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【本編完結】【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第74話:銀色の背中、あるいは最後のレッスン

確かにそうだ。

あの『ミライ・スコープ』は保土ヶ谷さんが示した『正しい仕事』を逆手に取ったものだ。


「……お前が頑張って仕事したからこそ、そう思うんだろうな……

でも、発注主が『これで良い』って言えば、それまでだ。

それ以上は『余計なこと』になっちまう」


銀さんは天井を見上げたままだ。


わかってはいる。

わかっているつもりなのだ。


しかし、心の奥底で納得できない、もう一人の俺がいる。


「すみません……

でも、どうしても納得できなくて」


俺の様子を見かねた銀さんが、苦笑しながら肩をたたく。


「気にするな。そう感じるのは、灯……

お前が真剣に仕事をやったからこそ、だと思うぜ」


そして、銀さんは「ちょっとこれ、塗り直してくれ」と俺にリペイント依頼の部品を渡すのだった。


仕事が終わり、いけないと思いながらも、モヤモヤした気持ちを陽菜に愚痴ってしまう。


すると、陽菜は、


『競技でも納得できないことあるよ。

でも、いくら私がワーワー言っても、結局、ルールや審判に従わなくちゃダメだもんね……』


と、いかにもアスリートらしい返答をするのだった。


よく考えれば、似たような思いをしたことは、陽菜の方が何倍もあるはずだ。

わかってはいるのだが……どうしても納得しきれない俺がいる。


『でもね……

ともくんが横丁をとっても大切にしていること、銀さんはわかっていると思うよ』


幼なじみの言葉に、モヤモヤした気持ちが少し軽くなる。

『ありがとう』とお礼の返信をしようとしたら、ハートを抱えたカエルのスタンプが来て、『いっしょに頑張ろう。だいすき』というメッセージも来た。

ストレートすぎる陽菜の言葉にどう返事をしようかと悩んでいたら、いつの間にか寝ていた。



釈然としない気持ちを抱えたまま、登校する。

何事もなく学校での日常は過ぎていき、いつものように放課後は自転車をこいで作業場に向かう。


「お……来たか、灯。お疲れさん」


「お疲れさまです……」


「……なんだ、やっぱり昨日のこと、引きずっているのか?」


ニヤニヤ笑う銀さん。

神経を逆なでされたみたいでムッとすると、ベテラン職人は肩をすくめた。


「……あ、そうだ。

ちょっとモールのヤツから、フォトスポットにあるエレメカの台座の塗装がはげているらしい。

ちょっと見てきてくれないか」


「はぁい……」


憮然として『対応中 触らないでください』と印刷されたステッカーを掴む俺。

塗り直しの場所に貼り、目印にすると同時にそれ以上お客さんにいじらせないためのステッカーだ。


平日の空いているメインストリートを通ってフォトスポットにつくと、ベンチのピエロと並んで写真を撮っている女性たちが、楽しそうにはしゃいでいた。

お姉さんたちに囲まれているピエロが「俺、なんだかモテるなぁ」とデレデレしているように見える。


ああ良かったね、お前はそういう仕事だもんな、と内心呟いてエレメカの塗装を点検する。


「……あれ?そこまで塗装ははげてないけどなぁ」


しゃがんで台座をくまなくチェックするが、特に気になりそうな箇所はない。

巡回するスタッフさんによっては、細かい人もいるので、そんな種類の話かな、と思って、帰ろうとしたときだった。


「ああ、懐かしい……確かにこの招き猫、百貨店の前にいたな」


「そうねぇ……本物みたいねぇ」


年配のご夫婦だろうか。

しみじみ話す声が聞こえる。

しゃがみ込んでいる俺は、いや、本当は違うと思いますよ、と思いながら立ち上がりながら、ご夫婦の方に向き直った。


「え……招き猫が……」


昨日までモヤモヤした気持ちで見上げていた招き猫と違うものが、そこにはいた。


ところどころの塗料のムラ。


つなぎ目のひび割れ。


風雨にさらされたような黒や茶色の水垢汚れ。


ご丁寧に鳥の落とし物のようなものまで描かれている。


「あのぅ、すみません……

写真を撮ってもらえませんか?」


照れくさそうにスマホを差し出す、奥さんとおぼしき女性。

もちろん、と言ってスマホを受け取り数枚撮って確認してもらう。


「ありがとう……初めてのデート、霞百貨店だったのよね、お父さん」


「ああ、そうだったなあ……壊された時はさみしかったが……

もう一回、こうしていっしょに見れて……良かった」


お互い照れた感じだったが、ぴったり寄り添った写真が素敵だった。

俺は帽子を取り、二人に深々とお辞儀して、作業場に戻った。


「戻りました……銀さん……

招き猫を汚しましたね……」


「お、さすがだな。

今朝、日立から「ちょっと横丁に馴染ませる」って許可をもらって、お前が学校に行ってる間、ちょいちょい、とな」


ちょいちょいのレベルではない。

あれだけリアルな汚しを一人で、俺が学校に行っている間にするなんて。


「まあ、ああいう像ってのは、多少ボロかったりしたほうが、ありがたみがあるからなあ……

あれなら横丁の守り神として文句はないよな、灯?」


俺は作業テーブルにステッカーをそっと置いた。


「……どうして、いっしょにやらせてくれなかったんですか」


銀さんが俺を上目遣いに見る。


「……馴染んでない、と言ったのは僕です。

日立先生の許可を取ったんでしょ?

なら、銀さんだけじゃなくて、僕の仕事でもある、と思うんです」


銀さんが腕組みしながら、パイプ椅子に座り直した。


「いいか、坊主……

その気持ちは買うが、現場監督の俺の判断で、俺一人でやることにした」


俺もパイプ椅子にドカリと座って銀さんに向き合う。

組み立てられた段ボールを目にするたびに、いっしょに仕事をする時間が少なくなっていることが感じられるのだ。


ちょっとでもいい。少しでもいい。

いっしょに仕事がしたかった。


「灯、お前の手をかりなかったのは、理由がある。

まずは時間的な問題だ」


腕組みしながら、銀さんは足を組んだ。

ギシッと椅子が軋む。


「……お前が学校に行っている間も横丁に客は来るからな。……お前に合わせることはない。あと、早い時間は客も少ないから目立ちにくいしな」


俺は頷かざるを得なかった。

そうだ。俺は横丁に来てくれる人のために仕事をしているのだ。お客さんからすれば、こちらの都合など知ったこっちゃない。


「それにな……」


ギシギシッ。

銀さんが身体を前に出して、俺を見据える。


「お前がもし、……常陸野造形美大に行ったら、と考えたからだ」


俺は銀さんの目を見た。

柔らかい、温かい眼差しだった。


「塗装スタッフは、俺とお前しかいない。

もし、お前が手を入れたとアイツらにしれてみろ。

ただじゃすまない可能性がある」


つくばさんの手伝いでいった、造形美大。

あそこで見た、美大生たちは自分の作品にプライドを持って取り組んでいた。

その学生さんたちが作った作品を、俺のような美術部くずれのバイトが汚したとなれば、面白いわけはない。


「それに……もし、お前があの美大に入ったとしたら、その話を覚えているヤツがいるかもしれん……

やられた側の人間は、なかなか忘れないからな……

そうなったら、お前のことだ。

伸び伸び作品なんか作れんだろ?」


銀さんは、一人で責任を背負うことで、俺の将来を守ってくれたのだ。


「銀さん……すみませんでした……」


ゆっくりと、深々と頭をさげた。

泣きそうになるのを必死でこらえる。


「ま、あの汚しは落とせるが、美大に返す前に一手間必要なんだ。

その時は……頼むぜ」


その作業がきっと銀さんと俺の最後の仕事だ。

そう思うと本当に泣きそうで、俺はうなずくことしかできなかった。

【次回予告担当:誉田灯(ペンキ屋の若親方)】

銀さんは、俺の未来を守るために、一人で泥をかぶってくれた。

何も言わず、背中で語るその姿に、俺は涙をこらえるので精一杯だった。

祭りは、もうすぐ終わる。

俺たちが作った「本気の嘘」を、俺たちの手で片付ける時が来る。

それは、終わりであり、始まりの儀式だ。

次回、第75話『地続きの日常と、消えゆく夕焼けの街』

さよなら、俺たちの夕焼けの街。


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