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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第61話:本気の嘘と、幼なじみの横顔

幼なじみはホッとした様子で小さく「ありがとう」と言い、ハンドバッグからチケットを取り出した。


俺たちスタッフに配られる招待チケットで、本人や知人向けのものだ。

チケットの裏には招待者の名前を記入する欄がある。


「これ、持ってきたよ。入ろうよ」


頭が沸騰しそうな俺は、生返事をしてポケットからチケットを出して、入場口に向かう。


「あら、神栖さんだったのね。

……誰かと思っちゃった」


「お疲れ様です、大船さん!

……あれ、変ですか……?」


モールの若手社員は首を振った。

俺のことは遠目からわかった大船さんだが、陽菜はいつもと全く違うビジュアルなので、近くに来るまで誰かわからなかったようだ。


「ううん、変なわけないでしょ、可愛いわよ。

……あ、少々お待ちくださいませ」


俺たちの後ろに家族連れが並んだので、身内の会話はここまでだ。

仕事の顔に戻った大船さんが事務的にチケットを切って、奥に進む俺たちの背中にマニュアルどおりな見送りのセリフを言う。


「では、時間をさかのぼり、昭和の夕焼けの街へ……

いってらっしゃいませ」


おぼつかないながら、弾むように歩く陽菜に続いて奥へと進む。


チラと振り返ると、ニコニコ笑って手を振る大船さんが見えた。


「ねえ、灯くん。知ってる?

今日、あの『招き猫』のお披露目があるんだって」


進んで間もない所に、真新しいポスターが貼ってあった。


帆引き船に乗った巨大な招き猫が鎮座している当時のセピア色の写真をバックに、手書きのような筆文字フォントが踊っている。


『霞百貨店の守り神、ここに復活。

美大生の手で完全再現!

ついに夕焼けの街に招来!』


モールがあるここにかつて存在した、霞百貨店。

そのシンボルとも言える招き猫像を、つくばさんが通う常陸野造形美術大学の学生さんのグループがレプリカを作ったという。

つくばさんも当初関わっていたようだが、日立先生のサポートが忙しくなり、制作から抜けたようだ。


「ああ……聞いてるよ。

常陸野造形美大の人たちが作ったんだろ。

すごいんだろうな、やっぱり」


ポスターを見た瞬間、俺の胸の奥で、何か棘が刺さったような感覚があった。


フリルが柔らかく揺れる、幼なじみの背中を見つめながら考えてしまう。


以前、つくばさんから大学に呼ばれた時の大学の様子は、今もハッキリと記憶している。

俺にとって、美大生は「選ばれた才能」の代名詞だ。それは今も昔も変わらない。


しかし、である。


この招き猫のレプリカは、本来グランドオープンと同時にお披露目されるはずだった。

だが、完成するはずの作品はなぜか間に合わず、やむなく延期された末、やっと今日になってお披露目されるのである。


俺が引っかかるのはそこだ。


以前の俺なら「仕方ないね」でそのままにしてしまうだろう。

むしろ手間暇かけた分、良いものに仕上がる、とも思ったかもしれない。

しかし、この延期は銀さんから教わった「仕事の流儀」からは外れているのである。


俺が教わったのは「納期第一」だ。


内覧会前日に見つかった塗りもらしの対応や保土ヶ谷さんのゲーム機塗装、そしてグランドオープンまでの日々。

これまで納期を忘れて仕事をしたことはない。


納期遅れはみんなに迷惑がかかるだけでなく、自分自身の仕事の価値を下げてしまう。

そう銀さんから教わったからだ。


横丁のざわめきが大きくなってきた。

周囲の内装もすっかり昭和の映画館風に、煤や汚れが施されたものになっている。

これもプレオープンに間に合わせるため、連日シフトの時間ギリギリまで粘って銀さんとエイジングしたのだ。


『間に合わなきゃ、どんな名画もただのゴミだ』


銀さんから繰り返し言われた言葉が、脳裏をよぎる。


「なんか、この壁とかすごい……

わざとこういう風に古いように見せる塗り方をしたんでしょう?」


工事の業者さんを案内していたこともあり、陽菜はプレオープンギリギリまでこの部分が完成しなかった事を知っている。


ピタッと手を押し当てて、俺に振り返ると、


「灯くん、頑張ったね。ありがとう……」


と頬を赤らめてニコリとするのだった。


その笑顔を見て、気持ちが一気にざわつく。

いっそ抱きしめてしまいたくなるが、周囲も気になるし、何よりまだ横丁にも入ってない。

俺は照れ笑いしながら「早く先に行こう」と促すので精いっぱいであった。


「撮影の邪魔だから山をどかせ」という指示を助監督に出した逸話を持つ巨匠の作品のポスターを通り過ぎると、スタッフとして見慣れた、しかしお客さんとして見慣れていない夕焼けの街が広がっていた。


「わあ……きれい……

お客さんとして見ると、こうなんだね……」


陽菜は目を見開いてメインストリートを眺める。


照明の夕焼け色に染められた幼なじみのワンピースは、狙ったのではないか、と思えるほど、横丁の雰囲

気にピッタリだ。

行き交うお客さんたちの「懐かしいね」「タイムスリップしたみたい」という声があちこちから聞こえる。

自分たちの仕事が、誰かの記憶を呼び覚まし、新しい記憶として刻まれていく。

目の前で感じる、その確かな手応え。

けれど、銀さんと仕事をしている俺の目は、無意識に綻びを探してしまう。


あそこのウイスキーのポスター、角が剥がれかかってる。

糊が弱かったかもしれない。

早いところ貼り直しておかないと。


俺の近くにある電柱の足元は、もう少し煤を乗せないと、コンクリートが新しすぎて浮いてるように見える。

次のシフトの時に銀さんと相談だ……


「あ、灯くん、難しい顔してる。

……今は、お客さんだよ?」


陽菜にジャケットの袖を引かれ、俺はハッとして笑顔を作った。


「……ご、ゴメン……つい」


陽菜はわざとらしくむくれた顔をしたけれど、すぐニコリとして慈しむような目で俺を見つめる。


「灯くん、横丁の仕事してから……変わったね。

……なんだか、すごく一生懸命になった」


「そ、そうかな……」


夕焼けの照明に照らされているお客さんたちに目を向ける。


目立ちたくない、できればモブでいたい。


それはきっとこれからもあまり変わらないと思う。

でも、陽菜の言うとおり『変わった』とするなら、少し思い当たることがある。


それは『誰かのために何かをすることを、ためらわなくなった』ということかもしれない。

【次回予告担当:ハチ(バナナの叩き売り/パンクロッカー)】

へいらっしゃい!

今日は一段と客が多いと思ったら、とびきりのアベックがお出ましだ。

ペンキ屋の若造、なかなか隅に置けねぇじゃねぇか。

だがな、ここは昭和の横丁だ。

若ぇのが人前でイチャつくなら、それなりの「洗礼」を受けてもらうぜ?

さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

恋のバナナの叩き売り、盛大に冷やかしてやるからよ!

次回、第62話『バナナの洗礼、あるいは公開処刑』

熟れたバナナは、恋より甘ぇぞ!


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