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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第四章:黄昏の職人と、捏造された昭和

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第58話:屋上のメッセージと、八百屋の声

『が・ん・ば・ろ・う・ね!』


俺は小さく頷き、陽菜に親指を立てて返した。


……水玉の稲妻か。

こんなこと、彼女じゃないと出来ないな。

陸上のフィールドだけでなく、この混雑した横丁をも縦横無尽に走り回り、誰かを助けている。


「はーい、お待たせしましたー。

神栖さん、この子ね?」


人混みをかきわけながら、はっぴを着た小机(こづくえ)さんがやってきた。

今日は資料室でなく、迷子を担当しているみたいだ。

プレオープンで手探り状態だ。

今日はスタッフさんも総出で運営に当たっているのだろう。


「……ボク、おばちゃんとお母さん探そうね。

こっちおいで。抱っこしようか」


男の子を抱きかかえて、小机さんはインカムで何か連絡しながら人混みに消えて行った。


陽菜は二人を手を振って見送ると、再び俺に向かって手を振り、


「はーい、ダックベーカリーの最後尾はこちらですよー、建物に沿って並んでくださいねー!」


と声を張り上げながら、誘導の仕事に戻って行った。


ダックベーカリー前をもみくちゃになりながら、人に流されていくと、デパートの屋上を模したエリアにたどり着いた。


「ちょっと一休みさせてもらおう……」


作業場への通路入り口までもう少しだけど、少し休憩したい。

覚悟はしていたけど、準備中とオープンじゃ、人の混みようが全然違う。

普段、人混みに慣れていない俺は、あまりの混雑ぶりにすっかり疲れてしまった。


ちょうどベンチが空いたので、ヨタヨタと近づいて腰を下ろした。

隣を見ると、ハンバーガーショップのキャラクターである、赤い髪のピエロが足を組んで座っている。

俺と銀さんでリペイントとエイジング塗装をしたソイツは、賑わうお客さんたちを嬉しそうに眺めているように見える。


内覧会前日に陽菜と話した時は静かな場所だった。

オープンしたら俺の予想通り、そこは今や絶好の「映えスポット」と化していた。

エレメカをバックにはしゃぎながら写真を撮る家族連れ。

観覧車を模したフォトスポットに恥ずかしそうに座る、同年代とおぼしきカップル。

あちこちでシャッターを切る音と笑い声が聞こえる。


頑張ってきて良かった。


心地よい疲労感とともに達成感がこみ上げる。

ふと見上げると、人工の夕焼けが、本物以上に赤く、美しく燃えている。


『ピ……ピンポンパンポーン♪』


頭上のスピーカーから、間の抜けたチャイム音が響いた。


『あー、えー……

ほんじつは、ご、ご来場いただき……

まことに、ありがとうございます……』


緊張しているのか、声が上擦っていてたどたどしい。


しかも、盛大にマイクのノイズが入っている。


『お客様の……あ、いや迷子のお知らせを申し上げます。

……先ほど、ダックベーカリー前にて……み、緑のトレーナーを着た、5歳くらいの男の子を……

お預かりしております……』


……ん? この声。


噛みまくっているけど、小杉部長じゃないか?

アナウンスされている内容は、さっき陽菜が保護して、小机さんに引き渡した男の子のことだ。

事務局のスタッフも出払っていて、仕方なく部長自らマイクを握っているのだろう。

普段は保土ヶ谷さんの顔色を窺ってオロオロしている部長が、必死に慣れないアナウンスしている声を聞くと、なんだか憎めない。


それに引き換え、保土ヶ谷さんの姿はどこにもない。


きっと「私は現場の人間じゃないので」とか言って、涼しい空調の効いた部屋に引きこもっているか、偉い人へのゴマすりに奔走しているのだろう。

ま、その方が現場の士気も下がらないから、好都合だけど。


『お心当たりのあるお客様は……

じ、事務局テントまで……お越しください……』


途切れ途切れのアナウンスを聞き流しながら、俺はため息をついた。

本当に、今日はスタッフ総出の「お祭り」なんだな。


「この間は、ボロ塗装にしてやろうか、なんて思って、すまなかったな……」


隣で誇らしげに足を組んで笑っているピエロに小さな声で謝る。

あの時、このベンチで赤くなった陽菜からデートを迫られた。

彼女の肩越しに見えたコイツがはやし立てているように見えて、思わず毒づいてしまった。


きっと、コイツも映えスポットの一員として文句も言わず、立派に仕事をしているのだ。

そう思えば、あの時は良いムードとは言っても仕事中である。

「仕事中にイチャイチャかい?」とはやし立てられてもおかしくない。


もう少しして横丁が落ち着いたら、陽菜との約束どおりここでデートをしよう。

その時は、お前もいっしょに記念撮影してくれよ。


「コラコラ、職人さん。サボりかい?」


不意に頭上から声をかけられ、警棒で肩を軽く叩かれた。

顔を上げると、制服姿の駐在さんが仁王立ちしていた。

普段は地元の大学生だ。

ラガーマンらしく、ガッチリした体格は迫力があり、駐在さんにぴったりだ。


「あのな、街の美化はあんたの腕にかかってるんだぞ。

それに……ほら、お客さんが写真を撮りたがって待ってるじゃないか」


駐在さんは、本気とも演技ともつかない体育会系のトーンで俺をたしなめると、少し離れたところで様子を見ているお母さんと女の子の二人連れを顎でしゃくった。


俺が座っているせいで、ピエロとの写真が撮れないらしい。

俺は苦笑して立ち上がる。


「へいへい、駐在さん。

わかってますって……まったく、人使いが荒いなあ」


やれやれといった口調で返す俺自身に驚いた。

俺もまた、この「昭和ノスタルジー横丁」という舞台のキャストであることを受け入れていたのだ。


駐在さんに促され、親子連れがベンチに近づく。

すれ違いざまに二人に「すいませんね」と会釈する。


「あ! ママ見て!

あの時のお兄ちゃんだぁ!」


嬉しそうな弾む声が響いた。

【担当:ハチ(バンドマン/八百屋役)】

「へいらっしゃい! 新鮮な野菜だよ!

おっ、ペンキ屋の兄ちゃんじゃねえか。

どうだい、俺の美声も、この昭和の風景に馴染んでるだろ?

……おっと、お疲れのようだな。

あそこへ行って、風に当たってきな。

そこで、あんたの仕事の『本当の値打ち』を教えてくれる客が待ってるぜ」

次回、第59話『魔法の手と、本気の嘘』

――へい、プレオープンはまだまだ続くよ!

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