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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第62話:バナナの洗礼、あるいは公開処刑

銀さんと俺のプライドのために、保土ヶ谷さんの売ってきたケンカを全力で買った。


内覧会前日に、コーヒー塗装の材料をもらうため、モール内をなりふり構わず走った。

それは、日立先生やキャストのみんなの積み上げてきたものを大切にするためだ。


そして、グランドオープンまでに、銀さんと門限ギリギリまで作業をした。

これは、こうして来てくれるお客さんのためだ。


このようになったきっかけは、仕事だけではない。


隣にいる、幼なじみの陽菜だ。


あの大会で見た、どんなに不調でも折れなかった『不死鳥の気迫』。

自己ベストを出した時に見えた『赤い翼』。


陽菜自身や、応援する陸上部の仲間のためになりふり構わず、俺に『勇気をくれ』と言ったのだ。


そうしたことがなかったら、今、ここにいなかったかもしれない。


「ハイ、すみませーん、台車通りますー」


ガラガラガラ。

はっぴを着たモールの社員さんが段ボールの積まれた台車を押してきた。

考え事をしていたので、避けるのが遅れてよろめいてしまう。


「おわっ……」


「あ、灯くん、大丈夫?

……ひゃあ!」


気がついた幼なじみが、この時ばかりは横丁の看板娘に戻って俺を支えようとした。


しかし、今日履いているのはいつものオニツカタイガーではなく、パンプスだ。

上半身の急激な動きに足元がついていかず、当の陽菜もよろめいた。


ぽすっ。


お互いが向かい合ってよろめいた結果、抱き合う格好になってしまった。

ふわりとした服越しに感じる、幼なじみのしなやかで弾力のある身体と、彼女の発する体温。

そして、香水が入り混じった、甘やかで爽やかな香り。


「っ!……はぁああ……///」


俺の胸におさまってしまった陽菜は、ビクンと身体を震わせて、うっとりするようなため息をついた。


「はいはーい、これからバナナの叩き売りを始めっからなー!

……やれやれ、今日も一段とバナナ持ってきやがったな」


聞き覚えのある声がする。

振り向くと、『大人気!横丁名物 ハチのバナナの叩き売り』と筆で書かれた立て看板を抱えたハチさんが路地裏から出てきた。

路地裏のバーはセットの備品倉庫になっているので、たぶん、そこから出してきたのだろう。


目の前の台にはうずたかくバナナが積まれている。


数日前、何度目かのバナナ設置台の塗装直しでハチさんに会ったとき『評判良いのは嬉しいけど、段々積まれる量が多くなってるんだよね』とぼやいていた。


よろめいた同士が抱き合う、というのが視界に入ったのか、ハチさんがこちらに気がついた。


「あれ?ペンキ屋と……満腹食堂の姉ちゃんじゃねぇか?

何やってんだい、こんなところで?」


「ふぇっ?あ、いや、き、今日は……///」


うつむいた陽菜がゆっくりと離れる。

声のトーンはうっとりしたままだ。

俺たちの様子を見て何かを察したハチさんは、心なしかヤケクソ気味にシャウトを始める。


「ほれ、さっさと始めるぞぉ!今日二回目のたたき売りだ!」


パンパンパパン!


「けっこう毛だらけ猫灰だらけ……見つめてのぼせる若いアベック!

熱気でバナナも熟れちまうってね!」


ハリセンで俺たちを指し示していじりだすと、俺たちの近くにいたお客さんがドッと沸く。

「可愛いカップルね」「あら、もうあんなにくっついちゃって」という声も聞こえてきた。

歓声が呼び込みになり、スマホを持ったお客さんたちが集まり始めた。


「おーっと! そこまでだお若いの!

ここは横丁のど真ん中だ、イチャつくなら路地裏がオススメだぞ!

愛のバラード、一曲弾くか?」


通りすがりの流しのジョーさんが混ぜっ返す。


再びドッと沸くお客さん。


普段は地元の文具卸の営業マンをしているジョーさん。

たまに仕事の口調が出てしまい、座長に指導を受けている。


仕事か演技指導だかの八つ当たりをされているのだろうか。


「ちょっ……ジョーさん! ハチさん!」


陽菜は離れているが、俺のジャケットの袖を握りしめている。

恥ずかしさでうつむいたままだ。


いじられないようにしっかりしよう、という俺の決意は脆くも崩れ去っていく。


俺の慌てようを見て調子が出たのか、普段はパンクロッカーの八百屋がシャウトしながらたたき売っていく。


さっき台車を押してきたモール社員さんは、ハチさんの代わりにお客さんからお金を受け取って台に積まれたバナナを渡している。

確か、プレオープンの時にそんな人はいなかった。


よほど売れ行きが違うのだろう。

ハチさんがボヤくのも無理はない。


これ以上いじられてもかなわないので、仕方なしにバナナを一房買ってこの場を離れることにした。


「まいどありー!ケンカしないで仲良く食べなよーっ!

……ほれほれ、アベックの熱で熟れたバナナは二人の恋より甘いよーっ!

買った買った、さあ買った!」


あおりを受けたお客さんが台に群がる。

当事者の俺たちは続くシャウトを聞きながら人をかき分けてデパートの屋上を模したフォトスポットに向かった。


内覧会前日に陽菜とこの日を約束した場所だ。

そして、招き猫像の除幕式が行われる場所でもある。


人混みの喧騒を縫うようにして、バナナの入った袋を提げたまま、フォトスポットに辿り着く。

除幕式までまだ時間があるので、人はいるけどメインストリート程ではない。

そして、あの赤い髪のピエロのベンチは空いていた。


「陽菜、疲れちゃったろ。

ちょっと休んでいてよ。

ラムネ……あと揚げパン買ってくる」


「うん……ありがとう」


俺がベンチに促すと、幼なじみは小さくうなずく。

そして、おぼつかない足取りでベンチ歩み寄り、ペタリと座ると、はにかみながらバナナの袋を抱えた。


きっと本当に熟していて美味しいのだろう。

でも、二人であんないじられ方をしてしまっては、とてもバナナを食べる気になれないし、この場で食べるものでもないだろう。

【次回予告担当:誉田灯(主人公/受難の始まり)】

ハチさんのいじり、強烈すぎた……。

陽菜も真っ赤になってるし、とりあえず人混みを避けて休ませないと。

揚げパンとラムネ。

内覧会の時みたいに、あいつが笑顔になってくれればいい。

「すぐ戻る」。

そう約束して、俺はリュックを預けて走り出した。

……まさか、それが「地獄めぐり」のスタートの合図だなんて、思いもしなかったんだ。


次回、第63話『フラグ建設完了、そしてターゲット補足』

平和な買い物は、ここまでです。

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