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【情念の画家】フェロモンのおかげか、地味な僕が筆ペンで描くだけで、クールな彼女たちの理性が限界突破している件 ~日常系かと思ったら、昭和レトロな情念バトルが始まりました~  作者: 船橋ひろみ
第一章 幼馴染の動悸が止まらない —— 始まりは、文化祭の微熱から

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第8話(第1章完結): 夜空の下、キャンプファイヤーと熱の行方

図書室を通り過ぎ、校舎の屋上に続く階段を上がると、そこにはフェンスにもたれかかって、ポツンと空を見上げているジャージ姿の陽菜がいた。


「ここにいたのか、陽菜。お疲れ様」


俺が声をかけると、陽菜はハッとしたように振り向いた。


「灯くん……」


「陽菜、改めてだけど、文化祭お疲れ様。メイド姿、みんな『似合う』って言ってたぞ。アスリート体型だから、何でも着こなせるんだな...…。でも、俺はやっぱり、このジャージ姿の方がお前らしいけど」


「……そっか。……ありがとう」


コンクリートの照り返しなのか、俺を見つめてはにかむ彼女は、青いジャージと相まって、どこか儚げに見えた。


「典子先輩には、あの後会えたのか?」


「ううん、すごく忙しいみたいで……」


「そうか……」


陽菜から一人分くらいあけた隣にいって、俺もフェンスにもたれる。

典子先輩が来たとき、あれだけ喜んだんだ。学校が違うから、会う機会は限られている。

陸上漬けの陽菜にとっては、こんな時でもないと、先輩と直接話すチャンスはない。

尊敬する先輩だから、メイド喫茶と違う場所で、もっとたくさん話したかったのだろう。実行委員会である典子先輩の立場上、仕方ないけど、陽菜が残念がるのも無理はない。

しょげる彼女は見たくない。話題を変えよう。


「大変じゃなかったか? 普段と違う服装で……」


いつもの服装に戻ったアスリートメイドは、うつむきながらクスクス笑うと、くるんと身体をひねり、フェンスから校庭を見下ろす。俺もつられて校庭を見下ろした。

20人くらいだろうか、生徒たちが木材やら石やらを運んでいるのが見えた。

全校の片付けがひと段落したら、いかにも後夜祭らしく、キャンプファイヤーをするそうだ。きっとその準備だろう。

テキパキと指示をしながら、忙しそうに動き回る田辺先輩が見えた。その隣に寄り添うように動く典子先輩。ときどき、先生と話したりしているが、二人がキャンプファイヤーのイベントを仕切っているのは明らかだった。

あの人たち、あんなに忙しかったのか。昨日、ゆっくりしてもらって良かったな。

校庭に木材が手早く積み上げられていく。田辺先輩の仕切りが上手いのだろう。やはりあの人は切れ者だ。


「典子先輩は、これでひと段落だけど、私はこれからだね……」


楽しそうに志筑高校の生徒たちと準備している典子先輩を眺めながら、元アスリートメイドがポツンとつぶやいた。

なんだか、いつもの陽菜らしくないのは、当然かもしれない。

彼女の「()()()()」とは、高校初の陸上競技会のことだ。


「灯くん……。なんか、最近、上手くいかないんだ……もう限界かも……」


幼なじみは、小さくそう呟いた。俺の心臓が、ドクン、と大きく鳴った。


「陽菜、限界って……もしかして、陸上競技会、出るのやめるのか?」


俺は、陽菜の言葉に思わず聞き返した。声がうわずる。

彼女は、中学時代に怪我をして、全国大会で大失敗した経験がある。

また、あの時のように、辛い思いをしているのかもしれない。それにアクシデントとはいえ、慣れないメイド姿で男子生徒たちに囲まれたことを考えると、大会前の大事な時にメンタル不調になってもおかしくない。


「違う、大会に出ないわけじゃなくて……調子悪いのは確かなんだけど……鳥さんは何回見ても鎮火してるし……」


再びフェンスにもたれかかった陸上女子は、ジャージのポケットからスマホを出して、ため息をつく。そこには、俺が陽菜のために描いた「不死鳥の絵」が映し出されていた。彼女のいう「鳥さん」である。


そうだ、この作品は俺が人のために描いた、いや、陽菜のためだけに描いた絵の一つだ。


中学の陸上競技大会で大失敗して、精神的にどん底だった彼女に、復活して欲しい一心で、徹夜で描いた不死鳥の筆ペン絵を贈ったのだ。

それ以来、スマホで撮ったその絵を、陽菜はよく試合中に見ている。集中している、いわゆる「ゾーン」に入ると、白黒の不死鳥が紅い炎をまとって見えるというのだ。

そのかわり、集中していなかったり、体調が良くないと白黒のまま。これを陽菜は「鳥さんの鎮火」と呼んでいる。


隣でチラチラ見る視線を感じる。


「灯くんとお話してると、心臓がバクバクして、モヤモヤした変な気持ちになるの……前はそんなことなかったのに」


陽菜は、そう言って、俺の方に顔を向けた。その目は、何かを訴えているようだった。

俺は何も言えずにキャンプファイヤーの準備作業を眺め続けるしかなかった。かける言葉が見つからない。こんな時、あの田辺先輩なら何て声をかけるだろうか。

俺の頭の中でかけるべき言葉が出ては消えて、グルグル回るが、発することが出来ないでいた。

沈黙が怖くて、おそるおそる横目で陽菜を見る。

彼女の顔色が心なしか悪いのを見て、ますます心配になった。きっと、陸上の追い込みと、慣れないことをした疲れが重なって、体調を崩してしまったんだ。

向き直って「ゆっくり休んだら」と言おうとした瞬間だった。


「キャンプファイヤー、点火しまーす!」


わあああああっ!


近くに設置されたスピーカーから陽気すぎる声のアナウンスが。そして、いつの間にか校庭に集合したたくさんの生徒のどよめき。


「うわうわーっ!」


陽菜に向き直ろうとしていた俺は、スピーカーから至近距離にいた、大音量の不意打ちを食らって、よろめいてしまった。

クロールするように手を回したが、何かにつかまることもできず、陽菜の胸元に倒れ込みそうになる。

実際は一瞬のことなのだろうが、バランスを崩した俺にとっては、何十分もの長さに感じられた。小学校の時、初めて陽菜の似顔絵を描いて喜んでもらえたこと。遠足でいっしょにお弁当を食べたこと。大雨のときに相合い傘なのに二人ともびしょぬれで帰ったこと。中学校時代の陸上競技大会での挫折とそれを乗り越えた陽菜。そして昨日のメイド姿。腕が回るたび、いろんな思い出が頭の中に浮かんでは消えていく。


「きゃっ! 灯くんっ!」


陽菜が叫びながら両手を突き出した。

がくん、と俺の両肩が彼女の腕に支えられる。ジャージの下はタンクトップか何かなのだろう、ジャージのファスナーからデコルテラインが見えた。


視線をあげる。

目と目があった。

何かうっとりするような潤んだ目をしている。そして、顔全体がワインレッドのような赤みを帯びた瞬間、電流でも流れたかのように、アスリートの身体がビクビクッと跳ねた。


「ひゃわわっ!///」


突き飛ばすように押された俺は、かろうじてフェンスをつかんで、倒れずにすんだ。


「うわぁ! またこの熱だ! 灯くんは、私を労ってくれてるだけなのに、この熱はなんだ! アスリートとして恥ずかしい!」


俺を押した張本人は、いっそう顔を赤くして、手足が何本もみえるようにジタバタしている。


「ひ……陽菜?」


「ご、ごめん! ちょっと体幹のブレを直さなくちゃ! こ、これから走り込みしながら調整してみる!」


俺の返事を待たずに、陸上女子は、踵を返して駆けだした。屋上階段までの間にあった、コンクリートの壁や空調のパイプを忍者のように飛び越えていく。

不調なのに、あんなパルクールみたいな動きができるなんて。陸上部のエース候補は身体能力が違うなあ、と感心するしかない。

陽菜が階段から消えてしまうと、俺は再び校庭に向き直った。勢いよく燃え上がるキャンプファイヤーをぼんやり眺める。

スピーカーからのどかな音楽が流れ、炎の周りにいる生徒たちは歌ったり、踊ったりして文化祭の余韻を楽しんでいるようだ。


少し離れた場所で、典子先輩と田辺先輩が寄り添うように座っていた。


先輩たちは、文化祭実行委員会の忙しさから解放されて、明日からは日常に戻っていくのだろう。

しかし、陽菜はこれからだ。明日からは大会に向けた本格的な練習が始まるという。大会までに不調を取り返すことができると良いけど。

そんなことを考えていたら、校庭の隅を何本もダッシュする陽菜が見えた。素人の俺が見ても、頑張り過ぎなのでは、と不安がよぎった。

【次回予告:大会ポスターの前で頭を抱える神栖陽菜より】 「文化祭は終わったのに、私の心拍数が全然戻らないの。 灯くんの顔を見ると、熱が出て、胸が苦しくて……。 これって、もしかして不整脈!? それとも大会のプレッシャー!? とにかく、走って頭を冷やさなきゃ! 灯くん、私に近づかないでー! 次回、新章突入! 第9話『走り出す感情と、追いつけない俺』。 ……私、どこか壊れちゃったのかなぁ。」

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