彼と彼女
めまいがした。
何がどうなっているのか、よく分からない。
どうやってここまで来たのか。
完全に記憶が飛んでいる。
衿香はへたりとベンチに座り込んだ。
球技大会は無事、終わりつつあるはずだ。
女子の試合は終了し、衿香の仕事も無事終わった。
あの睦月に会った日以来、かなりとげとげしい態度をとるようになったありさだが、一応仕事はきちんとこなしてくれた。
その後、美雨や千世に誘われて男子の試合を見に行った。
メインの体育館、女子はフロアーに下りるのは禁止されていたが、観覧席からの応援は許されていた。
黄色い悲鳴の中、男子バスケの準決勝が行われていた。
「あ!睦月先輩のクラスよ!」
隣で美雨が声を弾ませたが、衿香はすでに睦月の姿を確認していた。
コートの中で睦月の姿だけが勝手に目に飛び込んできたのだから仕方ない。
相手チームが着ているのは学園のものとはちがうジャージだ。
「あれって、学院のチーム?」
千世がほんの少し不安そうな声でつぶやく。
衿香は相手チームの顔ぶれをざっと眺めた。
その中に不敵な笑顔でボールを意のままに扱う出雲の姿があった。
「そうみたいね」
激しいぶつかり合いに場内の熱気も否応なく高まっていく。
一瞬の隙をつき、出雲のボールを睦月が奪う。
そのままゴールまで突っ走りシュートを狙うが、激しいディフェンスにボールは弾かれていく。
あー!!!という悲鳴の中、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
結果は僅差で学院側の勝利。
「あ~。残念~」
隣で美雨がため息をついた。
そんな空気の中でも学院の生徒たちは気にした様子もなく、淡々と退場していった。
睦月たちも応援に来ていたクラスメートの元に戻っていく。
その中に、あの人がいた。
遠くて会話は聞こえない。
けれど何か言った彼女に向かっておどけた様子でぺろりと舌を出す睦月に、周囲の女子生徒から悲痛な悲鳴が漏れる。
「なにあれ、だれあれ。ちょっと衿香?あの人、睦月先輩の何なの?」
美雨が隣で憤慨した声をあげた。
「三年の転校生だって、言ってたわ」
冷静に答える自分の声を、他人事のように聞いている自分がいた。
睦月先輩の、何?
見れば分かる。
睦月先輩が、心を許している人だ。
あの時感じた黒い何かが衿香の中にジワリジワリと広がっていく。
「ちょっと仲良すぎじゃない!いいの!?衿香」
「いいのって……。私の許可がいるの?」
なぜだろう。
こんなに胸の中は荒れ狂っているのに、感情がごっそり消え去ってしまったように思うのは。
全く動揺していない衿香に美雨は不思議そうに首をかしげる。
「衿香がいいなら、いいけど……」
いつの間にか睦月の姿は視界から消えていた。
進藤の出るバレーの試合が体育館の向こう側のコートで行われるから移動しようということになり、衿香も二人と一緒に席を立つ。
一瞬ぐらりと周りの風景が歪んで見えた。
「大丈夫?衿香ちゃん。顔色、悪いよ?」
隣を歩く千世が心配そうな顔をするのに、衿香は気丈に笑って見せる。
「大丈夫。体育館の中の空気が悪かったからかな。少し外に出るわ」




