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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章:未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第81話:跳躍する少女、沈み込む僕

一方の陽菜は、前に向かって駆けだしていた。


校庭の隅でいつものように練習している陽菜。

彼女のフォームは大会の時よりも鋭さを増し、砂を蹴る脚には自己ベストを更新したという確かな自信と力強さが宿っていた。


タン、タン、タン。


三段跳びの小気味よいリズムに乗って、彼女の身体が跳ね上がる。

そのたびに、俺は自分が地面に深く沈み込んでいくような錯覚に陥る。

陸上部の次期エースは「今」を全力で跳び越え、その先に待つ輝かしい記録に向かって跳躍している。


俺たちは、あの日のキスで「何か」が融けた。


それ以来、夜の決まった時間に届く、幼なじみから……いや、彼女からのメッセージ。

俺との他愛のない会話を楽しみにしている、と陽菜は言った。


「とはいっても……」


ポツリとつぶやく。

果たして俺みたいなモブが、陽菜のような女の子の彼氏で良いのだろうか。

幼なじみから恋人になったものの、特別何かが変わったわけではないから、気持ちはふわふわとしたままだ。


「はい……今日はここまでです、皆さんお疲れ様でした」


日立先生の一声で、俺を含めた生徒たちが一斉に片付け始める。

みんな、公民館は利用時間に厳しい事を知っているので、ムダ話をしないでそそくさと部屋を出て行く。

像の片付けをつくばさんに任せ、出口付近に立った日立先生は、出て行く生徒ひとりひとりに声をかけて送り出す。


その姿には横丁のドン役の面影はなく、いつもの先生であった。


がたん。


自販機から買ったブラックコーヒーを取り出して、近くの椅子にズシッと身体を預けた。

公民館のロビーは人もまばらだ。

練習している地域の楽団演奏がホールから漏れ聞こえる。


プシュッ。


「やれやれ……ダメだこりゃあ……」


一口飲んでため息をつく。

ブラックコーヒーは、横丁の仕事をやりだしてから、よく飲むようになった。

銀さんがいつも飲んでいたので、ブラックコーヒーを買うことが多くなってしまったのである。


カツ、カツ。


聞き慣れたステッキをつく音。

見上げると、塩浜さんと大野のおばあちゃんがニコニコと立っている。


「おぉい……灯くん。パーティーで言った相談、今いいかな?」


笑顔ではあるけど、いつもの「絵の下手な陽気なおじいちゃん」の顔ではない。

その瞳は、どこか「孤独」の光が宿っていた。


「……今、ですか?」


「少し、場所を変えんかね。

……君とサシで話をしたいんだ」


塩浜さんが大野さんに目配せすると、彼女はペコリとお辞儀したあと、手を小さく振って離れていった。

大野さんを見送った元県議会議員は、俺にゆっくりと向き直った。


ドンの雰囲気だろうか。

有無を言わさない空気が流れる。


遠くで楽団が練習している音楽が流れている。


ダン、ダン、ダン、ダン。


ダダダダ……ダダンッ!!


お腹に響く、ティンパニの重い音。


この後の、塩浜さんの依頼が俺の虚脱した日常を、再び激しい「情念」の渦へと引き戻す合図になるとは、この時はまだ知る由もなかった。

【担当:塩浜重三郎(元県議会議員/茨城のドン)】

やれやれ、我ながらせっかちなジジイだ。

だがな、灯くん。

君があの街に刻んだ「汚れ」は、ただのペンキじゃなかった。

あれは、失われた「時間」そのものだったんだ 。

ワシが君に託したいのは、世界で一番美しくて、泥臭い……一人の女の記憶だ。


次回、第82話『AIのそっくりさんと、招き猫の違和感』 綺麗すぎる写真は、ただ「死」を突きつける。ワシが欲しいのは、そんなもんじゃないんだ 。

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