表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/93

嵐の正体

 二人には後から行くと言い体育館の入口で別れ、衿香は外に出た。

 胸の中に詰まった重い空気を追い出したくて深呼吸をするが、胸のつかえは取れなかった。

 衿香はため息をついて、体育館の壁にもたれる。

 なぜ、あの人と睦月先輩が話をしているだけなのに、こんなに胸が苦しくなるのか。

 自分らしくない。

 私は神田衿香。

 神田コーポレーションの娘。

 いつ、いかなる時も、冷静であれ。

 そう教えられて育った。

 感情に振りまわされず、真実を見る目を持ち、冷静な判断を下す。

 なのに今の自分は何なんだろう。

 星宮という女子生徒と睦月が親しく話をしている。

 ただそれだけの事にこんなに胸が騒いで仕方ない。

 私がここにいるのは、愛だ恋だと浮かれ騒ぐためではない。

 衿香はありさの強い瞳を思い浮かべる。

 私も彼女と同じ。

 確固とした目的を持って、ここにいるのだから。

 

「どうかした?衿香ちゃん」


 間近からかけられたその声に、やっと平静を取り戻しつつあった衿香の心臓が跳ねあがった。

 どうしてこんな近くに来るまで気がつかなかったんだろう。

 衿香は信じられない思いで、睦月の眩しい笑顔を見つめた。

 黙ったまま目を見開いて固まっている衿香を、睦月が不思議そうな顔で見つめる。

 いつの間にか距離を詰めていた睦月が、衿香の顔のすぐ横の壁にとんと手をついた。

 背中に感じる固い壁の感触。

 もともと体育館の壁に背を預けていた衿香は、逃げようもなく睦月の腕に囲い込まれてしまった。


「なななんでもありません。ちょっと、体育館の空気が悪くて……」

「顔色悪い」


 睦月と衿香の距離は限りなくゼロに近付いている。

 触れていないのに、感じる熱に衿香の頭はくらくらした。


「こないだも元気なかったし、何か心配ごとあるの?」


 睦月の声が頭にどんどん近付いてくる。


「せせせせんぱい~~~。なにを……」

「しばらく衿香ちゃんの近くにいられなかったから、ガードが甘くなってるな……」

「せんっ……!!」


 頭の天辺に落とされる柔らかい熱に衿香は絶句した。

 夏祭りの夜に落とされた熱と同じ。

 衿香を癒す柔らかい感触。

 けれど全く私的な空間だった前回とちがい、今回はどこで誰が見ているか分からない場所なのだ。

 衿香は慌てて睦月の胸を押しやろうとするが、睦月の体はびくとも動かない。

 

「もう少し。大人しくしてて。僕も衿香ちゃんが足りない」


 耳元で囁かれる色を帯びた睦月の声に、衿香の気が遠くなる。

 その時。


「睦月くん~。三位決定戦だって~。……あら?お取り込み中?」


 その鈴を振るような可憐な声に、衿香の熱が一瞬のうちに冷めていった……。




 その後の事はぼんやりとしか覚えていない。

 睦月の腕から解放されて、大丈夫かと再度問われたのに対し、頷いた。

 それでもまだ心配そうな睦月に無理矢理笑みを作り、友達のところに行くと言うと、ようやく納得してくれたようだった。


「一人でいちゃダメだよ?」


 念を押す睦月に自分は何と返したのだろうか。

 気がついた時には睦月と彼女の後ろ姿を見送っていた。

 睦月の隣を歩く少女の髪が軽やかに揺れている。

 その時、衿香はずっと抱いていた違和感の正体に気が付いた。

 睦月の隣。

 そこはずっと衿香が当然のように立っていた場所。



『そこは私のいるべき場所だ』



 衿香は自分の心の声をはっきりと聞いた。

 それは紛れもなく嫉妬という黒い感情だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ