ある日のランチルームの光景
ゴールデンウィークを目前に控えたある日の食堂。
テーブルを囲む衿香と美雨、千世の三人の姿があった。
「なんだかこの頃やたらとカップルが多くない?」
席に着くなり美雨が言った。
「そう言われればそうですね」
千世も辺りを見回して頷いた。
「またなにか衿香が仕掛けたんじゃないの?」
美雨が綺麗に片眉だけ上げて衿香を見た。
「ぐふっ!?げほげほげほ」
美雨の言葉に、黙々とランチを食べていた衿香が盛大にむせた時。
「あら、衿香さま?大丈夫ですか?」
頭上から涼やかな声で呼びかけられ、涙目で顔を上げた衿香は固まった。
そこには睦月の親衛隊長、如月花音が男子生徒と一緒に立っていたのだ。
「か、花音先輩?そちらの方は?」
衿香の問いに隣を見る花音の頬が桜色に染まる。
「あ、その彼は中谷翔也さん。え、と。その」
もじもじする花音を微笑ましそうに見る男子生徒は、ごく一般的なイケメン男子だ。
「じゃ、花音。先に行ってるから」
爽やかにその場を去っていく背中に熱い視線を飛ばす花音。
これはもしかしなくてもそうなんだろう。
「花音先輩の彼氏さんですか?」
美雨が尋ねると花音の頬が真っ赤に染まった。
「彼氏だなんて。まあその、まだお付き合いを始めたばかりなの」
「ええ!?でも睦月先輩は!?」
衿香の叫びに花音の緩みまくった顔がきりりと引き締まる。
「私を見くびらないでもらいたいわ。私は睦月さまの親衛隊長の任をおろそかにするつもりは毛頭ありません」
「え?でも」
ふと花音の表情が柔らかくなる。
「私たち、衿香さまに言われて考え直したのです。睦月さまはお守りする対象である事に変わりはない。けれど決して私たちの恋愛対象にはならない方なのだと。睦月さまを敬愛する気持ちを忘れず、でも身の丈に合った恋愛も大事にしようという気持ちになれたのは衿香さまのおかげです」
「はあ」
「睦月さまのような方の恋愛対象は衿香さまのような方なのだと、私たち痛感しましたのよ」
「ええ!?」
「陰ながら応援しております。ではごきげんよう」
「ちょっ!?花音先輩!?」
笑顔で去っていく花音。
聞き捨てならない台詞は気のせいだろうか。
「ほら~。やっぱり衿香が何かしたんじゃないの~」
「いや。私は別に……「だ~れだ?」」
不意に、衿香の視界が閉ざされる。
顔を覆う温かい感触。
「……むつきせんぱい」
「あったり~」
視界がぱっと明るくなり、美雨と千世のびっくり顔が目に映る。
「何するんですか。急に」
ぱっと振り返り文句を言う衿香の鼻先に、ハンバーグを突き刺したフォークが差し出される。
もちろん持っているのは満面の笑みを浮かべた睦月だ。
「せんぱ…むぐぐ!?」
問答無用。
遠慮のかけらもなく、睦月がハンバーグを衿香の口に突っ込んだ。
もぐもぐもぐ。
口に物が入っている時はしゃべらないというマナーを守って必死で咀嚼する衿香。
ごくん。
やっと飲み込んで大きく息を吸ったその瞬間。
二口目のハンバーグが衿香の口に突っ込まれた。
「むぐぐ」
「美味しい?」
「むむむ」
繰り返される光景に周囲の目は生温かくなるばかりである。
やっと衿香のお皿が空になり、睦月はフォークを置いた。
「はい。よく食べました」
ニコニコと笑い衿香の頭を撫でる睦月。
「じゃ、もう行かなきゃ。衿香ちゃん、また放課後ね」
衿香に文句を言わせる暇を与えず、睦月はさっと席を立った。
肩で息をする衿香は茫然とそれを見送る。
「相変わらずね~。睦月先輩」
「らぶらぶカップルみたいです」
美雨と千世は何事もなかったかのように食事を再開する。
「一体なんなの~」
空のプレートに衿香のよわよわしい呟きが零れた。
久しぶりの投稿です。
投稿が途切れているのにアクセス、お気に入り、ポイントをいただき
うれしい限りです。
しばらく不定期になると思いますが、よろしくお願いいたします。




