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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章:未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第81話:AIのそっくりさんと、招き猫の違和感

「……わ、わかりません……なんで僕なんですか」


塩浜さんが俺を見据える。


「茨城のドン」と言われたこの老人から切り出された言葉。

その重みに、俺はカップを置く手が震えた。


塩浜さんは、目を伏せながらコーヒーをすすった。


「まあ……いきなり『亡くなった女房の肖像画を描いてくれ』なんて頼むヤツは、そうおらんわな」


かちゃり、とカップをソーサーに置きながら、元県議会議員は自嘲気味に笑う。


琥珀色の照明に照らされた横顔。

深く刻まれた眉間の皺が、濃い影を落とした。


公民館から少し離れた場所にある喫茶店。

昭和ノスタルジー横丁にあってもおかしくなさそうな、古びたお店。


昭和から抜け出たような、レトロなテーブルを挟んで、俺と塩浜さんが向かい合っているのであった。

いたたまれなくて、ビロードの椅子に座り直す。


「あの……そんな大事なこと、僕じゃなくて……

それこそ、日立先生やつくばさんに頼むのが良いですよ。

いくら僕が教室の仲間だからって、肖像画なんてまともに描いたことも……」


「そんなことはわかっとる」


俺が言い終わらないうちに塩浜さんがぴしゃりと遮った。


「……彼らには申し訳ないが、ワシは『作品』を描いてもらいたいんじゃない」


目の前の老人は、静かで重い口調で言い切る。

うつむいたまま、ギロリと目だけが動いた。

この目つきでどれだけの修羅場をくぐったのだろう。


「……単に綺麗に整えられたアイツを描いてもらっても……

それはマネキンと同じだ……見てくれ」


年季の入った革鞄(かばん)から写真を取り出してテーブルに並べた。

一枚は一目で古いとわかる色褪せた写真、もう一つは真新しくプリントアウトされた写真だ。


どちらもポーズは違うが、被写体は同一人物と思われる若い女性だ。

ノースリーブのワンピースで、風に吹かれて微笑んでいる。


「こっちは……ワシが撮った、若いころのアイツの写真だ。

たった一枚……残っていた」


塩浜さんが指をおいたカラー写真は、全体的に赤茶けて退色し、四隅が丸まっていた。


「こっちは……ワシの知り合いに頼んで作ってもらった写真だ。

……オリジナルを元にAIで復元したそうだ」


塩浜さんは、俺の反応を見ている。

二枚の写真には同じ容姿の奥さんが写っている。


それなのに……。


俺は、この違和感に覚えがあった。


「招き猫だ……」


不思議そうな顔をする老人に「何でもないです」というゼスチャーをして、改めて見てみる。


かつて、霞百貨店に設置されていた、巨大な招き猫。

ノスタルジー横丁のシンボルとして、常陸野造形美大の学生さんたちがレプリカ制作した。

しかし、出来上がった「作品」は横丁の「昭和の夕焼け」に全くそぐわない、新品同様の外観であった。

そして、それに銀さんがアクリル塗料で汚し塗装を施して、馴染ませたのである。


奥さんが微笑んでいるデジタル写真の違和感は、あの招き猫を初めてみた時に感じたそれと似ていた。


いや、同じと言っても良い。


「気づくと思った……」


「……え?」


コーヒーをすすった塩浜さんは、満足そうにうなづいた。

音を立てずに、ソーサーにカップを置く。


「……最近の技術は凄い。

瑞恵……ワシの女房そっくりなんだ。出来上がったときは驚いた」


奥さんの面影を探す塩浜さんは、ため息をついて腕組みした。


「……だがな、よく見るとどこかおかしい。

シミひとつない、シワ一つないこの写真の女房は……

どこかワシの知らないそっくりさんのように見えてならんのだ」


そっくりさん、と呼んだ女性の写真を撫でながら、塩浜さんはコーヒーをすすった。


「……なあ、灯くん。

このAIが作った写真は、ワシに『瑞恵は死んだのだ』と突きつけてくる。

あまりに綺麗で、欠点がない。

そこにはワシが彼女の隣で感じていた『瑞恵のぬくもり』が欠片もないんだ」


背筋が伸びたままの俺に、前かがみ気味に塩浜さんがにじり寄る。


「あのお嬢ちゃん……つくばさんの絵は素晴らしい。

さすが、日立くんの娘さんだ。

だが、彼女が描くなると、ワシの女房は『女神』か、あるいは『何か高尚な概念』になってしまう気がしてなぁ……」


俺は苦笑するしかなかった。


さすが元議員さんである。

「高尚な概念」とは上手くいったものだ。


オブラートに包んでいるが、要するに「飛びきりの神々しい絵」か「とてつもなく妖しげな絵」になるという、どっちになっても塩浜さんが望まない絵になる、ということだ。


文化祭のときがそうだった。

メイド服姿の陽菜にインスピレーションを受けたつくばさんは、すぐさまデッサンを始めた。

しかし、描きだされたものは、ギーガーを彷彿とさせる妖しげな有機体だった。


俺はニヤリとしてうなづくと、正面の老人もニヤニヤとしていたが、咳払いひとつすると、真顔に戻った。

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

「女神」や「高尚な概念」なんて、俺には描けない。

塩浜さんが求めているのは、隣で笑い、共に泥道を歩いた「人間」の姿 。

だけど、俺の中途半端な技術で、そんな重い想いを引き受けていいのか?

……俺は、自分の才能を信じきれないまま、足踏みをしていた。


次回、第83話『歪んだ線の叫び、あるいは情念のスケッチブック』 上手い下手じゃない。そこには、どうしようもないほどの「愛」がこびりついていた 。

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