吹き荒れる嵐
部室に戻る途中で、その二人の姿を見つけたのは衿香の方が先だった。
けれどそれが誰かというのを認識したのはありさの方が早かった。
「ちょっと!あれは睦月さまじゃない!?隣にいるのはまたあの女じゃない!?」
そう言われて、衿香は向こうから仲睦まじく歩いてくるカップルの姿をまじまじと見た。
それが睦月だと認識した衿香の胸が、なぜかどきりと大きな音を立てた。
球技大会に向けて多忙を極める睦月に会うのは久しぶりだ。
ほんの少し痩せたのか顎のラインがシャープになり、ふんわり癒し系だった顔にどことなく精悍さが加わっている。
「聞いてるの!?神田さん!」
隣で騒ぐありさに気がついたのか、睦月がこちらに向かって手を振った。
にこやかに笑う、その顔はいつもの睦月だ。
だが隣を歩く女の子の存在が、なぜか衿香の心を重くする。
ありさ以上に、それが誰なのか睦月に問い詰めたい衝動が衿香を襲う。
「やあ。衿香ちゃん。久しぶり。元気だった?」
隣で頬を染めているありさを完璧に無視して、睦月が衿香に挨拶した。
その隣でにこにこ笑っているのは、学園の制服に身を包んだ絶世の美少女。
だがその顔に見覚えはない。
「どうかした?大丈夫?」
笑わなければ。
笑って、挨拶を返さなければ不自然だ。
そう強く思うのに、頭の中が痺れたようにそれを無視する。
なぜ泣いてしまいそうなのか。
なぜ叫び出してしまいそうなのか。
自分の感情が他人のものになってしまったような感覚に衿香は戸惑っていた。
それを不思議そうな顔で見ていた睦月の手が、ひょいと伸びてきて衿香の額に触れた。
「ん~?熱はないかな」
「!だだだいじょうぶです!」
少し乾いた大きな手の平の感触に、衿香の頬がかっと熱くなる。
「あらあら、睦月くん。女の子の扱いには気をつけなきゃ」
隣でニコニコしていた女子生徒が呆れたような声を出した。
緩くウェーブした長い髪。
キラキラ星が宿っている黒目がちの綺麗な瞳。
どこをどう取っても文句なしの美少女だ。
「三年に転校してきた星宮……よ」
女子生徒が名前を名乗ったが、早鐘のように脈打つ胸の音がうるさくて、彼女の下の名前が聞きとれなかった。
「去年の夏まで学園にいたの。だから出戻りってわけ。ね?睦月くん」
「あは。まだ根に持ってるの?強引に呼びもどしたのは僕じゃないんだけど」
「あら。睦月くん達がしっかりお仕事してくれたら、あの人もそんな心配しなくて済んだんじゃないかしら」
「相変わらず、痛いとこ突くね~」
じゃれるような二人の会話が衿香の耳を掠めていく。
「じゃ、僕たちは行くけど、ほんとに衿香ちゃん、大丈夫?」
睦月の心配そうな声に衿香はハッと我に返った。
「あ、はい。大丈夫です。もう部室に戻って寮に帰りますから」
なぜこんなに心が揺れるんだろう。
嵐のように揺れ動く感情を必死の思いで制御し、衿香は何とか微笑みを顔に張り付けた。
「そう?」
そう言って、ちらりと睦月がありさに視線を移した。
ありさの顔が期待に輝く。
次の瞬間、衿香の腰がぐいっと引き寄せられた。
「球技大会が終わったら、ゆっくり話を聞かせてね」
耳に直接吹き込まれるように低く囁かれた声に、衿香の思考は完全に固まった。
抱き寄せられたのは一瞬の事だ。
すぐに睦月は衿香を解放し、上機嫌で歩き去った。
「ななななな……っ」
半分意識を飛ばした衿香の隣でありさが真っ赤な顔で叫んだ。
「なんなのよ~~~!!!?」




