(下)
そうして僕は“スマイル”と名付けた雪だるまを友達にして、いろんな話をした。
時間を忘れ話し続けているうちに日が落ち始め次第に暗くなっていた。
僕はスマイルに別れをいってだれもいない山小屋へと帰る。
山小屋に戻って、寝る、まるで憑き物が落ちたかのようにグッスリと深い眠りについた。
一人になってからゆっくり眠る事ができていなかったけれど、偽りでもスマイルという拠り所を得た安心感はとても大きいものだったようだ。
次の日、昨日のように朝の準備をし、スマイルのもとに向かう。
今日は朝からなんだか暖かい気がする、道のりも寒々しい筈の周りの景色もキラキラしていて、別の世界に迷い込んだみたいだ。
胸はポカポカしていてつい頬が緩む
僕は綿を踏みしめスマイルの待つ雪原にたどり着く、そこで、スマイルに声をかける。
「こんにちは、スマイル」
『こんにちは、御主人様』
返ってくる筈のない返事がかえってビックリした僕は辺りを見渡すが、目の前の雪だるま意外は何もいなかった。不思議がっているとまた、声がする。
「御主人様、私です。目の前の雪だるまことスマイルです。」
「っ!?えっ本当に…?」
「ええ、本当ですとも」
「でも何で、昨日はうんともすんとも言わなかったのに……」
「それは、昨日はまだ作って頂いたばかりだったせいかと思います。確かに先日は喋る事が出来ませんでしたが、ちゃぁんと御主人様の声はしっかりと届いておりました。その証拠に私は御主人様から頂いた名前を覚えておりました。」
最初僕はスマイルの言葉に困惑したけれど、スマイルのことがもっと知りたくて、スマイルにたくさん、たくさん、不思議に思った事を聞いて、最後に一番気になっていた事を聞いたんだ…
「ねぇ、スマイルはどうして、僕の事を御主人様って呼ぶの?」
「それは御主人様、貴方が私を作ったからです。御主人様の役にたちたかった私は御主人様が欲しがっていたお友達になろうと決心致しました。」
「僕の役にたちたかった?それで、友達に?」
「ええ、そうです。御主人様」
「……スマイル、友達は友達の事を御主人様とは呼ばないよ」
「?そうなのですか?私は友達というものが分からないのですが他にはどうすれば良いのですか?」
「しなくちゃいけない事なんて何もないよ、ただ、一緒に遊んだりするんだ。一緒にいたいから一緒にいるんだ、だから、スマイルも僕を御主人様なんて呼ばなくていいんだよ」
「では、なんと呼べば良いのですか?」
「僕はトオヤだよ、スマイルよろしく」
「…トオヤ…トオヤ宜しく頼みます」
「あっ、あと敬語も禁止だからね!!」
そう言って念を押し、僕はスマイルと別れて山小屋へと帰った。
スマイルは僕の役にたちたくて友達になると言った。でもそれは、僕がスマイルを作ったから、感謝や恩のような物を感じて友達になろうとしているなら、それを本当に友達と呼ぶのだろうか?
寂しい僕はスマイルの親切心に甘えている。そんな自分に無性に腹が立って、一人ぼっちだった時とは違うジリッと胸が痛むのを感じていた。
次の日、僕はスマイルに会いにあの雪原に行く。
「スマイル、元気にしていた?」
「ええ、元気ですよ、トオヤ」
「むっ、敬語、禁止って言った」
「ハハッ、これは手厳しい…」
「だって、スマイルは僕と友達になってくれるんでしょ?友達は対等でなくちゃっ」
「ねぇスマイルは何して遊びたい?どんな事がしたい?」「遊びですか…違った、遊びってどんな事をするの?トオヤ」
「それは…えっと、駈けっこ、ソリ遊び、雪合戦とか色々だよ」
「じゃぁ、全部、全部やりま…やろう」
「本当に?全部やるの?」
「ええ、もちろんっ」
「フハハッ、ヤッタ!!」
嬉しくて、僕達は笑い合って二人で遊びだす。
それから、冬の間毎日毎日、スマイルと遊んだんだ。
スマイルが消えたのは冬が過ぎ去ろうとする少し前のことだった。段々と暖かくなり始めたあの日も僕はスマイルの待つ雪原へとやって来た。
その日はとても天気が良く、これから春に向かって暖かさを増していく兆しだと感じていたのだ、けれどそれは、全く違う、嵐の前の静けさだったという事に気が付いた時には…もう、凡てが遅かった……
スマイルと一緒に遊んでいると、ヒューーッヒュルー、と悲し気な音とともに乾いた風を運びだしたと思っていたらその瞬間が来てしまう。
あっという間に視界を奪い吹雪が僕とスマイルを襲った。僕達は二人寄り添ってなんとか森の木の影に隠れられそこで吹雪から身を守るしか術がない……
視界が全くなく雪が深いなか吹き荒ぶ風に襲われる、そんな状態で山小屋を目指し進めば自分が今何処に居るかも判らず雪に体温を奪われ凍え死ぬのは明らかであり、だからこそ僕達は出来るだけ身を潜められる所で二人寄り添って吹雪を凌ぐ。
吹雪は一向に治まる気配がないまま一体どれ程の時間をそこでそうして居たのか分からない真っ暗とも言える真っ白い世界でたった二人だけ……
寒くて、寒くて、段々と僕の感覚は朧気になっていく。するとそれに気付いたスマイルの声がする。
「トオヤ、無理しないで、目を閉じて、丸くなるんだ。」
そう、言ってくれたスマイルの姿を僕は今視留める事が出来ないことにやっと気が付いた。目が外気にあてられ、長いこと水分をとっていなかった体は瞳に十分な水分を送る事が出来ず、乾いてゴロゴロする瞳が映していると思っていた真っ暗なくらいの真っ白は、ただの真っ暗だったんだ……
「…ありがとう、スマイル」
もう、体力の限界を迎えようとしていた僕はスマイルの言うとおり重い体をやっとのこと動かし丸くなって吹雪が止むのを待った。
「トオヤ、もう少し、もう少しの辛抱だよ。僕が吹雪から君を守るから」
直ぐ傍でそう言って励ましてくれるスマイルの声に僕はもう、頷く力さえ残っていなくて、遠退く意識の中僕はもう一度スマイルに『ありがとう』と感謝を贈る。
――ねぇ、スマイル、君は知っているかな?
僕が何故君をスマイルと名付けたか……
君を作ったあの時僕は、孤独から救われて、笑えるきがしたんだ。
だからスマイルなんだ、君が一緒なら僕は笑顔になれたから……―――
『…トオヤ、トオヤ起きて、吹雪が止んだよ。さぁ此処は寒い、早く出ていくんだ。』
「……、うん、そう、だね…でも、僕の目は、まだ、良く見えないょ……」
スマイルの声で目を覚ました僕は咽が枯れ、一言一言ゆっくりと喋るのがやっとだった。
『大丈夫、僕がついてるよ、さあ、こっちだよ、こっち』
誘われるまま、僕はスマイルの声のする方へ歩き続けた。
『あっちだ、もう少し先、良かったこれで、大丈夫だ……』
そう、声が聞こえた後、ピタリとスマイルの声が聞こえなくなった。
僕は言われた通り歩き、そして………
「…あっおいっ、あそこに子供がいるっ!!」
「おーいっ、大丈夫かあ!?」
少し離れた所で大人の人の声が聞こえる。でも、そこまでで、手一杯だった。もう、それ以上を踏み出す事が出来ず、グラリと体が傾き倒れ込む。
気が付いたとき僕は近くの村に運びこまれていた。おじいちゃんが死んだ事を話すと、村で暮らすことになった。
それから村で暮らしていた僕は親切な村の人達のおかげで少しずつ村での暮らしに慣れていった。けれど、僕の目は治る兆しがない、お医者さんは暫くすればまた良くなるだろうと言っていたけれど、僕にはまったくそうは感じられなかった。
閉ざされた世界の中で僕はスマイルとの幸せな時がどうしようもなく恋しくて、見えないながら、僕はスマイルのいる山に帰ろうと村を出る。
目が見えていなくても山に入ると、自然と感覚でスマイルと遊んだあの雪原に辿り着くことができた。
「スマイル、ねぇ、スマイル居るんだろ?出てきて、一緒に遊ぼうよ!」
声は雪原に広がりこだまするが返事は帰って来なかった。
(…どこに行っちゃったんだい?スマイル……)
真綿に倒れるように横になり見えない空を仰ぐ。
……――トオヤ―――。
耳に微かなスマイルの声が届いた瞬間、僕の瞳に暖かな雫が落ちた。
その雫は滲み渡り瞳にたちまち暖かな水を呼び…
僕の世界に再び色が戻った。
僕はこの雫を知っている。そう、これは、スマイルを作ったとき溢した僕の泪だ。亡くした感情を思い出したみたいにしっくりとはまった感じで僕はそう、確信する。
「…ハハハッ、ははっスマイルぅ……」
僕はまた泪を流す。スマイルは最後まで僕を見ていてくれた。そして、スマイルはもういない、それが判ってしまったから…
(スマイル、君はこの真綿の世海に溶けて仕舞ったんだね……)
「……ありがとう。スマイル」
僕は誰もいない真綿の世海に向かって精一杯の笑顔と心から感謝の言葉を贈り僕はその場を後にして山を降りて行った。
目が治り、村で暮らすようになってしばらくすると、友達もできたけれど、それでもやっぱり、思い出すのはスマイルと遊んだあの頃のことばかりで…
でも、いつか僕は分かり和える“一番の友達”をつくることを目標にしている。
――ねぇスマイル、あのとき、向けた最後の笑顔は…ちゃんと笑えてましたか?
強張っていませんでしたか?
ちゃんと笑えていたらいいなと思うのですが…さよならを言いたくなくて…頑張って作った笑顔。
君には僕の強がりもバレていたかもしれないけれど…
僕は今、元気でやっています。―――




