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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第68話:案内所の密室、あるいは芸術家の独占欲

重い荷物を持たない俺は、いとも簡単に引っ張りこまれてしまう。

モダンガールは、俺をそのままカウンター裏のバックヤードに引きずっていった。


ガタガタ、バタン。


バックヤードのドアが閉まる。

つくばさんは、うっとりした呻き声をあげながら、俺の身体をベニヤの壁に強引に押し付ける。


「え!? ちょ……つくばさん」


「ああ……灯くん……

会えて……良かった……」


密着した身体から、モダンガールのひくひくという震えが伝わる。


頭がバグりそうになって、思わず周囲を見回す。


薄暗いスペースは、臨時のキャストやスタッフ用のはっぴや、大量のパンフレットといった備品が積み上げられた狭い空間だ。


押し付けられた背後のベニヤ板に見覚えがあった。

俺が銀さんと出会って最初に塗った銭湯絵の裏側であった。


つくばさんと俺の荒い呼吸が響く。


「……じっとしてて。

……今、私、『色』が足りないの……

忙しくて」


「い、色、って……。

つくばさん、何を……」


「しゃべっちゃダメよ……

じっとしてっていったでしょう?

このままでいなさい」


モダンガールは俺の胸元に顔を埋め、何かを吸い取るように深呼吸を繰り返す。


つくばさんは、俺が近くにいるとインスピレーションが湧くという。

日立先生のアトリエや美大の部屋で言われた事だ。


彼女が言った『色』とはそのような事なのだろうか。


「灯くん……

君が近くにいれば……

招き猫は私だけで完成できたかもしれないのに……」


俺の胸元に押し当てられた両手が、ギュッと俺のシャツを掴む。

今日、お披露目される招き猫のレプリカは、本当はつくばさんが制作する予定だったのか。


「あの時……

君が来てくれたら……

私の招き猫は……

暴走しなかったのに」


つくばさんが押し殺した涙声を出しながら、いやいやするように額を当てる。


「あ……!」


俺は思わず声を上げた。


陽菜の大会前日、つくばさんから『作品が暴走した、明日アトリエに来て』とメッセージが来たのだ。

しかし、幼なじみの応援という大切な約束を守るためと、つくばさんの才能を信じる俺は、彼女の依頼を断ったのである。


あの時、暴走した作品は、飾られるはずだった『つくばさんの招き猫』だったのだ。

日立先生のサポートが忙しくなったので、彼女がレプリカ制作を離れたのは事実だろう。

しかし、その前につくばさんが失敗した事で、常陸野造形美大の有志に制作が引き継がれたのだ。


断りを入れた俺の返信に、つくばさんは『作品に向き合ってみる』と返信してきたが、本当はどうだったのだろう。


ベニヤ板一枚隔てた横丁から、にぎやかな笑い声が聞こえる。


「お姉ちゃん……ごめん……」


絞り出すようにつくばさんに囁く。

相変わらずラムネ瓶で両手がふさがっているのがもどかしい。

瓶を置く事もできないので、腕でモダンガールの背中をさする。

大きな吐息の熱がシャツ越しに伝わってきた。


しがみつくように身を捩っていたつくばさんが、ピタリと動きを止めた。


「あら……?

なんか甘い匂い……

女の子みたいな匂いがする……」


シャツに顔を埋めながら、目だけ動かして俺を睨む。

俺の体温と鼓動が急上昇する。


「あ……首筋になんかついてるわ……

ヤダ、本当に誰かとイチャイチャしてたの?」


甘かった。


拭えなかった若妻・典子先輩の「印」。

唾液たっぷりの音はしたけど、触れた感触は軽かったし、動転して両手がふさがったままで案内所に来てしまった。


モダンガールに詰問されて、妙に身体がじっとりしてきた。


「……きゃうっ!

……あはぁっ///」


俺の胸の中で彼女の身体が、大きく波打った。


「……なんか、悔しい……

私の弟、いつの間にモテるようになったの?」


嫉妬の言葉を囁くつくばさん。

恍惚とした表情で、俺の頬にひんやりとした手を添えた。


「ねえ、灯くん。

……いっそ、君を私のアトリエに監禁してしまいたい」


目が潤みきっていて、焦点がぼやけている。


「すいませーん……

あれ?案内の人、巡回中だって。」


案内所に来たお客さんが去って行く。

ベニヤ板一枚向こうから聞こえる物音や声は、遠い別世界のものみたいだ。


「……君がそばにいてくれたら、私は一生、傑作を創れるのに。

……あなたは、私だけの『色』なのよ」


モダンガールは、ポケットから例の「口中香」を取り出すと、それをゆっくりと自分の舌の上に落とした。


「……この間の続き、いいでしょ?」


ラベンダー色のつくばさんの前髪と、俺の黒い前髪が触れる。


喘ぐような吐息を感じる。


彼女の口から漏れる、人工的な香料の香り。

高ぶった体温の混じり合った、むせ返るような『昭和の夜』の匂い。


濃密な吐息を吹き付けられて、クラクラする俺に、モダンガールが顔を寄せる。


「あなたの『色』と『熱』、私に分けて……」

【次回予告担当:日立つくば(美大生/暴走中)】

足りないの。

「色」も、「熱」も、全然足りない。

あの招き猫が失敗したのは、君がそばにいなかったから。

君さえいれば、私は傑作を生み出せたのに。

だから、責任とって?

口中香の味、君の記憶に焼き付けてあげる。

これはマーキングよ。君は、私の素材モノなんだから。

次回、第69話『口紅の署名サイン、中断された儀式』

唇の距離、あと数ミリ。邪魔をするのは誰?


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