1話:500年後の邂逅
――この本を読むあなたへ。
人の行動の要因とは何だと思う?
環境や心理、または個人的な要因があるだろう。
あなたがもし、心の中で好奇心と答えたのなら――今すぐ読むのをやめて本を閉じなさい。
あなたはきっと抜け出せなくなるから。
ユグナ・クレイドより――
◇
家の図書室に1人、同じ本を毎日読みに来るフキはこれしかすることがなかった。
他の家と比べてもなかなかの数の本を有しているのにも関わらず、ある一冊の本だけを耽読している。
その本には魔術師について書かれている。
室内にある机に座り、ページを捲る音だけが静寂に包まれる室内に響く。
今まで何に対しても興味を持たなかったフキは、生まれて初めて”知りたい”という感情に陥る。
最早日課となり、毎日考察しているのだ。
その時、勢いよく図書室のドアが開かれる。
「何をしている!!」
聞き飽きた父の怒鳴り声が今日も耳に入る。
俺は構わず読書を続ける。
「もう何度も注意したはずだ!! 魔術師に興味を持つのはやめろ!」
父は鬼の形相で起こっている様子だったが、その怒鳴り声からは若干焦りを感じた。
フキは本を置いてため息を吐いて即答する。
「嫌だ」
これまで楽しいことがなかった人生に初めて色がついた気がした。そんな魔術師に惹かれたんだ。
それを手放すなんてことは俺には考えられなかった。
父は目を細め、拳を強く握りながら、俺を見下す。
「……わかった。お前を境の山脈に追放する」
そう言い放った瞬間、父の側近達が、図書室に入り、俺を捕まえる。
抵抗する気はなかった。何度も忠告を無視したから、そろそろ何かしてくるとも思っていた。
「連れていけ」
父は側近にそう告げる。
そして、フキは魔獣が生息する境の山脈に放り投げられることになる。
抵抗しなかったのは、この過酷な山脈での生活に耐え、父を見返す気でいたからだ。
でもまあ、この世界の人は魔術師を嫌っている。これだけ魔術師に興味を持っているのは俺くらいかもしれない。
魔術師。
この世界の禁忌とされる存在であり、500年前に実在し、魔法の頂点を極めた5人の英雄、エレメントマスターをたった1人で壊滅させた存在でもある。
まぁ、まずは山脈での生活に慣れよう。
密生した木々が広がり、日中でも薄暗い。中に進むと冷たい風が通り、フキの黒い髪を揺らす。
歩いていると開けた場所に出る。その中心には一本の立派な木が生えていた。
「ここを拠点にするか……」
右手で撫でるように気に触れながらフキは呟く。
すると後ろからガサガサと音が聞こえてくる。
振り向くとそこには、鋭い牙を持った四足歩行型の魔獣がフキを凝視していた。
「あれが魔獣ってやつか」
本で何となく知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
どうする?逃げるか?いや、ここでの生活に耐えるって決めはずだろ。
こんなやつくらい倒せなきゃなんのために決心したかわからない。フキは額に汗を浮かべながら両手に風の魔法を纏う。
魔獣は一目散に飛びかかり、牙を向ける。
両手を魔獣に向けたフキは飛びかかった瞬間に風を放ち、魔獣は風の渦に飲み込まれて後ろの木に打ちのめされた。
「倒せたか?」
魔獣は動かない。恐る恐るフキは近づいて確認する。
魔獣は頭を強く打ち絶命していた。
その光景を見たフキは安堵と不快感が込み上げてくる。
初めて殺生をしたフキにとっては言葉にし難い体験だった。
しかし、そのような考えではこの山脈での生活を耐え凌ぐことはできない。
フキは大きく深呼吸をして、その覚悟を受け入れた。
幸い近くに川がある。水分に困ることはない。問題は食糧である。拠点に着くまでに木々を見ていたが、実がなっている様子はなかった。
そしてフキは渋い顔で倒れる魔獣を見下ろす。
「食べれるかな?」
もうすぐ日が沈む。それまでに食料を確保したいフキにとって、もう選択肢はなかった。
その場で座り、両手を魔獣に当てながら風を放出し、毛を剥いでいく。
毛を処理し終わった頃には、暗くなり始めており、フキは急いで火を起こした。
風の魔法で魔獣をバラしていき、焼いていく。
「こんなけ焼けば流石に食えるよな」
慎重になりながら木の棒に突き刺した魔獣の肉を一口運ぶ。
「おぇぇぇっ!!!」
酷い味だ。硬いし、バサバサする何かが口内を駆け巡る。
すると気づく。ひっくり返すと焦げた毛が大量についていた。
真顔になりながらも、毛の処理したじゃんと心の中で愚痴をこぼす。
味はきっと毛のせいだと思い、毛を払ってもう一口食べる。
さっきほどの強烈な味はしない。旨くもないが食べれないほどではない。
「これなら最低限の食糧にはなるか...」
フキの山脈での生活が本格的にスタートする。
◇
最初の一週間は生き延びるだけで精一杯だったが、三か月も経つ頃には、魔獣の動きが読めるようになり、毛を処理するのも上手になっていた。
「もうすぐ三ヶ月経つってのに迎えがくる気配がしない……」
一ヶ月もすれば心配になって迎えにくると思っていたフキは、捨てられたのかと疑問に思う。
そこまで魔術師について触れてほしくないのか。
もうフキにはわからない。
「寝よう」
拠点の木の太い枝に腰掛け、目を瞑る。
眠りに入って数時間が経ったその時――ドォン、と大きな音が鳴る。
フキは慌てて目を覚まし、周囲を確認する。
「こいつか……」
フキのいる木の下に3m程の大きな魔獣が木を押し倒そうとしていた。
その音に釣られて四足歩行型の魔獣が大量に押し寄せてくる。
「クソ……ありかよこんなの」
小さく文句を言いながらフキは風魔法で飛行してその場を離れる。
だが、四足歩行型の魔獣は追ってくる。
「逃げ切るのは無理そうだな……」
しかし、木を揺らしていた魔獣は追ってきていない。
フキは空中に留まり、四足歩行型の魔獣はフキの真下に密集しながら見上げている。
両手を下に向けて魔力を集中させ、フキは全力で風を地面に放つ。
竜巻のように荒れ狂い魔獣達は切り刻まれ、周囲の木々も全て吹き飛ぶほどの威力だった。
魔法によって月明かりが綺麗に照らす空間が出来上がり、魔獣の姿は見当たらない。
地面に降り立ったフキは、疲労が一気に全身に回る。
「何とか倒せたか」
息を吐くようにつぶやいて、その場で座り込む。
すると、先ほど木を揺らしていたでかい魔獣が目の前に飛び降りてきた。
「なっ!?」
フキは大きく目を開けて魔獣を見上げる。
「……振り切れて、なかったのか…」
内心そう思い、フキは小さく絶望する。
魔獣に見下ろされ、心拍がだんだん早くなり、息切れを始める。
俺は――死ぬのか。
「どうして……こうなった。ただ……知りたかっただけなのに」
魔獣は拳を握り、フキの顔面目掛けて振りかぶる。
その瞬間フキは目を瞑り、自分の運命を悟った。
その時だった。
別の大型魔獣がものすごい勢いで吹っ飛んでくる。
それが目の前の魔獣に激突し、爆散するようにバラバラになった。
「――な、んだ?」
目の前の光景が理解できず、フキは唖然としながら声を漏らす。
「あれぇ〜この辺だと思ったんだけどな〜」
右奥から1人の少年が軽口を言いながら姿を現す。
全身黒い服を纏い、淡いクリーム色の髪をした少年はこう言った。
「おっ! やっと見つけた! さっきの竜巻は君がやったのか!?」
少年は笑みを浮かべながらフキに問う。
「君は――何者なんだ?」
こんな山脈の奥深くに人がいるはずがない。フキは警戒するが、その少年になぜか目を奪われていた。
「俺は西早星一。魔術師だ!!」
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