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まおーとゆうちゃ  作者: 佐倉硯
だいにしょう
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じゅういちっ!

並んでいたスプーンを握りしめると、ゆうちゃはまた普段通りの調子を取り戻して目の前にある食事を口いっぱいに頬張り始めた。人間好みの食事を作らせてみたがお気に召したようだ。

幸せいっぱいといった様子で頬を膨らませながらもぐもぐと口を動かすゆうちゃの姿に目を細めて微笑んでみせた魔王だったが。

目の前の食事に手を付けることもなく、テーブルに頬杖をついてゆうちゃに気づかれぬよう振り返ることなく小さく呼んだ。


「メイド長」

「はい」


姿勢を正していたメイド長が、魔王の意思を察して小さな声で返事をする。一歩前へ歩み出ると魔王の背後から顔を寄せて身をかがめると、静かに会話をする姿勢を取った。


「今の話を聞いて、どう思う?」


基本的な考え方は人間も魔族もほとんど変わりはない。


魔王が悪と呼ばれるのはあくまで人間界の話であり、魔族から言えば魔王は正義だ。人間もまた自分達を正義として魔王を悪と定めているのであれば思考は一緒だ。ただ常識や摂理が異なるというだけの話ではあるが、そこに生まれる人間との思考の溝は埋まらない。

いささか考え方が人間に近いメイド長の意見を聞いてみたいというのが魔王の本音だった。


魔王の問いかけにメイド長は少しだけ戸惑った様子だったが。


「……なんと申し上げてよいやら……」

「構わん。思ったまま話せ」


きっぱりと言い捨てた魔王の言葉に、メイド長は静かに発言し始めた。


「……我々魔族は"家族"というものを持ちません。ある者は大気から生まれ、ある者は木に実り、ある者は自然が形を変えて生まれてくる。家族というものを持つ人間に、憧れを持つ魔族が居るのも事実です」


言葉を切ったのは自身の想いが正しいかわからなかったからだ。これで魔王が望む回答が得られなければ即座に殺されることもある。しかし魔王は自分の意思を伝えないままメイド長に「……続けよ」と進言した。


「ですが……私にはわからなくなりました。人間とは、なんでしょうか?」


問うたのは決して魔王に対してではない。

人間そのものに問いただしたい内容であった。


「魔族同士で殺し合いをすることもございます。争いを好む種族ですから。魔王様の手に掛かった魔族もどれだけ存在しましょうか。人間というのは本来、平穏を望む生き物だと聞いております……けれど幼い勇者様に人間界の未来を託し、刃を持たせた……魔族さえ、幼少の魔族には争いごとに巻き込ませないよう、助け合う性質がありますのに……」


メイド長の言葉は真実のみを語った。


魔族とは弱肉強食が当然となっている。弱き者は強き者に苛まれるのが運命だ。魔族にも多くの種族が存在し、種族を残すすべは各々の種族のやり方が存在する。ある種族は同じ種族の肉を喰らう事で強き者だけを残す。ある種族は同じ種族と支え合い一日でも永らえる事を望み、数を持って征する事もある。


だからこそ人間という存在が考えることが分からなかった。


人は子孫を残す生き物で種族はない。異族はあるかもしれないが、同じ生体であるがために共存する生き物だと認識していたのだが。


「……ゆうちゃの父親と母親というものは、生きていると思うか?」


幸せそうに料理を口にするゆうちゃから視線を外さないまま魔王が尋ねた言葉に、メイドは静かに目を伏せてゆるゆると首を小さく横に振ることで答える。

メイド長が考えていた内容と等しい考えを持っていた魔王は、ただ静かに「そうか」と呟く程度に抑えて。


「まおー?」


食事に口を付けない魔王にようやく気が付いたのか、口の周りにベタベタと食べ物を付けたままのゆうちゃが魔王を呼ぶ。


「ん? なんだ?」

「ごはんたべないの? おいしーよ?」

「ああ、食べるよ。ありがとうゆうちゃ」

「うんっ!」


満足できる返答をもらったゆうちゃは自分の胃を満たしてくれる食事に再び夢中になっていく。そんなゆうちゃの様子を、魔王は無言のまま目を細めて見つめる。


「……あの、魔王様?」


しどろもどろになりながらメイド長が声を掛ければ、魔王はふぅと息を吐いて振り返らないまま言い捨てた。


「もうよい、下がれ」

「っはい……」


何かまだ物言いたげなメイド長だったけれど、魔王の言葉に逆らうほど主張する内容でもなかったらしい。静かにその身を引くと、元居た場所で再び背筋を伸ばして腹の前で小さく手を組むと、まっすぐに遠方を見つめながら気づかれないように息を吐いた。


「……ゆうちゃ」


穏やかな笑みを浮かべた魔王がゆうちゃを呼べば、口の周りにスープを付けたゆうちゃが「う?」と顔を上げた。唐突に呼ばれた事が不思議だったのか、きょとんとした表情が愛らしい。魔王はそんなゆうちゃを微笑みながら見つめてこれからを語った。


「僕は執務……仕事が忙しい。けれど空いた時間は相手をしよう。鬼ごっこも探検も、一緒にさせてくれるかい?」


先ほどまで否定的だった行動を共にするという言動を受け入れられたのがよほど嬉しかったらしく、ゆうちゃは花を咲かせたようにぱぁっと輝くような笑みを浮かべる。


「うん! いいよっ!」


にこにこと笑うゆうちゃにつられて吹き出しそうになるほど笑みを携えた魔王だったが、次の瞬間には真面目な顔をしてゆうちゃに言って聞かせた。


「その代わりあまり一人で城内をうろつかないこと。城内を歩きたいなら、そこにいるメイドか、そこにいる魔族のどちらかを連れ添ってくれる? でないと、食べられてしまうよ?」

「……むぅっ、ゆうちゃ弱くない!」

「うん、弱くないね。でも強くもない」


さらりと言ってみせた魔王の言葉に、ゆうちゃは表情を消した。

何か物言いたげな、けれど決して魔王の言葉を否定しきれないらしいゆうちゃが黙り込んでしまったけれど、魔王は構わず続ける。


「ゆうちゃ、ここは魔族の城だよ。ゆうちゃが倒すのは誰?」

「まおー……」

「そうだね。僕だ。ゆうちゃは僕だけを倒すんだ。他の魔族を傷つけちゃいけない。魔族を傷つけていいのは魔族同士、もしくは僕だけだ」


理不尽な事を言ってるかもしれないが、均衡を保つためには必要な事だ。

魔族の消滅は自分の力が少しずつ削り取られることを意味する。多少の犠牲を払ったところで()のゆうちゃに負けるはずはないが、今まで名ばかりの勇者とは違うと明確に分かっているからこそ伝えておかなければならない。


「まぞくどうしはいいの?」


納得が行かないのか小さく呟いたゆうちゃの言葉に魔王はしっかりと頷いた。


「魔族は元々争いを好む生き物だ。そういったことは日常茶飯事なんだよ。だけどゆうちゃが倒してしまうと僕が弱くなる。ゆうちゃが倒したいのは弱い僕かい?」

「強いまおーがいいっ!」


負けん気の強い子だと魔王は笑った。


「そうだね。僕も強いままゆうちゃの相手をしたい。だからゆうちゃは他の魔族を傷つけてはダメだし、他の魔族だってゆうちゃを傷つけちゃいけない。ゆうちゃは強くなって僕だけを倒しにおいで」

「……ぬぅ……」

「わかったね、ゆうちゃ? "約束"だよ」


それほど効力の強い言葉だったわけではないが、ゆうちゃはピクリと反応した。


「……"やくそく"?」

「そう、"約束"。友達の僕とゆうちゃだけの"約束"」


ゆうちゃに効果があるのならばとその言葉をひたすら強調して使えば、ゆうちゃは静かに考え込んだ後にまっすぐ魔王を見つめて力強く頷いた。


「"やくそく"……わかった」

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