前編
月極駐車場の日陰で大きな三毛猫が大きな口を顔一杯に広げて欠伸をする。
砂利の上なのに気持ち良さそうに寝ている栗饅頭のような塊が羨ましい。
なんだか毎日同じ時間に同じ道を登校する僕たち人間が窮屈に思えてしまうではないか。
もう一度猫が欠伸をかますので釣られて僕も喉の奥から込み上げてくるのだが生物の種としての敗北感を予感して我慢しながら通り過ぎた。
◇
学校に近づくにつれて周りには同じ方向に向かう同じ制服が増えて来て何メートルも先に歩いていた生徒も今では手を伸ばせば届いてしまいそうなところまで来ている。
もちろんそんなことはしないけど。
女子にそんなことしたらどうなるかなんて分かりきっている。
分かりきっている未来を前頭葉が全力で注記してくれているにも関わらず男子校生というのはなんと馬鹿なのだろう。
スリルと己の余りに余った好奇心と誰かと話したいと言う欲求が理性を押し退けてこようとしてくるので必死に抑えこむ。
なんてことはない、ただ触らなければいいのだ。一歩前は進まなければそれで済む話だ。
かと思えばそんな楽な葛藤はないのだろう。僕は僕のくだらない欲求に完全に押し潰されて右手をそっと、置いたつもりが制服越しに伝わる細い肩に対して力を誤ったと痛感する。
突然、肩を叩かれた女子生徒は声を上げながらビクッと跳ねる。身体を硬直させながら首だけをこちらに向けた。その顔は驚きで呆然としている。
「…おはよう」
後悔を噛み締めながらなんとかしなくてはという責任感のようなものに後押しされて声を絞り出した。
テンプレのような、というかなんの捻りのない定型文しか出てこなかったがこれで良かったのかもしれないと思った。
「え、あ。え?」
突然の出来事に頭が真っ白になった少女は突如接触して来た見ず知らずの男子生徒の朝の挨拶に対応しきれず豆鉄砲を喰らった鳩のように状況の把握に努めている。
驚いた女子はこんな顔をするのか。同時に普段とは違う表情だったことで見知った顔であるのに気がつかなかった。
九条楓だ。冷静沈着。頭脳明晰。そんな四字熟語が似合う我が校の優等生だ。
同じクラスではなるが一般生徒である僕とは接点などあるわけもなく、すれ違った時に挨拶する程度の関係性だった。
だがそんな挨拶一つでも育ちの良さが垣間見えていた。親御さんが必死に礼儀を叩き込んだのだろうと勝手に想像しながらも成績も優秀なことを加味するとおおよそ勘違いではないだろう。
そんな箱入り娘にズケズケとちょっかいを出した愚か者の僕は娘ラブな両親に刺されることを危惧したのだが一瞬で違かったと理解させられる。
目の前にいた女子が気付か間に消えたと思えば背景も動いていることを知る。
パンッーー
風船が割れた音が近くの建物に響き渡り何重もの跳ね返りをしてこちらの鼓膜を揺るがした。
いつの間にか首を動かした?
左頬が徐々に熱くなっていき頭が冴えてくるのと同時に何が起きたのかを完全に理解した。
「ご、ごめん!」
地面を眺めながらゆっくりと頬を手で抑えた僕がその声に再び女子の方へと振り返ると彼女はすでに背を向け走り去るところであった。
彼女とは対照的にこちらに向けられる視線は僕の心に劣等感を刻もうとしている。
睨み返す気力も全く湧かないしただただ自分が情けなくなり顔を上げる。
どれもこれも自分でやって自分で間違えたことなのだから致し方ない。
これだけで済んで良かったではないか。
これからどんな噂が広まって肩身が狭くなるのかは分からないが先程の反応からみるに彼女に傷を刻んだことだけは理解した。
立ち止まる他の生徒を置き去りにして自分の過ちを認めるために歩を進めた。




