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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第59話:魔法の手と、本気の嘘

ベンチに座ろうとしていた女の子が、俺を指差して目を輝かせている。

その顔を見て、思い出した。


間違いない。


内覧会前日に見た子だ。

コーヒー塗装の材料を取りに柊珈琲店に走って、柏木さんを待っていたあのとき、ペンキだらけの衣装の俺を見て怯えていた、あの時の女の子だ。


また怖がられるか……?


一瞬身構えた俺だったが、母親の反応は以前とは全く違っていた。


「あら、本当……」


母親は夕焼けに染まる横丁を見渡し、それから俺を見て穏やかに微笑んだ。


「キレイな夕焼けね。

……お兄さんたちが、この街を作ってくれたのね。

ありがとう」


「あ……いえ、その……」


感謝の言葉に、俺はドギマギしてしまう。

以前は「得体の知れない人」を見る目だった。

だが、今は「横丁を作った魔法使い」を見るような目に変わっている。


「あの、よかったら……

写真、撮りましょうか?」


俺は照れ隠しに提案した。

母親からスマホを受け取ると、ベンチに座ったニコニコ顔の女の子と微笑む母親、そして心なしかドヤ顔のピエロをフレームに収める。


「はい、撮りますよー。

……はい、チーズ!」


カシャッ。


画面の中の親子は、背景の夕焼けセットに負けないくらい、輝く笑顔を見せていた。


スマホを返すと、女の子が銭湯で配られていた「住人紹介パンフレット」を広げて、俺に見せてきた。


「ねぇ、お兄ちゃん!

『ペンキ屋のトモルさん』でしょ?」


指差された先には、確かに俺のディフォルメされた似顔絵と、役名が書かれていた。

いつの間にこんなものが、と良くみると、パンフレットの端に『illustration : Tukuba』とクレジットが入っている。


なんだ、ちゃんとした絵、描けるんじゃないか。

普段はあんなに妖しい絵を描いたり、造形をしているのに……と眉をひそめる。


「ねぇ、握手して!

……お仕事忙しい?ダメ?」


俺に、女の子が恥ずかしそうに小さな手を俺に差し出してくる。


「え?……いや、その……」


俺は一瞬、ためらった。

俺はただのバイトの高校生だ。

この汚れも、演出とはいえ、ただのペンキだ。

そんな俺が子供の夢を壊さずに、その手を取れるだろうか。


いや。

これは俺にしかできないことだ。


俺は覚悟を決めた。

ニコリと笑った俺は、衣装のズボンで掌の汚れを拭うと、女の子の目線に合わせてしゃがみこんだ。


「ああ、いいよ、もちろんさ」


俺のゴツゴツした手と、女の子の小さな手が触れ合う。

女の子は、俺の爪の隙間に残った極彩色の塗料を見て、顔をほころばせた。


「わあ……キレイ。

魔法の手だ!」


「……ああ。魔法をかけたのかもしれないね。

君たちに喜んでもらうために」


ちょっとキザかな、と思って女の子を見る。

満面の笑顔だった。

そのキラキラした瞳を見た瞬間、俺の中で何かがカチリと嵌まった。


俺たちがついた嘘。

コーヒーを壁に塗り、平成のゲーム機をブリキのオモチャに偽装した、大掛かりな捏造。


でも、その手抜きをしない「本気の嘘」が、今、目の前で人を笑顔にしている。


……そうか。仕事って、こういうことか。


俺は女の子の手の温もりから、ようやく銀さんの言っていた「価値を作る側」の意味を、言葉や理屈ではなく、心で理解した。


「遅くなりました。

戻りました……」


作業場のドアを開けると、銀さんがパイプ椅子に座って、書類の整理をしていた。


「おう、お帰り。ずいぶん長かったな。

迷子にでもなったか?」


「いえ、迷子は俺じゃなくて……。

ポットを返しに行ったら、柏木さんから、横丁の店に砂糖を届けてくれって頼まれて。

その後、銀さんのお言葉に甘えて、ついでにあちこち回ってたんですが……

人がすごくて」


言い訳がましく報告しながら、俺はポケットから、紬ちゃんのクッキーの包みを取り出した。


「これ、柏木さんと紬ちゃんからです。

……それと、横丁の様子も見てきました」


「ほう、どうだった?」


銀さんが顔を上げ、俺を見る。

俺は、さっきの女の子との握手の感触を思い出しながら答えた。


「……みんな、喜んで笑ってました。

子供たちはもちろん、来ているお年寄りも、俺たちの『嘘』を懐かしがってましたよ。

『こんな場所があったなぁ』って。ミライ・スコープなんて『持ってた』とか『昔、欲しかった』とか言ってましたよ」


「……ほう、そうかい」


銀さんは短く笑うと、いつもの手際でブラックコーヒーを二つ淹れ、その一つを俺に差し出した。


俺たちはパイプ椅子に並んで座り、柏木さんの娘・紬ちゃんが焼いてくれたクッキーを齧った。


サクッ。


素朴な甘さが口いっぱいに広がる。

続けて、熱いブラックコーヒーを流し込む。

クッキーの甘さと、コーヒーの苦さ。

その対照的な味わいが、仕事をやり遂げた達成感と、高校生という中途半端な立場から厳しくも楽しい大人の世界を見てしまった、もう以前には戻れない、という寂しさがないまぜになって、胸に沁みた。


「……あのう、銀さん」


俺はカップを見つめながら、ポツリと言った。


「たとえ嘘でも……

俺たちのついた『本気の嘘』で、誰かが楽しんでくれるなら……

この仕事も、悪くないですね」


銀さんは、クッキーを齧りながら、天井の配管を見上げた。


「……基本的に、ウソはつくもんじゃねぇけどな」


ベテラン職人は、独り言のように呟いた。


「……でも、人を喜ばすウソなら、ついていいんじゃねぇかな。

でもな、灯。

つくなら『本気』でつかねぇとな。

中途半端だと、お客さんが夢から醒めちまう」


「……はい」


俺たちが本気で壁を汚し、本気でオモチャを偽装したからこそ、あのお客さんたちは、安心して夢を見ることができるのだ。


遠くから、横丁の賑わいが聞こえてくる。

それは、俺たちが作り上げた「嘘の世界」を祝う、歓喜の歌のようだった。


俺は残りのコーヒーをグイッと煽り、空になった紙コップを握りつぶした。

苦味はもう、気にならなかった。


『価値を作る側』か。

悪くないな。


「おう、灯、さっきハチがリペイントして欲しいって持ってきたんだ。

バナナの叩き売りがすごくて、客が台の塗装を剝がしちまったんだと。できるか?」


「はい。

任しといてください」


俺はニヤリと笑うと、イスから立ち上がった。


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■ 業務報告書

校外活動アルバイト報告書】

提出先: 進路指導部 稲毛教諭

氏名: 1年B組 誉田 灯

場所: 昭和ノスタルジー横丁


【業務内容】 各テナントへの資材(消耗品)運搬・連絡業務。

施工箇所(エイジング塗装・造作物)の実地確認と来場者反応の視察。

破損したセット(バナナの叩き売り台)の補修依頼受付。


【現場での気付き・学び】


1.「環境」が記憶を補完する(コンテキストの整合性)


時代考証に合わない物品でも、周囲の環境(塗装や照明、ポップの文言)と整合性が取れていれば、見る人は自らの記憶を無意識に修正し、それを「懐かしいもの」として受容することを確認した。

「モノ」単体の完成度だけでなく、それが置かれる「空間の空気感」までを作り込むことが、見る人を没入させるために不可欠な要素であると学んだ。


2.プロフェッショナルとは「役割」を超えること

混雑時の誘導や迷子の対応、あるいは顧客層に合わせた販売戦略など、想定外の事態に対し、マニュアルや役柄を超えて自律的に動く同年代のスタッフ(他校生徒含む)を目撃した。

与えられた「役」を演じるだけでなく、その場の目的(安全確保や売上向上)のために最善の行動を選択できる判断力こそが、現場における真の「実力」であると痛感した。


3.「汚れた手」の価値(裏方の誇り)

作業で汚れた手を、来場者(児童)から「魔法の手」と評された経験を通じ、労働の痕跡に対する意識が変化した。

私たちがついた「本気の嘘(演出)」が、来場者にとっては「本物の笑顔」を生む源泉となる。裏方の仕事は表には出ないが、その手が汚れている分だけ、誰かの時間を輝かせることができるのだという、職業人としての根源的なやりがいを見つけることができた。

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【次回予告:神栖陽菜】 「ふふ、灯くん、お仕事お疲れさま! 横丁の評判、すごくいいよ。みんな灯くんたちが作った『魔法』を楽しんでるみたい。 ……でもね、次は灯くんが楽しむ番だよ? 日曜日のシフト、空けておいたから。 私、灯くんに見せたい『とっておきの姿』があるの。 ……え? 服装? それは当日のお楽しみ! デート……じゃないけど、一緒にお出かけ、楽しみにしてるね!」

(……ねえ、灯くん。なんか背中がゾクゾクしない? 誰かに見られてるような……)

次回、第60話『黄昏のダイブ 〜生成り色の変身〜』 平和な休日は、開始5分で終了します。


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