第7話:祭りの後の静寂と、会計係の冷徹な一喝
二日間の文化祭本番が終わった翌日は、後夜祭という名目の後片づけ日だった。
飾りを外し、机を元に戻し、黒板に描かれた可愛らしいイラストを消していく。
順調に片付けが進んだので、俺はクラスの賑やかさから少し離れたくて、静かになった校舎の廊下に出た。
柔らかな光が差し込む学校は、文字通り「祭りの後」という雰囲気。
スケッチブックを開き、段ボールがあちこちに転がる、文化祭の熱気が抜け切れていない廊下を描く。
教室の入口にかけられていた呼び込みの看板も今は外されて、無造作に置かれていた。そのうち誰かがゴミとして持っていくのだろう。
うちのクラスの出し物、文学コスプレ喫茶は二日とも好評で、典子先輩と田辺先輩の二人が帰った後も、閉店まで満席が続いていた。
典子先輩を迎える、という「大勝負」を乗り越えた陽菜は、閉店が近づく頃には自然な振る舞いで接客していた。
アスリートのメイド姿がよほど珍しいのだろう、噂を聞きつけた両校の男子生徒たちが閉店間際に大挙して来店し、さらにツーショットをねだり始めた。陽菜は典子先輩や俺など、限られた人にしかツーショットに応じなかった。
後で何に使われるかわからないご時世だ。
俺を含めたクラスのウェイターがなだめても、応じるどころか、要求を通さないと暴れかねない異様な熱気を帯びていく。
勝手に盛り上がる多数の男子生徒に困惑した俺たちとアスリートメイドに意外な援軍が現れた。
会計係の岩瀬鈴江さんだ。
ツカツカと鼻息荒い野郎たちとアクアブルーのメイドの間に割って入る。
いつもの小動物フェイスなのに、眼鏡の奥の目は、獲物を狙うワニのように、恐ろしく冷たい。
岩瀬さんは眼鏡のフレームをクイッとあげて男子生徒たちを一瞥すると、落ち着いたトーンで、しかしよく聞き取れる声でキッパリと言った。
「皆さん、ただちにお控えください。神栖さんは重要な大会を控えているアスリートです。今日はフリフリ服を着ていても、普段の彼女はメイドのような『奉仕要員』ではなく、立派な『競技者』であり、私たちの学校を代表する選手です。過度な接触やストレスを与える行動は厳しく禁止されています。」
そんな禁止事項あったかな、と思ったが、普段から図書室で熱心に手帳にメモを取る岩瀬さんだ。
たぶん、俺が知らないような細かい規則もチェックしているに違いない。
鼻白む男子生徒たちに、岩瀬さんは間を置いて静かに圧力をかけると、再び落ち着いたトーンで話し始めた。
感情が読めない話し方と表情なので、余計にプレッシャーを感じさせる。
気圧された野郎たちがジリジリ下がる。
「もし、皆さんの軽率な行動で神栖さんの体調に不調をきたし、大切な競技人生に多大な影響が出た場合、その全責任は誰が負うのでしょうか? あなた方ですか?」
確かに周囲がやかましくて、調子を落とす人もいる。陽菜当人にも、中学時代にそんなことがあったのだ。
男子生徒どもの熱気が冷めていく。
息を大きく吸った岩瀬さんはさらに続けてダメ押しした。
「 あなた方、いえ、テメエら、責任取れるんですか? その上で、神栖さんに写真を要求される覚悟があるなら、どうぞご自由に。そのかわり、きちんと実行委員会と陸上部の顧問の上杉先生に通報します」
小動物フェイスの岩瀬さんの一喝で、いきり立っていた男子生徒たちは、ゾンビのように生気を失い、次々とレジに並んで退店していった。
しおれた野郎たちがいなくなると、岩瀬さんは淡々と会計の仕事に戻っていった。
陽菜がお礼を言おうと岩瀬さんに駆け寄る。
振り向いた彼女がニタリと笑うと、アスリートメイドも苦笑いしてペコリと頭を下げるしかなかった。
そんな会計の岩瀬鈴江さんだが、ときどきあやしくニヤニヤしながらレジ打ちしたりしていたけど、仕事はキッチリこなしていた。
フリフリ服の別の女子から「コスプレしないのか」と言われていたが、彼女は「私のイメージする文学作品「運命の番 のナターシャのコスプレです」と制服にスカーフを足した姿で堂々としていた。
明らかに浮いている岩瀬さんの姿に、フリフリ服の女子たちは、不満そうではあったが、文学コスプレ喫茶のコンセプトどおりの衣装なので、それ以上文句をいう人はいなくなってしまった。
たぶん、いつも読んでる難解そうな本のお気に入りの一冊に登場するキャラクターなのだろう。誰も確かめようがなかった。
【次回予告:夜風吹く屋上のフェンス際(神栖陽菜)】 「文化祭、楽しかったね。……でも、なんだろう。 灯くんの顔を見ると、胸が苦しくて、身体が熱くなるの。 これって、スランプなのかな。それとも……。 ああっ、ちょっと灯くん! いきなり倒れてこないで! 近い、近いってば! 次回、第8話(第1章完結)『夜空の下、キャンプファイヤーと熱の行方』。 ……私、頭を冷やすために走ってくる!」




