったのかと口を引きつらせながら肩越しに見て、前に向き直った。まさか、婦人との不仲時に婦人にでも少量飲ませるのだろうか……不明だ。(ABC拷問用)

「ヒイキャアーーハハハハハ!! やーせーる~!! キャーハハハハハハ」

ミスターが錠剤を飲ませてやり、ブフッと噴出して大笑いしているので口伝いに飲み込ませ、ピンクは足をばたつかせていたのを足を下ろし、彼の頬に丸めた手を当て、笑い止んだ。

ピンクが腕を回そうとした為に肩を持ちバッと離させ、ミスターの顔が、真っ青になっていた……。?

俺は首を傾げ瞬きしては、ワインボトルを持ち立ち上がってそれをワインセラーに仕舞った。

「マスター様~! キス~!」

「嫌だ。早くこのブランデーでも持って戻れ。第一何故マスター呼ばわりをされる覚えが」

女の子にはやはりつっけんどんにするわけにも行かずにやんわり断り、ボトルを持たせると肩を持ち歩かせていき、ピンクは大喜びでブランデーを持ち飛び跳ねて行った。

甲板のテーブルの無い部分で回っている。

「マスター……」

どこかそれは、サディスト的な味を覚える響きだった。

窓の外、レオンの操縦するクルーザーと、アマンダの操縦するボートが風を切り疾走して行った。

その先の空はどこまでも果てが無く思え、そして白の雲が水色の影をつけ壮大にこちらの頭上までを大きな羽根をあちらの遥か先からから広げている……。

全てを威風堂々包み込むように。


 ☆キャリライ・S・レガント レガント一族御曹司


 透き通った宵口の夜は、時間帯を穏やかにしている。

今日は春の様な夜の色だ。藤かかる水色の空は、黄金に光る月と星が空にある。鮮やかに藤の花が垂れ下がり装飾するような空は、その下に白の屋敷を置いている。

エステ・スパ屋敷は人々の笑顔で溢れている。この日は、コンセプトを白で決められたパーティーだ。

芝の上の噴水を囲む女達も、大きく開かれた屋敷一階部の開口部先に広がる豪華な歌え海上にも、各々が美しい純白や白、それらの衣裳をこらし身に纏い、そして白の豪華な装飾アイマスクを填めては、美しくシャンパンを持ち会話している。

男達は黒の燕尾服であり、目許にはやはり白の絢爛なアイマスクが光った。

女達は自らの髪色や、赤やダークブラウン、黒などのルージュを微笑ませ、美しかった。

透明のクリスタルやビーズ、刺繍、スワロフスキやラインストーン、エナメルなどが、白鳥や白孔雀、白のファー、白の薔薇、白百合、ジャスミン、それらは彼女等によく馴染み、薫る。

細波のような純白に、ダイヤモンドが満天の星の様に裾を取り巻き、細く肩で支えられたドレスの女が目に行った。目許の仮面は硬質なパール加工に、シェルで象嵌されている。銀糸の縁取りとラインストーンが煌き、一粒だけ妖しげに、深い黒青が目じりに光った。頭部を取り巻くようにその仮面から左右に優しく白鳥の羽根が装飾し、白鳥の羽根にはダイヤモンドが光っている。銀糸のレースが美しくゆったりと波のようにフェイスラインからチュチュのように下がって綺麗だ。

俺は、ミスターがまだ現れない会場を見渡しては、進んでいった。

その女は、首からプラチナで出来上がった繊細な装飾の首飾りを下げている。氷の結晶や星を華麗に着飾るような。

殆どは見知った面子は、仮面を装着していても、誰なのかは分かるものだ。

だがその女性だけはどうしても分からなかった。

トアルノッテの実業家と話しながら、俺はたまにその女性を見ていた。柔らかに微笑み笑っては、会話を弾ませているが声自体は聴こえない距離だ。

素顔が気になった。

どの女達に関してもそれは同じで、その日の仮面の下に隠された美しい素顔、その艶やかなメイクを見たくなるものだ。

実際、夜の琥珀に染まる室内で明かされるその目許の美しさは、内包的な妖しさと共に夜を充分に悦ばせる蜜酒だった。

「サンクトペテルブルグで?」

「ええ。ミスターレガント。お祖母様からはまだお伺いしてはおられないようですね」

「バルトの海で客船上の宴の後に音楽祭が開かれます。近いうちに、お耳に入られる事でしょうな」

「そうですね。その折には祖母、妻と共に参ります」

視線でミスターを探す。既に、この会場に彼はいるのだろうか。俺がもしかしたら、あの先ほどの女を見ていることを、ボックス席の中から他の者達と共にグラスを傾け、ゆったりとしながら微笑し横目で見ているのかも知れない。視線で楽しむかの様に……。

彼の、あの色っぽい視線で……。

署内では覗かせることの無い視線。

何かの媚薬が充分に含まれるその大人の色香は濃密で、微笑し包み込んでは首元をそっと背から狙うような妖しさ。

彼が、本当は男性を、いや。男性しか受け入れる事の出来ないような方ならいい。そう思う。心から思う。

彼の指輪が嵌る指の一筋さえも、彼の手の当てられる黒絹に銀糸浅織り背凭れさえも、組まれるあの足さえも、微笑する口許さえも、流し見つめる眼差しさえも、金房が下がり、金紐が引き上げる黒ビロードの先から、見つめていてほしい……。

愚かな俺を。

彼が、俺を差し置いてあの女性にそっと声を掛け、視線で苛めてきてくれてもいい。彼をどんな方法ででも言いから、見つめていたい。

「ご機嫌麗しく。ミスターレガント」

俺は振り返り、あの女性を見た。

「あたくし、ジェーンです」

おちゃめに仮面の下からウインクした彼女を見ると、俺はレディージェーンをしっかりと見た。

「驚いた」

「はい」

「これはこれは。お美しい。ミスター、ジェーン一族のご令嬢がいらっしゃって」

「ご機嫌麗しく。ミスターエズケラ。ミスターソルバ」

彼女のネイルの彩る指に添えられるようなシャンパンは黄金にはじけ、静かに気泡を上げていた。

「もうあなたがこの街にいらして、二ヶ月の事ですな。もう環境には慣れて?」

「彼が職場でよくして下さっているので」

「いや。僕はたいした事は」

「彼女という部下が出来て、華やいでいるものでしょう」

「それはもう」

第一にあのガルドが明らかに色めきたって毎回テンパっている風を思い出す。それに、彼女は署内でも人気者だ。

いじらしさを持った部分と、大胆に思い込む部分がまた、彼女の特徴で浮かぶ部分だ。

「ミス。お父様とお母様はお変わりなくお元気で?」

「はい。とても元気に過ごしております。先日も丁度連絡を取り合い、近状を覗って安心しあっていた所です」

事件の事は絶対に家族には話さないと見える。彼女は明らかに部署に来てから、精神困憊を見せていた。辞表ももう二度、出している。

今のこういう笑顔の彼女を見る事は安心する。宴で気を紛らわす事も出来ればいいことだ。

親しんでいたラニール刑事のことと、白狼のことがあってからは塞ぎこんで、ガルドの事すら睨み付けてあまり近寄らなくなっている。

彼女には俺もハンスも出来るだけ優しく扱うようにしているが、ガルドは甘やかす気など無く、彼女を週に一度だったり暇な仕事終わりは道場へ連れて行っていた。

細いからだの線が今に芯から強くなるのだろうか。

「コーラルゲイブルズのエレクトアさんもとても元気でしたよ。近いうちにいろいろな事があったでしょう? それもようやく持ち直したみたい」

「それは何よりだ。彼等も頑張っていたからね。大波は去るものさ」

俺は耳で彼等の話を聴きながらも、神経が彼を探していた。

婦人と、現れるのだろうか……。

「ミス、また次回、お婆様と共にお屋敷へ招いても宜しいですかな。我が娘がヴァイオリンを披露する小さな宴を予定していましてな。お年頃も近い。是非、仲良くしてやってください」

「まあ、素晴らしいですわ。お招きいただいて光栄におもいます」

「こちらも楽しみにしているよ。それでは、失礼致します」

「こちらこそ、お話が出来て楽しかったですわ。失礼致します」

「楽しいお時間を」

握手を交し、俺も彼等に挨拶をすると、彼女を見た。

「見違えた。フィスター」

「コーサーも素敵」

「ありがとう」

「今日は、どこか何かが違うのね。ずっと気になっていたの。なんというか、雰囲気かしら。いつもより余りにも魅力的だったから」

「え? そうかな……」

全く思い当たらずに見回した。

「ね。コーサー。お友達を紹介していただけない? あなたには素敵なお友達が多いのでしょう?」

「それはね。誰もが素晴らしいよ。よし。紹介しよう」

「どうもありがとう。ミスター」

俺は彼女に彼女と同年くらいのトアルノッテの令嬢やジュニア達を紹介して行き、彼女はやはり印象が良かった。

様々なお誘いも受けると、いろいろな約束もするものの、職業上はやはり難しくなるだろう事も断っては、ジェーン屋敷でも催される宴の招待状を送る事も言っていた。

ばあさんの親友でもあるリンデ婦人は、ご主人のジェーン氏が亡くなられてからは、多少の物忘れがあるというらしく、次女のマロンがよく宴を開かせては仲間を集わせていた。レディージェーンもずっとその事をカリフォルニアの地から気にかけつづけていたらしく、身近で祖母のことを見る事が出来る様になって、仕事のほうにも励みになっているらしい。彼女が警官になった理由は大切な者を護る為だ。

トアルノーラの奴等は、さっきまでは会場の各所にいたんだが別室かシガールームかプレイルームかどこかだろう。

ただ、アラク・ベレーはいた。

俺は彼女が一人の時は躊躇したが、歩いて行った。

「アラク」

相変わらず、美しい上品な装いのアラクは仮面の目許で振り返り、微笑んだ。

「キャリライ。ごきげんよう」

「ああ」

「まあ。素敵な方を連れているのね」

「彼女はミスジェーン。ジェーン。彼女はミスシマシア。トアルノーラ、シマシア一族の令嬢だ」

「お初にお目にかかります。ミスシマシア」

「初めまして。あなたの噂をよく耳にするわ。とても可愛らしいお嬢さんなんだと。フランスで過ごされていた期間が長かったんですってね」

「はい。とても実りあるものでした。ミスターの御ばあ様が治めていらっしゃるこの街も、ずっと憧れていた街だったんです。あたしもミスシマシアのお噂を良く覗っておりましたわ。国王陛下もとてもお心のお優しいお方で」

「ええ。孫の私もとても誇りに思う」

付け加えて、同じ血の流れる従兄弟の一人は頭のマズいことになっている風は言わなかったのだが……アラクの表情には表れては居なかった。同じ血を分けたリチャードもその気がさらに色濃く流れている事をアラクは知らない。仲間内の男共位だ。

「職場ではキャリライはどう? 環境には溶け込んでいて?」

「ええ」

俺の顔を見上げてジェーンが微笑み、俺は口許を閉ざした。

「そう。良かったわ。ちょっと心配してたから。あたしからは年上のお兄さん的な存在で来たから」

何だって。

「それなら安心だわ」

俺の目を真っ直ぐ見てアラクが微笑み、俺はしばらくして返答するべき言葉を言った。

「ありがとう」

アラクが微笑んだままフィスターを見た。

「徐々に職場には慣れて行ってね。とても大変な事件が多く起きているけれど、ほら、あの例の彼もいる事だし……」

ガルドがここにいれば大喜びしていた所だろう。ガルドは美人好きだ。なにやら、リチャードはいつだったか相当機嫌悪くガルドを非難していた時があったのだが。

レディージェーンは毅然として言った。

「はい。ガルド警部は実に果敢で、覇気と気力に溢れるお方です。横暴が過ぎるようですが」

そう言うと仮面が光った。アラクが可笑しそうに笑った。

「そうね。横暴が過ぎるわね」

「はい」

「あいつも必死なんだ」

「分かっています。……嫌だわあたしったら、失礼しました。ミスシマシア」

「感情的な事は、時にいいことだわ」

そうアラクが優しく言った。


 俺は視線で辺りを見回し、会場を後にしては歩いて行った。

ミスターがいない。

ミスターはどこに?

彼は立っていると目立つ。よく目に入る。

あの白の頬上に填められているだろう、白の仮面の目許を見つめたい。間近で早く。

彼の男らしい芯の通った、だが実に品があり優雅な立ち姿を。

柱を抜けていき、いきなりの事で俺は驚いて声を上げた。

「レガント様」

「ミセス……」

ミセスルゾンゲだった。ホスト役の彼女は、一時間挨拶し合った時から衣裳替えを済ませていた。

「そちらの装いも素敵だ」

彼女の手を取り微笑み手の甲にキスを寄せた。

「どうもありがとう。レガント様は、宴を愉しんで頂いてらっしゃる?」

「ああ。とても。今宵も多彩な楽しみがある」

仮面舞踏、仮面歌劇、道化師達の激しい乱舞、狂い咲いたかのような仮面オーケストラ達の演奏。

「装飾ノワールコレクションも素晴らしかった」

「ええ。今回、MMコレクションからの物が多かったの。あなたにも紹介するわ。ノワールオークションが定期的に開かれるのよ。何か気に入ったものはあって?」

「エーデルワイスの精巧なパリュールがあったね。エナメル加工で、プラチナ台の繊細な」

「ええ。とても清純で愛らしかったでしょう」

「将来、娘が結婚する折にあつらえさせたいと思ったぐらいだ。ああいった趣向の装飾品を造っている職人から、直接MMは交渉を持ちかけて?」

「あれはね、彼のブランドよ。彼は何でも身の回りのものは自分で造るから」

あのSilverWolfが考え付きそうも無いんだが……。あの手の女性らしい趣向は……。まあ、あの男の頭の中は宇宙なのだろうから、ああいったものも浮かぶのだろうか。

「MMにはそう伝えておくわね。オークションにも次回、共に参加なさる?」

「大変興味はあるんだが、この所は仕事が押していてね。様々な海外の社交にも顔を出す事が出来るかどうか……」

「ええ。ご活躍の程、拝聴させてもらっているわ。とても意義あることですもの。市民として誇りにおもうのよ。こういってはなまいきかもしれないけれど、地主様の一族の方が警察組織にいるという事」

「どうもありがとう。ミセスルゾンゲ」

俺は扉の開閉音が聞こえ、その突き当たりの遥か遠くを見た。

「………」

……ミスター。

ミスターだ……。

それが俺には分かる。

あの、燕尾服では無いが、優雅な形態で素敵な正装の姿、あの綺麗な肌、あの物腰、そして、白の肌につけられる、白の硬質なアイマスク、あの愛する唇、あの愛する手、そして職場での様に顔全体を鋭く出し全てを後ろに流しては居なく、左側からゆたりと右側に前髪を流し、左即頭部は美しく背後に流している髪型。彼は社交毎に髪の流し方を変えている。全体像と合う様に。

ミセスも振り返り、彼に微笑んだ。

「ラヴァンゾ様」

ミスターはこちらを見ては、その場から歩いてくる。ゆったりとした歩調だが、動作的で優雅だ。

「ミスター」

「今晩は。本日は美しい夜で」

「こんばんは……。ええ。とても綺麗だ」

彼は美麗句を言われる事を嫌っている。署内ではそう言う勇気のある警官もそうは居ないのだが。

仮面の中の漆黒の美しい瞳が動いて俺と、ミセスを見た。

「この奥に?」

「ああ。午後の部には出させて頂いていたんだが」

「宵の部にはその為にいらっしゃらなくて?」

「ふふ。彼は奥方と踊りつかれたのよ。とても素敵に踊ってらしてよ。白いまどろみの時間の中で。誰もが見惚れる程」

「俺も是非拝見したかった……」

脳裏に浮かぶ。あの昼下がりの会場。窓からは満遍なく差し込む白の陽。噴水の水もクリスタルをキラキラと噴出させるように輝き、繊細な窓枠の影が長く伸びる格子の中、彼等が昼の会場の白く甘い香りの蔓薔薇で囲まれた中を、微笑むオーケストラの演奏者が奏でる中を、白の仮面を美しく光らせ、そして微笑み、真っ白の歯を覗かせ、婦人と優雅な流れに踊っている。回転する婦人。手を受け止め綺麗に立つ彼。陽にキラキラと煌くシャンデリア……。彼等二人の影が流れるように長く伸び……。

「様。レガント様」

「とても素敵だ」

「え?」

ミセスはくすりと微笑み、俺に言った。

「よろしかったら、どうぞお入りになって」

「まだ、予約の時間には早いが」

「よろしいのよ。どちらでゆっくりなさっていてもね。興味があるようでしたら、あたくしのコレクションルームをご覧になる? 休憩の部屋もご自由にどうぞ。ラヴァンゾ様、ご案内願っても構わないかしら……」

「ああ。俺でよろしければ変りに。その前に、美しいあなたを会場までエスコートさせていただいても?」

「どうもありがとう。お心遣いとても嬉しいわ。でも、よろしいの。殿方はゆっくりしていらして」

彼女が微笑し、瞳が光を宿した。

「それでは、充分愉しんでいらしてね」

「はい」

ミセスの手の甲にキスを寄せ、ミセスは微笑んだ。美しい衣裳で歩いて行き、その背を見送った。

俺はミスターを振り向き、見つめた。

「素敵です」

自己の装いを見回し、俺を見た。

「お前もとても良く似あう」

「ミスター……」

「あなた」

俺は振り返る事が出来なかった。婦人、婦人の声だ。

「その人、誰よ」

「………」

彼女が背後にヒールを響かせ進んできている。

「酷いのね。宴の席なのに」

ミスターは俺の腕に手を当てていて、顔を上げることさえ出来ない俺は彼の肩をずっと見つめ続けていた。

「誰でも無い」

リシュール婦人が俺の背後まで来ては、俺は嫌な汗が流れ初めて身体が悪寒で寒くなって行った。血の気が引いてくのが分かる。

「誰でも無い? 随分妙な事を言うわ」

「いいから、会場に行っているんだ。なくしたイヤリングは見つかったのか?」

そう言い、すっと俺の肩から背後の彼女の所へ行き、俺が肩越しに見ると、腕に手を当て身体をあちらへ向かせていた。歩いて行かせている。

「まだ見つからないわ!ティールームのソファーにも無くて。………。あなた。覚えてらっしゃいね」

彼女がそう言うと、ヒールを響かせ歩いて行った。

その場から動けずにいると、彼が背からそっと両腕を持った。

「申し訳無いミスター。俺のせいで……ご婦人に」

「心配はいらない。慣れた事だから……」

「よく貴婦人と浮気を?」

驚き彼を見上げた俺は、自分が自己を棚に上げたので顔を戻した。

「奥へ行こう」

ミスターの歩く背を見て俺は歩いて行き、白の巨大な観音扉を開け、エステ・スパ屋敷になっている奥へ入って行った。

いつものように美しい空間が広がっている。白とマーブル、灰色などが基調とされる。

統一されエレガントな佇まいの内装だ。

「いつも最上階の殿方用特別ルームに?」

俺は頷き、ミスターが俺を廊下上で振り返った。

俺の目を見て来て、俺は震える視線で視線を受け続けた。

「お前は、何故俺を?」

「………、」

俺は俯き、目を閉じた。

「答えられない事か? レガント」

「何故、突き放すんです」

「そうじゃない。俺は」

「俺があなたと同様の性という事は替えられない事実だ。だが、関係無い。何度でも言います。あなただから屈したい。あなたの事が頭から離れない。確かに何年間もあなたの事は、ずっと嫌煙し続けた。性質的にもあなたは冷めているし事件に対する向きもきつ過ぎる。ばあさんとも揉め事が耐えずに関る俺としても面倒に思っていた。だが実際、あなたは正しく鋭い目の光を俺に突き刺してくる。その、あなたから出て来るそれが俺にはたまらない……。溶かされたくなる。あなたの眼差しに燃え尽きたくなる。そんな感情に、性別など関係ありますか? もし、もしこの事が……ばあさんに知られれば俺は殺されるかもしれないが、それでも、秘密裏にでもあなたに会い続けたい。もし、もしも命を落す事になってもそれまでは何度でも、」

唇を乱暴に塞がれ黙らされた。

両腕をもたれ離され、俺は肩を縮め、闇色の瞳を見た。

「二度と言うな」

微かな、震える声がそう言い、俺は身体が震えた。

「何を……、あなたを愛することですか」

俺は声にようやくなったほどの微かな声でいい、光さえ跳ね返さない、真っ黒の大きな瞳を震え見ては、その場に崩れそうだった。

「お前にそんな考え方を根付かせるのは、ミセスリカーか? 彼女なのか。どうなんだ」

「わけがわからない、ミスター?」

俺を放して、俺はその一瞬で離れた手を掴んで引き、肩を持ち再び彼を見た。

「そんなに怒るなんて、不愉快にさせた言葉があったなら言って下さい。確かに、性別が関係無いなんていう言葉は通用しないだろうし、それに殺されるとか、そういう言葉を使った事は、謝ります。申し訳なかった。本当に。安易に、愛を口走った事も異常だったかもしれない。だがあなたには愛情にのめりこませる魅力があったんです。その場にいるだけで、どんなに……」

反らすミスターの横顔を見つめ、表情が窺えない事が嫌だった。目許が見えずに、怒っているのか、どうも俺の事を思っていないのか、煩わしがっているのか……。

彼が、俺を見てくれない……。

「……俺に、消えてもらいたいんですね、目の前から……」

俺は彼の腕から手を伸ばし、そして早足で進んでいった。あの闇色の目が、暗黒の瞳が怖くて、一気に飲み込まれてしまった。

俺が、俺などが彼を安易に愛してはならない。そうするべきじゃ無いと……。俺は唇を噛み、目をきつく閉ざし壁を殴ってしまっていた。

「あ!」

「!」

俺は目を見開き心臓が止まるほど驚きミスターを見た。

「ミスター、大丈夫ですか!」

鳩尾を抑え背を折る彼に慌てて駆けつけ、腕で支え顔を覗き見た。

「しっかりして。ミスター」

「……平気だ」

俺は顔が紅くなっていて、彼がさっき一瞬上げた声に反応しかけたからだ。こんな時だというのに、自分でも考えられない事だった。

ミスターは俺の顔を見て、一度噴出し、背を戻し声に出し笑った。

俺は真赤になってから咳払いした。

「あの、本当に申し訳無かった。まさか、なんとうか壁を殴る予定だったらしい……あまり覚えて無いんだが、まさかあなたが」

「意外に力があるな。驚いた」

「え? そこですか……? トレーニングには通うので……」

ロガスターはプロの殺し屋が溢れている。命を取られに行く様な場所でもあるのだから。こちらがしっかり体力がなければ、対峙する精神力も持たない。

瞬きして俺の顔をまじまじと見て来た。一切信じられないという顔で。その目が、余りにも可愛くて、頬に触れ間近で顔を見つめた。

駄目だ……。彼には、どうしても崩れてしまう。

崩れてそのまま愛されたい。激しく、荒波のように、壊れるまで愛されたい。熱く……。

何故かは深くは分からない。ただ、焦がれる。灼熱に当てられた熱砂のような俺の肌が。

床から俺を真っ直ぐ見た。俺は心が激しく脈打ち、彼を真ともに見た。彼が真っ直ぐに俺を見詰めるぐらいに。

「お前は、俺に忠誠を誓うか?」

渦巻く様な瞳が銀河の様に回っていた。グルグルと、ぐるぐるぐるぐると……

「もちろん……」

「身体も、心も、この唇も、お前の瞳も、髪も、好きに?」

俺は、強く頷いていた。

「どんなにそうしてもらいたいことか、どんなに……もし、どこかに拘束されようが、閉じ込められようが構わない。それほどあなたに夢中だ。それが、その心がどれ程大きいか……どうやったらあなたに現す事が出来ると」

「俺が……お前を可愛がってやる」

「ミスター」

狂喜し唇が打ち震え、彼が言葉が木霊した。

「……あなたが俺のオーナーだ……」

彼の肩に手を、頬を乗せ、幸福に取り巻かれて目を閉じた。

「レガント……」

瞳を開け、彼の瞳を見つめ、その艶めき光る瞳に吸い寄せられる。妖しげに静かに光った雪のような……契約への……。


 ★★★アラディス・レオールノ・ラヴァンゾ ラヴァンゾ一族御曹司


 レコードの曲が流れていて、カップから立ち昇る湯気に朝陽が差し、ゆらめかせている。窓外の木々はソファーやグランドピアノ、床に影を落し、眩しく揺れていた。サロン上の黄金シャンデリアには眩い光が差し込んでいるが、ダイニングスペースのシャンデリアは角度的に窓からの光は差し込まずにいる。

庭の白大理石上に設置されるカフェセットは灰色の影の中、今は既に青の花弁を数枚、その上に滑らせるのみだった。

幻想的に造園された屋敷は囲碁の庭は、夜には神秘性が強く含まれ透明度がある。陽のあるうちには、実に明瞭美な黄緑の庭園だ。柳は細かい葉を下げ揺れ、苔は蒸し輝き、草木が指を伸ばしては、中央の引かれた泉は縁を草に覆われていた。ヒールコンストは東側に、河が流れている。その河から水が湧き出るのだが、それが各戸にも引く事が出来た。マウントレアポルイードから湧き出る水だ。

白兎と黒兎が欠伸をしなが庭を過ごしているが、てんとう虫を見るとモンシロチョウまで現れ、大いにはしゃぎ出していた。

ダイニングテーブル。

経済新聞を流し見ながら、カップを傾けた。

リシュールがにっこり微笑み、朝食後のコーヒーを飲む俺に言った。

「昨日の彼、結局誰だったのよ。あなたは深夜になっても帰らなかったし、一晩中可愛がっていたのね」

「………」

俺はコーヒーを傾け、離すと言った。

「朝からはよそう」

妻の目が鋭くなり立ち上がった。

「あなた! 頬が紅いわ! 紅林檎のように!」

「コーヒー成分のせいだろう」

「そんな事!」

………。

「今日も美味しかった。じゃあ、そろそろ行って来る」

「まあ、もうこんな時間なのね」

両頬にキスをし合うとベストの上にジャケットを着ては、キーを収め颯爽と歩いて行った。

玄関でリシュールが見送る。

「今日も気を付けてお仕事頑張ってねあなた」

「ああ。出かけてくるよ」

進んではフェラーリに乗り込み、屋敷から出て行った。

危ないところだった。

十番地を進めて行く内に、頭を切り換えなければならずに、物の見事に切り替えさせた。

というよりは、この時間帯の各戸から出て来る物厳しい顔の役人達の顔をみればそうなるというものだが……。


 ☆☆☆ダイラン・ガブリエル・ガルド 殺人課特A主任警部、FBI末端捜査官


 俺の街

 AM 9;24


 「………」

………。

「………」

「………」

俺は怪訝な顔をして、横のコーサーの野郎の横顔を見ていた。

なぜだ。

なにやら、0,2トーンのみ微かに、日焼けしている。

微妙になんだが……健康的に見える。

その先にはハンスが居眠りしていた。あいつなどは、肌が赤くなっていた。

「おい仕事中に寝てんじゃねえ」

ハンス起こしボールを投げつけ、ハンスが顔を上げると金髪を掻き、欠伸を吐き出した。これだから左遷されんだよこいつは……。

コーサーはいつものしっかり着こんだお高そうなスーツジャケットを隙無く着込み、コンプータでB班の処理をしていた。

時々眼鏡を外し目頭を抑えては綺麗だってのにわざわざ眼鏡拭きで拭き、掛ける。その時の眼鏡を外した時だけ、あの冷めた横目が覗き、また掛けると幅の広いツルで横目が見えなくなる。

「おいお前等どこかに行ったのか?」

「え? 何か言ったか?」

何故か苛々していないコーサーが顔を向けた。頭痛も無いっぽい。逆に、落ち着いていた。

なぜだ。

「土曜日に署長と警部補とアマンダ女史とレオンとロマンナさんとピンクでクルージングしたんだ」

「あんだと?! あんで俺を誘わなかったコーサー!!」

グラグラ胸倉をゆらすとグラグラなって目を回した為にソーヨーラに止められた。

「まあまあ、ガルド君は朝から明らかに大群引き連れて夜通しで騒ぎ捲くってたんでしょう」

「畜生、クルージング……」

「また次回誘いを受ければいいじゃないか」

ええ?

「な、お前、何か頭ぶつけちまったのか……まさかとは思ったが、あのカーベルってチビに浚われた時にすでに他の人間に成り代わってもとのあのキャリライ・レガントはどこかにうまっちまったっていう、っていうか既に食べられちまったんじゃ」

なんだこの眼鏡越しの目は。なんだこの完全リラックス状態の顔つきは。なにやら、不気味なほど俺に対する冷たさが……消えて、

「きゃあ恐い!」

「ガルド君……。ゾッとするわ……」

ロジャーを見て、またコーサーの奴を見た。また顔を戻してパソコンに向かっている。

「わ! 何するんだ!」

眼鏡を取ってそれを見回し、顔を見た。

まあ流石に顔のつくりからして目元が冷めてるが、っていうか眼鏡取るとがらりと変ってもとの上品な顔つきが明らかになるって気にくわねえし元々。つうか、剣が、無い。

「返してくれ、全く」

「お前、本物のキャリライ・レガントをどこにやって……」

「う、煩いな僕は僕だ」

「僕は僕だじゃね」

「ガルドくん、ゾッとする~」

「るせえ!!」

ソーヨーラとロジャーが腕を抱えぶるぶる震え、俺は凍えさせておいた。

何だ。この装ってる感が抜けねえくせに、このなんだ、真面目に取り組もうぜ的なこのにじみ出てくるナニか……。

「まさかクルーザーから落ちて鮫にバラッバラに食われて元のキャリライ・レガントが他の物になりかわってそれをお前は黙認し」

「てないしてない!! 地主様に殺されるし!!」

「言えハンス見たことがあるんだろう、こいつがこの影武者っぽいのと取り変る場面を鮫の周辺あたりで!! ああ?!」

「んな、何で僕に影武者なんかいなくちゃならないんだ」

怪しい……。

「おはようございます」

殺人課の方に行っていたフィスターが現れ、俺は大人しくなりデスクについた。

「ああ」

「おはようジェーン」

「おはようフィスター」

「おはよう皆。おはようございます警部」

俺最後……。

「昨晩はよい宴だったわねコーサー」

「うん。そうだね本当に」

「何?! あ、あんた、」

フィスターを狙っているハンスが立ち上がりコーサーの小癪な子狐を見た。

コーサーが顔を向けると、大人しく座ってファイルを見た。

「おい。そこのホモ。なにこいつ見て耳赤くしてんだ」

「な、俺は女の子好きだ! ピンクだっているし!」

「クルーザーと言ってたから、この貴公子様のプライベートでのラフな装いに胸に来たんじゃないの?」

ソーヨーラが笑ってそう言い、俺はコーサーを見た。

「この気にくわねえ高級ぶってるボンボン野郎がカジュアガルルルルだと?」

「わあ、あ、わる、悪いか……」

な、何こいつマジでテンパってやがんだ。

「気味悪いな……、まるでコーサーの野郎がコーサーじゃねえ……」

入って間もないフィスターはこのコーサーが大体の為に、首を傾げてからデスクについた。

まるで今までのこいつの冷たさがフィスターに取り付いたかのように俺を見ない。

「ガルド君。ダウン」

元麻薬捜査官ロジャーが、狂犬を座らせるようにビシッと指示し、俺はいじけて警察犬の如くシットダウンした。

まあ、美人に指図されるとちょっとぞくぞくするんだが……。


 ☆キャリライ・S・レガント 殺人課特A警部補、FBI末端捜査官


 「コーサー」

俺は顔を上げ、白いベンチの横に座ったジェーンを見た。彼女は微笑んでカップを持っていて、俺も微笑んだ。

「昨夜、トアルノーラの方々が探していたわよ。ほら、会場を何時の間にか離れていたじゃない? 宴の終了になっても見えなかったから。マダムリカーも夜の部にいらっしゃって、一層の華やかさを増していたから、とても素敵だったのに」

「ああ……、そうだね。途中から挨拶も無く。悪かった。あの後はトアルノーラの者達と?」

「ええ。そうなの。皆さんとても素敵な方々ね。ミスシマシアにご紹介いただいて、楽しい一時を過ごさせていただいたわ。紹介してくれてありがとう」

「どういたしまして。彼等とも仲良くしてやってくれ。共にいても慣れてくると気兼ねの要らない奴等だよ」

「ええ」

ジェーンはノートパソコン画面を見て、首を傾げた。

「MM?」

「え? ああ、……コレクションだよ。綺麗な物が多くてね」

俺は画面を閉じ、視線を上げた。

ガサゴソと警部室の中が煩い。オゾホ婦人かもしれない。

この部署内は、入り口から右手東側くぼみに観葉植物の先、応接セットがあり、そのスペース横の立ち上がった壁に手前から警部室ドア、奥に部長室ドアがある。

その角は奥へ通路が続き、二部屋の取調室、その突き当たりのドアが資料室だ。

部署に戻り、六卓のワークデスクがむかえ合わせにあり、手前南側が女警官、北側奥が俺達男警官が座っている。

西側に、観葉植物と白い皮ベンチが置かれていて、その奥は補助二人のデスクと、棚が壁際に設置されていた。

入り口から左壁に、コーヒーサーバーや事務用品横棚、コピー機などが並んでいる。

普通は、この広さの部署ならば二十人弱は入れるスペースだ。だが、俺含む左遷された四人と、その面倒を見る役目のソランドと部長、そして新しく放り込まれたジェーンに、そして突撃隊の二人が養われている。部長一名、特A三名、B斑三名、補助二名の計九名だ。ジョセフは殆どいない。

「宴にね、ラヴァンゾ夫人が」

「ゴホゴホゴホッ」

「ど、どうしたのコーサー!」

「い、いや大丈夫視力がちょっと……、ちょっと失礼」

俺は急いで部署から出て行き、ノートパソコンを抱えたまま息を付き肩越しから顔を前に戻した。

体中が熱い。

ドンッ

「わ!」

「ビックリした~!」

部長の娘が転がった俺を見て首を傾げた。

「どうしたのコーサー!」

「べ、別に」

「気をつけてよ? 怪我させたらちっちゃいあたし長身のマダムリカーに追い掛け回されちゃうから!」

「………。ああ、そうだね……」

俺は手を引っ張られて身体を起こしはにかんで歩いて行き、ティニーナは部署へ飛び跳ねながら入って行った。

「………」

もしかして、誰もが俺が地主の孫だからという理由で考えているのだろうか。

ミスターも、俺が地主一族の人間だから……?

ミスターは俺個人を見てくれているわけじゃ無いとしたら?

俺は顔が冷たくなり、パソコンを床に取り落としてしまった。

「しまった」

拾い上げ、だが頭は完全にストップしそうになった。回線がつながらなくなって行き、恐ろしいことに、俺は彼から愛されていないのでは無いかという……。

そんな。

ガチャッ

「レガント警部補?!」

そこまでの移動など既に吹っ飛んでいた。ドアを開けた手にパソコンさえ無い事も今分かった。

ただただ足が進んで行き、秘書が入る前に引き戻してドアを閉ざした。

また青の空が光る方向へ歩いて行く。

ミスターはあちらにいた。

「あ、と……」

呆れ返った彼が即刻ベストを付け、くるっと向き直った。

「お着替え中でしたか……」

「ああ。これから会議の為に出るんだが、何か?」

基本的に鍵というものが存在しない署長室だ。

「お忙しい所を邪魔してしまって」

ミスターはジャケットを着込むと、横目でこちらを見ては進んできた。

俺は上目で見つめ、顔を上げられずに目さえ反らせずにいた。

「出発は三十分後だ。用事を言え」

「深夜一時に、お会いしても?」

「………」

ミスターは恐い目をし踵を返すと、書斎机に戻り腰をつけメモを走らせた。

「この部屋で待て。彼女に見せればいい」

俺はそれを見て、頷いた。

「署内では絶対に俺に無闇に話し掛けるな。連絡も携帯電話のみだ。事件捜査時以外ではここに立ち寄る理由も無いはずだ。移動時に見かけても、俺はお前を見ない」

俺を見ない……、

「ミスター」

差し伸べた手を払われた。

「駄目だ」

「俺の事が嫌いですか?」

「どうも思わないと言ったら?」

「………」

俺は走って行った。頭が痛い。ドアにぶつかり、あけて走って行った。

「あの、警部補?!」

階段を駆け上がって行き屋上に来て、停められたヘリコプターの鉄板に頭をたたきつけて顔を覆った。

もう駄目だ……。嫌われている。嫌われてるんだ、元から俺は……。

「るっせえなてめえ……」

「………。?」

俺は視線を落し、首を傾げるとヘリコプターの下を覗き見た。

ガルドが腹ばいに影の中を眠っていた……。

「何をやっているんだお前……」

「お前も何やってんだって話だろうが。ヘリコプターキッスかよ」

「そうじゃない、誤解するな」

ガルドは横這いになり頬杖をつき、見上げて来た。

「お前さあ、なんか最近ヤベーよな」

「何がだ」

「さあね。俺には関係ねえんだけど」

「………」

「何だよ。何寂しそうな顔してんだよ」

「何がだ」

「何でもねえよ」

ヘリコプター下から出て来ると、服を払ってから双眼鏡を首から下げ、煙草に火をつけると進めて来た。

「いらない」

「そ」

俺は柵へ歩いて行き、街を一望した。

美しい屋敷群が広がっている。リーデルライゾン一に高い建物はこの警察署だ。

「おい。お前の娘はどうしてる」

ガルドがそのレガントの敷地側に双眼鏡を向けた。

「元気だ」

そちらは草原が広がり、古城の姿が遥か霞みの先に、幻の様に小さく浮いていた。

近づけば、恐ろしい程の巨城だ。

ばあさんは時々、優美な馬を貴族仲間達と草原上を走らせている。

海から流れる風が吹きつけた……。

駄目だ。気分が落ち込む。信じられない。遥か下を見下ろし、ファサードには昼の光が降りていた。パトカーは昼番の交替で何台も走り町へ出て行く。

ガルドが肩を叩いて来た。

「ま、元気出せよ。何があったかしらねえが」

そう言うと、踵を返し歩いて行った。

俺は顔を戻し、溜息を吐いた。



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