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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第66話:四畳半のストックルーム、湿度は120%

「すみません、典子先輩……

ムリ言ってしまって」


靴を脱いで上がり込む俺に、若妻はゆっくり首を振った。

お店の繁盛ぶりに少し疲れたのか、エプロンの紐を少し緩め、額に張り付いた髪を直そうともせず、ちょこんと座っている。


「慎一くんと楽しく仕事しているけど、思ったより忙しくてね……

ちょうど一息入れたかったの。

逆に助かったわ。ありがとうね」


若妻が静かに笑みを浮かべる。

店先で振りまいている笑顔と異質な笑顔。

少し、『とろみのある笑顔』と言うべきか。


「本当は冷えたのがいいんだろうけど、ストックしかないわよ。

……それでもいい?」


つい、と立ち上がり、ラムネの入った段ボール箱を開ける典子先輩に応える。


「はい……構いません……ふ、二つください」


そう言いながら、お金を出そうとポケットをまさぐる俺に、典子先輩はねっとりとした声でいう。


「二つ?……あら、誰かといっしょ?

……もしかして、陽菜ちゃん?」


段ボール箱からラムネを取り出した若妻は、湿った声で直球の質問をぶつけてくる。


「え……知ってたんですか?」


絡め取るような視線を向けた若妻が、クスクス笑う。

この人が1学年しか変わらないのが、未だに信じられない。


「何日か前に、陽菜ちゃんから相談されたんだもの。

誰とは言わなかったけど……。

『いっしょに横丁にお出かけするから、どんなお洋服が良いかな』って」


典子先輩の瞳は、すでにとろりと潤みきっている。


これは、もしかして。


「陽菜ちゃん、ちょっとうらやましいな……

誉田くん……少し、時間……

ちょうだい?」


「の、典子先輩……?

奥さん?

顔色が……」


薄暗い照明でも、典子先輩の顔が朱く火照っているのがわかる。

身体をピクピクと震わせながら、俺ににじり寄ってきた。

靴を脱いであがりこんだのは失敗だったかもしれない。


「いや、マズイですよ!

……だいいち、典子先輩には、旦那様……

じゃなかった、田辺先輩がいるじゃないですか」


腰を浮かしかけた俺に、ラムネを持ちながら迫る典子先輩。


「私だってわからない……

慎一くんも大切だけど、誉田くんの近くいると、どうしても欲しくなっちゃうの……」


彼女の手からラムネの瓶が滑り落ち、古い畳の上に鈍い音を立てて転がった。


「だ、め……。

誉田くん、その、匂い……。

私、……おかしくなっちゃう……」


典子先輩の身体が、重力に逆らえないように俺の方へと倒れ込んできた。

俺は慌ててその肩を支えるが、倒れかかった勢いに耐えきれない。


「わわわっ!」


若妻はくるりと回って、俺の腕の中に落ちてきた。

ちょうどバックハグのように抱きとめる。


「あぅぅぅっ!……あはぁ///」


まるで、電気が流れたように身体が跳ねる。

割烹着とブラウスの衣装越しに伝わる、熟れた果実のような、圧倒的な「女体」の熱量。


「典子先輩、落ち着いて……!

マズイですよっ」


薄暗い照明に鈍く光る、汗ばんだうなじ。


「お願い、……少しだけ……このままで……

でも、いけないわ……今すぐ、逃げて……!」


矛盾した言葉と裏腹に、重ねた彼女の指先が、俺の手首に絡みつく。

身体をビクビクと震わせ、振り向きながら、俺の首筋に顔を埋める典子先輩。

彼女の荒く湿った吐息が、俺の皮膚をねっとりと撫で回す。


その時、ストックスペースとお店を隔てるふすまの向こうから、聞き慣れた声が響いた。


「いらっしゃい! くじ引きは順番だぞー!

ほら、当たりだ、おめでとう!』


田辺先輩の、明るく、真っ直ぐな声が聞こえてくる。

すぐそこに、彼女の未来の夫がいる。

きっと数年後に訪れるであろう、幸せな家庭の、真っ当な日常が、そこにある。


「あぅぅっ///……んんっ……! だ……だめ。

……あっちに、主人が……。

誉田くん、このままじゃ、私……

慎一くんを、裏切っちゃう……!」


典子先輩は、俺の首筋に顔を押し当てたまま、悲鳴のような喘ぎ声を上げた。


「お、奥様っ!わかっているなら、どうして……」


彼女の手がエプロンの紐に、吸い寄せられるように伸びていく。


「わ、私だって……わからないの……ああ///……

誉田くん、私を止めて……」


理性と本能。

日常と背徳。


その狭間で、彼女の身体は今にも壊れそうなほどに震えていた。

若妻の背中から伝わる燃えるような体温と、むせるような甘い熟した匂い。


ぷちゅり。


「ううっ!?」


欲望に耐えきれなかったのか、典子先輩の唇と唾液が俺の喉元に押し当てられた。


「ごめんなさい……

キス……

しちゃった」


「や、やめてください……

俺だって……

陽菜を裏切りたくないです……!」


ピエロのベンチで手を振って送り出した陽菜が頭をよぎる。


身体を離そうと位置をずらすが、ムダに終わった。

それどころか、若妻は身体を預けたまま、むずがゆそうに身じろきをするのだった。


典子先輩が身体を揺するたび、甘く熟した香りが漂う。

そして、典子先輩からたっぷりと湿った吐息が深く吐き出され、絡まった手指に力を入れてきた。


「幸せな奥さんだって、たまには『違う私』になってみたくなるの……」


典子先輩の荒く湿った吐息と、俺の喘ぐような息遣いが四畳半に満ちる。


ここで田辺先輩やモールのスタッフさんがふすまを開けたら、言い逃れはできない。


きっと横丁にもいられない。


陽菜や銀さんが俺の目の前から去って行くだろう。


俺の心臓は爆発しそうなくらい脈動している。

しかし、どうしていいかわからず、先輩の熱く柔らかな身体を抱きとめたままだ。


無言のせめぎあい。

お互いに隣にいるべき人がいる。


それを裏切りたくない気持ちと、もし、裏切ってしまったら俺たちはどうなるのか、覗きたい気持ちが綱引きしている。


「おーい、典子ー!

ラムネの補充、まだかい?」


田辺先輩の、ちょっと慌てぎみな呼び声。


それが、二人の間に漂う濃密な空気を一変させた。

若妻のまとっていたのぼせた空気が、瞬時にかわる。


「は、はーい!

慎一さん、今行きますぅ!」


名残惜しそうに湿ったため息をついた典子先輩は、俺の身体からゆっくりと離れた。

乱れた髪を整えている先輩に、ポケットからお金を渡し、黙って落ちていたラムネを拾い上げた。


「誉田くん……ナイショよ?」

【次回予告担当:田辺慎一(典子の彼氏/若旦那役)】

おーい、典子ー!

ラムネの補充、ずいぶん時間がかかってるな。

やっぱり在庫の箱、重かったかい?

俺が行けばよかったな、ごめんよ。

……ん?

なんだか典子の顔、すごく赤いけど、のぼせたのかな。

それに、なんだか部屋の中が、妙に甘ったるい匂いがするような……。

まあいいか。さあ、仕事に戻ろう!


次回、第67話『若妻の刻印、消えない首筋の熱』仕事熱心な夫の裏で、情念は加速します。

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