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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第63話:フラグ建設完了、そしてターゲット補足

やはり、内覧会のフィードバック会議が終わったあと、美味しそうに揚げパンを食べる陽菜をもう一度見たい。


それも、間近で見たいのだ。


あの時、彼女の「んまー!」と口の周りをきな粉だらけにしながらはしゃいでいた姿は、すごく可愛らしくて、見ているこっちも気持ちが弾んだのだ。


「じゃあ、急いで買ってくる!

売り切れる前に……少し、待っててな」


座った幼なじみの目線まで屈んで、そう告げると、夕焼けに照らされた黒髪がふわりと揺れた。

陽菜から離れるのはちょっと心配だが、スタッフやキャストさんもいるし、彼女に何かあっても何とかなるだろう。


俺が勢いよく立ち上がると、幼なじみが慌てて呼び止めた。


「待って、灯くん! 荷物、置いてっていいよ。

たくさんお客さんたちがいるから、大変でしょ?」


「あ、そうか。ありがとう、助かる!」


俺は背負っていたリュックサックを下ろすと、ベンチに座るピエロの膝の上に置いた。


ドサッ、と中身の詰まった重い音が響く。


ピエロが「おいおい……」と抗議しているように見えたが、さすがに陽菜の膝にはおけない。


「え?うわっ、すご……何これ、めっちゃずっしりしてる。

灯くん、何が入ってるの?

いつもこんな重かったっけ?」


陽菜はリュックの持ち手を掴んで、その重さに目を丸くした。


「ああ……今日はサイズ違いのスケッチブックと、あと図書室で借りた資料本も入っているよ。

何か気づいたときに、すぐ書き留めたり調べたりできるようにと思って」


俺をキョトンとした目で見つめたが、すぐにむくれる幼なじみ。


「えー!?せっかくのお休みなのに……

それに今日は「お客さん」なんだよ……」


「そ、そうだった……ごめん」


陽菜の言うことももっともだ。

いくら銀さんのアドバイスと言っても、やり過ぎな気もする。


いっしょに出かける場所が横丁じゃなかったら、きっとここまで持ってこなかったと思う。


ただ、ここは俺たちで「創った」街だ。


やるからには、ヘンなところでお客さんに醒めないで喜んで帰ってもらいたいのだ。

俺は、銀さんの言う『価値を作る側』になってしまったし、作るからには価値を高くしたい。


だから、陽菜には悪いけど、横丁に関しては、こうなってしまう。


いや、大人である銀さんたちにこうさせられてしまった……のかもしれない。


すまなそうにする俺がよほど面白かったのだろう。

生成り色の幼なじみは、ニヤニヤしながら俺を指差して、


「反省しているなら、ちゃんと揚げパンを買ってくるように」


と、まるで先生のような口調で俺に指示を出すのだった。


「……ありがとう。すぐ戻るから!」


陽菜は、柔らかい目で俺を見ると、うんしょ、とピエロの膝から自分の膝にリュックを乗せ換えて、愛おしそうに抱きしめた。


「ふふっ、すごいなぁ。

……灯くん、本当に変わったね

……なんか、嬉しい」


幼なじみがまるで、俺の「頑張り」そのものを抱きしめてくれているように見えて、一瞬心臓が弾む。

変な動悸をごまかすように、俺はピエロのベンチを飛び出した。


「じ、じゃあ……行ってくるよ」


「うん……気を付けて。早く帰って来てね」


振り返って幼なじみに手を振ると、隣に座るピエロが「任せておけ、安心して行ってこい」と送り出しているように見えた。


陽菜にリュックを預けて、背中が軽い。


しかし、このことが、俺の今日の運命を大きく狂わせることになるとは、この時の俺は知る由もなかった。

そして、ピエロが笑って送り出した本当の意味を、俺はこのあと、骨の髄まで思い知ることになる。


身軽になった身体でパン屋さんを目指して、人混みを進む。


少し落ちついたといっても、やはり週末だ。

ハチさんのシャウトが響くメインストリートはごった返していた。

パン屋へまともに向かうと人混みを突っ切っていかないといけないので、時間がかかる。


この場所からなら比較的人通りの少ない「オモチャの兵隊さん」の裏を通ればショートカットできるはずだ。


「あれ……?」


オモチャ屋さんに近づくと、ショーケース横に真新しい手書きの貼り紙が見えた。

思わず足を止める。


『『ミライ・スコープ』をお求めのお客様へ

本製品のお問い合わせが、当店に多く寄せられておりますが、昭和の貴重な資料のため販売しておりません。

また復刻版販売の予定もございません……』


何てことだ。


プレオープンの時はショーケースに非売品だということを書いたポップが飾られていた。

グランドオープンした今、ポップより更に大きい、この貼り紙がある。

ということは、それでも問い合わせが減らなかった、としか思えない。


岩瀬さんの言っていた、お客さんたちの『記憶のハッキング』は俺の想像を超えていたのだ。


ショーケースの中で、青く照り輝く『ミライ・スコープ』。


それを憧れの眼差しで眺めるお客さんたち。

作った俺は、その眼差しに何だか申し訳なくなってきて、


『昭和どころか、これの正体は平成のゲーム機です。

しかも電源を入れてコントローラーを差し込めば、ちゃんとゲームもできるんです』


と、言いたくなる。


貴重な資料なので非売品、と言えば聞こえは良いが、そもそも、これは俺たちの捏造したでっち上げ資料である。


世界に一つしかない一点ものだ。復刻版など、あるはずもない。


たしかに、これは保土ヶ谷さんに売られたケンカを正しく受けて作ったものだ。

しかし、ここまで反響が大きいことを目の当たりにすると、俺は素直に喜べなくなった。


お客さんに夢を見せるために、俺たちは本気でウソをついている。


銀さんが言っていたとおり、それは正しいはずだ。

だが、事情が事情とはいえ、ここまで手の込んだウソをついていることが本当に正しいのか。


「……銀さんか日立先生に相談してみようかな」


思わず呟くと、


「その必要はありません……

もう、立派な横丁の一部なのですから」


鼓膜を撫でるような、抑揚のない声がする。

底冷えするようなトーンは聞き覚えがあった。


「えっ?」


まさか、と思ったときには、俺の手はセットの物陰から伸びてきた手に袖をガッツリと掴まれていた。


「な……!」


「……ターゲット確認。ともるんを……捕獲……!」

……ターゲット確認。

非番の日だからといって、油断しましたね、誉田くん。

銀さんの口約束も、私にとっては正式な契約です。

外箱の報酬、身体データで支払っていただきますよ。

さあ、逃げ場はありません。

この「愛の嘘発見器(改)」が、あなたの深層心理を暴き出すのです。

……ふふ、数値が跳ね上がるのが楽しみですね。

次回、第64話『路地裏の実験室と、壁ドンの誤算』

論理ロジックが、情念パッションに敗北する瞬間。

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