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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第60話:黄昏のダイブ 〜生成り色の変身〜

「『まだまだ混雑している』と言えば……しているなあ」


モール内のシネコンを模した、一般入場口を遠目から眺めて呟く。

グランドオープンから一週間経った週末。

内覧会に始まり、プレオープンそしてグランドオープンまでの波乱だらけの日々。


オープン当初、予想以上の来場者で混乱していた『昭和ノスタルジー横丁』は、モール側のスタッフ増員というテコ入れもあり、徐々に軌道に乗り始めた。


自宅と学校、そして作業場をぐるぐる回る日々がようやく落ちついた。

銀さんから「一度、客の目で横丁を見てこい」と言われて週末の休みをもらったのである。


そして、今日、いっしょに「横丁を見て回ってくれる人」を待っている。


「早く着き過ぎちゃったなあ……」


いつもはモールに自転車で来るが、今日はバスで来た。

たぶんいっしょに帰るし、相手もバスで来るというので、バスを使った。

だけど、自転車の時の時間感覚が抜けなくて、つい早くついてしまったのだ。


「ちょっと持って来すぎたかなぁ……」


いつもよりややずっしりとするリュックを背負い直す。


いつものスケッチブックと筆記用具。


その他に、今日は銀さんにアドバイスをもらったので、しっかりお客さん目線で見れるよう、サイズ違いのスケッチブックも数冊入れてきた。

いつものサイズで描きこめないときは、違うサイズのやつで……、というつもりだ。


そして、ただ見るだけなのも良くないと思って、空いた時間に確認するために、図書室で借りた横丁の年代に関する本が数冊入れてある。


これなら、休み明けのバイトでも銀さんと、気が付いたことを忘れずに相談できるし、学校に提出する業務報告書を書くときも役に立つ。


チケットを買ったワクワク顔のお客さんが、もぎりの大船さんに歩み寄っていく。


プレオープンで見た、お客さんたちの笑顔を思い出す。

ここ数週間で俺たちが築いた「本気の嘘」は、いま、「活きた真実」となり始めていた。

こうして、お客さんたちの目に触れることで、自分の仕事が世に問われる誇らしさがある反面、どのように評価されているのか漠然とした不安があった。

今のところ、好意的な評価は多いものの、最終的にどうなるのだろう。


今日は大船さんがチケットのもぎりをしていた。

模範的な営業スマイルで、来場者を奥に誘っていく。


手持ち無沙汰なので、久しぶりに「残響画廊(こだまがろう)」のアプリを開く。

横丁の仕事をしていたので、投稿どころではなかったが、陽菜の大会でスケッチした閉会後の競技場を下絵にした筆ペン絵はずいぶん「いいね」を稼いでいた。


「おまたせ……」


俺と同じように待ち合わせしているのだろう、呼びかける声が聞こえる。


俺も早く会えると良いけど。


投稿されている他のユーザーの作品を眺める。

カラフルな作品もあれば鉛筆画のものもある。

みんな意欲的に投稿していて、気まぐれな投稿は俺くらいなのではなかろうか。


横丁の仕事が終わったら、休憩時間にスケッチした横丁の作品をアップしよう。

短い期間だけど、この仕事を通していろいろ勉強させてもらっている。

その成果が作品にどのように現れるのか、俺自身、楽しみだ。


「ねぇ、ちょっと……」


スマホをスクロールしながら、相手を待つ。

別のカップルだろうか。

週末のモールでは、そんなか細い声じゃ気がつかないのではないだろうか。

おせっかいながら、そう思う。


カップルの来場者が大船さんにチケットを切られて入っていった。


大船さんと目が合った。

会釈をすると、会釈を返してくれたけど、少し視線がズレて意外そうな顔をした。


まあ、いつものようにスタッフ通用口に入らないもんな。


……そうなんです、今日はお客さんとして入るんです、と内心照れながらスマホに目を落とすと、


「灯くん!……灯くん!」


聞き慣れた声が聞こえた。


「陽菜、来てくれた……ありが……あれ?」


待ち合わせ相手の幼なじみを探す。


いない。


いつものポニーテールが見えない。


リュックをグイと引っ張られて、たまらず振り向く。


「ひ……な……?」


見入ってしまって言葉が続かない。


思わずスマホを落としそうになって持ち直す。

そこにに立っていたのは、俺の知る「高機動な案内係」ではなかった。

いつも風を切って走るポニーテールは潔く下ろされ、艶々と光る柔らかな髪が肩のラインで揺れている。


「何度も声をかけたのに……やっと気づいてくれた」


安堵と照れが入り混じった表情。


インカム越しにテキパキと連絡をしていた凛々しい声は、どこへ行ったのだろう。

さっきから聞こえていた待ち合わせ相手を呼びかける声は俺に向けられていたのだ。


「あ……あ……ごめん」


控えめなフリルとレースのワンピースに包まれた彼女は、小さなハンドバッグを提げて、もじもじと佇んでいる。

足元はスニーカーではなくストラップのついたパンプスで、履き慣れていないのか、少し足どりがおぼつかない。


「せっかくだから……いつもと違う感じにしてみたの……変かな?」


ウエストで切り替えられたクラシカルなシルエット。

彼女が身体を揺らすたびにまとったフリルが柔らかに揺れる。


ワンピースの色はアイボリー……いや、少し黄色が強いので、生成り(きなりいろ)というべきか。

見慣れているロイヤルブルーあるいは瑠璃色のジャージやユニフォームより、陽菜に似合っていると思った。


あまりの変わりようとそのビジュアルで、俺の脳がバグを起こしたようだ。


顔が紅潮していくのが自分自身でわかる。

耳たぶまで熱くなってきた。


「灯くん?」


心配そうな顔で上目遣いに俺の様子をうかがう幼なじみ。


いつもより、まつげが少しだけ上がっていたり、唇がツヤツヤしているだけで、こんなにも違うのか。

彼女なりの「演出」にウソが混じっているとは思えない。


「いや……変なわけないよ……全然雰囲気が違うから……驚いた。似合ってる……すごく」

【次回予告担当:神栖陽菜(幼馴染/本日のヒロイン)】

……変じゃないかな。

パンプス、歩きにくい。フリル、スースーする。

でも、灯くんが「似合ってる」って言ってくれたから、それだけで魔法にかかったみたい。

だけど、灯くん。

なんだか顔つきが、学校にいるときと違う気がするの。

私の知らない時間が、この横丁には流れているのかな。

次回、第61話『本気の嘘と、幼なじみの横顔』

灯くんが変わった理由、私、知りたいな。


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