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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第69話:口紅の署名(サイン)、中断された儀式

つくばさんが口をすぼめた時だった。

彼女の耳につけたインカムが点滅する。


『ザザッ……つくばさん、つくばチーフ?

高島です。聞こえますか?』


至近距離なので、インカムの音声が漏れ聞こえる。


『……もうすぐ、招き猫のお披露目式が始まりますよ。

小杉部長がお探しです。至急、広場へ……ザザッ』


「っ……! 

……チッ、……良いところで……」


つくばさんは、俺の唇の数ミリ手前で動きを止め、忌々しげに舌打ちをした。

だが、スッと俺から身体を離すと、その表情はすでに「仕事モード」へと切り替わっていた。


「はい、つくばです。

承知しました。すぐ向かいます……」


呆然とした俺を振り返り、残念そうに笑みを浮かべた。


「惜しかったなぁ……

立派になった私の弟の居心地、なかなか良かったのに……

私も付けちゃおっと」


いたずらっぽく呟いたかと思ったら、モダンガールが顔を寄せた。


もにゅっ。


真っ赤な口紅の跡を刻みつけるようにして強く唇を押し当てると、颯爽とバックヤードから出ていった。


「……あ。……袋……」


俺が力なく呟くと、彼女は振り返りもせず、近くにあった新品のビニール袋を俺に投げ寄こし、小走りでバックヤードを出て行った。


近くなのに、遠く聞こえる横丁の賑わい。


俺はしばらくの間、膝の震えが止まるのを、服装を直しながら待たなければならなかった。

手元には、すっかりぬるくなった二本のラムネと、くしゃくしゃになったビニール袋。


そして、頬には「犯行声明」のような口紅の跡と、首筋にわずかに残る「若妻との秘密」。


「……どんな顔して、戻ればいいんだよ、これ……」


近くの棚にあるウェットティッシュでゴシゴシとこするが、そう簡単にふたりの「印」は消えそうになかった。


ガランとした案内所をヨロヨロと出て、ようやくパン屋さん「ダックベーカリー」にたどり着く。

重い身体を引きずって、列の最後尾に並ぶ。


ブーンブーンとスマホが鳴った。


陽菜からメッセージだ。


『どうしたの?大丈夫?

お披露目式、もうすぐ始まるみたい!』と心配している。


早く帰ると言ったのに、ずいぶん時間がかかった。

早く帰るために身軽にしてもらったのに、かえって遅くなるはめになってしまった。


『ごめん、まだパン屋さんの列に並んでいる。

もう少し待ってて』


手に握ったままのウエットティッシュで、まとわりつく汗と「彼女たちの何か」を拭う。

ジリジリと順番待ちで並んでいると、キャストさんたちが「招き猫のお披露目式だって!」「じゃあ行かないと」という会話をしながらお客さんを誘導している。

買い物ついでに見に行く、というシチュエーションを演出しているのか、買い物かごを提げたお種おばさんが通り過ぎていった。


「はーい、次のお客様、揚げパンいくつお渡ししますか?」


店員さんに声をかけられてハッとする。

思った以上に早く順番が回ってきた。

もともとモールでも行列の出来ているお店だ。

店舗が違ってもさばき方にあまり違いはないのだろう。


「……ふ、二つください」


わずかだが、温かい揚げパン入りの袋を受け取り、店を出る。

やっと目的の揚げパンを手に入れることができた。

しげしげと夕焼けに照らされた、ダックベーカリーの袋を眺める。

たどり着くまでにめちゃくちゃ時間がかかったが、ついてみたら拍子抜けするくらいあっさり買えてしまった。


後は陽菜に渡すだけだ。


キャストさんたちの誘導もあり、人の流れに乗りながら招き猫除幕式会場までスイスイと向かう。

向かう先で、送り出してくれた陽菜が待っている。

足取りも軽く、早い。今にも駆け出したくなる。


「皆様、招き猫の除幕式はこちらです……

もう少々お待ちくださいますようお願い申し上げます……」


保土ヶ谷さんの張り切ったアナウンスが聞こえてきた。

こういう時は率先してやりそうな人だろうから、妙に納得してしまう。


会場であるフォトスポットには、招き猫のお披露目を待つ人だかりが出来ていた。

ここを出た時より、だいぶ人が増えている。


かつての霞百貨店の屋上を模したこの場所は、きっとこんな風に人が集まっていたのだろう。


飾り付けされた会場の真ん中には、紺の覆いがかかっているオブジェがある。

その覆いの下に、美大生の制作した招き猫のレプリカがあるのだ。

はっぴを着たモールの社員さんたちと、仕事モードのつくばさんが、得意げにしゃべる保土ヶ谷さんの周りで慌ただしく準備を進めていた。


賑やかになっていく様子を横目にして、ピエロのベンチに向かう。

さんざんな目にあって、ずいぶん待たせてしまった。


「え?……あれ?」 


ピエロの隣には、見知らぬ親子が座り、楽しげに写真を撮っている。


陽菜はどうしたのだろう?


周囲を見回すが、人だかりに加え、幼なじみの雰囲気が普段とまったく違ってしまっているので、目が「陽菜の手がかり」をキャッチできない。


「どこに……行っちゃったんだ?」


ピエロに目を向けても、アイツは黙ったままだ。

素知らぬ顔で親子と写真に収まっている。


さっきメッセージをくれたし、陽菜が預けたリュックを放り出して、黙って帰るとは思えない。


ベンチ周りにリュックは見当たらない。


もし、どこかに移動したとしたら、持ち運んでいることになる。

陽菜のことだから、もしかしたら探しに出たのかも……と思ったが、普段より重いリュックである。

あのパンプスを履いてあちこちに行くとも思えない。


嫌な汗が出てきた。


やはり怒って帰ってしまったのか。

それとも、トラブルに巻き込まれたのか。

そもそも、陽菜を置いて買いに出たのがまずかったのか。

しかし、あのパンプスでこの人ごみを歩かせたくないし……。


幼なじみの姿を探しながら、頭の中で考えが浮かんでは消えていく。

【次回予告担当:誉田灯(主人公/満身創痍)】

……ひどい目にあった。

首筋には典子先輩の感触、頬にはつくばさんの口紅の跡。

両手には、すっかりぬるくなったラムネ。

早く陽菜のところに戻らないと。

あいつ、待ちくたびれて怒ってるかもしれない。

……あれ?

ベンチに陽菜がいない。リュックもない。

まさか、俺に愛想を尽かして帰っちゃったのか!?

次回、第70話『消えた幼なじみ、そして除幕式のベル』

陽菜、どこに行ったんだ……?

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